帝国の竜神様19

 魔法という物は便利なものだ。
 特に傷に対しては。
 馬車内で空中騎士のキーツの刺された傷がメイヴの回復魔法によってみるみる消えてゆく。
「こんな魔法を使えるのはそういないのですよ。
 それに、傷は消せても血が戻るわけではなくて……」
 キーツの青白い顔を見てメイヴが頭を振った。
「なるほど。現代医学でも勝てる要素はある訳だ。
 愛国丸で輸血の人間を探さないといけないな」
「けど、俺達の血でこいつに合うのか?」
 遠藤の突っ込みに、しばし考えて、
「俺達の周りの船からいただくさ」
 港について愛国丸と護衛の駆逐艦の周りに張り付いているガレー船達を見た。
 天馬ってのも便利な物だ。
 港に駆け込んで、俺達のために警戒していた天空騎士に事情を説明し数騎の天馬に飛び乗って愛国丸を目指す。
 船なら、数時間はかかるだろう距離も、30分もかからずに愛国丸に到着する。
「こいつを医務室へ!
 輸血の準備を。
 メイヴ、輸血の候補者を医務室へ」
 医務室へ連れて行って、採決してもらって血液型の合う騎士に輸血を頼む為だ。
「騎士の皆様、こちらに」
 メイヴに連れられて数名の騎士が医務室に連れられてゆく。
 後で聞いたところによると、皆、キーツの知り合いらしい。
 血を採ることについて怪訝な顔をしていたが、キーツの命の危機で押し切ったとか。
「何だ何だ?
 お前ら陸に上がったのじゃないのか?」
 後ろから声がしたと思ったら、木村大佐がやってきた。
「俺達に臨検をした騎士が血まみれで馬車の前に飛び出してきたのです。
 見捨てるわけにもいかないので、こうして治療しようかと」
「血まみれ?
 この国の厄介ごとに巻き込まれたのじゃないだろうな?」
 木村大佐が懸念の声をあげる。
 事実面倒事に巻き込まれたとは思ってはいたが、こっちと面識のある要人が殺されかけたという事は、犯人はこちらに対して友好的では無い可能性が高い。
「覚悟の上です。
 助けられたら、一人親日の要人ができます」
 俺の言葉を聴いて大物を釣り上げたかのように木村大佐がにやりと笑う。
「ふむ。この何も分からぬ世界に我々に対して好意を持つ人間は貴重だからな。
 できる限りの事はしよう。
 で、たすかるのか?」 
 俺は一呼吸置いてから、ゆっくりと木村大佐に決意を述べた。
「助けるんです。絶対に」

「どういう事だ!キーツがあの船に運び込まれたというじゃないか!!」
 グラ海峡の『海の牙』の砦内で、首領が盗賊ギルドの長に向けて罵っていた。
「どうもこうも、普通なら死んでいる。
 やつらが助けるとは思っていなかった」
 長も悪びれずに臆面も無く言ってのける。
「これでやつが生きていたら、やつの口から全てばれてしまう。
 そうなったら俺は終わりだ」
 青ざめながら、震える首領は長の後ろに数人のフードをかぶった人影が増えた事に気づかなかった。
「どの道、お前はもう終わりなのだがな」
「え?」
 首領が見た最後の光景は自分の腹に拳を打ち抜いた長の姿だった。
 そのまま口から泡を吹いて倒れる首領を汚物でも眺めるように長は見つめ、背後にいるフード姿の人影に声をかけた。
「状況は?」
「砦にいる魔術師は全て殺しました。
 船の魔術師にはまだ気づかれていないと思います。教授」
 「教授」と呼ばれた長は満足げに頷いた。
「それだけあれば十分だ。
 こいつを倉庫に運ぶぞ」
 フード姿の人影数人が杖を掲げて首領を魔法の光で拘束し、宙に浮かべて首領を砦地下の倉庫に連れてゆく。
 砦の中は、教授と呼ばれた長以外にフード姿の人影しか動く者はいなかった。
 いや、生きている者はいなかったと言った方が正しい。
 海賊達の大半が船におり海軍がイッソスに帰ったとはいえ、彼らの全てがこのフード姿の人間達によって絶命させられていた。
 倉庫の奥にある『海の牙』の宝物庫の一番奥に彼らの目当ての物があった。
「これだ……」
 大崩壊前の古代魔法文明期に使われたという戦闘鎧『マンティコア』。
 全身が白銀の魔法金属で形成され、人の三倍の大きさを持ち、人面のライオンの形態をした化け物。
 今は制御方法すら失い、ただの高価な飾りとしか見られていなかった品物である。西方世界では。
「しかし、教授。
 こいつの制御方法はまだ確立していなかったのでは?
 人体を使った制御も暴走して失敗していますし」
「かまわん。
 どうせ、ここは我らの土地ではない。
 むしろ暴走してくれた方がうれしい。
 その為に、こいつを使うのだからな。
 わざとあの騎士を殺しそこなって、あの船に逃げ込んでもらったのだ。
 こいつの残留思念はあの船に対する感情で一杯だろう。
 古代魔法文明とあの船の魔法技術、どちらが勝つのか楽しみだ」
 既に、材料としか気絶している首領を見ていない。
「首を切り取って、鎧の人面部の思念玉と入れ替えろ」
 教授はフードの男達に指示を出して、狂気の視線で禍々しい金属の化け物に話しかけた。
「そうだ。
 竜を隷属できるのは、古代魔法文明を継承した我ら魔術師学園だけで十分なのだよ……」

 いきなり、砦が爆発した。
 砦の下の海岸に停泊していた海賊達が何事かと皆砦の方を見つめる。
 海賊たちの船はまた哨戒に出ておりここにいるのは6隻。
 その六隻の船の甲板上にいた海賊達は皆、爆発した砦を見て呆然としていた。
 正確には砦そのものが爆発したわけではない。入り口の門が爆発で壊れ、その爆煙と破片が砦を覆い隠していたのが正しい。
「何か起こった!!」
「砦が!砦が爆発した!」
「帆に火を近づけるな!!
 誰か砦の様子を見て来い!」
 狼狽し、火の粉にうろたえ、必死に船を守ろうとした時にそれが出てきた。
 門が吹き飛んだ後にそれすら小さくて城門上部の石組みを突き崩して出てきた四本足の金属の化け物。
 煙と炎を纏い、それに傷すら受けていない白銀の体を震わせて金属でできた老人の顔が咆えた時に海賊達に恐怖が走った。
「化け物だぁぁっ!!」
 誰かが叫び、慌てて船を動かそうとするが、帆船は急に動けない。
 尻尾がサソリのように帆船の一隻を捕らえると化け物の周りに四つの魔力の塊が発生し、光の矢となって帆船を貫いた。
 大爆発を起こす帆船。その爆風が隣の船まで吹き飛ばし、その隣の船に爆風であちこちに火をつけ巨大な松明となるのは時間の問題だった。
「水軍本部に連絡を!
 そうです!化け物が出たんです!!
 これを見てください!」
 海賊船に常備していた遠見の鏡に魔術師自身が見た化け物を映して見せた瞬間、鏡の向こうの魔術師が絶句した。
「マンティコア……大崩壊前の戦闘機械がどうして動いているんだ!」
「俺が知るわけ無いじゃないか!
 はやく何とか…」
 マンティコアの放った魔力の塊が彼のいる船を直撃したのはその時だった。 
 更にもう一回、巨大な魔力弾を残った船に撃ちこんで海賊船を全て行動不能にさせる。
 船から逃れた海賊達が慌てて逃げてゆくが、マンティコアは意に介さずにそのまま周囲を見渡し、目的を見つけ水上を駆け出した。
 頭につながれた首領の首に残っていた欲望に恐怖がブレンドされた目標。
 イッソスの湾内中央に女王のように鎮座している巨大な鉄船--愛国丸--に。

 その大爆発は愛国丸の方でも確認できた。
「何が起こった!」
 真田少佐達を見送って艦橋に戻った木村大佐が双眼鏡をグラ海峡の砦のあった方に向ける。
 更に獣の雄叫びが聞こえ、数回の大爆発がグラ海峡の砦近くで連続して起こった。
「8時の方向。距離12000にて爆発」
 双眼鏡を見張り員の叫びの方向に向ける。
 豪快に黒煙を上げる砦近辺に夕焼けの残光を浴びて輝く鎧がそこにいた。
「あれは何だ?」
 木村大佐の疑問の声に誰もが思いつつも誰も答えられなかった。
「とにかく、向こうで何か一大事が起こったというのは分かった」
 端的に状況を言ってのける西村少将。
 その言葉に全員に改めて緊張の糸が張られてゆく。
「合戦準備を。
 一戦やらねばならなんかもしれんぞ」
「合戦準備!
 機関始動!」
 西村少将の命令に戦闘配備が発令され、木村大佐が愛国丸の機関を始動させ、愛国丸から第二〇駆逐隊にも戦闘配備が伝えられ錨が巻き上げられてゆく。
 駆逐隊が動き出すのに10分程度はかかるし、図体の大きな愛国丸はそれ以上にかかる。
「8時の化け物、こっちに向かって駆けてきます。
 あの化け物、水上を走ってやがる!」
 伝声管から伝わるマストに上がった見張り員のうろたえた悲鳴は、魔法という世界外から来た人間の悲鳴でもあった。
 まさか、あんな10メートル大の大きさの白銀の獅子みたいな鎧が海上に浮いてあまつさえ駆け出すとは想定できるはすがない。
「司令。
 我々についていた大型ガレー船四隻が離れます。
 大型ガレー船から天馬と魔術師が爆発のあった砦のほうに向かっていきます」
 駆逐艦の近くで停泊していた大型ガレー船の三段櫂の一つが動き出し、それが二段三段と波をかき分けて砦のほうに向かってゆく。
 大型ガレー船からペガサスが次々に上空に吐き出される。
 内一隻は母艦なのか三隻が三騎ずつペガサスを出したのに、隊長騎らしいグリフォンが最初に出て十一騎のペガサスが飛びだしてゆく。
 魔術師も数人が空を飛んでペガサス達と合流して砦のほうに向かってゆく。
「港の方でも動きがありました。
 ガレー船五、いや六隻が砦の方に向かっています。
 港から、天馬と魔術師多数が砦の方に」 
 港の上空では編隊を組んだ天馬と魔術師が高速で砦の方に飛んでゆく。
「テレパスが多すぎて拾い切れません!」
 黒長耳族の悲鳴にきょとんとする艦橋。魔法という概念が帝国にやってきてまだ三ヶ月ちょっと。
 彼女の悲鳴の意味をよく分かっていない。
「えっと、だから魔法使いの人達それぞれが魔法通信で勝手に話して話が分からないと」
 黒長耳族の娘さんの説明によってやっと事態の把握する艦橋一同。
 次々と報告を受ける中でふと西村少将が考え込んで、疑問を黒長耳族の娘にぶつけてみた。
「たしか、テレパスとか言ったこっちの世界での通信はそれぞれが話して聞き取れないのじゃったな。
 ならば、どうしてあのガレー船や天馬達はあんなに統制を受けてるかのように動けるのじゃ?」
「えっと…それは……」
「『遠見の鏡』という魔法具がありまして、鏡の相手同士しか話ができませんが、それゆえ他人に聞かれずに話ができるものがあります。
 帝国の皆様がおられた世界でのラジオみたいなものを想定していただければよろしいかと。
 テレパスも声と同じで近くにいる声、もしくは大声から聞こえるのです」
 説明に詰まった黒長耳族の娘に代わって撫子や真田少佐、遠藤大尉と共に入ってきたメイヴが即座に説明を引き継ぐ。
「お母様。あたしが言おうとした事取った」
「フィンダヴェア。
 一分一秒が大事な戦場で説明に詰まるなんて修行不足です」
 女同士というか母が娘に説教する姿で和む艦橋だが、緊張感は張り詰めたまま。
 双眼鏡を持つ西村少将がそちらの方に視線を向けると、巨大なライオンのような白銀の鎧が激しく天馬と魔術師と交戦していた。
「向こうの政府に連絡をしてくれ。
 必要なら貴国に協力すると」

 白銀の巨大な獅子が波を駆ける。
 老人の顔はうなり声をあげ、サソリの尻尾は敵を探してるかのようにピンと立ったまま。
 マンティコアはまっすぐに愛国丸に向かって海上を駆けていた。
 その前面にペガサス数騎が火樽を落として海上に炎の壁を作って見せた。
 立ち止まるマンティコア。
 これぐらいの炎でダメージを受けるような体ではないのだが、操作をしている首領の首の人間としての感覚が炎の壁を怯えさせたのだ。
 その一瞬を、ペガサス達は逃さなかった。
 次々と投下される火樽。火達磨になると騎士達が勝利を確信したのはわずか一瞬で崩れ去った。
「魔法障壁!
 何だ!あの馬鹿でかい魔法障壁はっ!!」
 マンティコアの全身に魔法障壁が発生してその上で火樽が炎を上げるのみ。
 マンティコア本体にはまったく傷一つついていない。
 その魔法障壁が海上の火の壁を押しつぶしてマンティコアはまた突進を始める。
「化け物め!
 火樽なんかきかないのかよ!!」 
 天馬騎士の一人は上空で罵倒の声をあげた。
「ボウガンで仕留めろ!」
 グリフォンに乗った隊長騎の指示でペガサスの乗った騎士達が次々とボウガンの矢をマンティコアに向けて放ってゆく。
 その殆どが魔法障壁によって弾かれるが、魔法障壁は同時に攻撃を受ければ受けるほど魔力が分散して弱体化してゆく特長がある。
 ましてや、今放っているのは魔術師に魔法を弱体化する魔力付与された魔力矢。
 魔力障壁があちこちで光り、ガラスが割れたように魔法障壁が破られる。
 その瞬間に魔力を込められたランスを持ったペガサス三騎が突貫してきた。
 高高度から落下して慣性をかけたペガサス三騎のランスの内一本が首筋に刺さり、もう一本が腹に刺さり金属片とガラス繊維を海に撒き散らす。
 マンティコアもサソリの様な尻尾で突っ込んできた一騎をペガサスごと海中に叩き落し、尻尾の毒針を空中を飛ぶペガサスに向けて無数に飛ばしだした。
 その毒にやられたのか、ペガサスの一騎がよろよろと海に落ちてゆく。
 威嚇するように咆えるマンティコア。その恐怖でペガサスの数騎が怯えて近づこうとしない。
「水の精霊よ……」
 今度は魔術師達が水の精霊を使ってマンティコアの足を海中に引きずり込もうとする。
 マンティコアの足元にわらわらと取り付く水の精霊達。
 だが、精霊達が足に取り付いてもその精霊達を踏み潰し、解ききって愛国丸に向かって駆けようとするマンティコア。
 その足取りが鈍った所にまたペガサス達がボウガンを放ち、ランスで貫こうと狙っていた。
 マンティコアが咆えた。
 それは愛国丸より先にこの邪魔するハエを叩き落そうとする決意でもあった。

 コンラッドがいる大灯台からでもマンティコアの戦闘は良く見えた。
 薄暗くなりつつある海面上で激しく轟音と閃光が断続的に続けば港だけでなくイッソスの街全体にパニックが広がりかねない。
 実際、この戦闘で港ではパニックになりつつあり、水軍から衛視を総動員してパニックを押さえつけている最中だった。
 自分の館でダークエルフを買いに来た真田少佐達を歓待する予定だったコンラッドは親友のキーツが刺され、愛国丸で治療を受けていると聞いて港まで出向いたときにこの戦闘に巻き込まれたのだ。
 大灯台にある空中騎士団本部に入り、水軍や魔術師協会等ありとあらゆる戦力を使ってマンティコア掃討の為動いていた矢先の出来事だった。
(こちらは、大日本帝国、派遣船団愛国丸。 
 我々は貴国が行っている戦闘に協力する用意があります)
 撫子を介してメイヴが発したテレパスは魔術師を中心に深刻なパニックを起こしてみせた。
 テレパスはメイヴが西村少将に説明したとおり、魔法を使っての会話だから魔力の大きさや近さに左右される。
 遠見の鏡などはまた別に遠距離まで届く特殊魔法をかけて増幅しているわけで、テレパスとは別の魔法概念である。
 ところがあの愛国丸はイッソスの湾中央におり、この大灯台からも10数キロは離れている。
 その10数キロ離れた大灯台にいる魔法が使える者全員にはっきりとメイヴの声が聞こえてきたという事実は、愛国丸が巨大な魔力を有しているという事実を改めて突きつけている事でもあった。
 あの船にサキュバスと呼ばれるダークエルフの長が乗っているのは分かっており、愛国丸から竜の膨大な魔力が感知できたのも分かっている。
 その実力をまざまざと見せ付けられたのだ。
 この事態を対処するためにとりあえず灯台にいた議員全員をかき集めて開かれたカッパドキア共和国十人委員会は苦悩した。
 首都のど真ん中で起こったマンティコアという化け物騒ぎ。
 その狙いは、どうも突然現れた大日本帝国という国家の船団。
(自作自演じゃないのか?)
 という疑念まで抱いていた。
「彼らを戦闘に関わらせるべきではありません!」
 強く主張したのが、騒ぎに借り出された魔法協会会長でもあるエルミタージュ議員。
「だが、それでマンティコアと愛国丸が別勢力だった場合どうする?
 首都で好き勝手されて、使者を危険に晒したと彼らに言われたら我々の面子は地に落ちるぞ」
 騎士団本部から呼び出されたコンラッドが反論する。
 現場で指揮を取りたいとこなのに、帝国の善意がかえって足を引っ張る事になるとは愛国丸に乗っている彼らが知る由も無い。
「コンラッド議員は彼らの手を借りずともマンティコアを確実に仕留める自信はあるのでしょう?」
「自信はあります。
 だが、問題なのは、外交姿勢としての彼らの扱いです。
 せっかくの好意を蹴ったら何の為にイッソス湾内まで入れたと思っているのですか」
 丁寧ながらも口調がきつくなるコンラッド。
 国政議会議長ダミアンは二人の言い争いに微妙な危険を察知していた。
 イッソス太守と魔法協会会長の対立は、国政議会の派閥勢力に多大な影響を与えかねない。
 だが、愛国丸入港についてコンラッドについたダミアンはこれ以上コンラッドについてエルミタージュを敵に回すのを避けたかった。
「では、議長裁定として、彼ら大日本帝国の船団を戦闘に関与させない方向で。
 賛成の議員は挙手を」
 手を上げなかったのはコンラッドだけだった。
 十人委員会の委員任命は議長に一任されており、当時者以外は議長派閥から選出されるのが慣例となっている為に議長裁定が否決される可能性はほとんどない。
「では、騎士団本部に戻ります」
 コンラッドが席を立とうとした時にその轟音が聞こえてきた。

 十人委員会が可否を判断していた時精々5分も無かったのだが、その5分はこの戦闘においては永遠に等しい5分だった。
 マンティコアは更にランスが二本腹に刺さる代償によって六騎のペガサスが落とされ、魔術師の半分が魔力を使い果たして撤退する羽目になった。
 上空のうるさい奴をあらかた潰したと判断したマンティコアは再度魔力障壁を張って、愛国丸の方に向かって駆け出してゆく。 
「行かせるな!」
 ペガサス達が残った、火樽とボウガンでマンティコアに攻撃するがそれまでの攻撃で矢も火樽もほとんど使いきっており魔力障壁を抜く事ができない。
 武器の無くなった者から順次母船に取って返してこっちに駆けつけているが、彼らとて戻ってくるまでにまだ時間がかかる。
 残りのペガサス達ができる事は、その残り少ない武器を使っての牽制しかできなかった。
 愛国丸に取り付いていたガレー船四隻のバリスタがマンティコアを射程に捕らえたのはそんな時だった。
「放てぇ!」
 数十本の巨大な矢がマンティコア目掛けて放たれるが、マンティコアのその老人の顔が咆えたと同時に強風を矢とその先にあるガレー船に叩き付けた。
 巨大な矢は強風によって軌道がそれてマンティコアの周りに次々水柱を立てるのみ、ガレー船も強風に煽られて次矢を放つことができない。
 立ち上がる水柱の間をマンティコアは駆けた。
 進路をいきなり左に変え、ガレー船の間を抜けて愛国丸の方に突進しようとしていた。
 彼を阻む物は何も無いように見えた。
 愛国丸もその護衛の船も首領にとっては宝だったのだから。
 その宝がどれだけの武装を用意しているかなんて頭だけの首領は考え付かなかった。

「化け物、9時の方向より近寄ってきます。
 距離6000」
「第二〇駆逐隊より通信。
 攻撃許可を求めています」
 西村少将に第二〇駆逐隊司令山田大佐からの進言が通信で伝えられた。
 既に主砲の射程内ではあったが、カッパドキア共和国の面子を立てて今まで自重してきたのだ。
 機銃の射程内にすら入った以上さすがに遠慮する必要も無い。
「許可する」
 西村少将が短く頷き、通信を使って第二〇駆逐隊旗艦天霧に伝えられる。
「司令から返信!
 許可するそうです!!」
 返信を聞いた山田大佐は即座に声をあげた。
「よしっ!
 攻撃目標目の前の化け物。
 準備ができ次第発射」
「了解。主砲・機銃とももう準備できています」
 蘆田部一天霧艦長がにやりと山田大佐に笑みを浮かべる。
 出番が無い航海かと思っていたが、ふいに出番が現れて海軍軍人の血がたぎっていたのだ。
「主砲てぇ!」
 蘆田艦長が声をあげ、その瞬間、天霧の12.7センチ砲と25ミリ機銃が一斉に火を噴き、愛国丸の裏側に位置し射線外だった夕霧を除く他の二隻も天霧に続いて主砲と機関砲を打ち出した。
 マンティコアに向かった火線は先のガレー船よりはるかに多く、また速かった。
 マンティコアは先の突風をこの火線群に叩き付けたが軌道がそれる事も無く、その数秒後にマンティコアのいる場所に鉄と火の暴風をたたきつけた。
 無数にあがる水柱、連続して鳴り響く爆音。
 マンティコアの魔法障壁は、駆逐艦達から発射された砲弾の直撃に最初は耐えて見せた。
 けど、魔法といえど慣性の法則は無視できなかったらしい。
 砲弾の直撃と爆発という運動エネルギーは全てマンティコアの足に負担がかかり、その足の節から亀裂とガラス色の筋を露出させた。
 だが、マンティコアは耐えた。
 そのままなら、愛国丸に向けてまた歩みだしただろう。
 砲弾が魔法障壁で爆発したあとに続けざま機銃の連打を受けなければ。
 一秒間数十発の機銃弾の三隻分の火線の連打がマンティコアの前進を阻むがごとく魔力障壁を粉々に打ち破り、白銀の皮膚に容赦なく襲い掛かった。
 白銀の鎧を叩くように連続して起こる爆発、その数倍の規模で外れた銃弾や砲弾が水柱を大量に作り続けてゆく。
 白銀の表面部に断続的に当たる機銃弾は無数の傷や凹みを与えてゆき、機銃弾が当たり続ける事による慣性は容赦なく足に負荷をかけ、マンティコアを浮かべていた浮力の魔法に障害を与えた。
 最初の着弾から二秒後で前進に爆煙に包まれ、爆風の衝撃で足が折れ、マンティコアがバランスを崩した。
 三秒後にマンティコアの中央部に砲弾が直撃し、25ミリ機銃弾でボロボロにされて怒りの声をあげたその老人顔の頭部を首領の首ごと12.7センチ砲弾が爆散させた。
 最終的にマンティコアが沈黙したのは五秒目でその連続する爆発音と水柱が無数にあがる中、白銀の巨体がゆっくりと沈んでいったからである。
 その光景を天馬に乗っていた騎士、空を飛んでいた魔術師、ガレー船の船員、港にいたイッソスの人々全てが見ていた。
 誰もが声を出せない。
 てこずっていた魔法の化け物があんな遠距離からのわずか数秒の攻撃で沈黙するとは。
 しかも、あの中央の船は動きもしていない。 
(こちらは、大日本帝国、派遣船団愛国丸。 
 我々は負傷者を治療する用意があります……)
 メイヴが広範囲に通信魔法で呼びかけてもすぐに返事を返す者は誰もでなかった。

「すばらしいですね。
 あの攻撃力。
 さすがに竜の魔力で動いているだけある」
 砦から離れた場所で教授はその光景を愉快そうに眺めていた。
「しかし、マンティコアをあんな短時間で潰すなんて……」
 後ろに控えていた、フードの男が呆然と呟くが、教授は動じない。
「あれ一体なら簡単に潰されるでしょう。
 では、あれが二体、三体、百体あったら?
 戦いは数で決まるのですよ」
 マンティコアすら製作できない魔法レベルだが、従者系魔法は魔術師学園が一番得意としている魔法である。
 質では劣るが、万を超えるゴーレムや魔法生物であれを押しつぶせる自信はあった。
 教授は喧騒としているイッソスの湾内とその中央で鎮座して動きすらなかった巨大船を悠然と眺めて呟いた。
「間違いない。彼らは竜の力を使って文明を作っている」
 笑っていた笑みが一瞬で侮蔑の視線で愛国丸を貫いた。
「だからこそ、その技術は我々魔術師学園が独占しなければならない。
 学園に帰りましょう。
 西方世界に対する工作方針を変更しなけれぱ。
 それまでは、かの国、大日本帝国でしたっけ?
 西方世界諸国を相手に戦争でもしてもらいましょうか」
 後ろにいたフード姿の人影に声をかけて、彼らは姿を消した。


 帝国の竜神様19
2008年04月09日(水) 15:46:54 Modified by nadesikononakanohito




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