帝国の竜神様07

 昭和16年12月3日

 国務省長官コーデル・ハルはその客人を表面上は笑顔で迎える事となった。
「ようこそいらっしゃいました。
 ミスター野村」
 日本帝国駐米大使野村吉三郎も丁寧な口調でハワイの災害についてのお見舞いの言葉を告げた。
 外交上よくあるセレモニーの一つだろう。
 災害国に対しお見舞いの言葉と人道的協力というものは。
 ただ、違うのはこの二国、アメリカ合衆国と大日本帝国は一触即発の状態にあったという事をのぞけば。
「自由を愛すべきアメリカ市民の皆さん……」
で始まったルーズベルト大統領のハワイドラゴン空襲の報告は多くのアメリカ市民にドラゴンへの敵意と恐怖を植え付け、ハワイ空襲からほぼ同時刻に東京からのドラゴン撃墜報告に(日頃人種差別をしているにもかかわらず)人類としての尊厳が守られ溜飲を下げたという奇妙な状況が生まれていた。
 ハワイが叩かれても結局本土には関係ない話と合衆国国民は思ってはいた。
 だが、その詳細が知られるにつれ、その無関心が激昂に変わる事となる。
 ハワイの米軍から報告にこう書いてあったからである。

『後から現れた100匹前後のドラゴンは人間を餌にしている』 

と。
 最初に現れた巨大なドラゴンは米軍機と交戦中真珠湾上空を飛び、艦船にも被害を与えた。
 もっとも、火で焼かれて大小の船が損害を出していたが、最大の被害は高度1000メートルより降下して陸上施設に火を吐く際に体当たりしてしまった戦艦アリゾナが横倒しの後爆沈するという被害で、ドラゴンがハワイ島に逃げた後今度はこちらの番と太平洋艦隊司令部と陸軍は共に意気込んでいた。
 キラウエア火山で強烈な閃光がした後、小ぶりのドラゴン達が真珠湾にまい戻って来るまでは。
 大きさはF4Fとにたような大きさで、出せる限りの戦闘機を全て上げてこのドラゴン(最初のやつと区別する為にワイバーンと呼ばれる)達を阻止しようとした。
 大まかな比率は米軍1.5に対しワイバーン1。
 数に勝る米軍は確実にワイバーンに対して12.7ミリを浴びせているのにワイバーンは中々落ちない。
 おまけに、降下や旋回だけでなく速さもワイバーンの方が優れていた。
 ワイバーンが一体落ちる度に米軍機が一機、また一機と炎によって焼かれてゆく。
 ここから、惨劇が始まった。
 米軍機を振り切ったワイバーン十数体がホノルル市に侵入。その牙をホノルル市民に向けたのだ。
 ワイバーンに戦闘員と非戦闘員の区別などつかない。
 どちらも同じ餌でしかなかった。
 これが、ハワイ全土に致命的な混乱を巻き起こした。
 住民が港に集まって船で逃げようとして暴動が発生。治安維持の為に陸軍はその銃口をホノルル市民に向けざるをえなかった。
 ハワイ全住民を避難させるだけの船などあるわけがなく、ワイバーン空襲の後ハワイはもはや整備・補給拠点としての地位を失っていた。
 このニュースが流れると同時に合衆国国民はドラゴンに対して激昂した。
 その市民の激昂に答えるかのように米軍もハワイ救援部隊の派遣、ハワイ市民避難の為の船団編成着手が始まっていた。
 だが、合衆国政府が想定していた第二次大戦参戦という外交スケジュールは完全に吹き飛んでしまっている。
 ドラゴンが、ハワイがその後どれだけアメリカの世論を引っ張る事になるかまだアメリカ合衆国自身ですら気づいていなかった。

「我が大日本帝国は、ハワイの災害に対する人道的協力を申し出ます」
「大日本帝国の協力に合衆国政府を代表して感謝します」
 野村大使の言葉に驚き、謝意を述べるハルの心中は複雑だった。
 日本の外交暗号は全て解読されている。
 その中にこんな一文があったからだ。
「ドラゴンを撃墜後捕獲。ドラゴンは生きたまま帝国政府に捕まえられる」
 裏を返せば、ハワイで暴れたドラゴンを捕まえられるだけの軍備を日本政府は持っているという事だ。
 日中戦争で国民党に多大な援助をしており、日本軍の航空機に対する脅威についてはホワイトハウスまで既に報告が上がっていた。
 だが、無意味な人種差別によって日本人がこんな高性能の航空機を持っているはずがないと侮っていた。
 もっとも、今の状況でアメリカが戦争を望む事等できるわけがない。
 ハワイ市民を餌として食われる事を放置するのであればまた別だろうが、その時はルーズベルト大統領自身大統領の椅子を追われる事になる。
 対日戦を想定していた主軸の太平洋艦隊が動けない。
 日本帝国に与えられたフリーハンドが何処に行くか?北進論がなくなった今、中国かイギリスしかない。
(中国はともかく、チャーチルには釘を刺しておかないと……)
 存亡の危機に立っている大英帝国の宰相はこの合衆国の停滞を黙って見ているほど無能では無いだろうから。
 ハルがはなから外交上日本を無視した考えを心の中で浮かべていた事を知らず、ここ最近の会談の中で一番和やかに話が進んでいる事に野村大使は自分の使命が果たせた事に安堵していた。

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2010年01月11日(月) 14:48:39 Modified by nadesikononakanohito




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