NPO法人日本茶インストラクター協会南九州会員による活動情報および日本茶情報サイト

 上益城郡矢部町、清和村と阿蘇郡蘇陽町が合併して誕生した山都町は、栽培面積で県内最大の茶産地である。
旧矢部町と旧蘇陽町はいずれも茶産地として歴史が古く、「青柳(あおやぎ)」という釜炒り茶で知られている。
釜が約45度に傾斜している「嬉野」に対して、「青柳」は釜を平らに据えるのが特徴で、手拭を硬く絞ったようなやや伸び形の形状で水色は黄緑色であったという。

「青柳」は、一説には加藤清正(1562〜1611)によって朝鮮半島から連れてこられた大工、石工、左官などの技術者を、熊本城の築城後に山都町の加勢群(かせむろ)に定住させたが、彼らがヤマチャで釜炒り茶をつくり献上したのが始まりと伝えられている(註1)。

「青柳」という名称は、元禄年間(1688〜1704)に肥後(熊本)と日向(宮崎)の国境の番所役人が、山都町の馬見原(まみはら)付近の茶の品質が極めて優れていることから「青柳」と命名して藩主に献上したことに始まるという。
現在も加勢群には献上茶園が保存されている(写真1)。



(写真1)加勢群の献上茶園

 「矢部茶」の初見は、享保18年(1733)に商家が茶を集めて熊本方面に搬出したことにあるという(註2)。

 現在では一番茶のみの生産となっているところが多く、主に蒸し製玉緑茶が生産され、一部では釜炒り茶や煎茶も生産されている。

 茶園は標高350〜600mに分布しており、主に400〜500m台の高冷地に集中している(写真2)。


(写真2)山都町の茶園、中山間地域であることから傾斜地で小規模な茶園が多い

冷涼な気象条件であることから害虫の発生が少なく、有機栽培や減農薬栽培も行われている。

茶生産農家でつくる町茶振興会(会長:藤原徳門さん)は町茶品評会を開催したり、全国・九州・県の茶品評会に積極的に出品して生産技術の向上に努めている。



(写真3)国重要文化財「通潤橋」 1854年、惣庄屋布田保之助が荒地の台地を灌漑するために建設した水路橋

(註1)「番茶の歴史を訪ねて 〜九州の番茶〜」『緑茶通信』第17号 世界緑茶協会
(註2)「全国の茶産地から 〜矢部町〜」『緑茶通信』第6号 世界緑茶協会



written by お茶の虫

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Posted by lybmmuxw 2013年11月14日(木) 23:52:54 返信

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