帝国の竜神様閑話10

事の始まりは、いたって単純な所にあった。

「ん?何やってんだ?あんた?」
 霞ヶ浦飛行場は、撫子が最初にやってきた事もあり異世界からの住人達に対してもある意味なれてしまった基地である。
 なお、軍隊というのは基本的に男社会であり、竜からその眷属に至るまで美女という実に軍隊殺しな彼女らを一時的にせよ受け入れてしまったがゆえに大きな亀裂が入ってしまった最初の事例もこの基地より発生した。
「ええ。野菜を植えているんです。
 これだけ土地が広いんだから、育つかなと思って」
 黒長耳族の娘は鍬で飛行場端の土地を耕しがなら褐色の肌に浮かぶ汗を手ぬぐいで拭いて答えた。
 撫子を手中に収め、あげくの果てに出世までした真田博之少佐への嫉妬はすさまじいものがあり、同僚である遠藤大尉を中心とした「しっと団」が成立したのは当然のなりゆきだろう。
 だからこそその嫉妬を緩和されるために、メイヴの特命を受けた黒長耳族でも特に容姿に優れた彼女達が「お手伝い」の名の元で霞ヶ浦基地に、また獣耳族の来訪で容姿端麗の獣耳族を霞ヶ浦近隣の各基地に「お手伝い」として居候させている。
 既に、団の中心の遠藤大尉もメイヴとフィンダヴェアに堕ち、基地内部のしっと団も四分五裂の状況だった。
「ああ。ここはよくお日様も照っているから育つさ。
 で、何を植えたんだい?」
 たまたま暇だった整備兵は、黒長耳族の娘の無防備にシャツから透けて揺れる胸にどきまぎしながら尋ねた。
「私達は故郷と呼べるものは本当は無いんですけど、私が以前住んでいた町の名物だったんですよ」
 そう言って、彼女は小さな人参畑の前で両手を広げて笑った。

 それが、事件の始まりだった。

 それから一ヵ月後。
 黒長耳族の娘は畑の前で泣いていた。
 もの凄く悲しそうに、大粒の涙を浮かべながらわんわんと食い荒らされた畑の前で泣いていた。
 そんな彼女の為に立ち上がらない男達はこの霞ヶ浦基地の中には誰もいなかった。
 かくして、霞ヶ浦基地は24時間の臨戦態勢に入り、常時数人の隊員が銃を構えて残った人参を守るために小さな畑を警備するという実に馬鹿馬鹿しい光景が目にうつることになる。
 その努力の結果、犯人は警戒3日後にして捕縛された。
「はなせ〜はなせよ〜〜〜ばか〜〜〜」
 他の基地に派遣される為に前に霞ヶ浦基地に一時駐留していた容姿端麗(というか可愛い系)のうさ耳族の幼女は、人参を咥えたまま赤い目から涙を流して罠にかかって宙吊りになっていたのである。
 なお、撫子に「何であんなの派遣したのじゃ?」と突っ込まれたメイヴは、「世の中には胸の小さい可愛い女性を好む方もいるので……」と何故か青い空を見上げて返答したという。
 話がそれたが、事件そのものは子供(としか見えなかった)のいたずらであるし、うさ耳幼女も耳をたらして反省している事からお尻ぺんぺんで釈放してやるかという空気をぶち壊したのがうさ耳幼女を引き取りに来たという陸軍士官の物言いであった。
「第三次帝国‐撫子協定によって、獣耳族は陸軍がその保護下においている。
 速やかに陸軍に引き渡してもらいたい」
 そういわれて「ハイソウデスカ」と引き渡すほど帝国の陸海軍の中は良くない。
 というか、はっきり言って悪い。
 ただでさえ、陸軍は撫子が霞ヶ浦に来た時にも身柄を確保しようと兵隊を引き連れてきた前科がある。
「海軍基地内部で起こった事件である。
 海軍内部で片付けるので心配ご無用」
 もちろん、こう言った海軍士官は幼うさ耳女を虐待するつもりなど無い。
 だが、この陸軍士官にうさ耳幼女を渡すとどんな酷い目にあうかと考えたと後の査問会で証言している。
 そして、この陸軍士官も「俺がうさ耳幼女を助けないと、海軍にどんな目にあわされるか」と査問会で証言しているあたり、相互不信の根はたまらなく深い。
 陸軍士官の申し出を無碍も無く拒否すれば、当然のごとく陸軍士官も面子丸つぶれである。
「よく分かった。
 後悔しない事ですな!」
 捨て台詞を吐き捨てて、陸軍基地に戻ると、
「海軍霞ヶ浦基地の連中が諸君の同胞を捕らえて虐待しようとしている。
 同胞を取りかえそうではないか!」
 と、陸軍基地に「お手伝い」に来ている獣耳族の娘さんたちをたきつけたのだった。
 ここで問題となったのが霞ヶ浦に撫子に同じ忠誠を誓う黒長耳族がいる事を獣耳族の娘さんは忘れており、(海軍の)人間に同族が酷い目に合わされると勘違いした事である。
 そして、陸軍基地の連中も、当然自分達の所にお手伝いに来ている娘さんの危機に立ちあがらないほど腑抜けでもなく、ましてや敵は憎っくき海軍である。
 かくして陸軍兵士と獣耳族は霞ヶ浦基地を包囲。霞ヶ浦基地はその警戒態勢が幸い(祟って)篭城体制に移行。
 互いに武器を持って睨んでいる陸海軍の将兵を間に挟んで、原因が自分達にあるとはまったく分かっていない長耳族と獣耳族の娘さんは手を取り合って「?」を頭の上に浮かべていた。

 東京が事態を把握したのはこんな時だった。
 皇軍相撃ちかねんという状況下で陸軍省も海軍省も真っ青になり、事態の原因が派遣したお手伝いの黒長耳族と獣耳族にある事が発覚した事で神祇院も真っ青になった。
 かくして、事態収拾の為に撫子と東条総理(陸相)と嶋田海相の三者が並んで霞ヶ浦で取れた人参を食べるというたまらなく間抜けな政治的茶番劇までやる羽目になる。
「……こ、これは」
「……たしかに……」
「……うまいのじゃ!」

 大地の力を司る黒長耳族の娘が丹精込めたこの人参は本当にうまかった。

 かくして、陸海軍および神祇院内部で闇に葬られた「霞ヶ浦人参事件」(海軍名、陸軍名「霞ヶ浦特別演習」、神祇院名「霞ヶ浦異種族騒乱事件」)は半世紀後の資料公開時まで存在を秘蔵された。
 そして、事態収集のチャンネルがトップまで行かないと無いという大本営体制の欠陥が暴露され、陸海軍官僚の交流制度と常設軍政機関として国防省の設立が提起されたが、実現したのはクーデター未遂の後である。
 なお、この人参は黒長耳族の手で大々的に生産が開始され、ついには「霞ヶ浦人参」として皇室御用達にまでなったという。


 帝国の竜神様 閑話10
2007年09月16日(日) 02:51:09 Modified by hrykkbr028




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