帝国の竜神様05

 服を着替え、撫子と共に食堂に出る。
 真新しく光る少佐の階級章に自然と目がいってしまう。
「英雄……か」
 ぽつりと呟く。まったく感慨がわかない。
「出世して、女を手に入れて、まだ足りぬのか?
 あ、金がまだか」
 やっぱり、こいつのせいだよなぁ。
 普通にこいつなんぞと関わらなければ、零戦乗りとして戦地にでて戦死ということだろうかなぁ。
 どうも英雄という名前に違和感がありまくる。
「金まで手に入れたら、今度は領地が欲しくなっちまう。
 人間の欲ってのは際限が無いからな」
「そうか。金と領地か……」
 真顔で考えやがった。
 下手な冗談が通じないのがこまるんだ。マジで
「お、少佐どののお出ましだ」
 食堂に入ったら誰もが俺と撫子を見やがる。
「というか、昨日までお前と同じだったんだろうが。遠藤」
 声をかけた男が俺と同期の遠藤一哉。昨日まで同じ大尉でこいつも零戦受け取りに霞ヶ浦に来た口である。
「いやいやいや。
 俺の知っている真田は東京湾で死んだ!
 こんな芸者をつれて食堂にくる少佐殿なんてしらないやいっ!」
「そうか、死んだんじゃ仕方ないな。
 お前に借りていた100円は死人から徴収……」
「まてまてまてまてっ!
 貴様と俺は同期だろうがっ!!
 階級が違っても、俺とお前の友情は不滅さ。
 だから、とっとと100円返しやがれ。こんちくしょう」
 この会話で大体、こいつとの仲が分かっていただけたと思う。
「仲がいいの。
 友達か?」
「「友達?誰が??」」
 撫子に二人して声をそろえて否定するぐらいの仲だ。
「はじめまして。
 撫子と呼ぶがよい。
 今は、博之の女だ」
 ぐっと食堂の空気が悪くなる。
 皆の視線がいたい。
「はじめまして。撫子殿。
 私は遠藤一哉と申します。
 失礼ですが、こいつの何処に引かれたのですか?」
 誰もが聞きたがっていた質問を遠藤が代表して尋ねた。
「簡単な事よ。
 博之はわらわを負かしたからのぉ。
 お主がわらわを負かしたなら、お主の女になっていようよ」
 あっさり言ってのけた撫子に食堂の皆がなんともいえない顔になる。
 別の竜がハワイで大暴れした事を皆知っているからだ。
「な。お主らが怯んだ事を博之はやってのけたのじゃ。
 それだけで博之はわらわにとって価値があるというものよ」
 嬉しそうにころころ笑ってやがる。
 まぁ、褒められるのは悪くは無いのだが。
「ほれ。撫子、座れ。
 朝食を持ってきてやる」
 
 朝食は普通の日本人の食事だった。
 白米、味噌汁、漬物、梅干、味付け海苔。
 撫子は何か口にするたびに、
「これはなんじゃ?」
とか、
「うまいのじゃ!!」
と騒ぐ事うっとうしい。
「旨いのを旨いと言わぬのは、食い物に対する冒涜ぞ」
 撫子の世界にも『もったいない』という言葉はあるらしい。
 お気に入りは、味噌汁の豆腐と味付け海苔。
「熱いっ!
 わ、博之、何かぬるぬるして柔らかいものが舌に、うまいっ!!」
 分かったから、食いながら喋るな。ご飯が飛ぶ。
「博之!見ろ!
 歯にくっつく……」
 周りの俺に対する敵視から、撫子に対する生暖かい視線に切り替わるまでさして時間はかからなかった。
「しっかし、こんな娘さんがハワイを焼いたんだぜ」
「わらわがやったんじゃないぞ、やれと言われればやるが…もぐもぐ……」 
 遠藤の言葉に、何をあたりまえな事を言わんばかりに言ってのける撫子。
 そのお前さんの同族が焼いたアメリカ太平洋艦隊は、我々大日本帝国海軍連合艦隊が仮想敵として恐れていた存在なのだけどなぁ。
「でだ、少佐殿。ちょいと真面目かつ厄介な話だ」
 漬物を噛みながら、遠藤が俺に対して真面目な視線を向ける。
 こいつのいい所は洒落と真面目をすぐに切り替えられるところだろう。
 俺はそんな所もこいつと友達付き合いをしている理由の一つだったりする。
「表のお客さんが五月蝿くてかなわん。
 特に、参謀本部から『勝手に』やってきた参謀殿が突入しかねん勢いでな」
 さすが、「無謀 ・横暴 ・凶暴」を兼ね備えた参謀殿。
 なんぞと思いながらお茶をすすっていると遠藤が箸でさらさらとお盆に何か書いている。
(……で、来ているのがあの辻だ)
(あれが来たのか?
 戦地じゃないのか?)
(知らん。だが、堂々と名乗っていたぞ。
 第25軍参謀、辻正信って)
(ふぅん。なかなか愉快かつ蛇蝎すべき人物ではないか。辻とやらは)
(おいっ!
 何か声が聞こえるぞ!!)
 遠藤の驚愕の声もこっちの頭に響いているが、撫子のこの能力はこいつが本当に人外である証拠でもあるが、便利かつ危険すぎる。
(仕方無いであろう。
 おぬし達がひそひそと何かわらわに分からぬ話をしようとしたからじゃ。
 わらわ抜きでわらわの話をするなんてずるいぞ!)
(怒った顔でテレパスを飛ばす撫子殿も美人だ……)
 遠藤があっさり順応しやがった。さすが、海軍芸者中隊司令殿。
(何を言う、海軍芸者大隊司令殿?
 まぁ、こっちの方が早いので話の続きだ。
 辻の怪しげかつ愉快な人脈で参謀本部が本気で動いたら霞ヶ浦ですら庇いきれん。
 とっとと、呉か横須賀に逃げ込んだ方がいいぞ)
 ありがたい親友の忠告に感謝しつつ俺は箸を持ったまま考え込んだ。
 陸軍が絡みたいのは分かる。
 問題は陸軍が撫子を奪い取る可能性だ。
 言い方は悪いが、こんな戦略兵器を海軍が持つなんて陸軍からして許せないのだろう。
 とはいえ対米開戦が無くなった今、陸軍の大陸戦線が主軸になるだろうし陸軍下での撫子の協力は要請されて断りきれるか?
 一番厄介なのは、撫子を支配している訳ではないというのを陸海軍とも知らないという所だ。
 撫子は俺の言葉を聞くとはいうが、人間と竜ならその気になればいつでも自由に振舞える訳だ。
 要請を聞いて「いやじゃ」という撫子の一言で海軍の面子丸つぶれなんて想像したくない未来が浮かんできそうで嫌だ。
「だから、わらわは博之の言葉に従うと言っているだろうが。
 そんなにわらわの言葉が信用できないか?」
「怒った顔でこっちに近づくな。撫子。
 周りが見ているというか、勝手に人の思考を読むなと言ったろ!」
「わらわが人なんかの視線を気にすると思うたか!」
 いや、気にしろ。頼むから。
「あのぉ……」
 助け舟を出したのは遠藤だった。
「そろそろ本題に戻っていいか?
 さすがに、真田が月の無い夜に歩けない状態にはしたくないので」
 改めて食堂を見ると……見なかったことにしよう。
 戦場で一緒に飛んでいたら、故意に撃墜されかねん。
「会おう」
 撫子が一言。遠藤の箸がぽろりと床に落ちた。
「誰と?」
「その辻なんとかとやらと」
 にっこり挑発的に笑って撫子は言ってのけた。
「竜殺しの勇者殿の来訪には敬意を払うべきであろう?」
 と。

 食堂の空気は最悪だった。
 いや、俺に対する殺意は消えては無かったが、中央に座る俺と撫子よりその対面に座る茶褐色の軍服に向けられている。
 それに気づいていないのか、気づいて平然としているかは知らんが、全てを馬鹿にしているような目で俺達を見ていやがる。
「第25軍参謀、辻正信少佐です。
 連合艦隊付きの真田博之少佐と撫子殿ですね?」
 さっそくジャブを放ってきやがった。
 昨日付けで発令された海軍人事と撫子の名前を知っているというアピールか。
「ほほう。わらわの名前を知っているのか?
 まだ、この世界に着てから一日しかたっていないはずだが?」
「貴方のいた世界ではどうだか知りませんが、この世界の人間は以外に耳が聡い。
 覚えておかれるとよいでしょう」
「忠告痛み入る。辻少佐。
 だが、わらわがただの人間の芸者である可能性を忘れておらぬか?」
 撫子の質問に恭しく小馬鹿にした態度を隠そうともせずに辻少佐は答える。
「あいにく、この国では戦は男子の本懐でしてな。
 そんな軍人の食堂で堂々と共に朝食を食べておられる方をただの芸者と考えるような頭しか持っていないのなら、陸軍参謀本部では出世できないのですよ」  
「ほほう。
 陸軍参謀本部はそんなに凄いのか。
 では、その凄い陸軍が少佐しか寄越さぬのはどういう事かのぉ?
 海軍では、お忍びで連合艦隊長官が昨日の内にやってきたが?」
 撫子のカウンターに場がざわついた。
 撫子、お忍びだからといって長官の名前を出したら意味が無いだろう。
 どうせ、俺の頭から知識をまとめて取ったのだろうが、適応能力ありすぎだぞ。こいつ。
「まぁ、偉い人たちが無能ゆえ、私達中堅参謀が汗をかいている訳で。
 ご心配なく。
 連合艦隊長官程度の約束なら、我々でも独断専行で実行できますゆえ」
 言い切りやがった。こいつ。
「さて、さっさと本題に入りましょう。
 撫子殿。真田少佐を連れて陸軍に来ませんか?」
 食堂の時間が止まった。
 いや、ここまでストレートに撫子を取りに来るとは思っていなかった。
 しかも海軍士官まで連れての陸軍転入だと?
 こいつは何を言っているんだ?
「当然でしょう。
 ハワイを焼くだけの力を持つお方を大陸で使いたいのですよ。
 大陸の国民党・共産党を焼くだけで真田少佐つれでもお釣りがきます」
 さも当然のように言ってのける辻少佐の声がたんたんと聞こえる。
 頭が真っ白の俺含む海軍士官達を置いていって、撫子が楽しそうに笑う。
「愉快じゃな。
 わらわの力を当てにせぬと戦が終わらぬとは。
 この国はそこまで苦戦しておるのか?」
「あいにく、人を殺すのはそれなりに重労働なのですよ。
 それを苦も無くできる貴方だからこそのお誘いです。
 どうせ、本質的な所で、貴方達は我々人間の事なんて何とでも思っていないのでしょう?」
「わらわはお主よりはましだと思うぞ。
 お主は、自分以外の人間すら何とも思っていないではないか?」
「はっはっは。これは手厳しい……」
 12月とはいえ、ストーブが焚かれている食堂内で寒気がするほどの会話が、撫子と辻少佐の間で交わされている。
 誰も何も口を挟めない。
「で、わらわと博之が陸軍に来る報酬は?
 連合艦隊長官にも言うたが、わらわは高いぞ」
 獲物を狩るがごとく眼光鋭く撫子が問いかけたが、そこはあの辻正信、笑顔の仮面を崩そうともしない。
「わが国が行っている聖戦が完遂した折には、大東亜に広大な土地が出現します。
 いくらでも切り取り次第というのはいかがですか?」
「わらわは欲張りだからの。
 大陸の土地全て寄越せと言うかも知れぬぞ?」
「その折には、我々は忠実な下僕として大陸統治に協力させていただくと」
「はっはっは。
 そして全ての業をわらわに押し付けて、汁をお主らが吸うわけだ」
「ご推察のとおりで。
 ですが、広大な大陸は貴方様一人では統治に少し不安があると思いますが?」
 うやうやしくわざと頭を下げてみせる辻少佐の姿がまた様になるから腹が立つ。
「さてと、時間だ。
 そろそろ私はマレーに行かなくてはならないので失礼しますよ」
 時計を見て立ち上がる辻少佐にたまらず俺は怒鳴った。
「帝国は撫子のせいで対英米戦を回避したはずだぞ!」
「させませんよ。
 鉄も油も何から何まで無いこの帝国の生存には彼らの植民地を奪う以外に何があると?」
 冷酷な狂気というものがそこに存在していた。
「真田少佐は満州事変や日支事変をお忘れのようだ。
 では、失礼。
 陸軍に来るのでしたら、市ヶ谷にどうぞ。
 私の名前を出せは問題ないようにしておきますゆえ」
 ぱたんと大きな音を立てて食堂のドアが閉まった。
「愉快な男よの。辻とやらは」
 楽しそうに撫子は、ただ一人声を出した。
「何処が!?」
 忌々しそうにドアの方に声を吐き捨てた遠藤に撫子が、まるで悪戯の種明かしをするように言ってのけた。
「やつは、『欲しいものは自分で掴み取れ』としか言わなかったぞ」
「!?」
 陸軍の参謀というイメージであれだけ長々と語っていった後なので、冷静な判断ができなかった己に反省する。
「安心せい。
 少なくとも連合艦隊長官とやらは博之を少佐にしたし、わらわもこのような綺麗な着物をもろうた。
 それだけの恩は海軍とやらにあるゆえ」
 その撫子の言葉に安心した空気が流れた。
「だが、一番なのは博之がわらわを体で喜ばしてくれる事なのだがのぉ」
 と、思ったのは一瞬だったらしい。
「なぁ、真田、殴っていいか?」
「待て、遠藤、お前なんでぐーで…誰か、ってみんな殴る気かよっ!!」
 撫子が楽しそうに火に油を注ぐ。
「わらわは魅力がないのかのぉ。
 昨日一緒に寝ても、とうとう博之は抱きに来なかったゆえ」 
 ああ、この馬鹿竜のおかげで、戦地で無く霞ヶ浦で死ぬことになりそうだ。

 こうして、第一回馬鹿竜主催嫉妬喧嘩大会の幕があがる。


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2008年10月16日(木) 08:00:43 Modified by nadesikononakanohito




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