帝国の竜神様16

 カッパドキア共和国首都イッソスの湾内の夕刻、その船が姿を見せた時誰もが仕事の手を止めた。
 湾内で漁をしていた漁師は網を巻くのをやめて魚を数匹逃がし、灯台の管理人はその船に見とれてつけたばかりの光を危うく消しかけた。 
 荷物の積み込みをしている船員も、出向許可を待つ船長も、海の男をひっかけようと思った娼婦達もその船を見つけた瞬間目から離れなかった。
 海軍はガレー船を動かしてその船の周りに張り付き、空には空中騎士団と魔術師が常に張り付いて周囲を見張っている。
「爺さん達の時の黒船はこんな感じだったのじゃろうなぁ」
 西村少将が感慨深くイッソスの港を眺める。
「『太平の 眠りを覚ます 愛国丸』ですか?
 一隻多いですが」
 とりあえず交戦という事態を避けられたこともあり、木村大佐も軽口を叩く。
「この国が文明開花の道を進みますかな?」
「むしろ吸収するのは我々じゃろう」
 西村少将は空を歩くように警戒する魔術師に目を向けるが、彼の乗っている船自体がはるかたくさんの視線に射抜かれている事を自覚はしていた。
 誰もがこの船の大きさに目を奪われ、そしてこの船に恐怖と魅了を感じている事を。
 まるでかつての大日本帝国が江戸幕府統治下に来航した黒船のように、大日本帝国異世界派遣船団はイッソスの港に錨を下ろした。
 イッソス盗賊ギルドは港の近くにある歓楽街にその居を構えていた。
 共和国政府にも顔が聞き、治安の維持と情報収集を負う代わりに、ある程度の小悪のお目こぼしによって成り立っている。
「で、こんなところに海の牙の首領さま自らお越しとは、あの船がらみなのだろう?」
 盗賊ギルドの長が皮肉たっぷりで出迎える。
 かといって用件を察するあたり馬鹿でもない。
「そう、いやみな顔をするな。
 せっかくのもうけ話を持ってきたというのによ」
「こまったな。最上級の歓迎のつもりだったのだが?
 まぁ、いい。
 あの船がらみで俺らを動かす魂胆なのだろう?」
 鋭い視線を首領に向ける長に対して、同じような笑みを浮べて首領は口を開いた。
「あの船は宝の山だ。
 それを奪いたい」
「あっさりと言ってのけたな。
 単独じゃできないから、俺に声をかけたか」
「ああ。あのでかい船に護衛の船が四隻。
 多分魔力で動いている。
 魔術師は竜が動かしているとか言っていたが、俺はどうも信じられん」
 撫子が出していた膨大な魔力も撫子自体(人間バーション 偉そうだから姫か何かと勘違いしていた)を見て、船機関部の出す魔力と予想していた。
 そもそも、魔力を感じる魔術師すらも竜宮に篭り伝説と化していた竜の膨大な魔力は分かっていても、それが撫子から発していた事までは突き止められていなかった。
「乗っている連中に手を出したらまずい。
 けど、あの船にいる竜の機密は高く売れる。協会と学園に」
 長の目が更に鋭くなる。
「そっちか。上手くすれば共和国を裏切らない。
 しくじっても、学園の密偵の仕業に見えるな」
 首領の目も欲望に燃えていた。
「内通者がいる。協会と海軍に。
 海軍の方はこっちでなんとか目処がつけられる」
「『協会の人間を買収しろ』か?
 まぁ、なんとかしよう」
 話がまとまって首領が立ち上がり部屋から出て行こうとする時、ふとその歩みを止めた。
「で、だ。
 もう一つ頼みがある。
 人を一人始末して欲しい」
「誰だ?」
 まるで、商品のおまけのように軽い口調で長は首領の言葉を待った。
「空中騎士のキーツ。
 多分俺の企みを見抜いている。
 動く前に片付けて欲しい」

 イッソスの湾内のど真ん中に船団は錨を下ろす事になった翌日。
 この港を出る船、入る船とも愛国丸を眺めてゆく。
 湾内の深さがどれぐらいだか分からずに座礁を避ける為の措置とはいえ、通行の邪魔な事この上ないと気の毒には思うのだが仕方ない。
 何しろこの世界の船は木造船が主体で、整備(船底の腐食板の交換)などを考えると陸地に上げる方がメンテナンスしやすく、港も遠浅になっている事が多いのだ。
 愛国丸を中心に四方に護衛駆逐艦が盾のように構え、その周りにガレー船とペガサスが魔術師つきで監視していた。
「おーらい。おーらい」
 愛国丸の横に一隻、ガレー船が横付けになってこちらの交易の品をガレー船に積み込んでいる。
 少し視線を港に向けるとさっきまで愛国丸に横付けしていたガレー船が港に向けてゆっくりと離れていっていく。
 西村少将と外務省職員、通訳の黒長耳族と護衛の兵士数人が共和国議会に表敬訪問する為だ。
 この計画は海軍主導で進んではいるが、その過程で他省庁の横槍でどんどん他の人員が入って規模がでかくなっていたりする。
 初期の失態からダークエルフ利権を海軍に持っていかれた陸軍は佐藤大佐と戦車隊を送り込み、他国交渉という事で外務省職員が乗り込み、日本国内でのダークエルフの法的保障という理由から内務省まで来る始末。
 特に難儀だったのが内務省で、メイヴが内務省神祇院副知事という外様の頭だけあって帝大卒の内務省高級官僚のお目付けがくっついて来るおまけつき。
 なお、ダークエルフ買収交渉においては激烈な省庁間闘争の結果、内務省神祇院が主導(『彼女達が同胞を救う』という大義名分の為)する事となり、実際に買収交渉をする俺と遠藤は内務省に出向する羽目になっている。
 いや、付き合いが一番長くて懐いている俺と遠藤に代わる人材を内務省が見つけられず、かといってそのまま海軍籍で交渉させるには内務省のプライドが許さなかったという実に官僚ちっくな理由があったりする。
「……昨日陸戦隊で今日内務省か……
 俺達、平凡な海軍航空隊の飛行機乗りだったんだけどなぁ……」
 ガレー船への荷下ろしを愛国丸甲板から眺めながら、遠藤が俺の隣で感慨深く呟く。
「まっとうな出世コースなんぞはなから諦めちゃいるが、次は何処に飛ばされるんだろうなぁ」
 自分で言って苦笑する。
 今、この光景こそ『飛ばされ』の最たるものではなかろうかと。
「次は何処だろうな?
 厚生省衛生課の害虫駆除部隊か?
 大蔵省の特殊査察部か?」
「遠藤、言霊って言葉っているか?」
 害獣駆除部隊を率いて化け物退治とか、『一発○円』と銃を突きつけて予算の査察を行う武装集団なんぞ妄想で十分だ。
「あらあら、内務省神祇院魔法局異世界交渉課課長ともあろうお方がどうしたのですか?」
「うわっ!」
「だから気配を消して後ろに立つんじゃねぇ!メイヴっ!!」
 ちなみに、内務省神祇院魔法局異世界交渉課課長補佐の遠藤が内務省神祇院副知事を怒鳴りつけるというのは、行政組織上果てしなくまずい気がするのだか気にしないことにしよう。
 既に撫子やメイヴの存在は霞ヶ関の官僚組織の理解範疇を超えている。
 副知事自ら通訳、いや、メイヴが望んでやった事だけどこの一件だけで内務省から海軍に抗議文が来る事間違いない。
 もちろん、西村少将も木村大佐も内務省のお目付けも『見なかった。聞こえなかった。俺知らない』で合意はできている。
 公式文書の通訳名は俺になる予定だし。
「楽しそうですなぁ」
 とぼけた声でじゃれあっている俺達三人の前に姿を現したのが、そのお目付けたる内務省神祇院魔法局局長の内海正蔵氏。
 前職が特別高等警察警視というあたり、眼鏡をかけたほんわか穏やかな顔の下に冷徹な本性があるのだろうなとは俺ら三人の共通した意見。
「いやいやいや、若い者が話しているとどうもこっちも元気がもらえるようで嬉しい限りです」
 そのくせ、この人もメイヴ並みにけはいを消してこっちに来るから心臓に悪いったらありゃしない。
「内海局長が事務方の仕事をしていただけるおかげで、私達は楽をさせてもらっていますわ」
「まぁ、お恥ずかしい話ですが私は現場は苦手なので。
 その分、現場での活躍は大陸並みに頑張っていただけたらと」

 こっちに持ってきた商品を探して取り揃えたのがこの内海局長と内務省地方局。
 どの地域にどのような特産があり、それがどの程度入手できるかなどは帝国国土を管理している内務省の協力無しにはできなかった。
 ちなみに、内務省はこの交易が黒字基調(ダークエルフ(重機)が買える限りほぼ黒字確定なのだが)で続くならこれらの伝統工芸品を大量注文して、大陸停戦後の軍需の穴埋めの一つにしようと考えているらしい。
 伝統工芸品を大量注文し、大蔵省に無理を言って組んだ予算で払い、税金で回収して、ダークエルフを手に入れたらその地方から優先的にインフラを整備し、国土開発をして内需喚起という筋書き。
 大蔵省に無理を言っているあたりで確実にインフレが進むが、インフラ整備による生産の増大がインフレを超えられれば帳尻はどうとでもつく。
 陸軍や海軍以上に、内務省はダークエルフ(重機)を欲していたのだ。
「局長にお手数をかけさせること無く、俺と遠藤で片付けて見せますよ」
 本来の目的の交易と黒長耳族の買い取りは俺と遠藤と撫子とメイヴが中心となってする事になっていた。
「真面目な話ですが、副知事はどれだけ買えると思いますか?」
 荷を確認しながら内海局長がメイヴに尋ね、メイヴは街中を歩く為に巻きつけた首輪を触りながら口に出してみた。
「正直、相場によるとしか答えられませんね。
 何しろダークエルフは最高の『家畜』ですから。
 需要が高いのですよ」
 裏仕事の他に、陸上生物の殆どの種で孕むという竜の従者としての特性ゆえ、彼女達は高値で取引されている。
 それをできるだけ掻っ攫いにきた訳だから軍資金は多ければ多いほどいい。
(と、なればこちらの物をどれだけ高く売りつけられるかという事か)
 俺は口に出さず頭の中で、メイヴから習った西方世界語を使って感想をいってみた。
 表敬訪問なら黒長耳族の通訳で大丈夫だが、こっちに来た最大目的の黒長耳族の買い取りは通訳無しでは不利だ。
 一番付き合いが長い俺と遠藤が言葉を覚え、だからこそ買い取り交渉の実質的指揮を取る羽目になっているのだが。
 ガレー船に下ろされる、焼物、絹織物、漆器、酒等の商品の箱を見下ろしながら呟く。

 とてとてとてかんかんかんかん

 と、にぎやかな下駄の音が俺達に近づいてくる。
「博之ぃ〜ここにいたのじゃ〜♪」
「よっ」
「あら」
「げふっ!!」
 甲板から着物姿で手を振って、豪快に俺に突貫してきた姿は空母に着艦する航空機のごとし。
 だとしたらひっかけるロープが俺か。
 間にあった謎の声は、着艦する撫子を回避したメイヴと内海局長の声だったりする。
「落ちるっ!落ちるって!
 この馬鹿竜っ!!」
 がんばれ背中の筋肉、踏ん張れ足と気合を込めて首に巻きついたこの馬鹿竜と共に海中ダイブを回避する。
 この馬鹿竜、日本の着物や下駄が走る前提で作られてない事なんて考えてないだろう。
 いや、朝っぱらからその着物の乱れは困る。特に日本人離れした胸元。
「どこを見ているのじゃ?博之ぃ♪」
 女ってのはどうしてこういう時の視線にめざといのやら。
 ええい、抱きつくな。下駄をぶらぶらさせるな、足袋が汚れるだろうが。
「撫子。お前何か恨みでもあるだろう?」 
 苦々しく苦言を呈しているのにこの馬鹿竜気付こうともしないでにこにこ笑いながら言ってのける。
「おう。あるのじゃ。
 何しろ数ヶ月抱いてくれなかったからのぉ。
 欲求不満になっているのじゃ♪」
 何を偉そうにえへんと胸を揺らす馬鹿竜。
 さり気に寝癖なのか頭に一本毛が立って、ふらふら揺れる辺り俺の怒りに油を注ぐ。
「な・で・し・こぉ……一度きちんと言おうと思っていたのだが……」
「なんじゃ?なんじゃ?
 聞いてやるからはやく言うがよいぞ」
 耳を俺の口元に寄せた撫子にあらん限りに息を吸い込んだ俺は渾身の力でもう言いなれたフレーズを叫んだ。
「この馬鹿竜っっっっ!!!」
「!!!!!」
 あ、その立った髪が痙攣してやがる。
「何を言うのじゃ!博之っ!!
 馬鹿という方が馬鹿なんじゃぞっ!!!」
「やかましいわっ!この馬鹿竜!!
 いい加減に物理法則を学びやがれっ!!!
 俺はお前と違って飛べないんだよっ!!!」
 腰に手を当てて豊満な胸を突き出して何を威張っているのかよく分からんのだが、馬鹿竜も言い返す。
「だから、何かあったらわらわが助けるに決まっておろうが!
 博之もいい加減にわらわがその物理法則を超越している事を学ぶのじゃっ!!」
「あらあらあらあらあら」
「若いっていいですなぁ」
 完全に傍観者を眺めるメイヴと内海局長。
「真田。前々から言いたかったのだが、一度死んで見ないか?」
 あ、遠藤の目が本気だ。
「あらあら、駄目ですよ遠藤さま。
 そんな物騒な事を言っては……」
 メイヴが何か遠藤の耳元に言った途端に嫉妬の炎すら消えて固まりやがった。
「メイヴ、耳元で『3分45秒』と言っておったぞ」
 あっさり暴露する撫子に狼狽する遠藤。
「言うんじゃないっ!
 真田、てめえ笑いやがったなっ!!」
 さり気なく遠藤もがんばっているらしい。

「まぁ、それほど心配はしなくていいと思うぞ」
 さっきの剣幕など無かったかのようにずいぶん気楽そうに言ってくれる撫子。
 ちなみに、こっちに持ってきた着物の箱を「竜権限じゃ!」と一箱開けて勝手気ままにおしゃれしているあたり人間に染まりつつある。
「博之の為におしゃれしようと思うておるのに……わらわのおしゃれは嫌いか?」
 じつにわざとらしい涙声なんぞ誰が教えやがったんだ?
 候補が二人ほどいるが、どっちに言っても返り討ちにあいそうだから黙っておく。
「いやぁ、課長がうらやましいですなぁ。
 姉さん女房は男として一番の理想だそうで」
 完全に人事のように言ってのける内海課長。ちなみに妻あり子三人のほんわか家族を形成しているとか。
 つうか、撫子は姉さん女房では絶対にない。
「何をいうのか博之。
 女の年を聞くのは失礼だろうが、わらわは博之より『ちょっと』年上なのじゃぞ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「なんじゃっ!なんでみんな黙るのじゃっ!!」
 ああ、アレだな。
 「先の戦」事を応仁の乱と言ってのける京都人と良く似た感覚なのだろうな。撫子の『ちょっと』つーのは。
「まぁ、いいのじゃ。こんな冷たいお子ちゃまな博之が夜はわらわを裸で甘えさせてくれるのじゃ。
 今夜も頼むぞ」
「やっぱり、突き落としていいか?」
 だから遠藤。言う前に俺を突き落とそうとするのはやめろ。
 積み込みがあらかた片付いた頃、我々もガレー船に移動した時に一騎のグリフォンがこっちにやってきた。
 良く見るとガレー船の後ろに広いスペースがあり、グリフォンもなれてゆっくりと羽を羽ばたかせて着艦する。
「よかった。間にあいましたか」
 たしか、コンラッド議員とか言っていたような。
「改めまして自己紹介を。
 コンラッド・イッソスと申します。
 西方世界では公職の時は公職と名前を、姓は私人の時にしか名のりません。
 ですから、今日は私人としてこちらに来ております。
 よろしく」
 手を握って改めてみると甲冑姿では無く、貴族風のいでたちでやってきている。
 手を握ったままふと記憶にひっかかるものがあった。
「真田博之少佐です。
 姓にイッソスがついているという事は?」 
 俺が使った西方世界語に驚いたらしいが、すぐに顔を引き締めた。
「はい。イッソスの太守の家系に連なる者です」

 俺達を乗せたガレー船はゆっくりと港に近づいてゆく。
「この街から始まった殖民都市が互いの権利を主張し、イッソスとの対立が始まる直前に私の先祖は議会を開いて殖民都市にも権利を与え、カッパドキア共和国が成立しました。
 多くの者達の意見を聞き入れ、こうしてこの街とこの国は繁栄しているのです」
 さすがに上流階級の貴公子の西方世界語は流暢で、こちらが聞き間違えないように丁寧にこの街の説明をしていた。
「そろそろ交渉に入りましょう。
 国政議会議員殿が、表敬訪問ではなく我々の方にやってこられた理由を話していただけませんか?」
 コンラッドはさすがに若くして国政に連なる者として誇りを持って我々に口を開いた。
「姫君の買い物ならば、それに出向く騎士が必要かと」
 姫君?
 メイヴでは無い。彼女は黒長耳族だという事は……
「わらわの事か?
 すまぬが、姫では無いのじゃ。
 お主の話しておる博之のむぐっ!!」
「…まぁ、そんな訳でして。
 あまり気にせずに……」
 じたばたもがく馬鹿竜の口を封じながらコンラッドを促す。
 もちろん「これ以上突っ込んでくれるな」という視線つきで。
 考えてみりゃ、こいつ船内で魔力開放していたな。
 多分撫子の正体を知っていると踏んだ方が正しいか。
「これは失礼しました。マダム」
 うわ。皮肉なく真顔でいいやがった。
 これだから上流階級ってのは……
「まぁ、マダムの案内が一つ。
 もう一つ、あなた方が持ってこられた荷の方にも興味がありまして。
 失礼ですが、売るあてみたいなものは?」
「ない。いくつか店を回って、それから交渉するつもりだ」
 何しろ物には自信はあるつもりなのだが、相場が分からない以上手探りで交渉してゆくしかない。
 情報収集なしで作戦を立てるほど馬鹿ではない。
「よろしければ、私の知り合いの店を紹介しますよ」
 にこやかな笑みを浮べたまま目が笑っていないコンラッドの顔を見ていたら意図が読めてきた。
 俺達や撫子の監視が一つ。こっちは国がらみだろう。
 本題は、俺達の持ってきた商品だ。
 それとも、商人達との交渉を通じてこの街の情報が漏れるのを警戒しているのか?
「こちらとしては高く買い取ってくれるのならば歓迎なのですが」
 ゆっくりとガレー船が動き出す。
 その揺れを楽しむようにコンラッドは言葉を誘った。
「商売の基本は値段よりも信用ですよ」
「その信用の値段は?」
「さぁ?あなた方の誠意次第という事で」
 こういう人間の事を伊達男と言うのだろうな。
 華があり、洒落が分かるし、何より切れる。
(撫子・遠藤・メイヴ。
 信用できると思うか?)
 撫子経由でテレパスを飛ばす。
 大陸での撫子お披露目の時に思い知ったのだが、こうして相手に気付かれずに話ができるというのはかなり都合がいい。
 迷子になった機に対して撫子のテレパスで発見できた事もあり、無線の改良を申請している所だ。
(若干買い叩かれても、議員様の信用は大きいと思うぞ)
(同感です。これからもここでの交易を続けるのなら、イッソスの太守家に連なる者に恩を売って損はないかと)
(まぁ、向こうから出向いた者の手を振り解くのは失礼であろう)
 三人とも賛成か。
 内海局長の方を見るが、彼も俺達の交渉に手を出すようなサインは出していない。
「分かりました。貴方の知り合いのお店を紹介してもらいたい」

 コンラッドが紹介した店はダコン商会といい、イッソスでも有数の大店だった。
 どのぐらいの大店かといえば、イッソスの港の一番いい所に専用の船着場と巨大倉庫群を用意しているぐらいの大店だといえば分かるだろう。
 ガレー船が港に着き船員達が荷物を下ろして行く。
 船着場に上質な服を着て揉み手で笑みを浮べる男が一人。
 どんな世界でも商人というのはあまり変わらないらしい。
「ダコン商会の番頭を勤めさせてもらいます。
 ガリアスと申します」
 商会の番頭、大物が出やがったと内心緊張する。
 こっちの世界がどうだか知らないが、専用の船着場や巨大倉庫群を持つ店だから、三井や住友や鴻池あたりを想定せざるを得ない。
 その大店の番頭の手を握ってこちらも名のる。
「真田博之少佐だ。今回の商談の責任者だ」
「『少佐』というのはこちらの百騎長に匹敵すると思ってくれ」
 コンラッドがさりげなくこちらの階級を補足する。
 愛国丸で聞いた話だと、こちらの階級は、騎士、十騎長、百騎長、千騎長、将(万)騎長、将軍と分類されている。
 騎士が率いるのが大体10人前後で平時は千騎長までしか存在せず、戦時に将軍が千騎長の中から将騎長を任命する。
 総司令官たる将軍は、議会議長経験者が議会の承認を経て就任し、戦争における全権を委任されるという。
 騎士団団長という役職は平時最高位の千騎長ゆえコンラッドの地位はかなり高い。
 率いる兵数で階級が分類されているから当てはめるのが楽だとは西村少将のお言葉。
「まぁ、階級の話はひとまず置いておきましょう。
 商品を見てもらいたい」
「拝見しましょう」
 箱を開けた瞬間、ガリアスの手が一瞬止まった。
「わが国の特産物で漆器と申します。
 木に漆を塗って作った物です」
 美しい朱色のお椀がガリアスの手に納まる。
「これは見事な……」
 ゆっくりとお椀を箱に戻し、次の箱を開ける。
 ガリアスが息をのんだ。
「わが国の着物です。
 彼女が着ているものがこの中に詰まっています。
 もちろん、反物も用意しています」
 鮮やかに染められた京友禅を見るガリアスの姿を見て、かなりの期待感を持つ。
「これは……」
 一升瓶に並々揺れる清酒に驚くガリアス。
「よかったら、その漆のお椀で飲まれるといいでしょう。
 もちろん、水ではなく酒ですよ」
 漆器のおわんに透明な酒を注ぎ、ゆっくりと飲み干すガリアス。
「うまいですな。
 ワインとは違う、この飲みやすさは私が買いたくなる一品です」
 これで確信した。我々の商品は売れると。
 後は、こちらの要求の値段で売れるかだけ。
 全ての商品を見たガリアスは常に目ざとく商品について質問をし、納得してから船員に指示して大切に倉庫に運んでゆく。
「いかがですか?」
「大変良い品物をお持ちだ」
 ここから、本当の交渉が始まる。

「この街には何を求めていらっしゃったので?」
 ガリアスの言葉に答える前にメイヴを見る。メイヴが首を縦に振ったのを確認してゆっくりと口をあけた。
「ダークエルフ」
「どのぐらいご入用で?」
「買えるだけ全部」
 ガリアスは少し試案顔のまま言葉を吐き出した。
「この国のダークエルフ全てを買い取るおつもりですか?」
「できる事なら」
 即答で答えた俺に、ガリアスは部下の一人を呼んだ。
「今の奴隷市場で出ているダークエルフはどれぐらいある?」
 多分奴隷市場担当なのだろうその男は淀む事無く話し出した。
「週一で市が立ち、出されるダークエルフが平均で100人前後。
 一人当たり、金貨50枚から75枚が相場ですね」
 俺が口を挟んだ。
「すいません。こちらの通貨の価値がよく分からないので……」
「ああ、これは失礼しました。
 この街に住む平民が一日生活するのに大体銅貨5枚。
 一月30日で12ヶ月ですから一年で銅貨1800枚。まぁ色々とあるでしょうからきりよく2000枚がこの街で一年生活するのに必要な資金です。
 銅貨10枚が銀貨1枚に相当します。
 金貨というのは銀貨100枚に当たり、今の話を当てはめれば銅貨50000枚から75000枚。
 これでよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます。
 では、私どもが持ち込んだ商品はどれぐらいで引き取るおつもりで」
 ガリアスは笑みを浮べたまま即答で答えた。
「金貨一万枚」
(まぁ、妥当でしょう)
 撫子経由でメイヴが俺にテレパスを送った。
 こっちに持ってきた物品は内務省が地方局を使って各地にある日本の大名家が使っていたという老舗から買って来た物だ。
 向こうの貴族でも通用するとメイヴが太鼓判を押して持ってきた物だから心配はしていなかったが、どうやらダークエルフが買えるだけの価値は確保できそうだ。
「なら、金貨9500枚で。
 支払いは市の後でいいです。
 その代わり、次の市でダークエルフを買うのに協力していただきたい」
 ガリアスは笑顔のまま握手を求めてきた。
 『まいど』と聞こえてきそうな気がしたが気のせいだったらしい。


 帝国の竜神様 16
2008年02月19日(火) 16:39:57 Modified by nadesikononakanohito




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