帝国の竜神様11

昭和17年三月 伊豆 下田港

 明治の御世に外国に開放されたこの港に五つの高い灯台が建設されたのはつい最近の事である。
 しかも、その建設において軍が関与し、褐色色の耳の長い外国人がちらほらとみかけられたこの灯台は何から何まで変わっていた。
 港の少し洋上に五つ海上に建設されていた灯台は夜間に警戒の光らしい赤や青の光こそ出すが、こんな短距離で五つも立てられる理由がまったく地元住民には理解できなかった。
 もちろん、上空から見るとこの五つの灯台が港中央部から円状に配置されており、灯台の赤と青の光同士を法則に沿って結ぶと五芒星を構成している事にも。
「で、だ。これは何だ?」
「鈍い男よのぉ……これだけ大掛かりな物を作ったのだから気づけ。
 『転移装置』じゃ」
 この馬鹿竜。お前自身が異世界からやってきた事を忘れてその異世界の知識で話してやがる。
「博之。こっちに来て知った知識なのじゃが、馬鹿というやつが馬鹿なのじゃぞ」
「安心しろ。俺も馬鹿だがお前ほどでは無い。
 で、その『転移装置』ってのはお前の世界に転移できるというやつか?」
「そういうことじゃ。
 これでわらわのいた元の世界に行けるぞ」
「元の世界?
 帰るのか?」 
 撫子は静かに首を横に振った。
「残念ながら帰れぬ。
 龍脈契約があるでの。離れることができぬ」
 撫子曰く、元の世界に帰るには自分自身の魔力容量以上の魔力が必要であり、その魔力を補う為にこの地の龍脈と契約したので離れる事ができぬと。
「ん?待てよ。
 じゃあ、お前は向こうの世界に戻れないのか?」
「滞在するぐらいなら問題ない。
 だが、永住すると魔力が補給できぬからこちらには戻らればならぬ。
 そういうことじゃ」
 さも当然に説明する撫子の説明に納得はしたが、一つ矛盾がある。
 それならば、もともと向こうの世界で龍脈契約をした撫子は何でこっちに来たのか?
「秘密じゃ。
 抱いてくれるなら話してやってもいいがの」
 人の頭の中身を読むな。馬鹿竜。
「しかし、よくこんなものの建設許可がおりたもんだ」
 海上の灯台を眺めながら呟くと遠藤大尉がその先を話す。
「新世界。それは、大陸で採り損ねた植民地を獲得する新たなるフロンティアだろ。
 軍の動員を解除しているが、軍以外に食えない連中はまとめて彼女の世界に送り込むつもりらしい」
 撫子が出現して、彼女の話を聞いた政府上層部は、『異世界との扉』に激しく興味を持った。
 英米に恨まれながらもうまく行かない大陸進出に見切りをつけて新世界へ進出する。
 何より大きいのが現状で竜と交渉できて異世界の扉を開けるのが帝国しかないという時間的優位というか脅迫観念もおおきかった。
「欧州大戦は拡大の一途。
 アメリカはドラゴンがハワイに居座って動けない。
 その隙に異世界を独り占めしてしまおうという腹さ」
 遠藤の軽口に隠れてしまうが、12月世界に衝撃を与えたドラゴンのハワイ空襲によって、アメリカ政府はハワイ市民の一時避難を決定。
 ワイバーンの妨害を受けながら市民の避難を完了させたアメリカ軍は先月からハワイ奪還作戦を発動。
 激しい空中戦の果てついにハワイ近海の制空権が取れず、逆に西海岸にワイバーンがちらほら襲来する事態についに後退した事を帝国政府はつかんでいた。
 既にこの影響はあちこちに影響が出ており、太平洋からウラジオストックに向かう予定のソ連用レンドリースは西海岸の混乱に伴い大幅に削減。
 満州油田の発見に伴い防衛戦力を大幅に強化した帝国陸軍に対抗する形で、軍事的緊張が張り詰めたソ連極東軍が動けない事と伴い独ソ戦の冬季反撃に息切れがみられている。
 そんな誰も動けないこの時に帝国が異世界へ進出するという甘い囁きによって、この転移装置にかけた帝国の熱意は並々ならぬものがあった。
 下田の街そのものを陸軍部隊が厳重に警戒しながら、まだ千人にみたない黒長耳族の内100人が三ヶ月かけて撫子の指導の下でこの装置を作り上げたのだ。
 ちなみに、黒長耳族の半分は満州の油田開発にかかりきりとなっているぐらいだからその意気込みは押して知るべし。
 まぁ、帝国が望むのは植民地ですらなく、現在軍に入ることで食っていける貧農家庭の次男三男に自立できるだけの土地が欲しかったのだ。
 市場とか資源搾取すら望まぬ時点でどうよという気持ちだが、国家経済の破綻回避に伴う動員解除で出る失業問題の有力な解消策になるはずである。
 満州の油田開発が黒長耳族の魔法技術で軌道に乗りつつある今、油の心配しなくてよくなった帝国は開発ラッシュに沸いていた。
 その中心となっていたのが、黒長耳族の娘さん達が使う石人形だった。
 だが、初期召還においてやってきた黒長耳族は1000人程度。
 各地の開発で娘さん達は引っ張りだことなっている現状で、更なる黒長耳族を迎え入れるため撫子の提案で異世界との扉を作り出す事になった。
 その完成品が今、俺達が見ているこの灯台群なわけで。
「で、俺達の乗る船はどれだ?」
 遠藤の指す水平線上にゆっくりと船が近づいてくる。
「でかいのぉ……」
 やってきたのは、山本長官直属の第二四戦隊の特設巡洋艦愛国丸。
 呆然とする撫子。かつて聞いた所だとまだ木造船で沿岸航海主体の向こうの世界では、10000トンを超える船はそれは大きいだろう。
 この船に食料と燃料が大量に積み込まれ俺の陸戦隊が乗り込み、更に帰りには黒長耳族の娘さんを運ぶ事になっている。
「あの後ろの船はなんじゃ?」
 撫子の声に愛国丸の後ろに視線を向ける。
 こちらの予定には愛国丸だけのはずなのだが、良く見ると後ろから駆逐艦が4隻ついてくる。
「天霧、朝霧、夕霧、狭霧……第一艦隊第三水雷戦隊の第二〇駆逐隊か。
 長官のつけてくれた護衛ってとこだろ」
 遠藤の言葉に撫子がきょとんとする。
「わらわに護衛なんぞ不要だと思うが?」
「いえいえ。恐れ多くも竜神様では無く、竜神様のお乗りになるお船の護衛にて。
 帝国にとって、あの10000トンの輸送船は宝石より貴重なんだよ」
「はぁ……博之はわらわより、船が大事と申すか」
 ちょっとムッとする撫子を置いてけぼりにしてそのまま説明を続けた。
「あの船で黒長耳族を積めるだけ積みこむのが今回の目的だ」
「そうですわ。撫子様。
 この船で私達黒長耳族の助け出して下さるのですから。
 撫子様のお力を使わずとも助け出してくれるのなら上々かと」
「わっ!!」
「どっから現れたっ!メイヴっ!!」
 突然聞こえた艶やかな声にびっくりする俺と遠藤。
 神祇院という官庁に勤める結果、巫女服が制服となった黒長耳族の長がそこにいた。
 カラスの濡れ羽色な黒髪、褐色の肌と長い耳でも物ともしない白衣と赤袴を表着にかくしてにこにこ笑う様は穏健そうに見えてとても怖い。
 メイヴとは大陸からの付き合いだったりする。遠藤は手を出したそうだが、「三分でしたわ」の言葉で押して知るべし。
「どっからって、後ろからに決まっているじゃありませんか。
 気づかないお二方が悪いのですわ」
「気配を消して歩くんじゃねぇ!!」
 いや、遠藤よ。言っている事は正しいのだが、闇の裏仕事をやっているメイヴに音を立てろというのは酷じゃないか?
「ふん。人間というのは不便なものよの。
 わらわは気づいておったぞ」
 人外の竜神さまは黙ってろ。
「積込み荷物のリストです。ご確認を」
 メイヴから渡された書類をぱらぱらと眺める。
「食料に、燃料に、武器弾薬……って戦車!?」
 見つけた八両の戦車に驚く俺にメイヴが説明する。
「陸軍の方から使ってくれと富士の方に。
 切実に欲しいのはあちらも同じかと。
 戦車兵の方も出向してこられるとか」
 既に、黒長耳族そのものが資源とかしとるな。こりゃ。
「で、金銀宝石はわかるのだが、着物に焼き物に壷に酒に煙草って何だ?」
「決まっているじゃありませんか。
 私達黒長耳族を買い取る予算ですわ」
 あっさりと言ってのけるが、メイヴの言葉の裏にこめられた絶望は深い。
 撫子が召還したメイヴ達は撫子が元住んでいた近くにいた眷属だから場所が特定できた。
 だが、世界各地に広がっている黒長耳族を探してこちらにつれてくるのは手間がかかりすぎる。
 更に厄介なのが、10万というのはあくまで撫子が把握している数であって、人間に捕らえられているまたは人間社会に溶け込んでいる黒長耳族にいたるといくらいるか分からない。
 で、メイヴが出してきた提案は「人間の町で売られている黒長耳族を買う」というものだった。
 奴隷として使われていた彼女達が即戦力になるわけではないが、魔力を持つ彼女達を教育する事が数を求める帝国にとって確実な黒長耳族供給と判断されたのだった。
 もちろん、彼女達の解放を望んだメイヴ達の希望とも合致する。  
「予算内で上手く買ってこいか。
 俺達は商人か」
「そんなものでしょう。
 博之様。どうか、多くの同胞をお救い下さいませ」
 うやうやしく頭を下げるメイヴに
「ああ」
 としか答えられない俺のもどかしさをよそに船が港に入ってきた。
「では、行こうかの。
 わらわの世界へ」
 そんな旅行気分で振袖を揺らして微笑むなこの馬鹿竜。
「おや、どうしたのじゃ?そっぽを向いて?」
 わかって言っていやがる。こいつ。
 だから、読まれるのを分かった上で心の中でこう返してやった。
(惚れちまうだろうが)
 と。

 俺達が乗り込んで船団は灯台群の中央に集まった。
 それから灯台群が光り輝いたと思った時には既にこの世界からは消えていた。
  


 諸国標準暦381年 大崩壊より518年後


 海賊団「海の牙」はこの海では有名な海賊団の一つである。
 狙った獲物は確実に仕留め、積荷は船から船員まで奪い去り十数隻の海賊船を有する大海賊団でもあった。
 その「海の牙」所属の海賊船の一隻がそれを発見した時獲物を探してうろついていたとこもあり襲撃を決意した。
 船長はその船を見ながら首をひねった。
 まず大きい。山のように大きい。
 自分達の船の四倍ぐらいある。
「船長!あれを見てください!!」
 赤の月と青の月が照らす海原に大きな船に寄り添う船が四つ。
「護衛でしょうか?」
 手下の一人が船長に進言し船長もそれに頷いた。
「だろうな。帆が見えないという事はガレー船だろう。
 もしくは嵐で漂流しているか……」
「どっちにしろ、襲うチャンスです」
「おい!遠見の鏡でお頭に報告しろ!!
 大物が出やがったと」 
 その遠見の鏡を使った会談の結果は、明日の夜「海の牙」所属稼動船12隻全力で襲撃する事が決定された。
 だが、その海賊船の動きは一部始終筒抜けだったのだが。


帝国の竜神様11
2008年01月15日(火) 10:37:20 Modified by nadesikononakanohito




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