帝国の竜神様04

 その日の夜、夢を見た。
 緑生い茂る信州の山の中、姉と俺が鞠で遊んでいた夢だった。
 幼い頃の記録だ。
 信州山奥の農村に生まれ、はやり病で父母が無くなった俺が命を繋いでいけたのは姉の体のおかげだった。
 食うこともできず身売り同然で東京に出てきた俺と姉、姉が体を売った金で生きているというのがたまらなくいやだった。
 その後、姉がある伯爵家の妾となり生活は楽になったが、何もできずに生かされているという自分を変えたかった。
 だから、海軍兵学校に入った。
 姉は結局、30になる前に結核でこの世を去った。
 最後まで、サナトリウムで俺の事を最後まで心配していたそうだ。
 元の名前を捨て真田を名乗ったのは、この時からだった。
 たいした意味は無い。信州生まれゆえ真田幸村みたいな武人となりたいという俺なりの決意のつもりだった。
 だが、海軍兵学校入校から苗字改名まで全て、手を回していたのは伯爵家だった。
 結局、餓鬼だったという事をいやでも知り、俺は大陸の戦争に飛行機乗りとして従軍。
 大陸で女と殺人を知った俺は、その後更なる戦争に向けて零戦を受領する為に霞ヶ浦に戻った。
 で、この馬鹿竜と出会った。

「不思議よの?
 そこまで、思っているのなら何故わらわを抱かぬ」
 火鉢から最後の灯りが消えて闇の中、蒲団の中の撫子が声をかけた。
 当然、撫子を蒲団に寝かせ、俺は部屋の隅で毛布にくるまっている。
 どうせまた人の頭の中を読んだのだろうが、闇の中で撫子に怒鳴るつもりは眠気のせいだろうか起こらなかった。
「そうだな。
 思いというのは間違っちゃないだろうが、恋や愛ではないだろうな」
「なんじゃそれは?」
「罪悪感さ」
 俺の心の奥に秘められた闇を闇向こうの撫子に曝け出したのは撫子が姉の顔なのが大きい。
「俺がいなければ、姉さんはもっと幸せになった。
 今でもそう思う事がある」
 闇の中、撫子は何も言わずに俺の言葉を促した。
「大陸で戦争をして、俺は人を殺した。
 殺す事が仕事だからな。
 だが、その狂気になれんのだ」
 パイロットとして、敵の飛行機を落す。
 爆散したり、脱出せずに地面に落ちた飛行機を見たとき、誰かの命を奪ったという事実に、人殺しという罪悪感に狂う。
 大陸で、女に狂ったりもしたが女の肌の暖かさも香水の臭いも結局狂気を沈める事ができなかった。
「生きるという事は、食わねばならぬ。
 食うという事は、生物を殺す事だ。
 それに罪悪感を持っていたら、そのうち狂気で壊れるぞ」
 生物らしい意見を言ってくれる撫子に苦笑する。
「それぐらい分かっているさ」
 殺さないと殺される世界だ。
 そのぐらい分かっている。
 でも、こうして夢を見る。
 信州の山奥で姉と遊ぶ夢。
 それは、世界が全て綺麗であった頃の記録。
 血で汚れた俺の数少ない良心。
「難儀なものよよ。人は。
 同族同士で殺し合いを好みながら、その罪悪感に苦しむか」
「神が作りし最高傑作。
 西洋じゃ人をそう呼ぶらしいが、俺に言わせると最大の失敗作だろうな」
「違いない」
 闇の中、乾いた笑いをあげる俺と撫子。
 その心地よい笑い声が俺を眠りに誘ってゆく。
「難儀なものよの……」
 眠りに落ちる前、撫子のそんな声を聞こえたような気がした。

 朝、目を開けると撫子が俺に抱きついて寝ていた。
 寝巻きを着て抱きついているから抱いてはいないと思うが。
 こんな風に、穏やかに朝を迎えられたのはどのぐらい前だったろう?
 背中にその豊満な胸を押し付け、毛布からはみ出る黒髪が朝日に輝いていた。
「すぅ……すぅ……」
 リズミカルに立てる寝息が妙に心地よい。
 なんとなく顔が穏やかになるのが自分でも分かった。
「こら。起きろ」
「なんじゃ?抱きたくなったか?」
 ぱちんと目を開けて、狸寝入りを止める撫子。
 ふざけた撫子の第一声を無視して、俺は長いこと使わなかった言葉を口から出す事にした。
「おはよう。撫子」
 きょとんとした撫子も朝日の中、爛漫に笑みを浮かべて俺に挨拶を返してくれた。
「おはよう。博之」
 その朝は、世界が綺麗だったと信じられた子供の頃と同じものだった。

 ちゅ♪

 先に言っておく、動いたのは撫子の方である。
 俺は目を開けたままぱちくりぱちくりと瞬きしたまま。
 撫子はその天真爛漫の笑みから奇襲で俺の唇を奪った早業は見事な奇襲だと、褒めてやりたいぐらいだ。
「人はこうして挨拶をするのであろ?
 昨日の梅龍とやらが帰り際に言っていたぞ。こうすると博之が喜ぶと」
 多分、これから何度も何度も何度も言うであろう台詞を言う為に俺は撫子を離して、大きく息を吸い込んでその言葉を叫んだ。
 いつもより動揺していたようなのはきっと寝起きだからだという事にしてくれ。
「こ、こっ、この馬鹿竜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」


 帝国の竜神様04

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2008年10月16日(木) 07:59:21 Modified by nadesikononakanohito




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