294 : 名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 02:38:56.15 0 
生田が恒星間移民船で旅立ってから3年、私は心にあいた大きな穴を埋めることが 
できずにいた。なぜ彼女は私を置いていってしまったのだろう。 

「おい、道重聞いとんのか」 

しゃがれた声がスタジオに響く。私は声の方向に視線を向けた。 
たくさんのチューブやケーブルに繋がれた脳みそが、薄く青みがかった液体に 
満たされたタンクの中に浮いている。 

「さんまさん、すいません」 

さんまさんは4回目のアンチエイジング処置に失敗して肉体を失ってしまった。 
今は脳だけの姿になり、適合する肉体が見つかるのを待っている。 

「おまえレギュラーになってもう50年以上経っとんのやからしっかりせんと」 
「そうや、しっかりせんとあかんで」 

耳障りな機械音を響かせてショージさんがそれに相槌を打つ。 
ショージさんは経済的事情からアンチエイジング処置を受けられず、中古の 
機械の体にソフトウェア化した意識をダウンロードしている。 
少し身動きするたびに金属が擦れる音がして、それが私を軽くいらだたせた。 
最近では話す内容が支離滅裂になることがあり、意識のコピーに失敗したんじゃ 
ないかと私は密かに疑っている。 

295 : 名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 02:41:34.76 0 
幸運にも私はアンチエイジング処置がうまくいき、70を過ぎた今でも20代の 
見た目を保つことができている。そしていまだモーニング娘。のリーダーとして 
活動中だ。 
モーニング娘。はこれまでにたくさんのメンバーの加入や卒業を重ね、先日 
第28期が加入したばかりだ。 
卒業後のメンバーの中には、私のように芸能界で仕事を続けている者もいれば、 
家庭に入って肉体人としての人生をまっとうした者や、肉体を捨てソフトウェアの 
世界に生きる者、そして生田のように新たな世界を求めて旅立った者もいた。 

その日、ヤンタンの仕事を終え帰宅した私は、ソファに体を沈め、もう何度も 
頭の中で再生され脳裏に焼き付いたあのニュース映像のことを思い返していた。 

それはあまりに残酷なニュースだった。 

生田が旅立ってから2年後、移民船に巨大な隕石が衝突して、5,000を超える人を 
乗せた巨大な船が一瞬にして宇宙の塵となったのだ。 
移民船はこの時すでに光速の90%以上の速度で飛んでいて、地球とはだいぶ距離が 
離れたところにいたのだが、このニュースは量子の性質を使った超光速通信によって、 
タイムラグなしに地球へ伝えられた。 
生存者ゼロ、ニュースが伝えたのは非情な数字だった。 

「生田、寂しいよ」 

私はそう呟いて両手で顔を覆った。 

296 : 名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 02:43:45.90 0 
『3件のメッセージを受信。うち2件はビジュアルメールです』 

部屋を管理するコンピューターがメッセージを読み上げた。 
1件目はマネージャーからの来週のスケジュールについてのテキストメールで、 
内容を確認して首筋に埋め込まれているメモリーに転送した。 
これでスケジュール通りに行動ができるようになるだろう。 

2件目のビジュアルメールはお姉ちゃんからのもので、飼っている猫を 
二人羽織のようにしてカメラに向かって何かを話しかけていた。 
よく聞き取れなかったが、バイトを首になってヒマになったから今度家に 
遊びに行くとかそんな内容だったと思う。 
ぼんやりとそのメールを眺めていると、3件目のビジュアルメールがスクリーンに 
投影された。そこに映し出された姿を見て、私は声を出すこともできずただ 
ぼんやりと口を開けていた。 
一瞬の痴ほう状態から回復した私は、あらん限りの声を出して彼女の名前を呼んだ。 

「生田!」 

画面上の生田はとても楽しそうに笑っていた。 

297 : 名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 02:46:10.47 0 
「コンピューター、相互通信に切り替えて」 
『これはロックされた一方向通信です。相互通信は不可能です』 

コンピューターの音声が私の頭の中に直接響いた。 
そしてこちらの動揺に構うことなく、画面の中の生田が話しはじめた。 

「道重さ〜ん、元気ですか? エリは楽しくやってますよ。ちなみにこの 
 メッセージは通常通信で送ってます。超光速通信は高すぎて目的地に着くまでに 
 破産しちゃいますから」 

生田はいたずらっぽく笑った。 

「だからこれを道重さんが見るのはずっと後のことですね」 

通常通信は地球に届くまでに大きなタイムラグが生じる。つまりこれは過去からの 
メッセージだった。 

「なんで道重さんに相談せずに行ってしまったか、ずっと説明しようと思ってました。 
 でもできなくて……。今こうして一人宇宙船に乗って、ようやく気持ちを整理することが 
 できました」 

生田は意を決したように軽く頷くと、口を開いた。 

「エリは道重さんの気持ちに気づいてました。だけどどうしてもそれに応えることが 
 できなくて……逃げ出しました。でも一人になってはじめて自分の本当の気持ちが 
 わかったんです」 

298 : 名無し募集中。。。[sage] 投稿日:2013/08/28(水) 02:49:36.16 0 
「私は別の惑星でもアイドルを続けるつもりです。そしてそこで成功することが 
 できたら、地球に戻ってこの気持ちを伝えます。だからそれまで生きていて 
 くださいね。私絶対帰ってきますから」 

その時、船内に警報が鳴り響き、警告のメッセージが至るところから流れ出した。 
生田は怯えたような顔つきで周囲を見回している。 

「船に何かトラブルがあったみたいです。また連絡しますね」 

生田は右手を広げて顔の横に持ってきて、昔と何も変わらない笑顔で言った。 

「はい、宇宙一のアイドルを目指してる生田でした。バイバイ」 

画面がノイズに変わりビジュアルメールはそこで終わっていた。 
私はソファに横になり、天井をぼんやり眺めた。自然と涙があふれ、こめかみを 
伝って落ちた。 
バカ、何が「それまで生きていてください」よ。あんたの方こそ……。 
最期の瞬間、きっと生田ははじめて会った時のようなこわばった顔で、虚空を 
見つめていただろう。その姿を思い浮かべると、たまらなく胸が苦しくなった。 

その時、自動調理器が料理の完成を知らせる電子音を鳴らした。 
なんだろう、スイッチは入れていなかったはずだけど……。そう思いながら 
台所へ向かうと、自動調理器のディスプレイにメッセージが表示されていた。 

『道重さんのコンピューターにアクセスしてちょっといたずらしちゃいました。 
 帰ってきたらまた一緒に行きましょうね』 

自動調理器を開けると、そこにはスパゲッティーが入っていた。 
私は子どもみたいに大きな声で泣いた。 
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