帝国の竜神様14

「愛国丸」上空

「こちらは、大日本帝国異世界派遣船団なり。
 目的は貴国イッソスへの寄港と交易である」
 キーツに返事を返した女は、エルフなまりの西方語を話していた。
(ダイニホンテイコク?聞かない名前だな?)
 と思いつつ改めて船の声のした方に視線を向ける。
 艦橋にたくさんの人影があり、ダークエルフが彼に話していたのだろう。
「乗船の許可を頂きたい」
 ダークエルフが中央部にいた人間に通訳をしている。あれがこの船の親玉らしい。
「それは、どういう目的で行うのか理由をお聞かせ願いたい」
 女がこちらに返事を返す。
「わが国では寄港前にグラ海峡にて通行税を払い、検査をしないとイッソスへの寄港は認められていない」
「では、貴殿の検査によって寄港許可を出すと解釈してよろしいか?」
 女の返答は中央の人物に通訳をしなかった。
 あのダークエルフにかなりの権限を与えているのだろう。
 奴隷種として蔑まれているダークエルフを通訳などと表向きの仕事に使う国など聞いた事がない。
「いや、乗船許可の発言を取り消す。
 正式な検査は海峡で行う。
 それでよろしいか?」
 キーツの言葉に今度は彼女が中央の人物に通訳し、彼が首を縦にふったのが見えた。
「了解した。
 ところで、カッパドキアの騎士は、名乗りをあげた者に対していつまで杖をこちらに向けているのだ?」
 ダークエルフの皮肉を込めた問いにキーツは、魔術師達に杖を下ろさせて船から離れ砦に向かって飛んでゆく。
「キーツ殿、あのダークエルフと相対して何ともありませんでしたか?」
 一人の魔術師がキーツのペガサスに近寄って話しかける。
「ああ、何ともなかったがどうしたのだ?」
「あの黒髪のダークエルフ、緑竜従者でサキュバスのメイヴです」
「何だと!?」
 竜といえばこの数ヶ月前から世界から姿を消して、魔術師達が大騒ぎしていたあの竜達の従者か?
「この情報は砦に伝えたか?」
「既に」
「議会にも伝えろ。魔術協会にもだ。
 大事になりそうだ」
 ため息をついて見せたが、目はこの事態に昂奮し己が忠義の発揮する場所と捕らえて爛々と輝いていた。

「愛国丸」艦橋

 羽の生えた馬が空飛ぶ人間と共に去ったように見えたが、それは杞憂だったらしい。
「後方上空に巨大な鷲一騎と羽あり馬二騎。
 我々の後をついてきます」
「第二〇駆逐隊から電信。
 各艦に数人の空飛ぶ人間が数百メートル離れて見張っているとの事」
「前方上空に新たな鷲一騎と羽あり馬二騎」
 既に、船団は完全に包囲されていた。
「海賊達の根拠はこれか」
 空を飛ぶ馬や巨鳥、どうやって浮いているのか分からない人間を見て納得した顔で眺めるのが陸軍からやってきた佐藤大佐。
 彼はダークエルフという資源配分に陸軍の権益を挟む為に派遣されていたが、彼らを眺めながら挑発的に眺める姿はきっと彼らへの対抗策でも考えているのだろう。 
 自由気ままに空を飛びこちらに対して警戒の色を隠さない魔術師達に、その魔術師達を指揮している巨大な鷲と羽の生えた馬に乗った騎士達。
 こいつらが上空から襲い掛かったら大変なことになっていただろう。
 並みの船なら。
 不幸なのは、この世界にとって船も乗っている奴も並ではなかったというあたり……
「何か言ったか?博之?」
「いえ。何も」
 どうせ読んでいるのだろうが、口にはこうして否定するのが人間というもののやさしさな訳で。
「海峡が見えてきます
 ガレー船が18、帆船が12、羽あり馬や鷲は三十以上」
 見張りの声に、俺の視線も海峡の方に向かう。
 既に砲座に配置している兵もその声で自分達の敵になるかもしれないものを目にする事になった。
 ガレー船がずらりと並んで海峡を封鎖しており、帆船がその左右を固め、海峡近くの砦に旗が無数に翻っている上で、鷲や空飛ぶ馬に乗った騎士達や空飛ぶ人間が鉄の杖を我々に向けている。
「凄い歓迎ですな」
 動じてないのか、木村大佐の声はいつものとおりどっしりと。
「まぁ、警戒してくれる内が花よ」
 むしろ楽しそうな好々爺な声で西村少将が言ってのける。
「ふむ。歓迎してくれるのならば、こちらも歓迎返しといかねばならんな」
「何をする気だ?撫子?」
「何、これだけ、我らをびびらせたのだから同じぐらいびびってもらおうとおもってな」  
 短いつきあいだが、こいつがこんなに愉しそうに微笑むたびにろくでもないことが起こっている俺の経験から、ろくでもないものの臭いがぷんぷんしているのだが言わないでおくことにした。

 グラ海峡 「海の牙」の砦

 魔術師達が呆然とする。
「あの力……間違いない」
 呆然と呟いた魔術師の声にキーツは問いかけたかったのだが、他の騎士達と同じくペガサスやグリフォンが本能から暴れるのを必死になって宥めなければならなかった。
「竜です!
 こんな魔力を持つ生物は竜しか存在しません!!
 帰ってきたんだ……」
 魔術師達が叫びペガサスやグリフォンが暴れる様子は下の艦隊にも伝わり、五隻の船が見えてきた時にはまるで化け物でも眺めるようにこちらに向かってくる船団を見つめていた。
「キーツ。もう一度あの船に飛んでくれ。
 今度は臨検するので砦に来てもらって停船させるのだ」 
 上司の言葉を受けてキーツはまた愛国丸に向けて飛ぶが、今度は意外な返事がキーツを待っていた。
「臨検には応じるが、これ以上そちらに行く事はできない」
「理由をお教えいただきたい」
 問いただすキーツにダークエルフは信じられない答えを出してきた。
「これ以上岸に近づくと座礁する可能性がある」
「馬鹿な!
 岸からこんなに離れているのに座礁するなんてあるか!!」
 何をふざけた事をと続きを言おうとして、さっきと違い艦橋中央の人物がダークエルフに話をしているのに気づいた。
「必要なら、こちらから出向いてもいい。
 臨検の係員を迎えるボートも用意する。
 本当にこれ以上は危ないんだ」
 困惑するダークエルフの声からして艦橋中央の人物の言葉をそのまま言ったのであろう。
「わかった。貴船に彼らを乗船する許可をいただきたい」
 その言葉をダークエルフが伝え中央の人物が首を振るのをキーツは見ていた。


 愛国丸 船内

 臨検に接近する為海賊の手下が漕ぐボート騎士達が乗船して巨大な船に近づいてゆく。
 近くに来て、やはり驚くのがこの船の大きさだった。
「下から見ると城だな……」
 漕いでいた海賊の一人の言葉が全員の意見を代表していた。
 更に仰天したのが、船から出ている黒煙。
「この船は火事でも起こしているのか?キーツ」
 不安そうに呟く同年の空中騎士団長殿に、先に同じ事をダークエルフに聞いたキーツが答える。
「この火でこの船は動いているらしいです。
 詳しいことは聞けませんでしたが、安全との事」
 部下と上司の適切な関係に飽きたのは団長の方だった。
「敬語で話すほど俺達は疎遠だったか?キーツ」
「だから、こんな所にやってくるんだよなぁ。コンラッド。
 おとなしくイッソスにいろよ。
 応援は呼んだが、お前が出張る事か?」
 わざとらしく皮肉を言うが、これも友情を確認するための儀式みたいなものだ。
「どうせこの船がらみで議会が開かれるのだ。
 なら、議員が見ておいたほうがいいだろう。
 イッソスにいてはグリフォンがなまっちまう」
 方や貴族の議員様、方や平民の天馬騎士だけど、同年代の若者でうまが合えば友情も芽生える。
 コンラッドとキーツの関係もそんなものだった。
 ダークエルフの女が顔を出す。
「今から乗船するものを出すからそこで待っていて欲しい」
「構わん。こちらもそれぐらいの用意はある」
 コンラッドは申し出を断って随行の魔術師に合図をする。
 空中浮遊の魔法で体が浮き上がりこの「アイコクマル」と名づけられた船に乗船するコンラッドとキーツを入れた護衛三名、海の牙の首領、魔術協会から来た導師魔術師の五人の体が浮き上がり、そのまま船上のダークエルフと同じ目線になる。
「カッパドキア共和国国政議会議員兼空中騎士団団長コンラッドと申します。
 カッパドギア共和国の法に基づき、この船を臨検します。
 この船の船長に面会したい」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
 ダークエルフの先導によって五人は船内を歩き出す。
 そして、全員がこの船の豊かさに唖然とする事になる。
「この船……鉄でできているのか……」
 首領が呆然と船体を叩く。その大きさに呆然とし船体が鉄でできているという事実に頭の理解が追いついていなかった。
「この船で一隻で、騎士団に所属する全騎士に剣と鎧が作れるだろうな」
 コンラッドの声も、どこか上の空だ。
「こちらでお待ちください」
 案内のダークエルフに促されて彼らは食堂に向かう。
「気づいているか?
 あのダークエルフ首輪をしていない」
 首領の言葉に欲望が混じっているのをキーツは見逃さなかった。
 この世界の人間社会ではダークエルフは奴隷種とされており、首輪をつけた者の所有が認められている。
 その彼女達が首輪をつけていないという事実は、この船がエルフと関わりがあるからとキーツは感づいた。
(だから、竜か……)
 竜なんて竜宮に引きこもったままでめったに姿を現さない現実離れした生き物なので、竜の従者というエルフの位置づけを忘れがちになる。
 目がテーブルの上に置かれている小瓶で止まる。
「これは……」
 ダークエルフがキーツの視線に気づき説明をした。
「調味料の小瓶です。
 砂糖・塩・香辛料に、それらを調合した液体で料理に軽く味付けするのですよ」
 その言葉にびっくりする一同。
「どっちが砂糖で、どっちが塩なのだ?」
 両方とも粉雪のように白く、舐めてみた首領はその味にすっかり魅了された。
「騎士団団長。見てください。
 これと同じ瓶が各テーブルにあります」
 コンラッドは首領と同じように舐めたまま絶句している。
 このような最上質の砂糖と塩はイッソスの市場ですら手に入らない。
 それが食堂の全てのテーブルに当たり前のように並んでいる。
 食に金をかける事自体がその国の豊かさを図る事ができる。
 鉄の船体でこの国の豊かさと技術の高さを感じてはいたが、信じられないぐらいにこの国は豊かだ。
 友との再会と興味本位で来たつもりのコンラッドは戦慄を覚えながら、自分の職務を遂行し議会に進言しようと決意した。
 この国は、絶対に敵に回してはいけないと。

「凄いですね。
 何処からも清らかな魔力が溢れています」
 導師魔術師が感嘆の声をあげる。
 この世界には魔法使用において「マナ」と呼ばれる媒介を使う。
 マナそのものは世界の何処にでも空気のようにあるのだが、問題として魔法使用者の感情に汚染される。
 攻撃魔法を使えば「殺意」などの術者意識がマナに残るし回復魔法を使えば「慈愛」などの術者意識が残る。
 そして、汚染されたマナは逆に人間の深層意識に介入する。
 戦争があり、攻撃魔法が大量使用されるとその地域の住民意識が荒れて治安が極度に悪化する。
 マナの浄化技術も開発されてはいるが、魔法技術の進む中央世界ではこのマナ汚染が深刻な問題となっていた。
 これだけの船を動かすのにどのような魔法を使うのか考えただけでマナ汚染を想像してしまうが、導師魔術師は船内に満ちている暖かい愛情みたいなマナを感じていた。
 何しろ辺境のエルフの森の奥にある竜宮から出らず、最近はその失踪が伝えられていた竜だが、その強大な魔力は魔術師にとって羨望だったのでこの船にいるであろう竜の魔力に彼は酔いしれていた。
「これだけの魔力があるのならば、このような船を作りまた動かすのも容易でしょうね」
 ただ竜はこの船に乗船しているだけなのだが、魔法が社会の中で一般的になっているこの世界で魔力を動力として使用しないという事を想像できなかった。
「大漁の鉄を使い竜の魔力で動く船か。しかも、信じられないほど塩と砂糖があり、ダークエルフまでいる。
 孫の代まで遊んで暮らせるな」
「カッパドキアの騎士として言っておくが、対話を求めてきた者を襲うなよ」
「分かっていまさぁ。騎士団長殿」
 その顔に欲望が残っているのに気づかずぞんざいな返事を返す首領にキーツは何か言おうとしたのだが、相手の代表が食堂に着いたため何も言う事ができなかった。

 乗船許可を受け取ったペガサスが砦の方に引き返してからしばらくして、国政議会議員兼空中騎士団騎士団団長と名乗る者とその護衛に魔術師の五人が愛国丸に乗船してきた。
 船内食堂に通してここにきた交易という目的を外務省から派遣されてきた職員が説明するのだが、彼らの視線は職員より通訳をするメイヴと撫子の方に集中していた。
「ダイニホンテイコク?
 失礼ながら、この世界にそのような国があったとは知りませんでした。
 どのような国ですか?」
 コンラッドから発せられメイヴの通訳に固まる愛国丸首脳陣。
「どのような国と言われても……」
「帝国と名乗られているぐらいですから、偉大な皇帝の元で、広大な領地を持ち、多くの民族を従えて精強な兵をお持ちなのでしょう?」
 コンラッドの言葉にお世辞などない真剣な思いが伝わってくるだけに言葉につまる。
「わが国では、皇帝とは名乗りません。
 その皇帝すら配下に置き、神々の末裔たる天皇陛下がわが国を治めているのです」
 西村少将が笑うのをこらえながら説明する。
 たしかに少将は嘘は言っていない。
 満州国という国の皇帝を支配下においているのだから嘘は言っていない。
「わが国は北は夏でも雪が残る土地から、南は冬でも泳ぐ事ができる土地まで統治しています」
 木村大佐が苦悩しながら説明する。
 たしかにこれも嘘は言っていない。
 満州の高山地帯や千島などの高緯度地帯は夏でも雪が所々に残っているし、トラック諸島やマーシャル諸島などは常夏の島々だ。
 間に海があったりするが海まで入れたら十分広大と誇れるだろう。ちょっと説明を省いただけだ。 
「大日本帝国とは五族共和を掲げ、他民族と共存共栄する人口一億の大国家です。
 わが陸軍は総兵力300万を誇り、海軍もこのような船を300隻所有しています」
 佐藤大佐は詐欺師が商品を勧めるよう滑らかに、人口の多さと軍の精強さを謳って見せた。
 たしかに嘘は言っていない。
 その為に大陸で泥沼の戦争をついさっきまでやる羽目になり、これだけの軍備をそろえた結果破産寸前に追い込まれ、それでも勝てない欧米列強がまだ上にいる事を言って彼らを不安にさせる必要はない。
「い、一億……」
「恐ろしい兵数ですね。
 三百万だなんて……国の規模ですよ……」
 説明を聞いてコンラッド達の顔はみるみる強張っていった。 
(おい、撫子。なんであいつらお前とメイヴを見ているんだ?)
(さっき、自己紹介をしたからの。
 この船の主人をわらわと勘違いしているのであろう)
(さっきって何時?)
(さっき、ペガサスやグリフォンが暴れていたであろう。
 抑えていた魔力を放出したのじゃ。
 人間には出せぬ魔力量ゆえ、わらわが乗船しているのに気づいたであろうよ)
 そういう事かと納得していた俺にそのまま撫子はテレパスで話しかけてきた。
(まぁ、わらわが乗っているのに気づいたらよほどの馬鹿でない限り手出しはしないだろう。
 博之はいつも馬鹿馬鹿けなしているが、わらわとてこの世界ではそれぐらいの尊厳があるのじゃぞ) 
 えへんとえばった笑みを浮かべる撫子。
 傍から見れば美人が不遜に見下しているようにも見えなくもない。
 これが撫子の言っていた「歓迎返し」らしかった。
 その間話が進み、コンラッドが「議会の承認を得るまでここに待機してほしい」と言ってひとまず会談が終わろうとした時に魔術師が声をかけた。
「一つ、交渉外の事をお聞きしたいのだが、どうして貴方達の船に、我々の世界の竜が乗船しているのか?」 
 その問いに西村少将に木村佐藤の両大佐以下どう言っていいのか言葉を失うが、撫子自身が口を開けた。
「その問いには答えることはできぬが、わらわはこの国に世話になっていると考えてくれ」
 後になって考えるとこの言葉がとんでもない方向に転がっていく元凶になるとは誰も思ってはいなかった。


帝国の竜神様 14
2008年01月20日(日) 10:11:28 Modified by nadesikononakanohito




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