短編「Interview」

軍神山本

短文外伝「Interview」



「それで、あの戦争の実際とは、どんなものだったのですか?」
 インタヴューはその言葉と共に始まった。
 席に座る老人はその言葉に微笑んだ。ため息をはく。実際、困ったものだと思っているのだろう。無理もない。質問を吐いた自分自身が、自分が出した言葉の無定見―――それこそ、如何とでも取れる程にはっきりせず、そうであるが故に歪めやすい―――さに気が付いたからだ。
「それこそ、あの戦争の意味は多くのものがあると思うね、私は」
 老人は言った。
「ええと、すいません。本来、あの戦争は必要だったのか。そこのところに疑問を感じてしまうわけです。大戦―――第一次世界大戦で世界は数千万の被害者を産み、欧州では平和主義が広まった。少なくとも、人間にとって何が一番大事かを考えさせるには充分すぎる事態だったと思うのですが」
 老人は首を振った。
「人間は救いようがない」
 煙草を取り出し、口にくわえる。
「それこそ、数千年の人間の営み自身が証明しつづけている事実だと思うがね、私は」
「だとしたら、貴方は救いがたい行為を望んで行ったことになります、元帥」
 退役海軍大将――元帥、山本二十一は頷いた。
「まさに」
 頷き、言った。
「あの戦争には様々な意味がある。ドイツにとっては平和と言う題目の下に押し付けられた奴隷制からの脱却を願っていたし、アメリカは恐慌から逃れようとしていた、イギリスには世界を引き受けるだけの力が既になく、フランスはドイツさえ憎んでいればそれでよいと思って―――思い込んでいた。日本は無理な軍拡と政治の腐敗のツケを戦争で取り返そうとし、ロシアは共産主義による世界征服を願う。イタリアはスパゲッティさえ食っていれば良いのにローマを夢見、中国は新しい王朝を作り出そうとしていた。まぁ、一般的に言われているのはこんなところかな?」
 私は頷いた。救いようのない結論だが、間違ってはいない。少なくとも、そう、一般には思われている。
「しかし、私は思うんです。日本があの戦争でなしえた行為はそれまでの日本では決して考えられなかった事態であり、それをなしえた原因は何処にあったのか、と。そこで私は、戦本に行き着きました」
「似たような組織は連合国にもドイツにもあったと思うがね」
 首を振る。
「権力が違う、結果が違う、そして、何より人が違います」
 少し、興奮気味だった。後になってそう思う。
「戦本そのものが問題ではないんです。それを動かしていた人たち―――歴史学者の言う、『灰色の男たち』――記録のない軍人たち。そう、貴方を含む指導部です。あなた方はそれまでの体系からは考えられない兵器を使い、戦術を使い、組織を作り、少なくとも、負けなかった。何故なんですか?どうして―――どうしてそれが出来たんです?そして、あなた方は、一体、何処の、誰なんですか?」
「答える義務はないね。それこそプライバシー権とか言われているものじゃないかな」
 二十一は言った。息を呑む。問うてはならない。そんな雰囲気さえまとわせた言葉だった。呑まれた私は―――後になって後悔したが―――質問を変えざるを得なかった。
「それでは……んんっ、それでは、お聞きします。馬渕大将、あの方については如何思われるのでしょうか?」
「戦場では最高の参謀長、銃後においては最高の軍政官。諧謔と自虐、大胆さと臆病さ。矛盾という言葉はあいつのためにあるんだろうな。これ以上ないくらい愛情に満ち溢れてもいたし、地獄から湧き出たように残酷でもある。化け物。史上最悪の。つまるところ、人間だよ」
 老人はこちらを向いて唇を歪めた。
「あいつをこの世界に引きずり込んだのは私でね。見目の良い後輩がいると仲間に聞いて、まず参謀に加わらせた。嫌な奴だったよ。意見はズバズバ語り始める。無論きっちりとしたデータの裏づけつきで、だ。予測は手堅い、地味なものだったがそれだけに外れることが無かった。それに、常識とやらにとらわれることも少なかったから、筋の通った意見を通す。立派に聞こえるかもしれないが、正論ほど耳心地の悪いものはない」
「複雑な方であることは承知しています」
「いいや、単純だよ。馬鹿と言い換えてもいい」
 少し腹に来るものがあった。この老人が自分をからかっていると思ったのだ。
「そんな顔をしなさんな。からかっているのではなく、本当にそう思っているんだよ、私は」
「詳しく、お願いします」


 ―――――昭和47年初版『灰色の男たち』ウォルター・クロンカイト著 序文に代えて
2007年09月08日(土) 00:33:47 Modified by ID:FAXFXI/dMg




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