帝国の竜神様閑話03

 魔都上海の歓楽街は、その華やかさと裏側に深い深い闇が横たわっている。
 これは、そんな闇の中の幕間劇の一つ。

 カジノが襲われたとき、カジノ側は十分に警戒していた。
 密輸したマシンガンから伝統的な青竜刀で武装していたのに、大金庫が空になっているのを見てカジノの支配人は立ったまま気を失った。
 警報のベルが鳴り、荒くれの男達がカジノの外に出て不審者を探す中、猛然とトラックが走り去り、荷台からお札がこぼれ落ちてゆく。
「あれだっ!追えっ!!!
 青幇のカジノを襲った事を後悔させてやるっ!!!」
 車が次々と男達を乗せて出てゆく。
 紅幇、藍衣社、CC団と上海暗黒街のカジノが次々と襲われており、残っていた上海最大のカジノを持つ青幇が狙われるのは分かっていた。
 問題なのは、他のカジノが襲われた後に追撃した彼らの武装組織も軒並み壊滅されているという所で、青幇もかき集めるだけの戦力を用意していた。
「だが……誰だ?
 裏社会をまとめて敵に回している阿呆は?」
 車の中でカジノのボスが苛立ちながら考える。
 この日支事変の戦火で日本の占領下にあるエリアはおろか、フランス租界・共同租界まで影響力がある裏社会青幇までを敵に回す?
 中国政府にも日本軍にも通じているのに相手がまったく分からない?
 奴ら、何者だ?
 トラックは、倉庫街に入っていった。 
「しめたっ!!
 倉庫街なら多少の無茶はできる。
 野郎ども、行くぞ!
 奴らを皆殺しにしろ!!!」
 車から出た男達が次々と倉庫街にマシンガンや青竜刀持って、倉庫街に突入してゆく。
 この時にボスは気付くべきたったのだ。
 上海占領下の日本軍はおろか、近くに住む住民や乞食すら倉庫街に見えない事を。

 車に残ったのは、見張りを入れて三人だった。
「はぁ。誰だか知らないが、青幇のカジノを荒らすなんて馬鹿だなぁ」
「本当だな。兄弟。
 今頃馬鹿どもは鉛弾をご馳走になっているさ」
「金持ちならぬ鉛持ちか。
 しかもあの世で使えやしない」
 卑下た笑いを浮かべた三人の後ろから、妙に艶っぽい声が聞こえてきたのはそんな時だった。
「ちょっと、あんた達、フランス租界まで送ってくれない?」  
 そこには、黒のミンクコートを纏った女が一人。
 小さめな清楚な顔、闇のように黒い黒髪、唇だけが闇夜なのに薔薇のようにつぼめられた唇、そのミンクコートの下から突き出ている白い足にくもの糸のように張られている黒の網タイツ。
 かつかつと小気味良い黒いハイヒールが月夜に晒されてその肢体の影を繋ぎ止めていた。
「なんだ、商売女か。仕事か?」
「ヒュ〜♪。こいつは上玉だぜ」
「俺達が青幇の人間だと知って言ってきているのか?この売女」
 女は男達の嘲りに快楽の笑みを浮かべて睦言を囁く様に三人に言葉を紡いだ。
「頼んでた足が来なくなったのよ。
 仕事であいつらの上で腰を振らないといけないのにさ。
 送ってくれたら、あんたらの上でも腰を振ってあげてもいいけどぉ」
 三人の鼻先に彼女の臭いが漂う。
 香水で隠し切れない、甘く、妖艶で発情している極上の牝の臭いが三人の判断力を失わせてゆく。
 ごくり。
 三人の誰かが息を飲んだ音がひどく大きく聞こえた。
 女がゆっくりとコートを広げその肢体を月明かりの中三人に晒す。
 それが、三人の男の最後に見た景色だった。
 血を噴水のように噴き出した三人の咽元にはコートの下に隠し持っていた投げナイフが刺さっていた。

「何なんだ?奴ら?」
 武器でも、人数でも圧倒的に優位に立っているはずなのに、ボスの顔には焦りが浮かんでた。
「ばらばらになるな!
 常に複数で行動しろ!!
 怪しいと思ったら、マシンガンをぶっ放せ!!」
 ボスの命令どおり、突入した数十人のギャング達は倉庫をしらみつぶしに捜索してゆく。
 比較的近くから誰かが倒れた音が響く。
「こっちだ!!」
「野郎!!」
「畜生っ!!やられているぞ!!」
 喉に鋭い刃物で一閃。血の噴水を流している手下を見つけ、怒りと屈辱で顔が歪む。
「絶対に殺してやるっ!!」
 けれども、どんなに捜索しても姿が見えない。
 散発的に聞こえる銃声、一人また一人と手下が血で沈んでゆく。
 手下の一人は転ばされて、後ろ首にナイフを突き刺されて絶命していた。
 また別の一人は、首があらぬ方に曲がっていた。
 姿らしき影を追って同士撃ちすら何度も起こっている。
 見えない恐怖が焦りを生み、焦りがミスを生み、ミスが命を落す。
 広い上海の倉庫街で行われていた出口の無い迷路の中、ギャング達は一人また一人と命を失っていった。 
 相手が何人いるのか?
 どうやってこちらを殺しているのか?
 何より上海の黒社会全てを敵に回してもなお何がしたいのか?
 十数人目の死体が転がったのが発見された瞬間にマフィア達の士気は崩壊した。
「もう嫌だっ!!」
「助けてくれぇぇぇっ!!!」
「てめえらっ!
 逃げるんじゃねぇっ!!!」
 あてもなく逃げ出してゆく手下を怒鳴りつけても誰もボスに見向きもしなかった。
 もっとも、逃げ出した彼らも生きて帰る事は無かったのだけど。
「畜生」
 終わりだ。
 チンピラから始まってやっとここまできた俺の経歴も終わりだ。
 ボスは闇夜にマシンガンを乱射する。
「きゃっ!!!」
 何かを弾いた金属音に女の声とその女が倒れた音がボスの耳に入ったのはそんな時だった。
「お、女?」
 恐る恐る銃口を向けたまま倒れた女の方に近づく。
 銀色の髪で褐色色の耳の長い女がうずくまっている。
 あれだけマシンガンを乱射していたのに女には弾が当たった形跡もない。
「ちょっと、うちの娘に何をしているのよ?」
 ボスの最後の記憶は振り返った先に顔面まで近づいていた漆黒の髪の女の姿だった。
(ああ、こんな女を抱きたいから、この世界に入ったのにな……)
 首をへし折られ生命活動が停止するわずか数瞬の間、ボスはその漆黒の女に惚れてしまった。
(何しろ、こいつになら殺されてもいいかな)
 と後数瞬で終わる人生で思うぐらいなのだから。


「全員無事です。メイヴ様」
「人払いの結界を継続して。
 次の仕事に移るわよ」
 黒のミンクコートを来た褐色で長耳の女が指示を出した。
 黒長耳族の大長(おおおさ)の一人でサキュバスと崇められる大長老メイヴの声を聞いて動いたのが十数人。
 諜報・暗殺・工作等専門でこちらの世界の戦闘訓練を終わらせた彼女達だけが今日メイヴが率いた全てだった。
 人払いの結界を倉庫街に張り直した後、彼女達にはまだ仕事が残っている。
「で、そんな貧乏パトロンで無いと我々を保護してくれぬと。
 いやになりますね。世の中ってやつが」
 美しい銀髪褐色の長耳娘達が白々しく呟きながら、殺した男達の衣服を剥ぎ取る。
 血で汚れた衣服も水の精霊を使って血を洗い落とし、穴を塞げばこの大陸では誰かが買ってくれる。
「富士で研修は受けていましたが、こっちの世界の人間の火力は凄いですね。母様。
 止める形の魔力結界なら貫通していました」
「銃の脅威を思い知った?
 今回は幸いにも命があったからいいけど、幸運は常に貴方と共にあるわけではないから気をつけなさい。フィンダヴェア」
「はぁい♪」
 母と変わらぬ妖艶な肢体をレザーアーマーで隠したフィンダヴェアと呼ばれた娘は、持っていた魔力回復薬を飲みながら作業を眺めるだけ。
 マシンガンの銃弾をかろうじて弾き飛ばした彼女は魔力が枯渇しかかっていた。
「だけど、銃は怖いとは思いましたが、対魔装備がない人間相手なら負けないと思いますが?」
 メイヴの腹心のオイフェが地面に落ちていた弾を拾い上げてまた路上に投げ捨てる。
「この銃から出る弾をなんとかすればの話ですが。
 多分、この弾くタイプの魔力結界も駆け出しだったら貫通してますよ。
 これさえ何とかすれば、魔法で撹乱して各個撃破できます。今日のように」
「人間を侮らないの。オイフェ。
 いずれ対策が作られるだろうし、我らと同じ向こうからの人間が技術が伝えるかもしれないわ。
 今回の勝利もあくまで、相手の対応が無い事に乗じて勝っているに過ぎないわ」
「わかりました。メイヴ様。
 対銃弾専用の複合魔力結界の研究を富士の集落にさせておきます」
 向こうの世界では矢が主体だったので、弾いて味方に当たる可能性を嫌がって止める結界のほうがよくつかわれていた。
 それを重ねかけする事によって銃弾を弾く研究は、向こうの世界の人間が魔力弾を弾く研究で編み出したタイプを応用すれば何とかなるとメイヴは思っていた。
「研究も明るいわ。
 幸いかな、これからもダークエルフはこの世界にやってくるだろうし、スポンサーもいるし」
「我々に死体から物を剥ぎ取らせるほど貧乏ですがね」
 悪戯っぽく笑ったメイヴに皮肉でオイフェが返し、明るい笑いが倉庫街にこだまする。
「しかし、皆殺しにして金や武器はおろか、着ている衣服まで剥ぎ取れとは……
 向こうでもこんな命令受けませんでした」
「仕方ないわ。
 我らのパトロンは金欠みたいだし。あ、ボスの金歯も抜き忘れないでね。
 それと、死体はちゃんと石をつけて長江に沈めるのよ」
「母様。
 この時計って機械もらっていいですか?
 かちかち動いて私、前から欲しかったの♪」
「フィンダヴェア。暗殺者が音出している物持っててどうするの?
 それも売るの」
「母様が殿方と散々遊んで予定時間に来なかった事、何度ありましたっけ?」
「何か言った?」
「いえ。私は何も言っていませ〜んっ♪」
 皮肉の応酬をしていたメイヴとフィンダヴェアにオルフェが報告する。
「メイヴ様。
 トラックに奪った紙を詰め込んで置きました」
「トラックには武器も積んでおいて。
 紙は『ドル』と『ポンド』に分別しているのね?
 外の車は奪った宝石と阿片を入れた後に石人形を使って、木箱に入れておく事。
 明日の海軍の船で富士に送るわ」
 部下の娘達がぶつぶつ言いながら死体から物を剥ぐのを眺めながら、メイヴはつくづく思ってしまう。
 今回奪ったこの紙だけで我らの集落が50年は遊んで暮らせるという。
 奪ったもの全てで100年は遊べる。
 だが、それだけ奪っても、この大陸に派遣している日本軍の物資装備を賄う事はできない。
 その兵数約200万!!!
 この広大な大地に我らの世界では一国に匹敵する兵をを派遣する日本帝国の何処が貧乏だというのだ?
 その日本をして『勝てない』と狂気に走らせたアメリカとイギリスというのはどれぐらい豊かなんだ?


 この後、金と暴力を一時的に失った上海暗黒街は混乱と他者追い落としの抗争が勃発。
 暗黒街と政財界全てが繋がっていた中国政府はこの抗争に足を引っ張られ、対日交渉にもかなりの影響を与える事となった。
 上海の闇社会で暴れまわった末に忽然と消えた何者かは敵対した相手を誰も残さなかった事から「蝗」と呼ばれ恐れられたという。
 また、彼女達の市街戦経験は後に帝都で起こったクーデター未遂で大きな活躍をする事となる。


 帝国の竜神様 閑話03
2007年01月31日(水) 20:00:21 Modified by nadesikononakanohito




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