北海道農会報 第十八巻第四号 (大正七年四月二十八日発行)


農学博士 半澤洵
東北帝国大学農科大学応用菌学教室に於ては、納豆菌(Nattokin)なる名称の下に、透明又は多少混濁せる液体を約10竓程、密閉せる硝子管に充たし、是を販売す。該水溶液は即ち納豆細菌(Bacillus Natto)の純粋培養を殺菌蒸留水中に混和せるものにして、細菌の多くは胞子の形に於て、見出さるるものなり。
本菌は現札幌税務監督局技手江口 (転載者注:井口の間違い)重次氏が在学中、応用菌学教室に於て、卒業論文として研究せる、札幌区大通東4丁目藍氏製造納豆(今の大学納豆)より、分離せる純粋培養にして、曩に澤村博士並に村松学士等が、内地産納豆より分離せる細菌と、略ぼ相類似のものたり。
井口氏は尚ほ四種の細菌を同一納豆より分離し、各種を単独に叉は全部混合して、大豆に接種し、其製品に就て化学的分析を行ひ、これによりて納豆菌使用の納豆は、其品質最も良好なるを見出せり。即ち粘質物の形成は多量にして、著しく索縷性を有し、其香気は愛すべくして、毫も不快の臭気を有せず。
元来納豆は納豆菌純粋培養を以て、良好に調整し得べきは、澤村博士等の夙に唱導せるところにして、細菌学専攻者に取りては、新規の事にあらざるなり。寧ろ本菌以前に、他の細菌種類の混合して、大豆上に接種する時は、粘質物の形成は大に妨害せられ、尚ほ不快の臭気を随伴して、納豆の品質を悪変するに至るものなり。
元来の納豆に発育する細菌は、豆又は藁より由来するものにて、其藁の清潔の程度によりて、之に付着する細菌の種類を異にす。故に同一稲藁を使用するも、其製品は常に一様ならずして、時に良好なるものを生じ、時に又食うに堪えざる納豆を造ることあり。前者に在りては、藁に固有の納豆菌を多量に付着し、後者に在りては、固有納豆菌の少数なるか、又は全く之を付着せざるか、又は他の有害細菌の多数に混合するによるか、何れかによるものなるべし。
若し納豆が単一細菌の発育によりて、良好に調整せらるるものとすれば、即ち所謂納豆は、納豆菌によりて調整せらるるものとすれば、之を純粋に培養せる納豆菌を使用するの、安全にして然も合理的なるに如かざるなり。
是れ応用菌学教室に於て、納豆菌を販売する所以なりとす。
細菌学の進歩に伴ひ、此種の純粋培養の利用を、益々盛ならしむるは、斯学に志す者の努むべきことにして、現今乳酸菌、各種酒精発酵酵母等は、既に一般に応用せらるる所なり。
納豆菌使用の学術的にして、又衛生的なる、吾人の喋々を要せざる所なり。
尚ほ在来の納豆は、小苞に含有せらるるにより、大家族又は多数の人員を有する商店、並に寄宿舎、兵営、病院等に在りては、之を食膳に供するに、時間の不経済を唱ふるあるにより、本菌使用によりて、多量を一時に調整するは、遥に便利なる方法なり。
加之其味の佳良なるに於ておや。
本菌は現札幌税務監督局技手江口 (転載者注:井口の間違い)重次氏が在学中、応用菌学教室に於て、卒業論文として研究せる、札幌区大通東4丁目藍氏製造納豆(今の大学納豆)より、分離せる純粋培養にして、曩に澤村博士並に村松学士等が、内地産納豆より分離せる細菌と、略ぼ相類似のものたり。
井口氏は尚ほ四種の細菌を同一納豆より分離し、各種を単独に叉は全部混合して、大豆に接種し、其製品に就て化学的分析を行ひ、これによりて納豆菌使用の納豆は、其品質最も良好なるを見出せり。即ち粘質物の形成は多量にして、著しく索縷性を有し、其香気は愛すべくして、毫も不快の臭気を有せず。
元来納豆は納豆菌純粋培養を以て、良好に調整し得べきは、澤村博士等の夙に唱導せるところにして、細菌学専攻者に取りては、新規の事にあらざるなり。寧ろ本菌以前に、他の細菌種類の混合して、大豆上に接種する時は、粘質物の形成は大に妨害せられ、尚ほ不快の臭気を随伴して、納豆の品質を悪変するに至るものなり。
元来の納豆に発育する細菌は、豆又は藁より由来するものにて、其藁の清潔の程度によりて、之に付着する細菌の種類を異にす。故に同一稲藁を使用するも、其製品は常に一様ならずして、時に良好なるものを生じ、時に又食うに堪えざる納豆を造ることあり。前者に在りては、藁に固有の納豆菌を多量に付着し、後者に在りては、固有納豆菌の少数なるか、又は全く之を付着せざるか、又は他の有害細菌の多数に混合するによるか、何れかによるものなるべし。
若し納豆が単一細菌の発育によりて、良好に調整せらるるものとすれば、即ち所謂納豆は、納豆菌によりて調整せらるるものとすれば、之を純粋に培養せる納豆菌を使用するの、安全にして然も合理的なるに如かざるなり。
是れ応用菌学教室に於て、納豆菌を販売する所以なりとす。
細菌学の進歩に伴ひ、此種の純粋培養の利用を、益々盛ならしむるは、斯学に志す者の努むべきことにして、現今乳酸菌、各種酒精発酵酵母等は、既に一般に応用せらるる所なり。
納豆菌使用の学術的にして、又衛生的なる、吾人の喋々を要せざる所なり。
尚ほ在来の納豆は、小苞に含有せらるるにより、大家族又は多数の人員を有する商店、並に寄宿舎、兵営、病院等に在りては、之を食膳に供するに、時間の不経済を唱ふるあるにより、本菌使用によりて、多量を一時に調整するは、遥に便利なる方法なり。
加之其味の佳良なるに於ておや。
納豆菌は水分の比較的僅少なる所に発育する、好熱性細菌にして、摂氏四十度乃至五十度に於て、最も旺盛なる発育増殖を来たすものなり。故に本菌の使用者は、豆の含有する水分、並に之を発育せしむる温度に、注意せざるべからず。
納豆調整に当りては、先ず小粒の大豆を精選して、一夜間浸水し、後ち之を容器に入れて、烝熟(水蒸気にて、恰も餅米を蒸すが如く)して軟化せしめ、両指間にて圧して、容易に破壊するに至らしむ。
若し水煮して軟化せしむる時は、浸出せる液体は、全部豆に吸収せしむべし。
斯く烝熟せる大豆を、適宜の容器に浅層に入れ、温度の摂氏四五十度に冷却せる後、納豆菌を注加して、能く豆と混合したる後、適宜の器物に分配して、暖所に置くも良し。
保温の装置又は温度を与ふるの目的には、麹室又は孵卵器、又は木製の木箱の下部に、火鉢を置きて、僅かの炎気を与へて、必要なる時間丈け温暖ならしむべし。又炬燵の内に入れて造り、或は瓶内に入れて炉辺に置き、時々火に面する側辺を変じて、器の一様に温まる様にするも可なり。又機関室の温暖なる箇所保持するもよし。
若し煮熟大豆に大量の水分を含有する時は、製品に粘質物を形成する事、極めて小許となるを以て、蓋は紙又は容易に水分の蒸散するものを用ふべし。
納豆調整用の器物は、木製の枠(例へば麹調整用のもの)又は竹製の笊(味噌濾し等)、又は陶器製の蓋物硝子製の皿等何にてもよし。何れも上記殺菌、又は出来べくば、乾熱殺菌を行ふ時は、良好なる製品を作り得べし。
納豆調整に当りては、先ず小粒の大豆を精選して、一夜間浸水し、後ち之を容器に入れて、烝熟(水蒸気にて、恰も餅米を蒸すが如く)して軟化せしめ、両指間にて圧して、容易に破壊するに至らしむ。
若し水煮して軟化せしむる時は、浸出せる液体は、全部豆に吸収せしむべし。
斯く烝熟せる大豆を、適宜の容器に浅層に入れ、温度の摂氏四五十度に冷却せる後、納豆菌を注加して、能く豆と混合したる後、適宜の器物に分配して、暖所に置くも良し。
保温の装置又は温度を与ふるの目的には、麹室又は孵卵器、又は木製の木箱の下部に、火鉢を置きて、僅かの炎気を与へて、必要なる時間丈け温暖ならしむべし。又炬燵の内に入れて造り、或は瓶内に入れて炉辺に置き、時々火に面する側辺を変じて、器の一様に温まる様にするも可なり。又機関室の温暖なる箇所保持するもよし。
若し煮熟大豆に大量の水分を含有する時は、製品に粘質物を形成する事、極めて小許となるを以て、蓋は紙又は容易に水分の蒸散するものを用ふべし。
納豆調整用の器物は、木製の枠(例へば麹調整用のもの)又は竹製の笊(味噌濾し等)、又は陶器製の蓋物硝子製の皿等何にてもよし。何れも上記殺菌、又は出来べくば、乾熱殺菌を行ふ時は、良好なる製品を作り得べし。
納豆菌を使用して調整せる納豆は、大豆の表面に灰白色の薄き皮膜を有し、粒々相密着して、動かすも分離せず、倒下するも豆の落下せざる程、多量の粘質物を形成す。
温所に於ては、該細菌は大豆養皮、及其他の分解を来すによりて、アンモニヤ瓦斯、其他尿の発酵当時の如き、悪臭を付随す。該臭気は密閉せられたる器物内に最も著し。是れ分解によりて生ぜる臭気の、発散するに途なきによる。故に之を一日間冷所に蓋を除去して(但し在室中、塵埃の落下を防ぎて)放置するか、又は其間度々之を撹拌する時は、漸次悪臭は飛散して、遂に納豆固有の芳香を放つに至る。
在来の納豆は、藁にて包まれあるを以て、分解産物たる悪臭は、前より常に容易に飛散するを以て、臭気少なし。納豆製造販売人は、之を尚ほ一日間冷室に保存して後販売す。故に吾人の食膳に供せらるる時には、此等の臭気は殆ど消失せる後なるを以て固有の芳香を発するに至るものなり。
納豆の豆の色は、長く室内に置かるる時は、黒色となるものなり。
一時に多量を調整する事は、寒冷の時は差支えなきも、夏期に在りては、氷室の設備なき所にては、危険なり。是れ往々夏期に於て、在来の納豆製造販売業者の、失敗を招く所以にして、藁に付着する多数の細菌は、納豆菌を除きて、多くは好熱性にあらずして。摂氏五十度内外に於て、発育増殖すること能はず。
故に室内に於ては、発育せざれども、夏期の温暖なる、摂氏二十度内外の室温にては、納豆菌以外の細菌を増殖して、納豆を腐敗(酸敗)に陥らしむるものなり。若し氷室を有する人々の、納豆菌を使用して、納豆を調整する時は、夏期といへども、良好なる納豆を調整し得べし。
又在来の藁を使用する納豆製造人も、煮熟大豆納豆菌を注加して、藁苞内に分配する時は、在来よりも尚ほ品質良好なる、納豆を調整し得べしと信ず。
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近代納豆文献リスト
温所に於ては、該細菌は大豆養皮、及其他の分解を来すによりて、アンモニヤ瓦斯、其他尿の発酵当時の如き、悪臭を付随す。該臭気は密閉せられたる器物内に最も著し。是れ分解によりて生ぜる臭気の、発散するに途なきによる。故に之を一日間冷所に蓋を除去して(但し在室中、塵埃の落下を防ぎて)放置するか、又は其間度々之を撹拌する時は、漸次悪臭は飛散して、遂に納豆固有の芳香を放つに至る。
在来の納豆は、藁にて包まれあるを以て、分解産物たる悪臭は、前より常に容易に飛散するを以て、臭気少なし。納豆製造販売人は、之を尚ほ一日間冷室に保存して後販売す。故に吾人の食膳に供せらるる時には、此等の臭気は殆ど消失せる後なるを以て固有の芳香を発するに至るものなり。
納豆の豆の色は、長く室内に置かるる時は、黒色となるものなり。
一時に多量を調整する事は、寒冷の時は差支えなきも、夏期に在りては、氷室の設備なき所にては、危険なり。是れ往々夏期に於て、在来の納豆製造販売業者の、失敗を招く所以にして、藁に付着する多数の細菌は、納豆菌を除きて、多くは好熱性にあらずして。摂氏五十度内外に於て、発育増殖すること能はず。
故に室内に於ては、発育せざれども、夏期の温暖なる、摂氏二十度内外の室温にては、納豆菌以外の細菌を増殖して、納豆を腐敗(酸敗)に陥らしむるものなり。若し氷室を有する人々の、納豆菌を使用して、納豆を調整する時は、夏期といへども、良好なる納豆を調整し得べし。
又在来の藁を使用する納豆製造人も、煮熟大豆納豆菌を注加して、藁苞内に分配する時は、在来よりも尚ほ品質良好なる、納豆を調整し得べしと信ず。
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