Japan Schlag4

 同時刻
 イギリス撤退艦隊 巡洋戦艦『フッド』

「敵艦発砲!」
「馬鹿め、まだ彼我の距離は二〇〇〇〇も開いているではないか」
 巡洋戦艦フッドの艦長を務めるテイラー大佐は口元に笑みを浮かべた。駆逐艦ごときが距離二〇〇〇〇で発砲。やはりドイツは沿岸海軍だな。あんな遠距離で砲を打出しても、駆逐艦程度の主砲では届くはずがない。
 しかし、数瞬後、フッドに対し、山本部隊から発射された二〇発の主砲弾――――八発の38.1糎砲弾と十二発の28糎砲弾が降り注いできた。

「なんだとっ!?」
 いきなり艦の周囲にあがった二〇にも上る水柱を見、テイラーは驚愕を多分に含んだ叫びを挙げた。 
「……艦長!夾叉されました!」
「駆逐艦があんな主砲を……駆逐艦じゃない!戦艦だ!」
 テイラーは顔を蒼ざめさせるとすぐに通信手へ向けて言った。
「フィリップス長官に連絡!敵分隊は戦艦!四隻……おそらく、ビスマルク級二隻とシャルンホルスト級二隻!増援もとむ!フッドだけでは無理だ!」
 しかし、彼がそこまで叫んだ瞬間、ドイツ艦隊の第二斉射が彼の船――――フッドを包み込んだ。そしてそれは、フッドを奈落のそこへと追い落とす『魔弾の射手』―――ビスマルクから放たれたものだった。

 この時、山本艦隊から放たれた砲弾は前と同じ二〇発であった。内訳も同じである。
 このうち、フッドへ命中したのは38.1糎砲二発、28糎砲四発だった。シャルンホルストから放たれた28糎砲弾二発は舷側装甲を大きく削り取り、フッドの外観を著しく損なった。グナイゼナウからの砲弾二発はフッドの煙突を吹き飛ばした。煙突は消失したが、排煙機構に影響はなく、速度も衰える事はない。しかし、光学照準器に煙りがかぶる事になり、照準に著しい手間がかかることとなった。
 ティルピッツから放たれた砲弾はフッドのC砲塔基部に突き刺さった。砲塔は吹き飛び、ターレットリングが歪み、その歪みは後部の燃料タンクから重油を流出させる。
 そして最も大きな損害を――――回復不能な――――与えたのは、ビスマルクからの砲弾だった。ビスマルクの前部砲塔―――B砲塔二番砲から放たれたその38.1糎砲弾はフッドの砲塔天蓋を突き破り、その内部にある主砲弾火薬庫で炸裂したのだった。
 炸裂した爆風はそこにあった主砲用の炸薬を食らい、そしてその大きさを数十倍にも増しながら、船体内部を駆け巡り―――――フッドの竜骨を、叩き折った。

 テイラーが確認し得たのは、後ろから、何かが迫ると言う気配だけだった。



 山本部隊
 旗艦「ビスマルク」


「ご、轟沈……」
 観測員の呆然とした声が艦橋の中へと響き渡った。誰もが眼前の光景に呆然となり、そしてその場から動けずにいる。
「観測員、確認報告」
 ただ一人顔に不敵な笑みを浮かべていた山本は観測員へ報告を促した。
「はっ……はい。……巡洋戦艦、フッド、轟沈を確認……戦艦主砲射程内に敵影見ず」
 山本は通信機にあゆみより、『バロール』との交信を開始した。
「バロール、こちら山本。ただいまの観測見事なり。出来うるならば、次の本国艦隊との交戦にもその腕、振るってくれ」
「こちらバロール、戦果確認。敵船団は貴艦隊と同航しつつ南下、変針を行なう模様」
「了解した」
 山本は交信を終えると命令した。
「聞いたな?」
 山本は艦橋内部の要員達を見まわしながら言った。この会話は全てドイツ語でなされており、艦橋にいたもの達が理解する事に問題はない。全員が山本のほうを見、そして頷いた。
「これよりドイツ海軍第一戦隊は敵、イギリス艦隊と同航砲戦を行なう!全艦砲撃戦準備!」
「ヤー!」


 その頃、イギリス艦隊旗艦ネルソンではフィリップスが舌打ちを漏らしていた。
「くそっ!」
 フィリップスは司令官用の座席、その肘掛を拳で叩いた。顔には怒気が漲り、歯は激しく噛み合わされ、まるでそこに敵がいるかのように前を見詰めていた。
「全艦に命令!変針後、巡洋艦部隊は敵水雷戦隊を排除!戦艦部隊は我に続き、敵ドイツ戦艦部隊を攻撃する!戦艦部隊のうち、ロドネイとバーラムは船団の護衛につけ!いいか、沈んでも輸送船は守るのだ!」
 フィリップスはなんとしてでも作戦の至高の目的である四万人を乗せた船団をスカパ=フローへとつれ帰る事を成そうとしていた。
 フィリップスの内心にあるのは敵に対する怒りと船団に対する思いのみ。本国艦隊からの第二次増援との会合をなすために、何としてでも北上せねばならない!
「入電!本国艦隊からの増援部隊!指揮官は……マウントバッテン少将!」
「通信手、増援部隊の概要を尋ねろ!」
 通信手と増援部隊の間で交信が交される。フィリップスはまんじりともせずにその時間を耐えた。時間にすればほんの数十秒だが、この時間は万金に値する事をフィリップスは知っている。
「本国艦隊からの増援はキング=ジョージ五世!プリンス=オヴ=ウェールズです!」
「完成したか……!」
 本国艦隊から増援として送りこまれたのは、イギリスがこの時期建造していた新造戦艦キング=ジョージ五世級の二隻だ。しかし、この時この二隻の船はあまりにも戦力的に危うい存在だった。
 キング=ジョージ五世は完成していたものの、乗員の慣熟訓練がいまだ終了していない。戦力として運用するには、データ通りにはいかないと考えねばならない。そしてプリンス=オヴ=ウェールズはまだ儀装中であったのを持ち出して来たものだ。ゆえに、まだ艦内には儀装員が多数乗船している。これは、主砲の取り付けが住んでいるため、戦力として運用することが本当に考え物である船だった。
 しかし、本国艦隊司令長官フォーブス元帥、そして第一海軍卿パウンド元帥は、何としてでもこの四万人を本国へとつれ帰るつもりだった。

 何故か。

 そう、この時、イギリス軍はフィリップスと関りのないところで大敗北を喫していたのだった。――――――後に、戦史家によってダンケルクの悲劇、と名付けられる出来事である。
 既に四月から西方戦線において大攻勢――――『黄(Gelb)』作戦を開始したドイツ陸軍により、イギリス・フランスの連合軍は大敗北を喫していたのだった。ドイツ軍の軍靴はフランスを蹂躙し、そして、世界最強(である筈の)のフランス陸軍とイギリス大陸派遣軍を揉み潰していたのだった。
 セダンを突破したドイツ軍第一装甲集団(司令官:ハインツ・グーデリアン上級大将)はフランスを横断。フランス・イギリス連合軍を真っ二つにする事に成功した。フランスとイギリスの連合軍四十万はダンケルク周囲の地域へと押し込められ、空軍と陸軍の波状攻撃の前に青息吐息となる。
 何故四十万もいるのに彼らは翻弄されたのか?
 簡単である。幾ら四十万の兵士がいようとも、それらが満足に戦闘を行なえるだけの、戦場の広さがなかったのだった。それに、ドイツA軍集団(司令官:フォン=ルントシュテット元帥)によって追い散らされたベルギー軍がそこに舞い込んだ事により、混乱は手のつけられないもの――――――破局へと移行した。
 そしてイギリス海峡艦隊と本国艦隊の残存戦力はこれらの部隊の救出作戦『ダイナモ』を発動する事となるが、ハインツ=グーデリアン上級大将のダンケルク突入、海軍の海峡潜水艦封鎖、空軍の連続攻撃によって作戦はイギリス風表現を用いるならば、『三〇%の成功』に留まった。もちろん、救出作戦に使用された輸送船などの多数船舶、そして艦艇は軒並み被害を受け、イギリスは北海の制海権を維持する事すら危ぶまれるようになっていた。
 そしてイギリス本国では――――本国を守る事に必要な陸軍兵力、つまり、兵士が圧倒的に不足していたのだった。フォーブスとパウンドがこれらの救出に力を入れる事は当たり前だった。

 フィリップスは安堵と共にため息を吐いた。
「良し、変針!敵水雷戦隊の状況はどうか!?」
「既に三隻を撃沈!良いです、司令、このままなならば、奴らが魚雷発射位置につく事はありません!」
 しかし、彼らは気付いていなかった。
 既にこの時、木村率いる水雷戦隊は魚雷発射位置につき、魚雷の装填を終えていた事に。

「全艦、統制魚雷戦開始」
 木村は髭を弄びながらイギリス艦隊を見詰め、そして淡々と言った。
 空気が抜けるような音。そして次々と巻き起こる水音。
「司令、第一射、発射完了」
「よろしい。我々は全速で離脱する」
 木村は高声電話に向った。
「水雷長、敵船団までの到達時間は幾らだ?」
「およそ………十二分」
「分かった、通信手!山本元帥に連絡!我等、鮫を追い遣った!」
「了解!」

 ここに、ドッガー=バンク海戦は次の段階を迎える。


 ドッガー=バンクにおいて行なわれている英独の海戦はいままさにその頂点を極めようとしていた。
 ドイツ艦隊とイギリス艦隊は進路を正対に――――つまり、反航砲戦の形をとりつつ接近してゆく。相対距離は約14000メートル。両艦隊が装備する砲の射程圏内としては充分以上ではあるが、近接戦闘が主眼となる夜戦では、この距離では到底命中弾は期待できない。なぜならば、イギリス艦隊は艦隊を無傷でイギリス本国へ連れ帰るという目的を果たすため、このような夜間の戦艦砲戦に必要とされる探照灯をつけないし、隻数で劣るドイツ海軍も、『的』になることを避けるために探照灯をつけないからだ。
 となると、闇雲に両艦隊は砲弾を打ちまくるだけ―――それも、相手の砲火を頼りに―――になり、到底戦果は望めない。

 しかし、レーダーがそれを変えた。

 電子によって艦隊に与えられた目は、このような暗雲の中に置いての戦艦砲戦を可能にするハードウェアであった。イギリスの旗艦、ネルソンの装備するレーダーはいまだ開発段階の試作品であり、距離と概略的な方位しか測定できないとはいえ、『敵が伏在する地域』を判別できるだけでもそれまでの夜間砲戦からすれば、革命的な出来事だった。
 イギリス海軍は自分の優位を疑ってはいなかった。いや、優位などではなく、自分たちの艦隊が無事にスカパ=フローに到着できるという確信があった。
 ここで一つの格言を引用させていただきたい。
 『安易に確信などするものは、特に確信した直後に裏切られやすい』
 ローマの雄弁家、キケロの言葉である。


 一九四〇年 5月28日
 北海 ドッガー=バンク
 ドイツ艦隊 旗艦ビスマルク艦橋

「敵艦隊接近、ラダールに感、距離およそ42000、最大探知区域に入りました」
 レーダー手からの報告が艦橋内部に響き渡る。艦橋内部は全ての灯火が消され、ただ機関音と波の音だけが響く暗闇と化している。その暗闇の中、山本は魔王のように言葉をつむいだ。
「バロール、こちらアドミラル。敵部隊の戦力と射撃データを求む」
「了解。少し待て」
 山本はレシーバーと交信するのみだった。通常の場合、なすべきとされている参謀たちとの簡略談義をはっきりと無視している。これは、無理もない話だった。
 ドイツ海軍の歴史はドイツ帝国の勃興と共に始まるわけではない。1906年に議会を通過したティルピッツ海相のいわゆる『大海軍法案』が、その現代における歴史の始まりとなる。故に、ドイツ海軍は創設からいまだ三十年程しか経過していない新興海軍なのだった。しかも、そのうち20年余りを連合国に課された軍備制限の下、一万五千人体制でやってきたため、海軍に、いや、軍隊のみならず、あらゆる組織に必要とされる官僚の育成に大きな損害を受けている。この例としては、明治維新の後の日本が列強の中に入っていくにあたり、1870年代に明治維新を終えた日本が、1894年の日清戦争の勝利までの長い雌伏期間を経験しなければならなかったという事例が適当だろう。官僚の育成とはそれほど長く時間がかかるものなのである。

 であるならば、再軍備からまだ5年程しか経過していない現在のドイツ海軍に、例えば山本が海軍軍人とはかくあるべし、と求める軍事官僚――――参謀がいないのも仕方がない。故に、山本は通常の手順を全て無視するという手にでた。無論暴挙に他ならない。しかし、現実がそれを要求し、軍人――――特に海軍のそれに根強い不信感を持っているヒトラーの全面的な了解を取り付けることでそれを可能にした。言うなれば、バロールとはただ山本艦隊の目であるだけではなく、山本の参謀団そのものなのだった。
 これに対し、ドイツ海軍側の反応といえばかなりの面で冷静だった、そういえるだろう。
 これには勿論原因がある。

 ドイツ海軍を統括するのは無論海軍総司令官であるエーリッヒ・フォン=レーダー元帥だが、このレーダー元帥も現在はZ計画艦隊原案のときのヒトラーとの対話―――1945年までは戦争は行わない―――が原因となり、ドイツ国内の政治面でかなりの孤立を強いられているからだ。無論、ゲーリングとの対立もそれに付加することこの上ない。ある方面では、ヒトラーは次代の海軍総司令官として、潜水艦隊司令長官のカール=デーニッツ中将を指名するという動きも見られているから、なおさらだった。
 レーダーは孤立していた。参謀団とは優秀であると同時に機会主義者たちの群れである。となれば、レーダーの発言権が急速に失われていったのも無理はない。結果、ドイツ海軍は山本の独善的指揮行動を全面的に受け入れることとなった。また、日本海軍との交流で、自分たちが如何に世界の一流から遅れているかについての自覚もあったのだろう。
 そのような経過を原因として、このような指揮がとられているのだった。

「射撃方位データ、送る」
「了解した。そのまま現在位置で待機せよ」
 山本は交信を終えると命令を発した。既にドイツ海軍は歯車としての存在でしかないことを如実に表現する一幕だったが、彼らはそれを従容として受け入れていた。
「統制射撃戦発動!全艦、目標は敵先頭艦。一隻ずつ確実に潰してゆく!」
「ヤー!主砲発射!」
 ビスマルクから最初の一弾が放たれた。



 同時刻
 イギリス本国艦隊 旗艦『ネルソン』
 艦橋

「フッド轟沈!敵艦、我が艦隊の後衛に砲撃開始!」
「なんだと!?」

 フィリップスの脳内で激しく情報が駆け巡る。フッドが轟沈。魚雷ではない――――戦艦!

「やられた!敵は水雷戦隊だけではない!戦艦もいるのだ!糞、糞、糞!奴らは、我々に水雷戦隊だけだと誤認させるために、わざと駆逐艦だけを先行して突入させたんだ!畜生!」

 フィリップスの叫びが艦橋内部に木霊する。副官、参謀達、そしてネルソンの艦長が言葉を発する前に、フィリップスは続けざまに命令した。

「第一、第二戦隊に命令!我に続き、敵戦艦を撃滅せよ!だ!奴らには戦艦は4隻しかいない!我々だけでもやれる!」

 フィリップスが叫び、そしてその命令を撤退艦隊に向けて発令する。一秒が何時間にも思える間、イギリス艦隊は回頭を続けながら、後衛に砲撃を受け、そして四散する護衛部隊の悲鳴を背中に浴びながら、ドイツ艦隊への反航砲戦準備を為し続けた。
  そして、次の破局がフィリップスの艦隊を襲ったのは、その瞬間だった。

「ロイヤル・ソヴリン被雷!」

 フィリップスは声を出すことも出来ずにロイヤル・ソヴリンの方角を見た。高々と天に突き出た水柱。その数4本。その水柱はイギリスの誇りであった、R級戦艦の一つ、ロイヤル・ソヴリンを覆い隠し、そしてそれが消えた瞬間、ロイヤル・ソヴリンの姿もなかった。いや、海上に塊らしきものが見える。それが艦底部と気付くのには少し時間がかかった。

「ご………轟沈……」

 フィリップスは肘掛を強く叩いた。握り拳からは血がたれ、リノリウムの効いた床に雫を落とす。

「後方、マレーヤ、リヴェンジも被雷!」

 すでに報告する観測員の声は泣きそうな声になっている。参謀達が駆け回っているのが脇目に見えた。その様子からすると、戦艦の周囲にいた護衛艦も少なからぬ損害を受けているだろう事がわかった。

「状況は!?」
「ともに沈没は免れたようです!」

 確かにそうだった。しかし、外目に見える二戦艦の姿は、先程までの雄雄しい趣とは異なり、今となっては波間に浮かぶ、はかない小船のようにすら見える。

「回頭終了!」
「戦闘可能な艦は!?」

 フィリップスは夜目にも露に顔をしかめながら言った。

「リヴェンジ以外は可能です!」

 フィリップスは改めて頭を激しく振った。顔を手で覆い、何かを考える。そして心に決めた。

「我が戦隊はこのまま敵に向かう。残存艦艇は撤収せよ。指揮権はバーラムのブレイス少将にうつす」
「提督!」

 参謀の一人が叫んだ。そうなのだ。今フィリップスが叫んだ内容は、この旗艦であるネルソンと、ロイヤル・オーク、マレーヤのみで敵に立ち向かうと言う内容に他ならないからだった。

「今となっては致し方ない。座して戦艦全てを失うよりは、敵を粉砕できる可能性にかけるより他にない」

 フィリップスは淡々と言った。そして、そのすぐ後で何かが吹っ切れたように、参謀に笑いかけた。

「しかし、だよ、諸君。考えても見たまえ。ネルソンは世界七大戦艦の一つなのだ。敵はビスマルク級。主砲は38センチしかない。それでは、この40センチ砲戦艦ネルソンの装甲は貫けない」

 そうだった。また、フィリップスがここまでネルソンの装甲を信頼するのにも理由がある。ネルソン級戦艦は、我々が見慣れた戦艦の攻勢からするならば、本当にいびつな形をしている船だった。
 その主砲3基は全て前部に位置している。通常、三基の砲塔を持つ戦艦の場合、2つが前、一つが後ろについている。これは、追撃戦を仕掛けられた場合、敵に対して逃走を続けながら砲撃を仕掛けるためだ。いまだこの様な形式の海上砲戦は行われていないが、少なくとも、そうあれと望んでこの形式となっている。
 ネルソン級戦艦はこの形式を自ら望んで捨てている。見敵必殺とは全ての海軍がそうあれと望む姿ではある。つまり、それを体現しているのであった。古の騎士の如く、敵に後ろを見せる事はないのである。
 そしてそれによって生み出されたのは、これもまた、騎士に相応しい鎧――――装甲だった。砲塔を前部に集中させたために排水量に幾分か余裕が生じ、それによって生じた余裕を排水量の低減と共に装甲強化へとつなげているのだ。
 まさに、騎士の姿だった。
 海上を疾駆する、鋼鉄の騎士。
 まさに、ネルソンの名に相応しい戦艦と言えるだろう。
 ただ、今回ばかりは相手が悪かった。少なくとも、そうであるとしか言いようがない。思い出してほしい。イギリス王ヘンリー五世が、アジンコートの戦いで、フランスの重騎士達を、長弓部隊の一斉射撃で葬った事を。そして、ネルソンが対すべき相手は、まさにそれに相応しい、『魔弾の射手』であった。



 十分後、イギリス、ドイツ両艦隊は反航砲戦形式のまま戦闘に突入した。共に単縦陣である。艦列は
  イギリス側:戦艦ネルソン ロイヤル・オーク マレーヤ
  ドイツ側:戦艦ビスマルク ティルピッツ 巡洋戦艦シャルンホルスト グナイゼナウ
 である。

 最初の命中弾は2番目を進んでいたロイヤル=オークに生じた。命中位置は第一、第二砲塔のほぼ中心。しかし、角度的に浅かったためか、跳弾となって水没する。

「くっ、砲手、何をしている!」
「第十四斉射、ファイヤー!」

 参謀の報告と共に、ネルソンの十門の40センチ砲が咆哮した。しかし、あたらない。夜間砲戦であるため、また、まだ敵との距離が開いているために、夾叉さえでていない。しかし、敵は命中弾を出している。

「敵は……ナチスには神の御加護でもあるというのか!?」

 参謀長が怒りをぶつけるかのように海図台を叩いた。フィリップスは視線のみで参謀長を黙らせると、淡々と指揮を続けた。不思議な事に、さっきまでの激情が嘘のように消え去り、何か、超然とした、まるで神の視点から全てを見ているような感覚を覚えていた。
 あの炎の中で、幾多の人間が死に、そして神の御許へと召される。第一次大戦のときは、何も考える暇はなかった。ただ、生き残り、敵を倒すことにだけ集中していれば良かった。しかし、今は違う。彼は撤退船団の最高指揮官であり、そして、少なくとも3隻の戦艦に乗る約5000人の命を預かっている。押しつぶされそうな重圧。今にも口から吹き出そうな胃液。
 ふと、考えついた。敵の指揮官も、このような感慨を抱いているのであろうか?


 同時刻
 ドイツ第一戦隊 旗艦ビスマルク
 艦橋

「第15斉射、フォイヤー!」

 砲戦指揮をとり続けている山本二十一海軍大将・元帥はフィリップスとは違っていた。この男は、フィリップスのように戦争を憂いではいなかった。むしろ、この状況を楽しんですらいた。

「命中!敵三番艦!」
「よし」

 報告する観測員の言葉に鼻で笑った答えを返す。既にドイツ海軍の将校達に、この東洋から来た海の魔物に触れようとする動きすら消えていた。まるで、二十一は魔物を束ねる明の明星の様に、獰猛なる獣達を従えていた。
 ごくり。そんな音が、騒音の中、艦橋の中に確かに響いた。彼らは、二十一の姿に、悪魔を見ていた。いや、悪魔と言う表現すら生易しいのかもしれない。

「第一六斉射、フォイヤー!」

 その言葉と共に、ドイツ海軍の将校達は弾着の報告へと意識をそらした。いや、意識的に、そちらに注意を向けた。二十一を正視出来なかったのだった。

「三……二……一……命中!」

 命中の掛け声と共に、敵二番艦に炎が上がった。既に両艦隊の距離は二万をきっている。命中弾が、即座に轟沈すら生じかねない状況。砲塔の砲の仰角も下がっていた。

「報告!敵二番艦、速力を落としています!どうやら後部機関室を直撃した模様!」
「『バロール』」

 二十一のレシーバーへの声が低く響いた。

「敵二番艦の状況知らせ」
「命中位置はR級の後部機関室付近。黒煙を確認」
「了解した」

 二十一は口元を大きく歪め――――笑み崩れていた――――更なる命令を下した。

「ビスマルク、ティルピッツはネルソン級への砲撃を開始せよ。シャルンホルスト、グナイゼナウは後続の三番艦を狙え」

 二十一は楽しんでいた。海戦を。そして戦争を。これでこそ戦争だ、とも思っていた。
 まさにここに存在したのは悪魔だった。ドイツ軍人達は、少なくとも、連合軍にとっての悪魔である事を心で祈り続けていた。

 そして破局は更に続く―――――

 イギリス艦隊――――フィリップス率いる臨編戦隊の2番目を進んでいたロイヤル・オークの後部機関室で起こった破局は以下のようなものであった。
 まず、甲板装甲を突き破った砲弾が機関中央部を直撃。これにより隣接する缶屋などに衝撃波、そして砲弾の質量による破壊が波及した。それはロイヤル・オークを海上を進む、大英帝国の海の守り手としていた軸馬力40000のうち25000を奪い取った。これにより速力はただでさえ第2次世界大戦の世界標準以下であった22ノットから7ノットへ低下(これには勿論その他の破壊によるバルジのめくれ上がり等によるそれも含まれている)した。これを受けたロイヤル・オークの艦長を務めるホゥラント大佐は進路を面舵に転舵、その巨体を持って撤退船団の楯となろうとする。
 しかし、山本の立てた作戦―――『ヤーパン・シェラック』の目的は、連合軍がいまだ海上戦略の中核と位置付けている戦艦の撃破であった。Uボートでさえ楽々と沈められる標的となったロイヤル・オークには見向きもせず、ロイヤル・オークはここに無視される形となる。ただ、戦局全体ではなく、ロイヤル・オーク個艦からすれば、破局はここまでに留まった。これ以降、ロイヤル・オークはUボートの執拗な攻撃にもかかわらず、尚三発の魚雷を被雷しつつスカパ=フローへと帰り着くこととなる。勿論、彼女は別の破局にてその命を立たれることになるが、これは今回の破局とは関係が無い。

 さて。
 次なる破局はドイツ帝国海軍―――――巡洋戦艦グナイゼナウで発生した。


 一九四〇年 五月二十九日 0521
 北海 ドッガー=バンク  
 ドイツ艦隊 旗艦ビスマルク 艦橋

「敵、第32斉射!」
「了解」

 山本は双眼鏡に映る敵の砲煙を見つめながら答えた。先制点はこちらがいただいた。であるならば、次ももらえるものか。それとも、その前にこちら側にも被害が及ぶか。
 山本は掌で顔を擦った。かすかな掌の暖かみを楽しむ。糞、やはり北海なんぞに来るものではないな。とはいえ、戦争で戦場が選べるのは余程運が良いものだけだが。いや、テロリストの行う戦争とか言うのもあったか。まぁ、戦争に区別をつけたがるのが軍人だが。そういえば俺も軍人だったな。
 そんな考えを頭の片隅に抱いた瞬間、後方からの衝撃波にビスマルクの艦橋が揺れた。

「被害報告!」

 艦長のリンデマン大佐が叫んだ。すぐに電話に取り付いていた参謀の一人が答える。

「グナイゼナウに命中弾!被害計測中!」
「閣下」

 リュッチェンスがこちらを向いた。グナイゼナウを避退させるかどうかを聞いているのだった。
 無理もない、と山本は思う。
 彼らはいまだ新参海軍。本格的な夜間砲戦など、これが初めてだろう。それに、後ろから来た衝撃波から、グナイゼナウがよほどの被害をこうむったのではないかと考えてもおかしくはない。それに、ドイツ海軍にはここに存在するだけの戦力しかない。であるならば、出来うる限りの戦力保全に尽くす。山本は鼻で笑った。おいおい、いつから俺は現存艦隊主義者になったんだ。まぁ、船があるということは、沈める覚悟も沈められる覚悟があるんだろ、といって達観する馬渕のような奴も奴だが。
 笑っている場合ではない、と思い直し山本はリュッチェンスのほうを向いた。

「報告を待て」

 それだけ。普段はうるさいほどに独り言、会話関係無しに饒舌な山本だが、こと戦争となると人格が入れ替わったようになる(とはいえ、要所要所で発する言葉はかなり薬が効いているが)。

「報告!」

 参謀がわって入る。

「C砲塔に着弾、天蓋にはじかれたものの、バーベットなど損傷」
「C砲塔は全壊したものとみなす。A、B砲塔で射撃を続行せよ」
「了解」

 しかし、それは少しばかり遅かった。更なる衝撃波が後方から襲い掛かる。それはビスマルクの艦橋を大きく揺れさせ、射撃統制装置に入力されたデータを狂わせた。

「どうした!?」
「後方……グナイゼナウ轟沈!」
「なんだと!?」

 リュッチェンスが叫び、ドイツ軍人たちが呆然となった。

 グナイゼナウで発生した破局は、このようなものだった。

 グナイゼナウ艦長を務めるブリュッケン大佐はC砲塔の損害を聞いた後、現在の角度で砲撃可能な目標を砲撃するように命じた。その目標はC砲塔の射界に存在したネルソンであった。
 戦艦の砲撃とは以下のような手順をへて行われることは誰もが知っていると思うが、記述する。
 まず砲撃の命令後、弾薬庫から弾丸(この場合は徹甲弾)が揚弾機で弾薬庫から砲塔へと運ばれる。そして、まず砲弾を装填する。次に、同じく弾薬庫から装薬(つまり徹甲弾を飛ばす役割を果たす火薬)が揚弾され、装填される。そして、狙いをつけた(つまり、砲術長の入力する射撃データ)のち、砲撃。
 簡単に記すとこうなる。グナイゼナウで発生した破局はこのうち、装薬の揚弾で起こった。装薬が揚弾されたとき、砲撃によってゆがめられていた(もちろん、バーベットのゆがみは計測されていたが揚弾機の揚弾エレベーターのゆがみまでは発見できなかったらしい)揚弾エレベーターから装薬がエレベーターごと転げ落ちた。
 それは、弾薬庫で作業中だった兵士の頭蓋に命中。その兵士の頭蓋、そしてその下にある身体を押しつぶす。その後、兵士の腕にはめられていた腕時計が床に擦れ、盛大に火花を生じさせた。それは、兵士が手に持っていた紙(弾薬庫作業においてのメモ帖)に燃え移り、そしてそれが……、というわけである。
 装薬に引火した火は装薬が弾丸を飛ばすために発する化学エネルギーを弾薬庫内部で生じさせた。
 そしてそれは、弾薬庫に存在するほかの装薬、砲弾に連鎖反応を起こさせ……

 結果として、グナイゼナウのC砲塔弾薬庫を誘爆させた。敵の砲弾に耐えるべく、上方向、そして周囲に張り巡らされた装甲によってそのエネルギーは船底部に集中。結果、グナイゼナウの底が抜けたのだった。さらに、化学エネルギーはそれだけにととまらなかった。C砲塔を空中に舞い上がらせ、C砲塔が海上に着水。その際に生じた火炎が副砲を吹き飛ばし……

 グナイゼナウは、結果として轟沈した。


 同時刻
 イギリス艦隊 旗艦ネルソン艦橋

 轟音はドイツ艦隊から起こった。ロイヤル=オークの戦線離脱に意気消沈しかけていた、半ば呆然となりつつもそちらの方向を見る。そして、衝撃波。ネルソンの艦橋がゆらゆらと揺れ、参謀、そして兵員たち、更には高級将校たちの誰もが何かに掴まることによってバランスを取ろうとする。そして、見張り員の叫び。

「ぐっ……グナイゼナウ轟沈!轟沈したっ!」

 次の瞬間、艦橋の中が歓喜の叫びで満ちる。これまで、敗北を友とするより他になかったイギリス艦隊にあって、初の勝利とも呼べる(実際は目に見える戦果、としかいえなかったが)
 とはいえ、これがイギリス艦隊にとって、自らがただやられているばかりではないことを示す、目に見える証拠だといえるだろう。第一、レーダーが旗艦であるネルソンにしか配備されていない(しかも、位置の概略が辛うじて判別できる程度。このような戦艦同士の夜戦に投入し、戦果をあげられるほど高度なものではない)事を考え合わせるならば、僥倖と言っても差し支えない戦果であった。
 であるからこそ、興奮は大きい。
 幸運な戦果。これほど人を喜ばせるものはない。キリスト教国であるイギリスを考え合わせると、それはいみじくも神がイギリスに下された恩寵、と取ることが出来る。それはキリスト教徒に取ってみれば自らを奮い立たせるのに充分な事例だ。
 とはいえ。

 彼らに下された恩寵はこれだけに留まる。
 次の破局は、3番目を進んでいたクイーン=エリザベス級戦艦マレーヤにて生じた。


 五月二十八日 0534
 ドイツ艦隊 旗艦ビスマルク 艦橋

「戦果は充分、これで引き上げるべきでは?」

 参謀の一人が上申した。しかし、山本はそれを一顧だにしなかった。夜戦。つまり、戦果と戦闘によって生じる被害が不明瞭極まりないこの事態に、戦艦を失うわけにはいかないドイツ海軍が拒否反応を起こすのはわかる。それは当然だとも言えるだろう。ドイツはその敵を主に陸上に持っており、海軍は沿岸を防備できればそれでよいのだから(純粋に国家戦略の面から考えた場合)。

 だが、グナイゼナウが沈んでしまった現在では状況が異なる。
 もし、ドイツ艦隊がここで帰還した場合、どうなるか。

 これ以上ないほど有能であり、そしてこれ以上無いほどの機会主義者である首相ウィンストン=チャーチルがこれをプロパガンダに利用しない手は無いのだ。戦艦。海の女王。その撃沈は、打ち続く敗北の中にあるイギリス国民を奮い立たせずにいられないだろう。
 であるならば、ここで引き返すのは避けたい。出来うる限りの戦果をあげてから避退すべきなのだ。もちろん、結果としてドイツ艦隊が全滅する危険性もある。
 しかし、ここでイギリスの主力戦艦部隊を撃滅することは、イギリスが大西洋で運用できる艦隊を喪失することと同義だった。イギリスは世界中に植民地を持っている。であるならば、その植民地の防備には気を使わねばならない。特に、世界第2位の日本海軍が迫り来る可能性がある東支那、東南アジア、そしてインド洋の防備のために。
 ドイツ海軍がもしここでビスマルク以下4隻の(もう3隻になったが)戦艦、そして巡洋戦艦をうしなっても、別にどうということは無い。キール、そしてヴィルヘルムスハーフェンで建造中の改グラーフ・ツェッペリン級2隻が就役すれば、そして、それに日本からの技術供与によって開発された艦載機を運用できるようになれば、これからドイツ海軍はイギリスと対等以上に戦える。
 重ねて言う。もし、ここでイギリス艦隊を撃滅できなかった場合、これから先の戦局がどうあれ、ドイツ艦隊の出番は、バルト海に面した敵要塞への艦砲射撃か、もしくは自殺覚悟の通商破壊戦しかない。いや、戦艦と言う目に見える戦果を沈められないためにも、第一次世界大戦と同じく現存艦隊主義に走るだろう。そして、史実通り、次々と沈められてゆく。
 であるならば、ここで使い切るつもりで、たとえ相撃ちになろうともイギリス艦隊を撃滅する可能性にかけてみるべきではないのか。第一、我々にはレーダー、そして『バロール』が存在し、射撃制度ではこちらが勝っているのだ。
 ならば、退くべきではない。

 この思考をほんの数秒の間になした山本は重ねて命じた。

「このまま反航砲戦を継続する」

 そして、その言葉とともにビスマルクから36回目の斉射が放たれる。もし無事に帰還できたとしても、ここまで弾を撃ちまくった砲身は交換を余儀なくされる。ということはドックに入るということ。ふん、どちらを選ぼうと同じではないか。
 次の瞬間、ビスマルクの放った38.1センチ砲弾がマレーヤに突き刺さった。

 マレーヤのこうむった被害は、今度はドイツ海軍に与えられた僥倖と言うべきだろう。それは、先頭を進むネルソンを狙った砲弾だったのだから。
 マレーヤに突き刺さる砲弾は、まずネルソンをめがけて宙を飛翔した。それは距離が近づいてきたため、ドイツ艦隊との距離を一定に保とうとするイギリス艦隊の艦隊運動によってマレーヤへと狙いを変える。蛇行することによって速度を調整し、ドイツ艦隊との距離を40センチ砲に最適な距離へと変えようとしたネルソン。そして、それを狙う砲弾。砲弾はちょうどネルソンが取り舵に転舵したときに激突した。しかし、突入角度が浅かったのか、舷側装甲をすべるように削り取りながら直進、そのまま、ちょうど面舵に転舵していたマレーヤの船首部分に突入する。

 イギリス艦隊の防御方式は、ネルソン級のその重装甲を別とすれば(このためにネルソンは本国艦隊に所属している。まさに、国家の楯という訳だ)、基本的には集中防御方式と呼ばれるものだ。これについては、いまさら説明するまでも無い。いわゆるヴァイタル・パート。つまり、機関室やら弾薬庫やらといった重要箇所に集中して防御を施し、それ以外の余り重要でない部分(勿論比較論だ)には比較的薄い装甲を張る。これは、艦隊に航続能力、つまり燃費を重視した艦艇を設計することを基本としているイギリスにとって都合の良い設計方法だった(世界中に艦隊を派遣せねばならず、しかもそれらが全て動力船となれば燃費だけでもバカにならない)。
 ちなみにこの時期、この防御方式はワールド・スタンダード、つまり世界標準だった。これの例外はドイツである。ちなみに、それぞれの国家がどうして集中防御方式を採用したかの理由を考えてみよう。
 イギリスに関しては言うまでも無い。上にあげたとおりだ。もともと、完全に総力戦体制に移行した場合、本国単一で考えてみれば日本以下の生産力しか持たないイギリスが世界に艦隊を派遣するためには少しでもコストを減らす他は無いからだ。
 日本。この国はイギリスから重巡『妙高』級が『餓えた狼』という、誉め言葉か嘲弄か区別がつきにくい(まことにイギリスらしいといえばらしいが)評価をもらったように、武装を過大に設定する傾向がある。必然的にそれは防御にしわ寄せが行くこととなる。また、資源問題もあるだろう。
 アメリカ。この国は後に集中防御方式から完全防御方式に移行するが、このときはまだ集中防御方式だ。これは、『沈められたのであれば作ればよい』というまことにアメリカ式の考えから出ている。ちなみに、これが完全防御方式に移行したのは、勿論議会から『兵士の命を云々〜』といわれたからだ(もしくは、批判を恐れたのかもしれない)。
 ドイツが完全防御方式を取っているのも、ただ単に『守るべき植民地が無い』事と、『北海・バルト海以外での海軍の作戦行動が考慮の外にあるため』という理由に過ぎない。もし第一次世界大戦に勝ち、イギリスの海外植民地を奪取していればこの方式は捨てられていただろう。例外的に航続能力が高いのは、ドイツ海軍の作戦が通商破壊作戦を前提としているからに過ぎない。
 以上が各国が集中防御方式を採用している理由である。

 故に、マレーヤは破局を迎える。

 艦首に突き刺さった砲弾は薄い装甲を突き破り、第一砲塔基部に突き刺さることでその突進を止め、炸薬を爆発させた。結果、マレーヤの艦首部分は根こそぎ吹き飛ばされることとなる。そして、それによって生じた浸水がマレーヤの生命を(もし戦艦に命があると仮定して、だが)奪った。艦首部分を吹き飛ばされたマレーヤは、その進撃方向をドイツ艦隊から海底へと変えたのである。

 イギリス艦隊に残るは、ネルソン唯一隻となった。
 そしてまだ、山本率いるドイツ艦隊は3隻を残していた。

 実質的に海戦の決着がついた瞬間であった。
2008年02月08日(金) 23:49:53 Modified by prussia




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