帝国の竜神様44

諸国標準暦381年 大崩壊より518年後 5月16日
帝国時間1942年5月16日 異世界 撫子三角州駐屯地

 グウィネヴィアの森と呼ばれる巨大な大森林地帯と虚無の平原の境目となっている鏡の川の河口に撫子三角洲が存在している。
 現在、この三角州には約4000人近い日本人と1000人程度の黒長耳族と長耳族、獣耳族が生活をしていたのだった。
 撫子三角洲は中に飛行場ができるぐらい広く、白銀山脈から発した鏡の川の豊かな水量によって運ばれた土砂によってこの三角洲は形成されている。
 まず、博之や撫子達が行った第一次派遣船団の陸戦隊と陸軍駐留部隊が長耳族のアドバイスの元で最初に作業を始めたのが三角洲をぐるりと囲む堤防の建設だった。
「この三角洲は鏡の川で結界から外れており、外敵を十分に守ることができないんです」
 長耳族の長グウィネヴィアは申し訳なさそうに言ったが、その堤防の建設後に堤防各所に魔法結界を張り、長耳族を交代で常駐させるという。
 第一次異世界派遣船団が帰還した後もこの工事は続き、第二次派遣船団以降が撫子三角洲にやってきた時には、輪中のように撫子三角洲全域を堤防が囲んでいた。
 第二次派遣船団以降は陸軍一個連隊の護衛と調査設備を置いて、黒長耳族や獣耳族を連れて帰還するようになった。
 大森林地帯から長耳族から分けてもらった倒木と大量の泥で作られたレンガ作りの建物の集落が第三次派遣船団の時にできあがり、第四次派遣船団が来た時には三角州に飛行場が建設されていた。
 第五次派遣船団がこの三角州に来た時には簡単な港湾施設と倉庫群が完成し、第六次派遣船団から本格的な虚無の平原の調査に入る機材と人材が運ばれてきた。 
 陸軍の一個連隊に戦車小隊、工兵大隊と海軍陸戦隊二個中隊、さらに黒長耳、長耳、獣耳族の志願兵を束ねた撫子三角州駐留部隊は指揮官佐藤少将(駐屯地司令任命に伴い昇進)の名前をとって佐藤兵団と命名されていた。
 その佐藤兵団の部隊が黒長耳族や獣耳族の案内の元、ボートで撫子三角洲から虚無の平原に足をつけた時にそれは現れた。
「何だ?あれは!?」
 日本人将兵は遠方で蠢くその八本足の化け物に誰もが同じ言葉を発した。
 なお、答えは日本人将兵全員が知っていた。何しろ日本にもいたのだから。
 蜘蛛である。
 ただ、日本にいた蜘蛛と違って、その八本足で持ち上げられた本体の高さが五メートル以上あり、長さが10メートルを超えていた事であろう。
 後で調べた結果、体重も一トンを超えていた。
 この時は、即座にボートで引き上げた事もあって被害は幸いにしてなかった。
 蜘蛛の方も慌てて三角洲に駆け戻るボートを眺めただけで何もしてこなかった。
 だが、案内に出た黒長耳族や獣耳族の娘は蜘蛛が何もしてこない意味を同胞幾多もの犠牲によって嫌というほど良く知っていた。
 あの巨大蜘蛛は、長耳族の力の源である大地を荒廃させる為に500年前の古代魔法文明が送り出した魔道生物兵器である事を。
 そして、その攻撃行動は近隣にいる仲間を呼び寄せて夜半に集団で襲ってくる事を。
 巨大蜘蛛には、マナの識別による人間感知機能がついており、撫子三角洲に沢山の黒長耳族や獣耳族に人間がいる事が分かっている事。
 この情報は、駐屯地司令の佐藤少将にしっかり伝えられ、巨大蜘蛛が襲って来る事に戦闘準備と最高級の警戒態勢を整えさせた。
 その日の夜半、襲ってきた巨大蜘蛛は15匹だった。

 青の月が虚無の平原を照らす中、信じられない速度で疾走する巨大蜘蛛15匹。
 その蜘蛛の群れが土煙を撒き散らして疾走してゆく。
 想像してみて欲しい。一センチ程度の蜘蛛で一分間に一メートル程度は進むから、この蜘蛛の時速は1×60=60メートルとなる。
 で、この巨大蜘蛛の大きさは10メートルだから、1000倍すれば時60000メートル=60キロメートルとなる。
 高さ5メートルの大きさの物が時速60キロでこちらに向かって突貫してくるのだ。
 巻き上がる土煙に八本足によって進む関節音のいやな響きは故障している蒸気機関車の突撃の如し。
「来ました!」
 黒長耳族の娘が魔法感知で叫ぶ。
 彼女はまだ帝国に一度も償還されておらず、軍の求める警戒において何が必要か分かっていなかったし、帝国の方も魔法で何ができるかという事をまだ考えついていなかった。
 だが、陸軍兵士が堤防の上から見る双眼鏡と護衛として河口に停泊していた第二一駆逐隊の四隻の駆逐艦の見張り員の双眼鏡には巨大蜘蛛の姿が見えていた。
「距離10000メートルに土煙確認」
 見張りの兵士が双眼鏡で確認した距離を無線で知らせると、士官が弾をこめ終わっていた速射砲中隊に発射命令を下す。
「砲撃開始!」
 駐屯地に装備されていた94式37粍砲四門が火を噴き、轟音が月明かりの夜に轟いた。
 爆発が地面に炸裂するが、観測していた見張り員が無線機に向かって叫ぶ。
「畜生!
 奴ら速すぎる!!」
 その砲弾の殆どが巨大蜘蛛の後方にて閃光と爆炎を撒き散らすが15匹の蜘蛛はそのスピードを落とそうともしない。
 おまけに、丘陵や窪みなどの遮蔽物に巨大蜘蛛が隠れるようになって弾が更に当たりづらくなっている。
「奴らを近づけさせるな!」
 堤防上に構築された陣地より機関銃が発射され、一体がその直撃を受け数発後には魔法障壁を貫通して本体に当たるが、動きが鈍くなったのみでその歩みを止めようとしない。
 なお、蜘蛛は梯子上神経で頭部器官が潰されてもかなりの間行動ができる。
「やつら散開しやがった!」
 15匹の巨大蜘蛛は散らばって、三角洲河口部・三角洲中央部・三角洲上流部の三つに分かれて砲弾と銃弾の飛び交う中を更に近づいてくる。
 最初から警戒していた第二一駆逐隊はこの動きを読んでおり、初春、子ノ日、初霜、若葉から次々と轟音が轟く。
 イッソスのマンティコアを葬った駆逐艦四隻の火砲が三角洲河口部を襲おうとした巨大蜘蛛三匹に襲い掛かり、三体共足をへし折られて行動不能となったあげくに火砲の業火で火葬された。
 問題は中央部と上流部だった。
 94式37粍砲で仕留めきれず、機関銃で弾幕を張っているが潰しきれず、小銃すら使って巨大蜘蛛を足止めし、河口部の巨大蜘蛛を火葬した第二一駆逐隊の火砲が中央部の巨大蜘蛛に向けられた時には三角洲から一キロにまで巨大蜘蛛は迫っていた。
 鏡の川を浮力の魔法で地面のように歩いて突貫してくる巨大蜘蛛に無数の水柱を立てて近づけまいとする帝国陸軍と海軍駆逐艦。
 三角州中央部から進入しようとしていた巨大蜘蛛7匹が堤防前100メートルに張られた長耳族の魔法結界に衝突できたのは2匹にすぎなかった。
 その二匹も魔法結界で足止めされている内に駆逐艦四隻の火砲によって鏡の川の中に残骸を晒す事になった。
 だが、問題は駆逐艦の火砲の射線に堤防が隠れてしまう三角州上流部だった。
 ここから進入を図ろうとした巨大蜘蛛は5匹。
 三角州中央部の巨大蜘蛛殲滅に力を入れてしまい、最後の切り札でもある魔法結界を発動すると外からもそうだが、内からの攻撃も弾かれてしまう為、迂回したに時間差攻撃となった巨大蜘蛛防ぐのは魔法結界しか残っていなかった。
 しかも、魔法結界はマンティコアの時もそうなのだが、同時飽和攻撃を受けると貫通してしまう。
 三角州中央部から魔法結界に突貫した二匹の巨大蜘蛛は自らが破壊される前に魔法結界中和魔法を作動させて結界の防御を弱める事に成功していたのだった。
 三角州中央部の魔法結界修復に結界の魔法が集中していた時に、三角州上流部で5匹の巨大蜘蛛が魔法結界に突貫してきたのだった。
 撫子の莫大な魔力で作られた魔竜石を使用した大型結界といえどもこの中和魔法を装備した同時飽和攻撃に耐え切れなかった。
 硝子が割れるような澄んだ破壊音が響き、五匹の巨大蜘蛛達が堤防に上陸してくる。
 堤防に上がった時点で巨大蜘蛛達が口を開けて粘着ゴム質の糸を一斉に吐き出す。
 バケツ大の大きさの糸は機関砲陣地に直撃するとそのゴム質で兵士達の口や鼻を覆い窒息死させ、機関砲もただの鉄くずと化した。
 幸いにも顔などに当たらなかった者もその強力な水圧の液状ゴム質の糸の直撃を受けて吹き飛んだり、地面に不用意にばら撒かれたゴム質の水溜りに兵士の多くが足を取られて粘着力によって行動不能に追い込まれた。
「うわっ!来るなくるなくるなぁぁぁ!!!」
 足をゴム質の糸で捕らえられた一人の兵士に一匹の巨大蜘蛛が近づいてゆきその巨大な口で兵士の頭から食べだしてしまう。
 食われた時点でまだ生きていたらしいその兵士は二回三回と巨大蜘蛛の口が咀嚼するたびに痙攣してついに動かなくなった。
 見ると、他の巨大蜘蛛も糸で死んだ兵士などを食べている。
 後に、彼ら巨大蜘蛛は動力は魔法生物ゆえマナを吸収するが、体の傷などの修復の為に大漁のたんぱく質を必要とするらしい。
 巨大蜘蛛達がマナを枯渇させて森を枯らし、人型生物を食べることによって体の修復を行う古代魔法文明期の最悪の無人兵器であると長耳族が教えてくれていたがその情報と実際のグロテスクさに逃げ延びた何人かの兵士達が口を押さえて吐き出し始める。
「こ、この化け物がぁぁ!!」
 兵士達が小銃で巨大蜘蛛を撃つ。
 何しろこれだけでかい的だから外す方が難しいが、巨大蜘蛛も魔法障壁をはって銃弾を弾く。
 それも、飽和して一発二発と当たってゆくが、動きを止める様な効果を与えていない。
「畜生。効いていねぇ」
 一式機動四十七粍速射砲を巨大蜘蛛に向けるが、今度は砲弾が巨大蜘蛛を突き抜け弾が蜘蛛の巨体を貫通して青色の体液を垂らすのみに終わる。
「手榴弾を持って来い!
 足を狙うんだ!!」
 銃撃はきいているのだろうが、歩みが遅くなれども行動不能に持ち込めない。
 体制を立て直そうとする陸軍歩兵とさらに攻撃しようとする巨大蜘蛛の間に十数体の3メートル大の石人形一体が割り込む。
 河口の石を魔力で結合させて作られたこれら石人形は、運搬や工事などの土木作業の他に、術者の盾や魔法以外の直接攻撃手段として古くから使用されている。
 人間社会では度重なる戦乱によって戦場の主戦力の一つとなり、石人形に鎧や剣を持たせて強化したりしているらしいが、兵士と巨大蜘蛛の間を塞ぐ為に急場で作られた石人形の手は何も持っていなかった。
「消し飛べっ!!!」
 足を止めた事を確認した長耳族と黒長耳族の数人が火炎魔法で巨大蜘蛛を焼こうとするが、巨大蜘蛛には対魔法防御が施されており、直撃したはずの火炎魔法はその威力が大漁に軽減されて巨大蜘蛛の皮膚をこげさせる事すらできない。
 魔法は、世界に満ちるマナに意思を反映させてその意思が望む現象を現出させる事である。
 動力でもあり、虚無の平原を文字通り虚無にしていた巨大蜘蛛に施された対魔法防御は、そのマナを常に吸収する(自分に向けられた魔法のマナも)事で魔法の発動をしにくくさせているのだった。
 遥か昔の大崩壊前に人間が対長耳族戦用に作り出したこの巨大蜘蛛は対魔防御と対抗魔法はしっかりと常備されている。
 巨大蜘蛛の目から青白い光が石人形に当たると石人形の魔法制御が解除されてただの石塊に戻ってゆく。
 だか、火炎魔法で目を潰し石人形が崩壊寸前に足を押さえたその数瞬で、兵士達から手榴弾が投げ込まれて一匹の巨大蜘蛛の足が吹き飛んで動けなくなる。
 エンジン音が響き、実験用にと持ってきた九七式中戦車二両が駆けつけたのがこの時だった。
「撃ぇ!」
 九七式中戦車の主砲が火を噴いたがその砲弾は、マンティコアの時同様に魔法障壁によって阻まれる。
「何をしている!
 あの障壁は同時攻撃に弱い!
 とにかく、やつに大漁に弾を当てるんだ!!」
 二両の九七式中戦車の砲弾が四匹の巨大蜘蛛に向かい、巨大蜘蛛も九七式中戦車に向けて液状のゴム質の糸を吐き出した。
 轟音と閃光と共に二匹の巨大蜘蛛が爆散し、派手に周囲に肉片と体液を撒き散らす。
 だが、四匹の巨大蜘蛛が吐き出した液状ゴムは全てが二両の九七式中戦車に命中する。
 最大25ミリの装甲は液状ゴムを弾くが、その粘着力で二両の戦車が動けなくなり蓋が閉まらなくなる前に慌てて戦車兵達が戦車から飛び出てくる。
 他の場所に分散して警戒していた九七式中戦車四両も慌てて駆けつけてくる。
「……初速の遅い九七式57mm戦車砲の装甲貫通力の弱さがかえって効きやがった」
 九七式中戦車の隊長車に乗っていた佐藤少将が苦笑する。
 銃弾が貫通してばかりで致命打を与え切れなかったのに、貫通力が弱かったので巨大蜘蛛の体内に残って砲弾が炸裂したなど皮肉以外の何者でもない。
「弾が効くのなら、仕留め方もある。
 足を押さえろ!」
 佐藤少将は無線機に向かって石人形を操る長耳族と黒長耳族を呼び出して命令する。
 長耳族と黒長耳族が急いで作り出した石人形は六体。
 その内二体が崩されたが崩された術者が急いで次の石人形を作ろうと呪文を詠唱する隣で、残りの石人形を操る術者が三体の石人形にゆっくりと隊列を組ませ巨大蜘蛛の足を押さえにかかる。
 一体の石人形が巨大蜘蛛の前足に取り付いて動きを封じる。
 その石人形を崩そうとした巨大蜘蛛の顔がいきなり爆散する。
 堤防上から撃たれた虎の子の九七式自動砲の榴弾が炸裂したのだった。
 重量は約60圓發△蝓∨ぜ体も巨大で、効率的な運用のためには1門当たり兵10名前後必要だったが、一体の石人形が運んで盾となり兵士達は組み立てるだけでよかったのだ。
 頭を吹き飛ばされた巨大蜘蛛が擱坐した九七式中戦車に突貫する。
 全長10メートル、高さ5メートルの重さ1トンの巨大蜘蛛が時速60キロで突貫した衝撃にの九七式中戦車の重量は耐えた。
 軋む金属音に九七式中戦車の装甲がへこむ。
 その瞬間、衝撃で砲弾が誘爆したらしくいままでと比べ物にならない爆発が九七式中戦車と巨大蜘蛛をまとめて吹き飛ばす。
 残り一匹。
 ゴム質の糸を撒き散らしながらも九七式中戦車四両と九七式自動砲、残った四体に補充された二体を会わせた六体の石人形に徐々に動きを封じられる。
 手を繋いだ三体の石人形によって堤防に追い詰められた巨大蜘蛛目掛けて、残った石人形三体が前後一列に並んでずしんずしんと土しぶきを撒き散らしながら巨大蜘蛛に向かって走ってゆく。
 最前列にいた一体は巨大蜘蛛の魔法解除光線によってただの石塊に戻された。
 だが、その石塊を乗り越えて巨大蜘蛛の前足に次の一体がしがみ付いて動きを封じ、巨大蜘蛛は二体目の石人形を石塊に変える為の魔法解除光線を放とうとした時に最後の一体が両手に九三式地雷を持って巨大蜘蛛に正面から激突した。
 大音響と共に最後の一匹が堤防と共に爆散したのを佐藤少将は確認して煙草を口に咥える。
 付近は赤々と燃えているが大損害が出ているのだろう。
(これからもこの地に駐留するのならばあんな化け物を相手に戦わないといけない訳だ。
 こんな戦いを続けるのならば、大陸で戦っている方が楽なんじゃないか……)
 最終的に15匹の巨大蜘蛛を仕留めるのに陣地に篭って来襲情報を入手していながら、九七式中戦車二台を潰され、死者は108人、負傷者は236人に及んだ。
 本来助ける為に来た長耳族・黒長耳族も11人の死傷者が出ており、マンティコア以上の衝撃を帝国に与える事になる。

 帝国の竜神様 44
2007年11月21日(水) 20:22:12 Modified by nadesikononakanohito




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