帝国の竜神様17

 朝、澄んだ歌声に起された。
 裸の撫子を起さないように濡れたベッドから出て、窓を開けた。
 歌声は一つでは無く、街のあちこちから聞こえてきた。
「浄化の歌、たしかメイヴはそう呼んでいたな」
 魔法を媒介するマナの浄化の為、魔術師達が澄んだ歌声に呪文を乗せてマナを清めているのだ。
 この、西方世界では朝と夕方にこうして街々で浄化の歌が歌われるという。
 コンラッドの館で過ごしたこの街の三日目の長い一日はこうして始まった。

「金貨35枚から」
「40枚」
「45枚」
「50枚」
「50枚、50枚いませんか?
 はい、落札
 次の商品です」

 商品をおろし、コンラッドの館に招待された俺達はそのまま次の日にある奴隷市に来ていた。
(奴隷市場というが、改めて見ると牛の競り市じゃないか)
 そんなことを思い出した俺だがここでは部外者でしかない。
 俺の隣で内海局長配下の職員がダコン商会の担当者と話をしている。
「大体市はいつもこのぐらいの人数が出展されるのですね?」
「定期的に買うのであれば、競売よりも直接集めたほうが安定的に供給できるのですが?」
「安定的供給の場合、どれぐらいの数が集まって、価格的にどれぐらい支払う事になるのでしょうか?
 わが国は大量かつ至急にダークエルフを求めているのです」
 実務的な買収交渉が耳に入ってきながら、視線は競売会場から目を逸らせない。
 魔力封じの首輪をつけられ何もまとわぬ姿で次々と俺達の前に引き出されるダークエルフ。 
 尻なり腹なりに所有者の焼きこてが押され、空ろな目でじっと俺達を見つめている。
 そんな彼女等を俺達の代理人であるダゴン商会が全て買いあさっていた。
「すまん。便所に行く」
 遠藤に目配せして俺は競りの貴賓席から遠藤を連れ出す。
「何だ、真田?」
 同じような顔をしている遠藤だからこそ、連れて来たのだ。
「分かってはいたけどな。
 俺達は、奴隷買いの商人らしいな」
 俺がため息を吐き出し、真田が宙を仰いで途方にくれる。
 この光景を、いずれ来るであろう欧米列強がどうみるかを。
「アメリカの南北戦争って、奴隷解放戦争だったよな」
 遠藤が皮肉をこめて言葉をひねり出す。
 もちろん、奴隷解放は一面であり南部と北部の経済問題こそ元凶だというのは俺も遠藤も兵学校で学んでいる。
 だが問題は、本質的な問題よりも特に合衆国一般市民が持つ南北戦争の「奴隷解放戦争」という神話的理由の方だった。
 神話であるがゆえに、信仰にも似たそれを踏みにじるこの世界とうまく付き合おうとする日本に対してどういう反応をするか?
 合衆国の対日感情は中国問題以上に硬化するのは想像にかたくない。
「じゃあ、アメリカみたいに奴隷解放を主張するか?」
 遠藤が投げやりに言い放つ。全てを欧米列強の概念で推し進めたらどうなるか?
「遠藤。市ごとに毎回同じだけのダークエルフが出展される意味が分かるか?」
 俺の質問に、遠藤が不振そうに答えた。
「市が立つだけの数のダークエルフがいる」
「違う、そこじゃない」
 絶望と共にその意味を口にした。
「多分、ダークエルフ繁殖の牧場がある」 
 遠藤の顔が強張った。
「ダークエルフの価格を考えたら、その牧場主って……」
「この国の貴族、軍人、商人、……この国の指導者層だろうな。
 その牧場主は」
 言葉を吐き出して更に頭が痛くなる。
 帝国の物品と交換でダークエルフを買いあさるという行為を商人ならどう考えるか?
 売れる商品は増産される。
 必要なら、ダークエルフを作るためにエルフを狩るという事態すら起こりかねん。
 奴隷交易がどれだけの富を生み出したかは、欧米がアフリカの黒人で多大な富をかき集めた歴史を紐解けばいくらでも出てくる。
 しかも、そのダークエルフの買い手は我ら大日本帝国。
 その大日本帝国が奴隷解放などと言おうものなら自己矛盾もはなばなしい。
 それでもそれを口に出すなら、待っているのはこっちの世界での対立、下手したら戦争。
 もはや国策になりつつあるダークエルフ獲得が大幅に狂う。
「まともな神経じゃやれんな。これは」
 遠藤の諦めともとれる呟きが全てを物語っていた。
「このあと行くエルフにも話をつける必要があるな」
「買って、保護して、それから?」
 二人して言葉に詰まる。
 帝国の需要がある限りこの奴隷貿易は続けられ、短期的には拡大する。
 帝国にはダークエルフは必要である。
 だが、帝国は全てのダークエルフを助ける力も必要性もない。
 助けを求めてきた彼女等を更に過酷な立場に追い込んでしまっているのを自覚させるには十分すぎる市場の光景だった。


「進むしか道はありませんな」
 ふいに背後からドアが開き、立っていたのは内海局長。
 遅いので様子を見に来たのか最初から俺達の話を聞いていたのかはその顔から読み取る事はできなかった。 
「帝国はこれ以上の大陸への進出をあきらめました。
 ならば、別の手段を持って代用せねばなりません。
 戦費が削減され、戦時動員が解除される。
 今の帝国に解除されるであろう兵達を食わせるだけの職がないのです」
 内海局長の言葉の持つ意味は重たい。
 大陸に派兵していた兵力は200万。
 満州に100万残すとしても100万の兵の食い扶持が本土にはない。
 好景気だった軍需産業とて戦争が終わればその生産は確実に減少する。
 内務省はその大陸戦争終結後の景気と雇用動向を試算して、急落下に近い景気と急上昇する失業率に真っ青になっていた。
 幸いかな、大陸交易と英国のお目こぼしによる英国植民地圏への輸出により試算よりひどくはなっていない。
 だが、最大の交易相手である合衆国抜きでは何か手を打たないと帝国経済は確実に破産する。
 今回のダークエルフ交易とこの世界への移民開拓団派遣は本土失業対策、特に悪化確実の地方経済復興最大の柱になろうとしていた。
 それを変更などできない。
「副知事の話から、長耳族の住む大森林地帯とこの西方世界諸国の間には、未開の民が住む地域が緩衝地帯となって存在しています。
 その地域の一部を我々の手で開拓する。
 長耳族と西方諸国の橋渡しをしながら本土を開発する。
 この計画に帝国は賭けているのです。
 それ以後の話はこの賭けに勝ってから考えましょう」
 温和な声で淡々と語る内海局長の背後に前職たる特高の臭いがした。
 従わざるを得ない説得力と、従わない場合の危険の香りが。
「引くも地獄、進むも地獄、立ち止まるも地獄か。
 地雷を踏んだな」 
「ああ。それもとびきりのやつを」
 異世界の便所で男三人、この世の不条理を嘆き皮肉の笑みを浮べる。
 世界というのは、俺達の世界もこっちの世界もさして変わっていないらしい。

「遅かったの」
「男の便所は長いものなのだ」 
 つまらなそうに足をぶらぶらさせていた撫子に言葉をかけて椅子に座る。
 市場では最後の競売が終わり、ダゴン商会の担当者が証書を市場の担当者に渡している所だった。
「で、結果は?」
「出展76人全員落札。
 総落札金額は金貨5115枚です」
 俺の声にメイヴが反応する。 
 まだ軍資金は半分近く残る計算になる。
 ダコン商会の担当者に声をかける。
「彼女達に服を。
 湯浴みをさせて服を着せたら愛国丸の方に運んでくれ」
 投げやりに声を出した俺だが、担当者を睨んで低い声で追加した。
「それと、本が欲しい」
「本でございますか?」
 俺の強張った視線とこの場とは関係ない商品にダコン商会の担当者が不振な声をあげた。
「巻物でも地図でも何でもいい。
 我々は金貨を持って帰るつもりはない。
 この世界を知る術を持つ物を集められるだけ欲しい」
「わかりました」
 地雷原を進む以上、この世界の事をもっと帝国は知らないといけない。
 いつか来るかもしれない償いの為に情報を集めておくのが多分できる精一杯の贖罪だった。
 貴賓室を出てゆく時に担当者が声をかけた。
「失礼ですが、開拓の労働力や娼館開設のつもりでしたらダークエルフよりも人間の方が安上がりだと思いますが?
 同じ金額で万の人間を集められますよ」」
 担当者の言葉は上客である俺達に商人としてのアドバイスでもあるのだろう。
 奴隷となっても解放奴隷という階級移動制度があるせいか、自分達の世界では考えられないほど人間の価値が安い。
 しかも戦争がある度に、敗戦国の住民が奴隷として売られ、その売却益が戦勝国の戦費となっている。
「いや、我々が欲しいのはダークエルフだけなのだ。
 これからもよろしく頼む」
 いずれ近い将来エルフ狩りが起こる可能性の懸念を押し殺して言う。
 自らの意思で、俺は、大日本帝国が地雷原に足を振み出した瞬間だった。
 市場を出ると買い取ったダークエルフが裸のまま檻の馬車で運ばれてゆくのが見えた。
 市場では、人間・ダークエルフ・獣人(エルフの長耳と違い犬や猫の耳をしている人間もどき)が売り買いされている。
 建物のどこからか女の嬌声が聞こえる。
「お試しになりますか?」
 気づいた担当者が声をかけたが黙殺して馬車に乗り込んだ。


 夕暮れの馬車の中、俺と遠藤はずっと不機嫌なままだったが撫子もメイヴも察したのかしばらくは何も話しかけてこなかった。
 馬車の外から浄化の歌が聞こえる。
 昼間これだけあくどい事をしたら浄化も必要だろう。
 もちろん、昼の光景がそれは俺達の世界の常識外だという事が分かってはいる。
 それゆえに自分自身が納得できない。
「私達のことわざにこのような言い方があります。
 『全ての行為は時間には勝てない』と」
 意を決したようにメイヴがぽつりと語りだした。
「どんな事であれ、時が変われば変化していきます。
 私達には、それを待つ時間があります」
 そこで言葉を区切ったがその後の言葉までしっかりと心の中で聞こえていた。
(だから私達の事を気にしないでください。
 私達を受け入れてくれた事で私達は幸せなのですから)
 と。
 それは分かっている。
 だが、俺の問題ではなく、欧米列強と並んだと錯覚している大日本帝国の大国としてのプライドの問題でもあった。
 黒船が来航して約100年。
 西洋列強に不平等条約を結び、日清日露と戦い第一次大戦で戦勝国として大国の地位を手に入れたわが国は大国たろうと、帝国に属する全ての民を平等に扱おうと努力していたつもりだ。
 まぁ、そのプライドが歪んで大陸で泥沼に落ちていたのはこの際脇においておくとして。
 その帝国の新たなる民となり、大きな貢献をしている黒長耳族に対する仕打ちがこれなのか?
 彼女達を買い取ることしかできず、根本的な問題を放置せざるを得ず、最悪エルフ狩りなど悪化させかねない帝国の非力さが悔しい。
 不意に目的地ではないのに馬車が止まった。
「どうした?」
「不意に血まみれの男が倒れてきて」
 馬車を降りて倒れた男を見た瞬間、思わず叫んだ。
「こいつ、空中騎士のキーツじゃないか!」
 俺が抱きかかえて、遠藤がキーツの傷を調べる。
「傷が深い、失血がひどいが脈はある。愛国丸で治療した方が良さそうだ。
 助けるべきだろうな?」
 俺が頷いたのを確認してキーツを馬車に乗せる。
「衛兵を呼んでくれ!
 急いで港に!」
 ただの交易目的なのにややこしい事になりそうな予感がした。
 で、その予感はしっかりと当たることになる。  

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2008年10月12日(日) 00:22:10 Modified by nadesikononakanohito




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