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タグ検索で平成3年は5件見つかりました。
甦えるヴェイユ
わたしは初期ヴェイユのかんがえを説明しながら、できるだけわからないようにじぶんのかんがえをブレンドするように試みた。これが『甦えるヴェイユ』という総題にした理由のひとつだといえる。ヴェイユの思想は初期の「革命」の考察から後期の「神」の考察にいたるまで、ひろい振幅をもっている。これは革命の思想をすてて神学にかえっていったという意味を必然ということ以外にはもっていない。革命思想を内在化し、内攻させていった資質の方向に堀りすすんで、神の考察にどうしてもぶつかっていった方があっているとおもう。そこからみれば『甦
https://seesaawiki.jp/w/shomon/d/%e1%b4%a4%a8%a4%e... - 2006年12月10日更新
消費税
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消費支出が収入の50%以上で、消費のうちの選択的消費が50%以上である社会では、消費税法をとるのは当たりまえなのです。何を基準に当りまえというかといいますと、一般大衆を基準にかんがえたばあいです。一般大衆は50%以上選んで消費ができる段階に入っていますから、税金を払いたくなければ使わなければいいということになります。節約すればそれだけ税金を払わなくても済みます。消費税に切り換えれば、それができるのです。
(「現代を読む」1991.10.20前橋煥乎堂文藝講座講演於煥乎堂音楽センター「大情況論」1992.
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現在の公害問題
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多数を占めているのは、第二次産業と第三次産業の境界におこる公害だということは理論的に歴然としています。どういうことかというと、精神の障害の問題だとおもいます。境界線がはっきりしないボーダーラインでの、精神の異常とか正常とかいったことが、いまでも顕在化しているでしょう。それが現在に入った社会では、潜在的にいちばんおおきな公害問題だし、これからおこってくる公害問題も、そこにいくことは疑いないことです。
(「現代を読む」1991.10.20前橋煥乎堂文藝講座講演於煥乎堂音楽センター「大情況論」1992.3弓立
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日本国憲法第九条
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日本国憲法第二章(戦争の放棄)第九条は、戦後新憲法の中ではただひとつの取り柄のあるものだ。この条項だけは現在のところ世界の資本主義「国」と社会主義「国」とそれ以外の諸国の軍隊規定のなかで、いちばん進歩した優れたものだといえる。そこでわたしの願望を理想化していえば現存している地球上の国家は、この日本国の憲法第九条にならうべきだとおもう。はっきり断っておきたいのだが、このわたしの場所は、遠い隔りから平和憲法に照らしてこの中東戦争に反対だ、戦争は人命と環境の破壊だからという社共や市民主義者の主張とは似て非なる
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母の型式は子どもの運命を決めてしまう
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母の型式は子どもの運命を決めてしまう。この概念は存在するときは不在というもの、たぶん死にとても似たものだ。母親の型式は種族、民族、文明の形式にまでひろげることができる。また子どもの運命は、生と死、生活の様式、地位、性格にまでひろげられ、また形式的な偶然、運命的な偶然の連関とも不憫ともみなせる。この決めにくい主題が成り立つ場所があるとすれば、ただひとつ、出生に前後する時期の母親と胎乳児とのかかわる場だとみなされる。もっとこまかくいえば、それは受胎八か月から出生後一年くらいのあいだといえよう。
(「母型論」
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