帝国の竜神様39

1942年5月4日 夜 マリアナ諸島 サイパン島 アスリート飛行場


 零戦がゆっくりとサイパンのアスリート飛行場に降り立つ。
 一機、もうしばらくして一機がサイパンの大地に降り、その銀翼の中から俺と遠藤がサイパンの大地を踏みしめる。
「駄目だ駄目だ。
 さっぱり見つかりゃしねぇ!」
 投げやりに遠藤が叫び機体からから降りるのを見た後で同じ叫びをいうのはどうかと思ったので、俺はそのまま口を閉じたまま遠藤に煙草を差し出す。
「まだ吸っていたのか?」
「こういう時でないと吸えん」
 おおっぴらに吸うと、綾子が「煙たいんですが」と苦言を呈し、寝床では撫子が「口づけするとき苦いのじゃ」とやはり苦言を呈する為に俺の喫煙量は低下する一方だったりする。
 とはいえ、この飛行後の一本というのは止められない美味しさがある。
 なお、俺も遠藤も寝床を基地飛行隊に移しているので久しぶりの一人寝でもある。
 ただ寝るだけのなんと幸せな事か。
 いや、隣に女性がいるのが嫌なわけではないが、毎日の生活の中にも変化は必要だと思う。うん。
「大方撫子ちゃんの事でも考えていたんだろ?」
「いや、一人寝の贅沢さを満喫していた所だ」
「同じじゃねーか」
 笑いながら遠藤が何か言おうとしていた時に俺と遠藤の肩をずしりと重い手で掴まれる。
「お二方。楽しくお話中の所申し訳ないのですが、そこでだべっているのでしたらとっとと指揮所に報告に言ってくれると嬉しいのですがねぇ?
 機体の移動するのに邪魔なので」
 顔に疲労と怨嗟のこもった笑みを浮かべたままにこりと脅迫するアスリート飛行場整備班主任千葉繁。
 元は霞ヶ浦飛行場の整備班主任なのだが、本土からの増援としてここに送られてきている。なお、俺も遠藤も顔見知り。
 ぽろりと煙草を落とした遠藤が強引に笑みを作ってその手を振り払おうとする。
「わ、わかった。
 悪かった。すぐに行くから。
 整備の仕事邪魔して悪かった。謝る」
 その瞬間、ぐわしっ、と肩を掴む千葉主任の手にかけられた力が一気に増した。
「あ・や・ま・るぅ?
 いえいえ。遠藤大尉と真田少佐は仕事をきちんとこなしているのでしょう?
 ええ。このサイパン飛行隊とその予備機、更に本土増援部隊まで含めた五個飛行隊250と8機を総動員して乙姫様の捜索をして今が第何次かわかりもしない索敵行動において『乙姫見つからず』という成果を持って帰られたのではないですか。
 その仕事と同じぐらい、我々整備の仕事の事をいつも気にかけてくれたら、こんな所でだべったりはしないでしょうよ」
 あ、目から涙が流れだした。
「わかりますかっ!!
 あんたらが、何度も何度も飛行機飛ばした後の整備するこっちの苦労をっ!!
 無事に帰ってくるならまだしも、長距離索敵なんぞかますから搭乗員の疲労で滑走路をはみ出る機体や、着陸に失敗して足を壊す機体の多い事といったら!!!
 そんな機体を退けて壊れた機体を整備して飛ばすのにわたしらがどれだけ寝食を削ってやっているかって事をっ!!!
 しかも、機体の整備の部品が足りないからと、壊れた機体を共食いさせてなんとか帳尻合わせて飛ばせるようにしてみれば、今度は入れる燃料が底をつこうとしているというすばらしき補給体制!!
 絶望しながら油まみれの汗をたらしドラム缶の底からガソリンをかき集める傍らで、手伝ってくれている黒長耳族のおねーちゃんが華やかに歩いて褐色色の肌に透明な汗が浮き出ている時の俺の惨めさを!!!」
「いや、わ、分かる。分かるからそんなに揺するな!」
 遠藤の悲鳴に反応したのではないが、ばっと肩から手を離したと思ったらその手を自らの顔に当てて絶望と怨嗟の呪詛をあたり構わず撒き散らす。

「わたしだってねぇっっ!!
 サイパンへの派遣について心躍ってやってきたんですよっ!!
 青い海に、眩しい太陽!
 そしてそこで戯れる撫子ちゃんやメイヴさんのたわわな胸!
 ああ、それなのに、それなのにっっっ!!!」
 手を広げて叫ぶ千葉主任を誰も止めないというか止められない。
 なお、整備班は彼の奇行についてはよく知っているので、哀れな犠牲者たる俺達を助けようともしない。
 あと追加事項なのだが、彼はかつて遠藤が組織した「しっと団」No2だったりする。
「青い海の馬鹿やろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
 白い雲の馬鹿やろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
 南の島なんて大嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
 こんな彼が整備班主任という地位に若輩ながらついているのは間違いなくその整備の腕による。
 本土に残っている『整備の神様』と呼ばれる霞ヶ浦飛行隊整備班長を除いてもその腕は関東一円にで五本の指の中に入り、空技廠や三菱・中島等の大企業からの引き抜きすら来ているぐらいの腕だけに、彼がいなければこの索敵活動はもっと早く破綻していただろう。
「……ほら。この間異世界から大量に黒長耳族の娘さん達を連れてきたろ。
 彼女達の受け入れと、満州とかへの派遣の為に彼の贔屓にしていた娘さんが富士に帰っちゃったのよ」
 遠藤の呟きに荒れている原因はそれかと納得する。
「はーっ、はーっ、はーっ……」
 荒々しく雄叫びをあげた彼の肩をぽんと遠藤が叩いて、その手に数枚の写真を握らせる。
 それを見た千葉主任の眼鏡が、太陽光とは違う反射をした。
「これは……B17か?」
「ここ以上の地獄になっているパラオの陸攻乗りのおみやげだ。
 偵察ですれ違っているやつの写真なんだが、『のーすあーと』とか言っていたのかな?
 美人さんばっかりだろう」
 俺も覗き込んで、そのB17機体に描かれた欲情的な美女達を眺める。
「アメさんってのはこんな事やるんだ、ってなんでお前がそんなの持っているんだ?」
 俺の問いに人差し指を揺らして答える遠藤がまた妙に様になっている。
「俺達が山本長官に直結していて、南雲中将や井上中将と話ができる身分だってのを忘れたか?
 この写真を賄賂として、『もっと飛行機と部品と燃料と整備班よこせ』と陳情されたんだよ」
「さっき飛び立った陸攻隊の連中か。
 今度来たらネジ緩めてやる……」
 怖い事をぼそっと言う千葉主任。
 まぁ、パラオに持って行く物はもともとサイパンの物だろうし、その結果として更に負担が千葉主任にしわ寄せされるからその気持ちは分からんでもない。
「しかし、外人さんもこの胸といいくびれといい、ぐっと来る物があるね」
「だろう!だろう!!
 三十五枚あるから好きなのを持って行ってくれ!」
 その言葉に、千葉主任がはっと我に帰る。
「三十……五枚?
 遠藤大尉!ちょっとその写真全部よこせ!!」
「おい、なにしやがるって……」
 欲情とはまったく違う整備兵として写真を見る千葉主任に遠藤の声も黙る。
「……やはり機体が違う……」
 ぽつりと口に出した千葉主任の結論に、今度は俺と遠藤が青ざめる。
「ちょっと待て。何言っているのか分かって……」
 遠藤の口を手で制して写真のノースアートを指差す。
「これとこれなんか分かりやすいか。
 機銃の位置が違う。で、これなんかは新品だわな。
 流石に、番号なんかは隠しているが、こんな絵を描くのは一日がかりだ。
 そんなのが三十五機ある。
 当然、こんなのをつけていない機体の方が当然多い」
「それはつまり……」
 俺と遠藤は顔を見合わせた。
 千葉主任の言いたい事は聞きたくない事なのだが、士官としてはその最悪の想定を聞いて上に伝える義務がある。
「おい、索敵報告で米軍機のレポートは上がっていたよな。
 機体の種類はたしか……」
 遠藤の震える言葉に俺も出したくない声を口から吐き出した。
「大半はB17とカタリナ飛行艇で……後は、B24とかの4発機だったな……。
 この三日間、下手すりゃ100回近くすれ違っているのによ……」   
 日本は、長距離飛行が可能な陸攻や飛行艇だけでなく、単発の艦攻や水偵、さらには本来偵察任務に使用しない戦闘機までかり出して「乙姫」捜索に当たっている。それは米軍も分かってるはずだ。
 ところが、米軍の捜索機は今のところ双発以上の、それも複数のパイロットが操縦する大型機しか確認されていない。
 それが何を意味するのか嫌なほどよく分かって顔を青ざめている俺達三人にも、写真の彼女はその妖艶な笑みを浮かべていた。

 しばらく千葉主任の愚痴につきあった後、俺達はそそくさと指揮所に向かう事にした。その道すがら、滑走路横に擱座した零戦が目に留まった。
 無惨に半壊したその姿は、千葉主任の言っていた「長距離飛行の結果起こったパイロットの疲労による不慮の事故」の一例なのだろう。
「とはいえ、米軍の索敵機と張り合おうとしたら機体が足らないからな……」
 でなきゃ、零戦乗りの俺達まで狩り出されて偵察なんぞする事は無い。
 そんな事を考えていると、黒長耳族の巫女さんが少し疲れた笑みを浮かべて敬礼した後に石人形と共に擱座した零戦に向かって駆けてゆく。
 石人形で運んで使える部品は明日の飛行の為に使われるのだろう。
 ずしん、ずしん、と騒々しいが彼女達の操る石人形のおかげで作業効率は格段に改善している。
 元々、マリアナに試験的に配備された黒長耳族や獣耳族の工兵部隊は飛行場整備の為に来ていたし、愛国丸には撫子付として100人程度の黒長耳族が配備されている。
 はやくもこのアスリート飛行場は現在最優先で大拡張工事が進められていた。
 乙姫様捜索は広範囲の索敵の必要からマリアナからパラオにかけての全ての航空隊に対して南雲中将名義で捜索命令が出されている。
 黒幕たる井上中将から、これを機会に航空要塞構想も試してみようという事で本土からかなりの航空機をかき集めているのは聞いてはいたが、当然ながら本土と大揉めに揉めているらしい。
「何?部品がないって?
 テニアンの飛行場にも当たってみろ!」
「この調子でガソリンを使いまくって、上は補給の事を考えているのか? どう考えても後3日しか保たないぞ」
「疲労で搭乗員が保たないから、搭乗員の搭乗計画をもっと緩くしろだって?
 アメさんに先に発見されたらどうするんだ!」
「黒長耳族の娘っこの回復魔法が無かったらもう搭乗員に死者が出ていたかもしれんのだぞ!
 索敵活動で貴重な搭乗員をすりつぶしてどうするんだ!!」
「また発見報告って、どうせ誤報だろうが出さん訳にはいかんだろうに。
 飛べる機体と搭乗員を用意しろ!」
「哨戒線の張り直しをするから気象図をもってこい!」
 千葉主任からの愚痴を整理し羅列するだけでもこれだけのやり合いがあったそうだ。
 この島とテニアンはトラックへの中継地としての他に、目前のグアム攻略のために優先度は高めで整備され100機程度の航空機を問題なく運用できるようになっていたはずだったが、実際に戦時に近い運用になった途端に問題が顕在化したのは皮肉と言うほか無い。
 貧乏帝国の悲しい性である正面装備にこだわって兵給体制を軽視していたつけは、さっきの千葉主任の魂の叫びが轟くあたり察して欲しい。
 必死の整備で飛べない機体の部品を使って索敵行動を行っていたがそれでも索敵に穴があき出し、その穴埋めを零戦で埋めるという泥縄の解決手段が図られる始末。
 単座の零戦の索敵負担を軽くする為に二機編隊で飛ばしているが、零戦の稼働率も元々あまり高いものではない。
 結果として、連続した索敵活動の最中に着陸失敗で機体を失う者が出てくる。
 航空機の損失は戦闘が5割、着陸失敗が5割と言われるほど着陸時には神経を使わないといけないのだが、搭乗員の疲労と急場の整備と足りない部品が事故発生率を上向きに後押していた。
 幸いかな搭乗員の喪失まで悪化していないのは黒長耳族の娘さんの魔法のおかげである。
 ある時は回復魔法で傷を癒し、ある時は風の魔法で着陸を支援し、更にある時は水の魔法で炎上した航空機を消化したりと獅子奮迅の働きを見せ、彼女達も航空機や整備班と同じく消耗した。
 愛国丸の船室では既に30近い黒長耳族と獣耳族の娘さんが魔力の使いすぎによる疲労でベットに横になっているはずである。
 最後のとどめがパイロットの疲労。
 何しろ乙姫様お付のセドナの情報によると、
「とにかく白い鯨を探してください♪」
 ああ、白い鯨なんぞ珍しいからすぐ見つかるだろうよって、砂漠に真珠落として探せと言っているのか?彼女は?
 俺の心の中の突っ込みはそのまま乙姫捜索に狩り出される日米関係者の怨嗟の声と同じとなった。
 すばらしいほど青く、絶望するほど広い太平洋で白い鯨を探せと?
 その無茶難題を日米の飛行機乗り達は必死になってこなそうとした。
 上空からだけでなく、低高度に降りて波しぶきで誤認報告が次々と現れては誤報と分かり落胆する事数十度。
 こんな情況で現在の所、搭乗員達の士気も体力も急速に落ちている。

 そして先ほど思い知った現実。
 こちらがわずか三日の全方位索敵で、戦闘時でもないのに航空機の稼働率が下降線をたどる一方、米軍が索敵に投入する機体数は落ちていないという事実は、空恐ろしさを通り越して呆れるほか無いわけで。
 なにせ米軍には搭乗員の疲労をいやしてくれる黒長耳族の娘さんはいないのである。
「本当に俺達が先に見つけられるのかねぇ」
 そうつぶやく遠藤を誰が責められようか。
 とりあえず索敵報告を飛行隊司令に渡し、指揮所の会議室のドアを叩く。
 その間に怒号と共に俺達二人に向けられる視線がけっこう痛い。
「あれ、真田少佐に遠藤大尉だろ?
 帝都を竜神様から救った英雄とその腰巾着」
「えらい美女を連れて客船でここにやってきたんだろ?
 救国の英雄は違うよな」
「今は二人とも山本長官付きで、今は井上中将と南雲中将の下で御用聞きだそうな。
 将来は提督様だろうよ」
 なんで、エンジン音と怒号飛び交う中で、自分達への嫌味ってのは良く聞こえるんだろうな?
「ひがませておけよ。真田。
 お前はいずれあいつらを動かす人間になるんだからよ」
 その一言が、彼らを更に怒らせるという事を分かっていっているだろうな。遠藤よ。


「真田少佐に遠藤大尉入ります」
 ドアを開けると悪巧みの張本人たる井上中将が俺達を待ち構えていた。
 なお、井上中将の机の上には無駄に詰まれた書類の山が無造作に置かれている。
 飛行場拡張の計画書類に急増した島の人員の人件費の申請書、索敵報告、燃料や部品の申請書、フィリピン政府からの領空侵犯に対する抗議文、こちらのパラオ領空侵犯に対するアメリカへの抗議文の下書き……などなど。
 組織は「かみ」によって動くとはよく言ったものだ。
 「紙」がないなら「神」ですら動かせない。  
「自分が始めた事とはいえ、この書類の束は何とかならんものかね」
 井上中将の苦笑する顔を見て、一言だけ口を挟む。
「いいじゃないですか。
 戦争なら、これに死亡報告が加わるから手間がもっと増えますよ」
 毒のある俺の皮肉に遠藤の顔色がはっきりと変わる。
「おい。真田」
「いや、遠藤大尉。いいんだ。
 口が過ぎた。忘れてくれ」
 遠藤を止めたのは井上中将自身だった。
「いかんな。
 現場に出ないと、どうしてもこの紙と戦争をしているように思ってしまう。
 そこでは実際に人が死んでいるのだからな……
 で、索敵に行ってきたのだろう。
 乙姫さまは見つかると思うかね?」
 現在の手法に問題があるか? そう言っていることを理解したうえで答えを返す。
「そうですね、見つかる前に我々は壊滅します」
 泣きたくなるような報告もせねば次に生かされない。
 整備の破綻、搭乗員の疲労、燃料の枯渇、追いつかない補給体制……色々。
 対するアメリカは未だ悠然とカタリナとB17を飛ばしているという事実。

「ん?、我々は乙姫様を探すのが任務であって、米軍と意地の張り合いをしている訳ではないぞ」
 井上中将の言葉は真実なのだが、人というのは真実だけでは動かない。
 特に見えない真実よりも、見える現実の方に目がいきがちである。
「ですが、劣悪な状況でかろうじて航空隊の志気が維持されているのはそれが理由です。
 『白い鯨』というあるかどうか分からんものより、我らの仮想敵たる米軍と意地の張り合いをしている方がまだわかりやすい。
 米軍はちゃんと出張ってきますから」
 ここでパラオの報告を呼んだ俺と遠藤が皮肉の笑みを浮かべる。
「もっとも、その士気もどこまで保てるか。
 どの基地も水偵や陸攻、艦攻を飛ばせずに零戦で肩代わりをしている状態ですから。
 延々と出てくるB17のからくり、フィリピンとグアムに配備された機体が無駄に多いか、こちら以上に整備や補給体制が整っているという事実はこちらの小手先を凌駕していますから遅かれ早かれ誰かが気づくでしょう」
 サイパンで気づいた千葉主任とそれを聞いた俺達二人が果てしなく絶望したのだ。そのアメリカの物量に。
「パラオの連中、案外意地の張り合いにかまけて乙姫捜索かまけてないだろうな?」
 遠藤の一言に俺も井上中将もはっとするが、さすがに裏取りができない。
「一応、私の方から一言くぎをさしておこう。
 しかし……アメさんってのは陸軍でも洋上航行ができるんだね」 
 報告書と共に、報告を聞いていた井上中将が我々の気づいていなかった事実に気づき、その言葉に真っ青になる俺と遠藤。
 B17はたしかに米国陸軍航空隊所属だ。
 翻り、大陸を中心に活動している帝国陸軍航空隊で洋上航行のできる者はとても少ない。
「けど、やつら何処からB17の部品とか用意しているんだ?」
 遠藤の疑問に答えたのも井上中将だった。
「対国民党レンドリースだろう。
 大陸に運ぶ途中でフィリピンに一部を回したんだろう。
 そうしておけば、いざという時の対日戦に使える」
 アメリカってのは二手三手先を読んで、帝国の和戦両様に備えているという事実に愕然とする。
「我々もアメリカを見習うべきです」
 言ってはみたが、それができるのならば去年12月に撫子がやってくるまでの政治的状況は無かった訳で。
 この国の闇はまだまだ深い。
「そうだな。しかしその前に片付けないといけないことは片付けてしまうとしよう。
 目前の戦場から目を背けてはいかんからな。君たちにも関係がある話だ」
 そう言って井上中将は傍で待機していた第四艦隊の参謀に手で合図を送る。
 それを見て、参謀少佐は現在の問題を手短に説明してくれた。

 話の内容は、地上指揮についてだった。
 南雲中将が持ってきた九七式飛行艇と九六式陸攻は俺が提唱して予算がつけられた空中指揮機構想の実験部隊として爆弾の代わりに強力な通信機を装備している。
 こいつらの空中誘導で入ってくる情報は格段に増えたのだが、今度はその増えた情報に地上司令部が応対しきれないでいたのだった。
 例えば、フィリピンとパラオの間で行われている乙姫捜索は、双方「乙姫捜索」を名分に相手が自国の領空ぎりぎり、時には「事故」とか「方位間違い」とかの言い訳の元に領空侵犯をやっている始末。
 もちろん戦時ではないが、仲良く手を振る仲でもない。
 気づけば互いの見栄と面子をかけてすれ違うように飛行機を飛ばしあっている始末だが、サイパンの司令部やパラオの基地に伝えられる報告では刻一刻と変わる状況を把握するのみで司令部は具体的な指示を出す頃にはまったく別の報告が伝えられるという具合。
 「台湾からフィリピンへ『乙姫捜索』できませんかね?」とは、この撃墜無き航空戦に業を煮やすと同時に、情況を統制できずにいらだっているパラオ航空隊の参謀のぼやきである。
 更にこれが整備が追いつかずに陸攻が飛べなくなって艦攻や零戦が飛ぶようになってからだと、大型機と比べてその通信設備の脆弱さから索敵情報は指揮機に集中する事となり、基地はその索敵結果だけを受け取るという指揮以前の問題が露呈していたのだった。
「全く、喜んでいいのか悲しんだらいいのか迷うね」
 そう言って苦笑いを浮かべる井上中将。戦争前にこれだけ意図しない欠陥の具体的なサンプルが取れたのだからそう思うのも無理はない。
「ということで、ひとまず、我が国の絶望については大本営および軍令部、連合艦隊に伝えるとしてだ。
 このまま空中からの捜索を続けるべきだと思うか?」
 井上中将の問いに、俺は即座に結論を言った。 
「短期的な哨戒網を維持することを諦め、長期的な手法に切り替えるべきです。
 海図上に鯨のいない海域を塗りつぶしながら捜索範囲を減らしてゆくしかないでしょう。
 範囲の絞込みができれば、索敵密度も上がり搭乗員のローテーションが回るようになるはずです」
「旅順港を28サンチで砲撃したときと同じ手段を執るわけか。区画すべてに砲弾を撃ち込めと言うことだな」
 さすがは井上中将。すぐに理解したらしい。
「艦隊の方での捜索はどうなっていますか?」
「人魚を船に乗せて、ソナーで探させる事にしたらしい。
 何でも鯨は歌を歌うとかでその歌を知っている人魚達の誘導で索敵範囲を絞り込むつもりといっている」
 なるほど。
 飛行機は広範囲を捜索できるけど、一箇所に留まる事ができない。しかし、船ならそれを気にすることなく一カ所で滞在することが可能だ。そして、この方法を採るには、その場でとどまれる船の存在が必須になる。
 マリアナからぞれぞれ艦を派遣して、白鯨がいない海域を維持してもらわないといけない。
「南雲さんに陸に上がってもらわないといけないな」
 井上中将が呟き、書類の束を見るのも飽きたのだろうか壁にかけられたマリアナの海図を眺める。
 事実、艦隊と航空隊の連絡を考えるなら艦隊司令部が陸上にある方が連携が取りやすい。
 と、そこまで考えてまったく別の実に小さな可能性に気づく。
「将来は、GFもそうなるだろうね」
「……とか言って、中将。
 まさかとは思いますが、この書類の束、全て南雲中将に押し付けようと考えていませんよね?」
 井上中将は壁の海図を眺めたまま、
「今回の竜捜索は南雲中将が最高責任者だよ?」
 と、否定とも肯定とも取れない返事を返す。
 いい性格してやがると俺も遠藤も思ったが、「じゃあ、この書類頼む」と藪をつつくほど俺も遠藤も馬鹿じゃない。
 心の中で南雲中将とその参謀達に手を合わせながらこの話を打ち切る事にした。

「じゃあ、索敵は……」
 話を戻した遠藤の言葉に井上中将が頷く。
「米軍との見栄の張り合いに付き合う必要は無い。
 本土から補給物資が来るまでは通常行動に戻そう。
 どちらにせよ、艦隊との連携を話し合わねばならんからな」
 椅子にこしかけた井上中将がため息をつく。
「『航空要塞構想』。自分で言うのも何だが、これは改善の余地ありだな。
 短期的な決戦ではいざ知らず、このような長期的な作戦だと支援部隊の数が足らない。
 現実は厳しいと言うことだ」
 井上中将のため息に遠藤が口を出す。
「航空隊を進出させるには優秀な整備班と消耗するガソリンや部品が必要。それも継続的に送り込み続けねばならない。
 何処にそんな能力が海軍にあるかと」  
 遠藤のぼやきに俺も口を挟む。
「おまけに、陸軍に頭を下げても洋上航行のできる連中が部隊単位でいないときた。
 戦闘でもあるなら呼んでもいいんですけど、索敵だからなぁ。
 そんな能力があるなら空母持って来いよ。
 あれなら、部品も燃料も整備班も込みでやって……どうしました?井上中将」
 呆然とする井上中将の顔が分からない俺に遠藤が肩をすくめたまま突っ込んだ。
「お前、自分が答えを言ったの分かってないだろ?」
 と。

1942年5月7日 早朝 マリアナ諸島 サイパン島 

 久々に戻った愛国丸での撫子の逢瀬もいつもの朝までとはいかず、夜明け前に情交の残滓漂う船室の中で服を着ようとする俺。
「ぁ……もっとしたいのじゃ……んっ……」
 もっとしてほしそうな撫子だが、今日は遠藤と一緒に撫子よりも大事な人を迎えに行かねばならぬのでパス。
「…だれ…なのじゃ?…ぁ……大事な人とは?…ふぁ……」
 テレパスで読んだのだろうが、卵を産むか、話すかどっちかにしたらどうかと思うが卵を産む快楽に喜ぶ撫子に言っても聞きはしないだろう。
 そう思うと、俺にも悪戯心が湧いてくる。
「ああ、極上の美人姉妹を迎えに行かないといけないんだ。
 我が帝国海軍きってのお姫様なんでな。
 おとなしく待ってな」
 むくりと撫子が起き上がる。
「それは見てみたいのじゃ」
 あ、産み終わったらしい。艶っぽく裸で起き上がったまま俺にしなだりかかる。
「そりゃ、見るのはいいがせめてシャワーを浴びよう。な」
「うむ。じゃあ、一緒に入るのじゃ」
「分かったから、シャワーの中でねだるなよ」
 この時、撫子がねだらなかった事を俺はよくよく考えるべきだった。
 かくして、さっぱりした俺と撫子は服を着て愛国丸を出ようと……
「えっと、何で遠藤の隣にメイヴがいるんだ?」
 たしか、今日も水兵相手に色々とお楽しみと思っていたのだが?
「ええ。楽しんでいたついさっき、『博之曰く、極上の美人姉妹に会いに行くらしいから見物に行くのじゃ!』とテレパスで……」
 シャワー室でおとなしかったと思ったらそんな事やっていやがったか。馬鹿竜。
 しらじらしく俺から目を逸らすんじゃねぇ。
 なお、遠藤のお相手たるフィンダヴェアは色々疲れて寝ているという。
 彼女の母たるメイヴは、
「たかだか一人の相手で疲れるなんて……」
 と、わが娘の情けなさに嘆息する事しきりだが、大陸で一個中隊を一夜で枯らしたあんたと比べたらいけないだろうに。
 なお、マリアナでも現地人から日本人から遠藤に白人まで色々と御奉仕しているらしい。
 枯れた結果、翌日仕事にならずに『メイヴ禁止令』が出された隊もあるとか。さもありなん。
「まぁ、お兄様って撫子さんだけでは飽き足らず、こんな朝方に逢瀬とは……
 ずいぶんお盛んなんですねぇ♪」
 誰だよ、綾子にまで告げた馬鹿はって、この馬鹿竜以外にいないんだろうな。
「つーか、真田よ。
 お前、撫子ちゃんに何を言ったんだ?」
 じと目の遠藤の視線が痛い。
「いや、『極上の美人姉妹』とか『帝国海軍きっての極上のお姫様』とか……」
 うわ。遠藤の視線が露骨に『この馬鹿』って笑ってやがる。
「うん。
 たしかに、箱入りで、極上のお姫様で、美人姉妹だわな」
 撫子とメイヴの好奇心に綾子の嫉妬心、遠藤の笑いをこらえた視線に突き刺さりながら、悪戯は相手によってしようと心に決めたのだった。

 で、桟橋まで一行揃ってそのお姫様を迎えに来たわけだったりする。
 朝日の中その極上の美人姉妹は従者を引き連れゆっくりとその姿を皆に晒した。
「博之っ!!
 凄く大きいのじゃ!
 凄く四角なのじゃ!!
 上に、博之が乗る飛行機がいっぱいおるのじゃ!!!」
 ええいはしゃぐな。さっきまで卵作りに勤しんでたくせにこの変わり身の速さってのは女だなとなんとなく思ってしまう。
「もぉ、船なら船って言って下さればいいのに」
 現物見るまで、言っても納得しないだろう。綾子よ。
 英米では船を女性系で呼ぶ事が多く、日本では船の事を男性ととらえているのだが、この船を男と呼ぶには優美すぎる。
 始めて見た時そんな事をふと思ってしまった事もあり、そう考えると男ばかりの船乗り達が己が船を女性に見立てたのはそんなところから来るのかもしれない。
 飛行甲板に綺麗に並べられた航空機がその威容に更に磨きがかかっている。
「実態を知ったら、米英とも呆れるだろうな」
「言うな。遠藤。
 言えば惨めになる」
 たとえば、あと半日で払底するガソリンの為に、翔鶴の格納庫にはガソリンを積んだドラム缶が山と詰まれていたり。
 格納庫がドラム缶で埋まった結果、増援の飛行機は露天繋止で飛行甲板いっぱいに積んでいたりとか。
 さらに、そのガソリンを急いでかき集める為に、一航艦と二航艦の空母のガソリンを抜いた事とか。
 『使ってないなら寄越しやがれ!』という井上中将の魂の叫びにうたれたのかしらないが、瑞鶴の格納庫には呉の戦艦と重巡からかき集められた水偵が約30機ほど搭乗員こみで乗っていたり。
 残りのスペースには航空機では無く、払底しつくした航空機部品が箱詰めのまま山と詰まれていたり。 
 もちろん、各航空隊からかき集められた整備員と搭乗員が大量に乗船しているのは言うまでも無い。
 帰りは帰りで、本土工場送りと判定された壊れた飛行機を山と積んで、『俺たちの初仕事って貨客船かよ……』って空母の船員の士気が豪快に落ち込んだ事とか。
 考えれば考えるほど、惨めになる我が帝国の兵給体制に絶望する。
 よくこんな状況でアメリカと戦争しようと考えたものだ。本気で。
「仕方ないじゃないか。
 大量に物が積めて、高速で移動できる船がこれ(空母)しか無いのだから」
 そりゃ、30ノットぶっちぎってサイパンにやってこれる船舶は正規空母か金剛級戦艦しかない以上これしか選択技が無いのも事実だったりする。
 ハワイを取られてなお、サイパンくんだりまで艦隊のサポートに15隻も補給艦艇を用意したアメリカと比べるとなお絶望したくなる。

「博之?
 何、難しい顔をしておるのじゃ?」
「色々と絶望しているんだ。
 まぁ、お前には分からない話さ」
 きょとんと二隻の空母を眺めていた撫子だが、首をかしげたまま俺に尋ねる。
「しかし、この船がお嬢様なのはなんとなく分かったのじゃが、なんでこの姉妹が憧れの的なのじゃ?」
「この姉妹、六人姉妹の五女・六女なんだが、彼女達に乗るってのは海軍パイロットの中でもっとも技量の高い者しか乗れないのさ」
 なお、この姉妹に乗っている連中も上の四姉妹から見ると『まだまだひよっこ』とか。
 それはさておき、彼女達とて我々飛行機乗りがあこがれる母でありで恋人ある彼女達を見たいというのは嫉妬心も入っての事なのだろうか?
「当然じゃろう。
 わらわは心が広いが、博之の思い人ならば人目あって優劣はつけたいぐらいの自尊心は持っているのじゃ」
「で、感想はどうだ?
 我らの思い人は」
「うむ。美人なのじゃ。
 だが、あの平べったさならわらわには叶わないがのぉ」
 彼女が聞いたら激怒しかねんなと思いつつも、なんと言うべきか分からずとりあえず笑ってそのままごまかす事にした。
「ところで、真田よ」
「何だ、遠藤?」
「彼女が胸ぺったんなら、巨乳ってのは何になるんだ?」
「また、アホな事を……」
 とはいえ、思ってしまった事は仕方がない。
「ん?何を見ているのじゃ?博之??」
 まじまじと撫子の胸を見たままぽつり。
「戦艦だろう」
「巨艦巨乳か。納得」
 俺と遠藤の言葉の意味に気づいた綾子(重巡)が真顔で、
「……最低」
 と言っていたが、聞かなかった事にする。
 男は胸をみたらついつい色々思わずにはいられないのだ。
 訳の分からない言い訳を心の中にしつつつ、俺達は護衛についた四隻の駆逐艦と共に姿を見せた二人の令嬢――空母翔鶴・瑞鶴――は港にゆっくりと錨を下ろすのを眺めたのだった。


同時刻 英国貨物船 
 
 朝日に照らされる翔鶴・瑞鶴を窓から見つめたフレミングは紅茶に口をつけた後、控えていたメイドに口を開いた。
「本国情報部に緊急電だ。
 『日本帝国はマリアナのドラゴン捜索にショウカク級空母二隻を投入』と」

 帝国の竜神様39
2007年09月16日(日) 02:17:04 Modified by hrykkbr028




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