帝国の竜神様41

歴史は、時に一つの集約点みたいな日を無造作に作る事がある。
 全てが始まり、また全てが終幕に向けて走り出すそんな特異点。
 そのような日の事を我々は、後になってしか知る事ができない。
 後に、1942年5月11日も当時者達はただの慌しい日常としてしか過ごしていなかった。
 この日の評価が歴史上において刻まれるのはもう少しの時間が必要だったのである。

 ――帝国放送協会 報道特集 「映像で見る第二次世界大戦史」より抜粋――


1942年5月11日 早朝  マリアナ沖西方 


 かつて、我々搭乗員に朝日まぶしい洋上の捜索なんぞをさせている人魚の言葉を借りるなら、
「とにかく、白い鯨を探してください♪」
 という当事者には無いだろうが悪意ありまくりの一言を吐いて、こうして我々は空からその白い鯨を探しているわけだった。
 事態そのものはかなり好転しつつあった。
 鯨は歌を歌うという。
 我々人には聞こえないが、人魚達には分かるそうだ。
 ではという事で人魚を船に乗せて、その音を頼りに包囲網を作り上げていったのだった。
 この鯨の歌というのはかなり広範囲に広がるらしい。
 始めてから5日でその白鯨の歌を掴み、徐々に索敵の輪を閉じようとしていた現状、彼ら97式艦攻の搭乗員達はたわ言を吐いたセドナの理由を始めて知った。
「でけぇ……」
 ぽつりと呟く。
 なお、現状高度は1000メートル。
 たしかに白鯨はいた。
 豪快に潮を吹いているのだから間違いが無い。
「なぁ、あれ、俺達の飛行場よりでかくないか?」
 もはや白鯨というより、氷山に近い。
「んじゃ、あのまだらって……」
 恐る恐る見たくない現実を否定したいのだが、現実というのは見たくないのに突きつけられるからこそ現実という訳で。
「かくして、『巨大氷山に巨大な海蛇が撒きついている』という第一報がサイパンに伝えられる事となる」  

 
同日  朝  サイパン島 合衆国海軍 巡洋艦アトランタ

 日本機が発見したという白鯨の報告は当然の事ながらきちんと合衆国海軍にも通報されていた。
 既に、B-17が三機白鯨に向けて飛び立っている。
 飛行機による常時捜索と同時に艦艇を出港させてドラゴンを補足、その後交渉という段取りになっていたのだが、日本から「ドラゴン発見」の報告がもたらされてもアトランタの出港準備は遅々として進んでいなかった。
「おかしいな?
 上の連中何をやっているんだ?」
「フレッチャー司令官に艦長に副長、参謀が慌ててなんか会議を開いているみたいだが、ドラゴン発見の後の段取りは先に決めていたんじゃないのか?」 
 艦長が出港準備の指示を出さないので水兵たちも暇を持て余したまま。
 そのフレッチャー提督一同は会議室に集まり、集めたダレスの顔をじっと眺めていた。
 フレッチャー提督の前に置かれたコーヒーはすっかり冷めており、それ以上にフレッチャー提督自身の顔色が真っ青になっていた。
「皆、集まったな。
 ではダレス君。
 先の報告を頼む」
 青ざめた顔にも必死に落ち着つこうとする声をフレッチャーは出し、ダレスは集まった一堂に淡々とその報告を伝えた。
「本国より緊急伝です。
 ハワイのドラゴンによってサンフランシスコが爆撃されたと」

1942年5月10日(日本時間より9時間前) 夜 イギリス 首相官邸

「つまり、アメリカは更にドラゴン狩りを楽しむと?」
「西海岸まで来て、金門橋を落とされる醜態を見せ付けられたら、西海岸の議員が黙っていません」
 西海岸に濃密な哨戒線と迎撃体制を作っていた合衆国航空隊をことごとく蹴散らしたハワイのドラゴンはその強力なる炎(もはや熱線だったと後に目撃者は語った)を金門橋に向けて一撃。
 爆散崩落する金門橋上空を悠然と飛行した後に、「奢るな人間。汝らだけが地上の覇者にあらず」というテレパスをサンフランシスコ市民に叩きつけた後ハワイに帰還したという。
 この爆撃と明確なるドラゴンの敵対の意思に西海岸は大混乱に陥り、合衆国政府はその応対にひたすら追われる羽目になっている。
「すばらしいな。
 我々はしばらく、具体的にハワイのドラゴンをなんとかしない限り米国の参戦を期待できないという訳だ」
「そして、我らが首相閣下が悪魔とみなして手を組んだ赤い同盟国も風前の灯火と」
「赤い熊に人並みの知能を期待した私が馬鹿だった。
 だが、この椅子に座る誰もが、私と同じ事をしただろうよ」
「否定はいたしません。
 まもなく、『サンダー』発動の時間です」
「愚かな熊を助ける為。
 極東のかつての同盟国からかつての文字を取り去る為。
 大西洋の向こうの植民地人の金貸しの利子払いのため。
 大天使よ。大英帝国を守りたまえ」
 首相官邸の主は、そういってまだ明けないクレタの空に思いをはせた。


1942年5月11日 朝(日本時間 同日夕方) ドイツ 総統大本営

 朝の総統大本営はその主の性格からして、本来は沈黙と静寂こそ好まれるものである。
 そんな事を南方B軍参謀長バイエルライン少将はそんな事を思いながら総統大本営の主の召喚を待っていた。
 既に、予定時間より1時間も経っている。
 まだ誰も彼を呼びに来る事は無かった。
 彼がこんな場所で総統閣下の召喚を待つ身になっているのは、昨日行ったスターリングラード爆撃とその後の総統命令無視の後退が原因である。
 報告を聞いたヒトラーは怒り狂い、それを予測したロンメルはバイエルラインを弁明の為に先に派遣していたのである。
「本来なら、私自身が弁明に立つべきなのだがな」
 ロンメルが申し訳なさそうにバイエルラインを送り出したのだが、ロンメルを送り出すと次の高位将官がSSのハイドリヒ親衛隊大将という政治的にまた微妙な状況になるのでロンメルが離れる事ができないのだった。
 そもそも南方B軍はロンメルが北アフリカから率いてきた部隊を除けば、イタリアやハンガリー等の同盟国軍や武装SS等によって作られた寄せ集め出しかない。
 それが今まで破竹の進撃を続けてきたのは、モスクワ攻略を目指す『クレーメル』によってソ連軍正面戦力が拘束されているのと、ドン河を補給路件防衛線として比較的楽に戦える戦場を選んでいたに過ぎない。
 ドアが叩かれ、バイエルラインが立ち上がるが入ってきたのは大本営の従兵ではなかった。
「失礼する」
「参謀総長も呼ばれましたか」
「貴官の弁明によっては、私は新しい南方B軍司令官を推挙せねばならんのでな」
 敬礼したバイエルラインに敬礼しかえしてハルダー参謀総長はため息をつく。
「だが、安心したまえ。
 総統はもう南方B軍の後退の事など頭にはないよ」
 えてして、自分達の問題が不問にふされる場合というのはそれ以上の厄介事が別の場所で持ち上がったからに他ならない。
「何か問題でも?」
 ハルダーは淡々とその報告をバイエルラインに伝えた。
「クレタ島が英軍の本格的爆撃を受けている。
 クレタ南方に英軍艦隊を確認した。
 イギリスはクレタを取るつもりだ」

 総統大本営司令室ではヒトラーが延々と英国への怨嗟と己の部下達の失態に罵倒を続けていた。
「何故空軍は英軍爆撃機を阻止できなかった!」
「クレタに侵入している英国爆撃機は四発機を中心に500機以上の大軍を持ってクレタを襲っております。
 また、ギリシャおよびイタリア方面の航空隊を『クレーメル』と『ブラウ』支援の為に東部戦線に移動させており、現在即座に動かせる部隊がありません」
 呼ばれて必死に弁明するゲーリングもバトル・オブ・ブリテンにブレストの失態と重ねて続けているだけにもう後が無いのが分かっている。
 だからこそ、明確に言い訳できる理由を必死にヒトラーに説いていた。
「何よりも問題なのが、クレタ島を戦艦を含む英艦隊が取り囲んでおり、これの排除ができませんと我々は増援を送る事ができません。
 空軍は全力で英艦隊の排除を目指しますが、航空機で航行中の戦艦を沈める事は難しいのです」
 戦艦は戦艦でしか潰せない。
 そして、現在の独海軍には地中海に送る戦艦はおろか、現在稼動している戦艦すらない現実がヒトラーを更にヒステリックにさせる。
「レーダー提督!
 余の海軍は何故動かん!!」
「ブレスト爆撃でティルピッツが大破着底。
 シャルンホルスト、グライゼナウ、プリンツ・オイゲンも爆弾による損傷を受け、ブレストの港湾施設も大打撃を受けて修理の目処もつきません」
 もちろん、ヒトラーもその報告は既に受けているが尋ねずにはいられなかったのだ。
 つまり、その事実は……
「リッベントロップを呼べ!
 ヴィシーフランスとイタリアの海軍を動かしてクレタの英艦隊を排除するのだ!
 クレタを失えば我々はルーマニアの油田を爆撃機で襲われ、この戦争そのものを失いかねんのだぞ!!」
 己の命運を日頃から蔑んでいた同盟国海軍に委ねればならぬ事に腹を立て、ヒトラーはその怒りを部下にぶつける事しかできなかったのである。
 なお、英軍クレタ上陸に伴う対処において、ハルダー参謀総長とゲーリング空軍司令官の調整の結果、
1)空軍は南方B軍の支援航空隊からギリシャ方面に回す。
2)同盟国海軍の英海軍排除を前提に、陸軍は南方B軍に送る予定の本国増援師団をギリシャに抽出。
  現在ルーマニアで編成されつつある同盟国および武装SS師団を束ねてクレタ増援及び、ギリシャ防衛にあてる。
3) 南方B軍は1)2)の戦力の削減に伴い『ブラウ』の攻勢を一時中断。
  ドン河を防衛線として守勢に徹する。
4)東部戦線の政治的配慮を考慮して、『クレーメル』の攻勢を更に強化。
  状況に応じてモスクワ攻撃を許可。
 とういう決定がなされ、ヒトラーはそれを許可した。
 彼の頭の中にはクレタとその命運を握るイタリア・ヴィシーフランス海軍の事で頭がいっぱいとなっており、この時クレタ対処に伴う兵力変更に隠された東部戦線の戦略の大変換に気づく事は無かった。 
 結局、バイエルラインはヒトラーに会う事無くその日の内に東部戦線に戻る事になる。 


帝国の竜神様 41
2007年09月16日(日) 02:20:40 Modified by hrykkbr028




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