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 Owen,R. 1771〜1858年、19世紀初頭、性格形成(新)学院(幼児学校を含む)を創設した人物。

 オーウェンはイギリス産業革命期の工場経営者であり、空想的社会主義者であった。
 当時のイギリスでは、産業革命の影響によって、手工業から機械を用いた工場生産へと産業構造が変化していった。その影響で、婦女子の労働力が投入され、1日15〜16時間という長時間労働を強いられるようになったり、有害で危険な作業に従事させられたりすることも多くなってきた。このような背景のなかで、子どもの健康状態や道徳は、危機的状況に陥ってきた。
 このような労働者とその子どもたちの悲惨な生活に胸を痛めたオーウェンは、人道主義の立場から、1816年、スコットランドのニュー・ラナークにある自ら経営する紡績工場内に性格形成(新)学院を創設した。この学校は1歳から6歳までの「幼児学校」と6歳から10歳までの児童を対象とする「昼間学校」、工場労働に従事する青年と成人の「夜間学校」の三部構成で、幼児学校は1〜3歳までと、4〜6歳までの2つに分かれ、各クラスに30〜50人の幼児を収容して教育した。その主な内容は、戸外遊び、実物・模型・絵などを通しての遊び、お話、ダンス、音楽、軍事教練(行進)などであった。
 オーウェンは、「人間の性格は本来善であるが、生後の環境によっては悪くもなるので、幼児期によい環境を与えることによって、合理的な思考と行動を可能にするよい人格形成が促される必要がある」と説いた。そして、彼はこの性格形成論に、ペスタロッチの教育法を取り入れ、主知主義教育(読・書・算)を排して、直観教育を重んじた。
 性格形成(新)学院の幼児学校は、その後イギリス各地で施行され、やがて全土に普及していった。1870年には、イギリスの初等教育法により、初等学校の下部組織として、正規の学校に組み入れられて行った。しかし、広範囲に普及するにしたがって、オーウェンの重んじていた教授法は形式化し、主知主義的傾向が強くなっていった。

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