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新宿納豆の名で知られ、秋田大豆を使用した東京納豆を作り続けていた高橋商店納豆製造所
廃業直前の2010年2月に製造所を訪問。納豆作りのあれこれをうかがいました。
(この記事は七転納豆ブログからの転載です)

1. 高橋さんの納豆の作り方

まずは、高橋さんの納豆の造り方を教えていただけますか。

まず、洗った大豆を水に漬けます。
だいたい半日くらい。でも、夏と冬では違うよ。
昔は冬になると薄氷が貼ったけど、最近は冬でも暖かかったりするし、この漬ける時間に一番気を使うね。

この辺は井戸の残っているところが多いですが。

親父の頃は井戸水を使っていたけど、(東京)オリンピックあたりから水が出なくなって。
もう埋めちゃったね。
うちの井戸は浅かったから、近所より(枯れるのが)早かった。

井戸水は冷たいけど、水道水で作るようになって、そのあたりのカンが違うので、よく親父とけんかしたな。

水に漬かった豆を出したら、もう一回洗って、今度は釜に入れる。

この釜は固定釜ですね。

もう、60年もうちで使ってる。うちにくる前は、味噌屋で使ってたらしいから、どのくらいになるのかねぇ。
この釜は、下から蒸気を吹上げる仕組みになってて。。今の釜は上からでしょう。
豆を入れて,蒸気が上に抜けるのに少し時間がかかるのよ。

で、豆が煮えたら、菌をかけて、手盛りで器に移して、向こうの室に入れる。
39度から40度ちょっとくらいで20時間くらい。
ぜんぶ、自分で設定できるから、ここはそんなに難しくない

室の上と下で発酵条件が違うと聞いたのですが。

石室の頃は途中で入れ替えしたね。
大谷石の石室。
室の中が狭くて、量が入らないし、中に入る時はかがんで入らないといけない。
今の室は、(雰囲気が安定した)一番いいところだけ使っているから、入れ替えはしない。
最近の室は、撹拌装置とか湿度調節もついてるし。

発酵が終わったら室の中でそのまま冷やして、そのあと隣の冷蔵庫に移す。

こっちの冷蔵庫。この中に入れて冷熟させるわけ。
昔はね、発酵が終わったらそのまま売っていたのだから。温かいままだったんじゃないの。

室出ししたら、外に並べてあら熱は抜いたけどね、今みたいな季節なら、すぐ冷たくなるけど。

たまにね、お年寄りなんかで、発酵終わってすぐのが美味しいって言って買いにくる人もいるけどね。
でもね、(冷熟させた)今の方がおいしいと思うよ。

うちの納豆はね、賞味期限過ぎた頃くらいが一番美味しいんじゃないかな。

2. 使っているのは大粒の秋田と小粒のスズマル

○ひと言えば大粒の秋田大豆。
でも、秋田大豆といえば普通は中粒ですよね。

「昔に比べれば小さくなったけど。。じゃぁ、見てみる?」
と大豆倉庫に案内される。

うちの秋田は、北海道の十勝産。
こっちの袋がね、仕入れてきたままのもの。
うちは、これを手選りで粒を揃えている。
それが、こっちの袋。

大変な作業をしているのに、さらっと説明してくれました。

こっちの袋は小粒用。
うちはスズマルを使ってる。

スズマルですか!
他社なら「北海道産鈴丸大豆使用」と大きくうたう品種なのに。

手選りの大粒秋田。小粒のスズマル。
これでこの値段は安すぎます。

もうちょっと高くてもいいんだろうけど、うちはこれで食べてこれたから。

高橋さんの説明に泣かされます。

3. 冷熟のこと

もうひとつ教えてもらっても良いでしょうか。
発酵終了後の冷熟はどのくらいですか?

そう質問したところ、指差したのがこの冷蔵庫。

掲示をそのまま記述しましょう。

ムロから出た製品は最長五日間冷蔵庫にて熟成期間とする。
出荷時に最長10日間の賞味期限を表記すること。

それで見せたいただいたのがこちらの納豆。
冷熟過程に入れたばかりの○ひ納豆です。

水曜日に仕込んだ納豆で冷熟一日目(取材したのは土曜日です)。
ちょっと青みを帯びた豆。
香りも若く、甘やかな香り。

この甘やかな香り。大力納豆さんや志賀食品さんで嗅いだ香りによく似ています。

4. 納豆菌のこと

この甘やかな香りは、ひょっとして。。

うちは成瀬菌を使ってる。
三浦菌と比べると、発酵の加減がちょっと難しいんだけど。

ちょっと得意そうに語ってくれました。
二種混合の成瀬菌は、やはり取扱が難しいようです。

東京の組合でも鑑評会をやっていて、三浦菌と成瀬菌のどちらが良いか、そんな話をよくする。

昔は、大学の先生に頼んで菌の培養をお願いしてたこともあったけど、うまくいかないこともあっていつの間にか成瀬菌になった。

東京の納豆屋さんは、成瀬菌が多いんですか。

いや、やっぱり三浦菌が多い。
でも、ここのところ、いろいろあったからね。

そんな感じで、仙台の宮城野納豆さんにお伺いした時の話などで盛り上がる。
ところで、半澤博士が最初に販売した納豆菌液は白濁した液体だと聞いていたのですが。。

これが、成瀬菌のボトル。
結構透明でしょ。
これを希釈して使うから、豆に撒く時は、水と変わらない。

冷蔵庫から取り出した、金太郎マークのボトルに目が釘付けになってしまいました。

5. 鉄釜のこと

こちらが釜の内側の写真。
この底面の粒々の穴から蒸気が上がってくるのだそうです。


こちらは、もともとついていた安全弁。

圧力が上がりすぎると弁があがって圧力を逃がすという仕組み。現在はこれの十分の一くらいの大きさのパーツが取り付いていました。

二つあったんだけど、ひとつは釜の業界の資料館に寄付したのだそうです。

「ところで、鉄釜で炊くと美味しいと言いますが。」

確かに、鉄釜とステンレス釜じゃ味が違う。
鉄釜で煮ると鉄分が煮豆に入るから、それで美味しいんじゃないの。

でも、鉄釜は手入れがたいへん。

豆を煮るから、油をつかうわけにはいかない。さびが出てきたらワイヤブラシでこすって落とさないといけない。

この鍋を見るとわかるけど。

高橋商店に来てからでも60年オーバーのこの釜。
蓋を固定するためのボルトのネジ山が、すっかりすり減っています。

6. 創業のこと

高橋商店納豆製造所の創業は昭和22年。
大豆は統制下にあり、日々の食に困る時代。
釜はどこから手に入れたのか、日々必要な原料大豆はどこから仕入れたのか。一番の謎だったのですが。

軍隊から復員してきた親父が、食べなくちゃいけないと選んだのが納豆屋。
釜は、栃木だか茨城だかの山の奥のを手に入れた。
廃業した味噌屋だと聞いている。

お父様は、どこかで修行されたのですか?

作り方は近所の納豆屋から聞いたんじゃないのかな。
(そう言って,南側を指差す。水道道路向こうか、甲州街道向こうに納豆屋さんがあったらしい)
昔は一町に一軒納豆屋があったから。豆腐屋みたいに。。

大豆の配給切符は未だに残っている。
それこそ(それじゃ足りないから)、ヤミで仕入れていたのかもね。

ここが創業の場所なのでしょうか?

納豆屋は100坪いると言われて、この場所を手に入れて納豆屋を始めた。

納豆屋は土地がいる。
大豆の倉庫がいるし、室が必要だし、作業場もいる。
今だと、冷蔵庫もいる。

ボイラーだって今とは違う。
三畳ぐらいの場所が要るし、その燃料の置き場も必要だった。
昔は薪で、そのあと石炭。
炊きあがるのに時間はかかるし、煮てる間ずっと人がついてないといけなかった。
(仕事と)タイミングをあわせて煮るのは難しかった。

大豆も(水戸系の)小粒納豆が出回る前は、みんな秋田大豆だった。
いつの間にか小粒が普及しちゃって、しまいには秋田大豆の納豆はゴミがついてるんじゃないかと言われるようになった。

本当の東京納豆を作り続けているのはうちなのに。そんな悔しさがにじんでいたように感じたのは、気のせいでしょうか。

7. 廃業について

「天井がすすけて見えるでしょう」
作業場の天井を指差して言います。

これは、カビではなくて納豆菌のコロニーなのだとか。
だから、長年納豆をつくり続けてきたこの作業場でなくては、同じ味を出すことはできないのだといいます。

釜を変えても、慣れれば元の味に戻せる。
室をかえてもがんばれば何とかなると思う。
でも、これを建て替えてしまうと、たぶん無理だな。

普通の工場でも、予備室を使ったりすると味が変わっちゃうんだから。

長年使い続けてきたこの作業場ですが、最近の衛生基準からすると、もう保健所の許可が下りなくなってしまうのだそうです。

業を続けるなら建て直すしかない。
でも、建て直すとこの味はだせない。

ずっと考え続けた上での結論なのでしょう。
意外に吹っ切れた表情でそう教えていただきました。
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