帝国の竜神様10

 昭和17年3月 北満州

 北満州の冬は寒い。
 日本ではそろそろ春の気配が迫っているがこの大地にはそのような気配も無い。
 にもかかわらず、大量の人間が吹雪く中で歓声をあげていた。
 その中央には、組まれた櫓から黒い液体が噴き出している。
「出やがった……」
 満鉄から出向してきた技官の一人は呆然としながらこの光景を見つめていた。
 大陸に油田は無い。
 それがつい最近までの常識だったはずだ。
 あの竜があらわれるまでは。 
 満州にまで飛んできた竜は、その後の歓待時に花咲か爺さんじいさんの飼っていた犬のごとく「油が欲しくはこの場所を掘れ」と言ってのけた。
 ただの笑い話だと思っていたのだが、彼女のスポンサー兼保護者たる海軍がそんな笑い話ですら飛びつくほど油に困っていたのが話をややこしくさせた。
 陸軍利権の巣窟たる満州ゆえに陸軍上層部に頭を下げ金はおろか長耳族の女をばら撒き、各財閥すら話に噛ませて強引にこの調査団を発足させたのだ。
 それが、この結果だ。
 他の調査でもこの辺りには油田がある事が確認されており、帝国の石油事情が一気に改善するかもしれない。
(大陸からはどんどん兵を引き上げているし、帝国も遅い春を迎えるのかもしれないな) 
 技官はそんな事を思っていたが、その言葉はゆっくりと実現に向かってゆく。


サイゴン
 この仏印の港から次々と船に日本兵が乗り込んでゆく。
 その顔は故郷に帰れることもあり総じて明るい。
 大陸で足掛け6年にも及ぶ戦争が休戦したからに他ならない。
 もっとも大陸の戦闘はまだ続いており、足抜けができたという方が正しいのかもしれない。
 撫子のお披露目と三峡での長江封鎖に度肝を抜かれた国民党政府は、汪兆銘政府内部の内通者を通じて交渉を持ちかけてきた。
 日本は国民党を追い詰めたと思っている。
 中国も日本に負けたわけではないと思っているし、対日戦を継続しないと英米からの支援物資が途切れる事を心配していた。
 それを強引に纏め上げたのが撫子を使った海軍だった。
 それまでの政治に介入しない海軍を投げ捨てるように汪兆銘政府関係者と合い、連合艦隊経由で海軍が単独で話を政府中枢に繋げていった。
 もちろん、海軍には海軍の事情がある。
『油が一年しかなく、いつまで大陸で貴重な油を使うつもりだ?』
 面と参謀本部の将校に言ってのけた海軍将官の台詞はまるでかつての陸軍を見ているような鼻息の荒さだった。
 この中国交渉はそのまま来るべき英米交渉の基本となるだけに、海軍も本気だった。
 かくして、東京を中心に行われた陸海軍の熱い政治闘争は幕を開けた。
 大陸から足抜け出きる。それに陸海軍は依存はない。
 問題は、戦争の後始末たる収支にあった。
 予算の80%が軍事費となっている略奪帝国と化した今の日本は何か得るものがないと戦争が終われない。
 その得るものとして満州で石油が出た事は福音と言って良かった。
 石油が手に入るのなら、無理して南進する必要は無い。
 南進する必要が無いなら、英国とは妥協できる。
 海軍はまず英国と秘密交渉に入り、以下の成果を陸軍に突きつけた。
1)仏印からの撤退
2)第三国経由の交易の黙認 
3)秘密協定による日英不可侵条約の締結
 土地に固執する陸軍にとって仏印の撤退は飲める所ではなかったが、長く喧嘩をしてきた海軍はその陸軍の鼻面に餌を撒いて見せた。
「南に行かないなら、北に行くしかないだろう?」
 その言葉、対ソ連戦を海軍が支持すると(勝手に)思った陸軍首脳部はノモンハンでの屈辱を忘れてはいなかった。
 仏印、台湾、大陸中央に派兵していた100万の兵を再編し満州に配備して対ソ戦に参加する。
 冬将軍でモスクワは落とせなかったが、いまだドイツ第三帝国は広大なソ連領を占拠しており、春になれば再度攻撃をすると見ていた。
 それに参加する。ノモンハンの敵が討てる。
 その魅力に逆らう事はできなかった。
 かくして仏印から帝国は撤退する。
 その後、仏印の帰属で自由フランスとヴィジー政府が揉める先を読んで、独立ゲリラを支援する事を忘れずに。  
 だが、陸軍が望んだ対ソ戦はついに発生しなかった。
 本土に戻った部隊は順次動員が解除され、欧州大戦需要の労働力として使われ満州に行く事は無かった。

 略奪帝国日本の復興は主に三つに分かれていた。
a)今ある商品である兵士を使った商売。
b)欧州大戦需要による生産。
c)内政開発。
 a)は動員を解除して食えない連中を食わす為の手段として、南京政府下の傭兵部隊として共産党討伐に参加する事となった。
 その南京政府も実情は重慶国民党の指示下に入っており、国共内戦は時間の問題だったといえる。
 陸軍の派遣兵数は一年をかけて順次削減され、満州を除けば10個師団までに抑える事となった。
 海軍も老朽艦を除籍して民間会社に払い下げ、タイ船籍にした上で東シナからセイロンまでの船団護衛を請け負わせた。
 b)は更に阿漕にタイ発、トルコ行きの航路をつくりそこに英国・ドイツ双方の商品を積み込んだ。
 特に、タイやトルコのダミー会社が買い付けたパレンパン精製の油やゴムはドイツに高く売れドイツの継戦能力の向上に寄与したが、ドラゴンで米国参戦が不確定な中で英国は日本を締め付けずに味方に取り込もうとしそれを黙認した。
 もちろん、米国が対独参戦した時は手の平を返して日本を切り捨てる気満々なのだがそれは日本も分かっている。
 トルコに荷揚げされた商品はドイツ行きはそのままバルカンを越えて、英国行きは途中のアレキサンドリア運ばれ英国艦隊が船団護衛をしながら本土に運び込んだ。
 c)まだ数千人しかいない黒長耳族の魔法使いが出す石人形による大規模開発から始められた。
 農地改善、ダム開発、インフラ整備とありとあらゆる所に投入され、満州の油田から出る油が軌道に乗り出したら重機開発も始まった。
 その資金は発見した満州油田を担保に債権を発行し、ドイツとイギリスに買わせる事で強引に作ってみせた。
 イギリスは日本の戦時経済から平時経済へ移行させる事で自領の不可侵を狙い、ドイツは日本が対英戦よりも死闘続くソ連戦に参加する事を期待しての費用負担である。
 呉越同舟とはよく言ったものだがこれを快く思わない国もある訳で、ソ連は日本の動きに神経を尖らせた。
 首都近郊でドイツと死闘をやっている中、裏口の満州には100万を超える軍が虎視眈々とシベリアを狙っている。
 更に面白くないのがドイツ向けに打った外交暗号が英国が解読していて、対ソ戦シフトという言葉で日英交渉の経緯をドイツに説明していたのを英国がソ連に教えていた。
 英国の二枚舌外交ここに極まれり。
 ソ連は対日戦の準備を始めその戦力をシベリアに留め置くことを余儀なくされ、抽出しそこねたシベリアの兵力はドイツの石油事情改善と重なってソ連に少しずつ響いてゆく事になる。

 ベルリン
「貴官をアフリカから呼び戻した理由は分かっているな?」
「東部戦線以外無いと自認しておりますが?総統閣下」
「イタリア人と戦争をさせようとした余が間違っていた。
 ムッソリーニには適当な武器支援で機嫌をとっておく」
「幸い、アフリカから引き上げられた兵も順次再編に入っており、春には総統のお役に立てるかと」
「与えた三個師団の指揮権はそのまま貴官に与える。
 モスクワを落とせ。ロンメル」
 だが、この言葉も彼を嫌う国防軍上層部によってモスクワ攻略から外され、モスクワ攻略の囮として彼は南方軍集団に回される。
 そこで与えられた命令書の攻略目標はスターリングラードと書かれていた。


帝国の竜神様10
2007年12月31日(月) 02:49:49 Modified by nadesikononakanohito




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