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蛮族について


蛮族 バーバリアン Barbarian 中級職 戦士系 物理威力UP 東南アジア系 海洋島嶼兵士
辺境の未開地に住む人々のことを、文化が違うというだけで野蛮と決め付け、見下した呼び方。
しかし、彼らの自然と調和した生き方は、文化というものの価値基準を問うものである。
高い身体能力を持ち、精霊と話すことができるという彼らは、きっと心強い仲間となることだろう。

巫の古式と同じように複数の武器を装備できる。頭に吹き矢系、装飾品にお札系。
刀剣類など刃物の扱いに慣れておらず、棍棒や爪などを得意武器としている。
これでメイン・サブの武器と合わせると5回攻撃となる。物理威力UPもあり火力が高い。

英語名の綴りについて


遊楽者(吟遊詩人)Bardと蛮族(バーバリアン)Barbarianにおける最初の3文字bar全く綴りが一緒なのが困り者だ
ロマ(Roma)はPS2の時までであったが、ジプシー(Gypsy)と同じで差別用語らしい

Bard(en)。ドルイドの中の、神話や歴史、法律などを詩歌の形で記憶し伝承する役目に特化した専門職。
吟遊詩人と呼ぶこともある。ミンストレル(Minstrel)は、中世ヨーロッパにおいて宮廷に仕えた職業芸人達の事を指す。

というわけで従来の遊楽者はバード(Bard)からミンストレル(Minstrel)に変更してくれ。
バーバリアン(Barbarian)以外に良い英語名がないし、流転の民なんだから度重なる名称変更もイメージに合うだろう。
できれば以前アイテムであったタロットカードを復活してもいいだろう。PS2版からシステム変更されてしまったが。

修道僧(Monk)からグラディエイター(Gladiator)に変更になったのと同様に
バード(Bard)からミンストレル(Minstrel)に変更してもらおうか?

魔術師(Mage)と使用人(Maid)もかなり似ているので従者(follower)へ変更してもらうと助かる
日本語名はいいから英語名だけでも変更したほうがいい、今のメイドのままだと女性名詞である。




バルバロイ


バルバロス(βάρβαρος)とは、ギリシア人の他民族に対する呼称。複数形がバルバロイ(βάρβαροι)。

ギリシア人は自らを「ヘレネスの子ら(ヘレネス)」と呼んでそれ以外の民族をバルバロス(バルバロイ)とした。

バルバロス(聞きづらい言葉を話す者・訳の分からない言葉を話す者)とは、
バルカン半島東部(ギリシアの北東)のトラキア地方に住むトラキア人や、ペルシャ人のことである。
トラキア人は、長い間周辺の国々で奴隷としてひどい扱いを受けてきた。
由来としてはギリシア人から異民族の言葉は「バルバルバル」と聞こえたからといわれている。
当初は「野蛮人」という意味合いはなかったが、徐々に野蛮人を指すようになった。
英語の「barbarian(野蛮人)」の語源でもある。

南蛮


南蛮(なんばん)あるいは蛮(ばん)は、四夷のひとつであり、
中国大陸を制した朝廷が南方の帰順しない異民族に対して用いた蔑称である。

「蛮」は、本来は中原で都市文明を営んでいた漢民族が、南に住む未開民族に対する呼び名であったが、
やがて中華思想における四夷のひとつとなり、中国大陸を制した国が南西方面の帰順しない異民族に対する呼称となった。
「蛮」という漢字は、部首に「虫」を用いて、人ではないことを示した悪字である。
現在でも、「野蛮」「蛮族」「蛮行」などの熟語が、粗野であるという意味を込めて用いられている。

異民族支配の時期でも「南蛮」という蔑称の概念を継続したように、先進文明としての中華に相対する蔑称である。

日本でも当初は同様の意味で用いられていたが、15世紀にヨーロッパ人との南蛮貿易が始まって以降は、
主にヨーロッパや東南アジアの文物を指す語となった。

中華思想は日本にも取り入れられ、「蛮」という語は『日本書紀』の時代には
朝鮮半島南部の未開地や薩摩の西の五色島、薩摩七島、琉球を指す語として用いられた。

16世紀、ポルトガルとスペインのイベリア半島諸国が、
インドから東南アジア一帯の港湾都市や島嶼域の貿易拠点の一部に植民地を得て、交易圏を日本にまで伸ばしてきた。
これらの諸国と日本との南蛮貿易が始まると、貿易によってもたらされた文物を「南蛮」と称するようになった。
やがて、本来は人に対する蔑称であった「南蛮」が、侮蔑語というよりは、異国風で物珍しい文物を指す語
(昭和初期までの「舶来」と同義)として使われるようになった。
同時に、人に対する呼び名としては南蛮人(なんばんじん)という言葉が生まれた。

南蛮と同類の言葉に紅毛があり、南欧系の南蛮に対し、北欧系のイギリス人やオランダ人を意味した。

マラッカ海峡航路の東西交易


かつて古代エジプト・古代ローマ・アラビア・アフリカ・トルコ・ペルシャ・インドなど、
海峡西方の諸国からの物資を運んできた貿易船は、現在のマレーシア西海岸のケダ州の港を使用した。
当時は6月から11月にかけて吹く貿易風に乗って、西からの貿易船がケダに着き、
12月から3月に反対方向の風に乗って帰っていった。ケダにははしけ、人足、ゾウ、税関などが整備されあり、
ここに着いた荷物は陸路マレー半島東海岸のクランタン州周辺に向け運ばれた。
中国などへの貿易船は、クランタンなど東海岸から入出航していた。
ケダは6世紀頃有名な港として栄えたが、マラッカ海峡を通る航路が開拓されると廃れていった。



マラッカを中心とする交易は、王国の商業共通語であるマレー語の使用地域を広げ、語彙の発達に影響を与えた。
本来はマラッカ海峡の一地域で話されていたマレー語がマラッカ商人が訪れた土地に広まり、
アラビア語、ペルシャ語、タミル語、ジャワ語など交易の相手国で話されていた言語の単語がマレー語の語彙に加わった。
ポルトガルがマラッカに来航した16世紀初頭になると、スマトラ東岸部の住民の多くはマレー語を話すことができ、
フェルディナンド・マゼランが到達した1521年当時のフィリピンでも、
現地の住民はマゼランが連れていたスマトラ出身の奴隷が話すマレー語を介することができたという。

ジョホール王家が編纂したマレーの年代記『スジャラ・ムラユ』、
1512年から1515年にかけて書かれた『東方諸国記(スマ・オリエンタル)』の著者であるトメ・ピレスら
16世紀のポルトガル人が残した記録がマラッカ王国を研究する主要な史料として用いられている。
馬歓の『瀛涯勝覧』、費信の『星槎勝覧』、鞏珍の『西洋番国志』といった鄭和艦隊の同乗者による航海記録、
琉球王国の外交記録である『歴代宝案』、その他『明史』『明実録』などの東アジア世界の史料にも、
マラッカ王国についての記述が散見される。アラブ世界の史料としては、
15世紀のアラブの航海者イブン・マージド、その弟子のスライマーン・アルマフリーが著した航海書が挙げられる。

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