帝国の竜神様37

1942年5月1日 マリアナ諸島 サイパン島 南洋竜捜索艦隊 鹿島 艦橋


 人魚とはどのようなものか?
 西洋の童話などを見るに、上半身裸の美女で下半身は魚というのが通説になっている。
 だが、ここサイパンの港に大挙して現れた人魚達は太ももは閉じられたままで、膝から下が魚というかひれになっている。
 と、言うことは……大事な部分は丸見えという訳で……
 水の中で動きやすくするためだろうか、胸はおしとやかというか少しのふくらみしかない。
 中に妊婦の人魚もいるが、ふと卵つきのししゃもを思い出したのは内緒だ。
 青い髪に青い瞳を持つ彼女達は、サイパンの港に緊張感を持っていた日米(少数ながら英)海軍の将兵達に、何をどういう理由だが知らないが歌と踊りで歓迎しだし、この瞬間、他国は知らないが日本海軍ではマリアナの竜の事を乙姫様と呼ぶことになる。

 で、だ。
 鹿島士官室は何処かの馬鹿竜以外の全員が皆頭を抱えている。
 さて、問題。
 現在、大西洋では潜水艦が海の中から近づいて船を狙い、それを洋上から叩くという戦争をもやっている訳だ。
 ましてや、帝国側は西村少将の進言で「潜水艦による不測の事態」を警戒し、港の外で海防艦が警備し防潜網も張っていたりしていたのだ。
 そんな中、かりにも中立ではあるとはいえ、世界一位の海軍国と世界三位の海軍国がたむろしているこの港の内部にこんなにお客さんを招いてしまったという事実を大西洋で行われている戦争と組み合わせるとどういう事になるか?
 考えるまでも無い。
 ソナーや防潜網に引っかからない人魚達の存在は、現在進行形で行われている対潜水艦戦の全否定になりかねない。
 更に問題。
 そんな存在そのものが危険極まりない生物を眷族とする乙姫様を取り込もうとする帝国を今までと同じ様な認識で英国と米国が黙認するか?
 絶対にしないだろう。
 まぁ、英独どちらに転ぶが分からない帝国の軍備増強、しかも決戦兵器になりかねない人魚の軍事的脅威をここまではっきりと認識した以上、英国はおろか、合衆国もいい顔をするはすがない。
 つまり、この交渉そのものが、今この瞬間に破綻したと考えるべきであり、その上で新たな妥結策を考えるべきなのだ。
 俺がそこまで頭をめぐらせたと同じ時期に、同じ結論に達したらしい南雲提督とフレッチャー提督がほぼ同時に口を開く。
「とりあえず、具体的な協議は明日以降に……」
「ひとまず、合衆国艦隊の皆様は旅を疲れを癒して、明日以降改めて協議を……」
 その流れをめでたくぶち壊したのも、やはり馬鹿竜だった。
「おーい。
 歌ってばかりおらずに、誰ぞ、上がってお主等の主の事を説明せぬか」
 ぴたりと歌声が止み、一匹の人魚がひょっこりと顔を出し、イルカのごとく波から跳ね上げて鹿島へ向かって……

 びったん!!!

 あ、側面に激突した。
 ひれが痙攣しているし手もびくびく動いているから生きているのだろう。多分。
 というか、このどうしていいか分からない場の空気をどうしてくれよう?
 水兵達はあからさまに視線を人魚からさけるし、人魚達も遠巻きにひそひそ囁くばかり。

 ばしゃん!

 お、復活したらしい。
 きっと鹿島の船体を睨んで、
「痛いじゃないのよぉぉぉっ!!!」
 肉と鉄が当たる音がした。
 八つ当たりなんだろうが、鋼鉄の船体にグーパンチはいかがなものか?
「ひゃんんんっ!!!
 ……手が痛い……」
 そりゃそうだろう。殴る前に気づくべきだったろうに。
 で、だ。
 鹿島の上を見て、きょろきょろとあたりを見渡した挙句に、とても恥ずかしそうにこの人魚はこう言葉を発した。
「上にあげて〜」
 俺は、撫子やメイヴに筒抜けなのを忘れてしまうほど、馬鹿竜以上の馬鹿を見て頭が痛くなってきた。
 なお、鹿島は人魚のいる反対側は港に接岸している。
「釣り針で吊り上げるのかのぉ?」
「そんなんしゃ、傷がつくじゃないの!
 たもですくってよ〜」
 凄い。馬鹿竜の馬鹿さ加減に気づいていない。この馬鹿人魚。
 既に俺の心の中では、風雲急を告げる国際情勢とはまた別に本当にどうでもいいぐらいのトラブルの予感がしていたのだが、不幸な事にその予感は的中するのはこの馬鹿人魚が鹿島に乗り込んでから15分ほど立ってからの事だった。

「「(竜)ドラゴンがいない?」」
 南雲提督とフレッチャー提督の声が唱和する。
 双方とも普段沈着で寡黙な性格なのだろうが、おそらく想定されていた事態の右斜め上を豪快に飛んで行く馬鹿さ加減に声が上ずっている。
 とりあえず、カーテンで身を来るんだ(やはりこいつも服を着るのに激しく抵抗した。まぁ、水中生活者に服は必要ないのは理解できるが……)人魚の代表はあっけらかんと言ってのける。
「はい。うちの主なんですが、寝るといつも海流に乗ったまま一月ほど起きてこないんです。
 それで、こちらの世界に飛ばされてから我々もまだ海流を把握していないのに、ベット代わりの白鯨の上にお休みになってそれっきり……
 我々としても探しに行きたいのですが、海流も地形も把握できてないのに探しに行けば迷子になりかねず……」
 変化魔法でひれを足に変えた彼女は困った顔、と言っても深刻な顔では無く、「あ、迷子になったけど、いいや。そのうち誰かが助けてくれるだろう」的な、根拠無き楽観論によって形成されているであろう彼女--セドナと名乗った--の笑みを見て俺は心の底から頭を抱えた。
 撫子が自信満々に確認する。
「つまりじゃ。
 『そのままにしておけば、そのうち帰るじゃろうが、のこのことお主等の領域にわらわが現れたから、助けを求めに来た』と?」
「はいっ!そのとおりです。
 うちの主はお寝坊さんですから、四・五年したら帰るとは思いますが、よろしければ首に縄をつけてこちらに引っ張ってきてもらえればと」
 乙姫様は寝るときは四・五年単位……浦島太郎も爺さんになる訳だ。
「それについてはやぶさかではないが……」
 あ、あの笑みは底の浅い悪巧みを考えた撫子の笑みだ。
「それをする『御礼』というのがこちらの世界の礼儀らしいのじゃがのぉ?
 お礼に何をしてくれるのかのぉ?」
「分かっております。
 ここにいる殿方の皆様への体でのご奉仕に、鯛食べ放題なんていかがでしょうか?」
 ……駄目だこいつら。
 根本的な所で撫子と同じノリだ。
「いかんのぉ。
 鯛だけでは、ひらめもつけるのじゃ。
 あと、マグロに鰹に海老に……博之。何か食べたい物はあるか?」
「……すまん。撫子。
 お礼のことはひとまず明日にでもおいといて、改めて話し合いたいのだが……色々と」
 俺はため息をついて話を止めて、南雲・フレッチャー両提督を含めあまりの斜め上さに石と化した幕僚達を戻すべくこの場の散会を提案したのだった。

 帝国の竜神様37
2007年09月16日(日) 02:12:20 Modified by hrykkbr028




スマートフォン版で見る