戦争ネタは接心の定番霊言のようです。当家の信者も どこのどなたわからない軍服の方(親戚の親戚ぐらいかな)を多数の施餓鬼の中の一つとして500円払ってわざわざ拝んでいます。戦争に従軍されて日本のために働かれたそのかたが(本来英霊として神様となっておられるとの解釈があるくらいです。)、死して後、欺されたとはいえ子孫の一人から餓鬼扱いされ1回500円の教団収入の元手にされている、なんと独善的で、失礼で、かわいそうな話なんでしょうか。もし私が当人ならば死後こんなに失礼な扱いを受ければそれこそ怒り狂うと思います。しかし、実際それにより何もおこらないのはそれこそ霊や霊界が現世に影響を及ぼす物でない証明だと考えられます。

 日本は太平洋戦争では戦没者約310万人と資料にはあります。しかし栄養失調等それ以外の原因で2次的に亡くなった人はまだまだいたでしょう。1940年の日本の総人口は国外の人間を入れて約7300万人、と言うことは戦没者だけでも当時23.5人に一人が戦争のため命を奪われたことになります。
 日本国民なら親戚中で少なくとも1〜2人は戦没してるのですね。でもそれは、今から50年以上前の話、その人の死に様や行った行為など、到底現在までもうまともに伝わっていないと思います。子供の頃に誰かに聞いた話や、伝聞になり枝葉や誇張がくっついていたりするでしょう。

 しかし、これは接心での良いコールドリーディング(はったり)の種になります。まず、誰でもその家には一族の中に 戦争にかかわった者が絶対います。だからそこに言及した霊言は絶対に当たるのですね。そして、接心を受ける本人はそのことを今時意識せずに生活して来ました。ここが不安な心へのつけ込みどころです。少々、はずれた事を吹聴しておいても、その後霊言を聞いた者は勝手にその話に合わせた戦没者を わざわざ探しだし自ら接心を真実と思いこんでゆく。

 実際は、今接心を受けた者に起こっている悪いことと、50年前の人がやった行いや死に様には、それとの実際の因果関係は全くありません。直接物理的に現在接触関係しあわない個体同士に因果関係が発生するはずが無いのですから。
しかし、ここで接心の「場」で目をつぶり、トランス(内向き思考)状態に誘導され、事前に論理的思考を抑制するように注意されている信徒に対し(註・トランス状態の解説を見ると、なにかとてつもなく怖い事をされているように感じるが、実際は、静かなところで目をつぶるだけという、視覚聴覚が遮断された状態だけで軽いトランス状態に人は入る。このときに事前に権威あると暗示されている人間から、厳かに何かをささやかれると、それだけで、その内容を吟味することなく信じ込んでしまう状況になる)、霊能の担当者は認知を歪ませる霊言を浴びせる。
全く無関係のこの2つを「因縁」という空想の概念で結びつけさせ。実際は存在しない因果関係をビリーフ(思いこみ)にすり込んでしまう。
 そして言外には、事態がより悪くなるという恐怖感を仕込んで行きます。それは直接霊能が脅しを言葉にして言わなくても、その後導き親や経親に上求菩提する際その会話上によく出てきます。そしてそれは、明文化されず口頭で何気なく会話の中で繰り返し行われるため、徐々に脅しとして効果を表しますが、はっきりとした脅迫とは認識させません。そしてここには救いも用意します。それが施餓鬼(真如苑への献金)や三つの歩み。つまり教団のために働かせ依存させることですね。

 どちらにしても、信徒は客観的に外から眺めた場合うかがい知れるカラクリがあったとしても、すでに認知の歪みを与えられているため、「接心はすごい。私の知らなかったことも見通された。」というような思いになりマインドコントロールが深化して行くことになります。これが基本形の一つだと思いますね。

 あと、戦争は、殺し殺されが当たり前。お互いそれぞれの集団がお互いの正義を守るため行うその時の個人にはあらがうことのできない仕方のない行為だと思います。そのため、有史以前からどれだけの戦争が起こり、多くの人たちが殺し合いをしてきたと考えられるでしょう。それにより、いちいち「因縁」というものが発生し、個人についてしまうのなら、今この世に生きてる全ての人たちに沢山の過去からの「因縁」がくっついていることになります、それならば全ての人に同じような悪いことが起こらなければなりません。それなのに、どうして霊言を聞いてる者にだけに戦争を原因とした悪いことが起こってるのでしょう? 
 そしてなぜ太平洋戦争の単独エピソードをこのときにワザワザ持ち出すのでしょう?戦争は、石器時代の遺跡からも痕跡が発見されるように何千年前からもあったはずなのに。太平洋戦争時のエピソードのみが直接今に響くなんて説明がつかないですよね。

 もしここで、「あなたの先祖は、663年白村江の戦いで新羅の兵を5人殺したました・・・その苦しみがあなたの娘さんの病気に出ています」なん霊言に出てきたらどうします?これじゃ歴史の教科書読んでいるみたいで全くリアリティーがありませんね。
 そう話にリアリティを出すために、それとなく脅かすためにイメージしやすい太平洋戦争エピソードなんだと思えませんか。白村江の戦いとか壬申の乱などだと、その先祖の似顔絵すら手に入る事はなく、どこの誰かは探り出すことなど不可能で、それを言うと大変ウソっぽくなります。しかし、太平洋戦争の頃なら古いアルバムに白黒の写真が残っていたりして、どこの誰だかイメージしやすくなり、リアリティーが増すことになります。
 それとともに単純にリアリティーだけではなく、デジカメに切り替わった現代、普通の人が亡くなった方の古い白黒写真を見ると何がしかの恐ろしさを感じ取れる心理状態になりやすいと思います。「一如の道」内の写真を白黒のまま継続し幼児の智文氏のイラストや学生服や稚児導師姿の友一氏の写真がわざわざあるのは、その心理効果を考慮していつまでもあのままにしてあると思えて仕方ありません。
 実際、他の印刷物ではイラストはカラーになっていますからね。発刊50周年での新訂修治版でその部分をカラーにしても良かったはずです。あれだけの豪華な印刷物を発刊しているところがその中心となる教書で、大事な双童子様を白黒のままですからね。教書を一見質素(なわりに、小口が金装してあるのが解せませんね。)にしているのはこのようなところまで厳かな感じ、何かありそうな感じを思わせる心理効果を考えてあると見ています。閑話休題。

 どちらにしてもワザワザ太平洋戦争なのは話にリアリティを出すために、それとなく脅かすためにイメージしやすいエピソードなんだと思えませんか。私はここには 霊言は霊界なんてところから来るのではなく、明らかに人為的な心理学に則した根底に恐怖を仕込むために作り出された一連の物であるとしか思えないのです。。このような明らかなコールドリードの技法が見て取れるのは、教団にははっきりした目的がありそれに沿った定番の作戦があるからとしか私は思えないのです。

 接心霊言の各記録を読んでいても分かるのですが、因縁は先祖からのものではなくある程度その霊能がプールしてある霊言の選択肢の中から自分の経験に基づき、相談信徒の状態をパターン認識し、言ってみれば適当につけているのでないでしょうか。接心を受ける回数が増えるごとにあるパターンの因縁が示されていることが記録から読取れますからね。そして、世に言う「因縁をつける」とはまさにこのことなのかも知れませんね。


 最後に、ある人間にとって悪いことが起きたと感じること。それは主観に過ぎません。同じ事が起こったとしても、ある人にとっては悪いことでも、別に人にとっては良いこと嬉しいことかも知れません。たとえば私にとって今までの人生で最悪の出来事は、自分の大事にしてきた最愛の家族の中に真如苑が秘密裏に侵入し、気がついたときは周囲に多大な迷惑をかけてしまい、(迷惑をかけた本人は困ったことに良いことをしたと思っている。)営々と作ってきた家族の関係や他の大事な人たちとの関係が修復が不可能な状態にまでなっていると言うことです。でも信徒にとっては良いことを行ってきたと考えているのです。
 そうマインドコントロール下の真如信徒の方にとっては、真如苑により他人が不幸になって行くこと自身あり得ない、考えられもしないことのようです。恐ろしいことに、「被害などは全部ウソもし被害に合った人がいるなら、ここに連れてきてみろ」と、被害者である私の目の前で堂々と言ったほどです。他の掲示板の報告にも顕著に表れていますが、教団は人の視野をより狭く誘導し捏造した単純な原因を示しそのことをわから無くさせ自らに依存させる手法をとるため。信徒は自分(=教団)中心の考えに固執し、もう他人の心やその大きな悲しみを感じる、自分自身の柔らかな心は無くされてしまっているのです。でもそれではお話になりません。こんな事で、こんなつまらないことで・・・作り上げてきた幸せを無くすなど全くの不条理です。私は今後もギリギリのところまで、子供たちを守り幸せな家庭を取り戻せるよう戦い続けようと思っています。
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