帝国の竜神様45

1942年 5月16日 朝 内務省会議室

「では、これより会議を始めたいと思います」
 この会議に出ていたのは内務省だけでなく、商工・大蔵・鉄道・拓務省等の各局長級が顔を出していた。
 議題は『資源としての黒長耳族・獣耳族の配分について』。
 満州や植民地における緑化計画の成功は早くも霞ヶ関の噂となっており、戦争が終わったゆえに何もかもが足りないこの国において彼女達を使わない手は無いと大多数の霞ヶ関官僚は思っていたのだった。
「まず、神祇院より今後やってくるであろう黒長耳族の人数予測について報告いたします。
 現在、第六次派遣船団までが帰還。
 また、今日には第七次派遣船団が帰還する予定であり、帝国における黒長耳族の人口はおよそ6000人、獣耳族の人口は約6500人となっております。
 神祇院では今後帝国に流入する黒長耳族と獣耳族の人口は現在の異世界派遣船団のペースでいけば一回の派遣につき100-1000人あたりが帝国に入る計算となり、今年の双方の流入人口は最小で3200人。最大で32000人を想定しています。
 なお、異世界において正確な統計が無いのであくまで仮定の数字なのですが、彼女達の集落の規模と神祇院知事、副知事の話から推測するに彼女達の異世界での種族人口は50万は超えないと見ています」
 近代国家にとって、数字とは統計である。
 この膨大な数字を掌握する事によって、はじめて国家は集落から一つ上の組織となる資格を持つ。
 50万という数字は人口一億を超える大日本帝国においても無視できない数ではあるが資源としてみるならあまりにも少ない。
 何故なら、当然子供等の弱者が存在するからで老いの無い黒長耳族ですら人口の六割までしか労働に使うことができないのである。
 6000人の六割、3600人というのは日本でも希少資源に値する。
「現状、神祇院は黒長耳族について撫子様等の要人付が200人。陸海軍に情報士官として派遣しているのが500人。
 神祇院内部での労働に従事しているのが500人。『緑化計画』に従い満州や各植民地に出向しているのが1000人となっており、残りは富士の居住区にて弱者の世話をしております。
 獣耳族はその殆どにあたる3000人が『緑化計画』に従って満州や各植民地に出向し、残りは黒長耳族と同じく富士で生活しています」
 鉄道省から派遣された官僚が手を上げる。
「今回の会議は彼女達の国内使用についての調整だと聞いているが?」
 鉄道省は、関門海峡トンネルの開通成功に自信をつけ、本州各地と四国・北海道を結ぶトンネルの計画を考えており、これは国内の移動を船に頼らなくて済む陸軍も協力を約束していた。
「そう思っていただいて構いません。
 彼女達の力をどのように使うのか。
 それを決めるために神祇院と内務省地方局はいつくかの計画案を用意しています」
 会議参加者に用紙が配られ、参加者が黙って目を落とす。
「現状有力なのが『緑化計画』の本土版。
 食糧生産に彼女達を使うことによって、現状の生産高の二倍を目指す事を計画しております。
 また、関門海峡トンネル二期工事、新潟と関東を繋ぐ大清水トンネル計画、黒部ダム計画等の大型計画に彼女達を使う事も想定しており、北海道および九州の炭鉱では獣耳族を使う事で採掘の効率化が図れると試算されております。
 各省庁との調整を図るべくこの会議を開催した次第です」
 大蔵官僚が今度は内務官僚に代わって席を立つ。
「これらの計画における予算措置についてですが、大蔵省では神祇院の外郭団体に開発公社を設け、資本比率を国が51%、残りを各財閥に振り分ける方針です。
 なお、51%の分の国家負担にいては異世界交易によって取得した金銀を担保に国債を発行して全て日本銀行に引き受けさせる事でで賄い、戦時国債の償還の借り換えと軍事関連予算の縮小によって捻出する予定で現在調整が……」
 からくりはこうだ。
 多額の戦時国債を引き受けていた三井や三菱といった各財閥に「戦時国債償還の為の」国債(もちろん戦時国債以下の低金利)を引き受けさせ、更に黒長耳族や獣耳族が所属する開発公社の優先使用権を与える。
 そして、優先使用権の序列を決める為に公社内の出資比率を財閥間で争わせ、集められた資金と同等以上になる国の公社出資費は各財閥から回収した戦時国債を持ってあてる。
 もちろん、戦時国債はいずれ償還しないといけないのでその穴埋めの国債を異世界交易で手に入れた金銀を担保に日本銀行に全て引き受けさせる。
 他国に売却すれば価値の下落を心配しなければならない金銀でも、こういう政府内の帳簿取引として使うのならば問題は無い。
 何よりこの策のありがたい事は、何か問題が発生して国債換金という事態になっても引き換えができる金銀が存在しているので信用問題が発生しない所にある。
 この見せ金は使えばインフレになる事間違いないので使うつもりはなく、実際に使う金はは軍事関連予算の縮小分より持ってくる。
 大蔵は年10パーセントの五年連続縮小で軍事関連予算を五年後には現状の六割まで落とす事を目指していた。
 この仕掛けだと、当然軍と財閥が泣きを見る。
 軍については戦時から平時への回帰でさしたる問題はないと霞ヶ関は考えていたが、財閥がこの話を飲むのも黒長耳族と異世界いう担保があるからに他ならない。
「……更に、各財閥への優遇ですがこの開発公社の下に異世界交易部門を作り、異世界交易と異世界の開発。
 これは、撫子三角州および、その南方に広がる虚無の平原、流石に名前が悪いので竜の住まう地、竜州と命名された広大な土地の優先開発権も出資した財閥に与える予定です」
 後に初めて「竜州」の名前が日本官僚機構にお目見えした瞬間だった。
「開発には反対はしないが、その資金は莫大なものになるのでは?
 公社の予算で推進できるのか?」
 開務省の官僚が疑問を挺すが大蔵省の官僚が淀みなくその疑問に答える。
「予算そのものについては総合で桁外れの予算を必要としますが、各論での予算については微々たる物になる予定です。
 特に、開発初年度にあたる今年の予算はその殆どが調査で終わり、具体的な予算計上と執行は軍事予算が削減される来年度からになります。
 また、神祇院からも『公社で働く黒長耳族および獣耳族の賃金は限りなく低くて構わない』という言質を頂いており、彼女達のみで進められる計画においては先に進めてしまおうと」
 近代経済というのは価値の経済と言われる。
 ようするに欲しい人間がいるのならば石にも価値がつく。
 竜州の虚無の平原も開発してしまえば宝の山に変わる。しかもその開発原資は限りなくただに近い。
 ただ一つ、米内達のグループだけが危惧している黒長耳族や獣耳族、ひいては撫子に帝国内における強大な権限が集まる事を無視できるのならば。
 そして、ここに参加している大多数の官僚は将来の危機よりも現在の破綻寸前の帝国再建にこそ問題と認識していたのだった。
 日頃国益より省益と縄張り争いを繰り返していた官僚たちとてその寄生する国が滅んでは意味がない。
 幸いにも竜州という各省に分け与えられる新たな権益もある。
「けれども、陸海軍は大陸での戦争の為に統帥権を持ち出して好き勝手な臨時予算編成を行ってきたではないか。
 既得権益を奪うとなると、彼らの抵抗が激しいと思うのだが」
 拓務省の官僚が削減される軍関連予算に対する軍の反発を憂慮するが、大蔵省は強気だった。
「何のために、神祇院看護局ができたと思っている?
 あいつらの統帥権は彼女達が封じてくれる。事実、陸軍は兵を手放しつつあるではないか」
 その背景にあるのは戦争終結に伴う霞ヶ関の微妙な空気の変化が大きく、国内の政治環境を読むのは多くの兵士=国民を抱えざるをえない陸軍の方が長けていた。
 神祇院看護局職員と陸軍参謀本部付参謀が銀座で揉めた事件は大きく新聞などで取り扱われ、
「大陸で成す事無く帰った陸軍が腹いせに子供と看護婦に暴力を振るった」
という論調は多くの庶民の怒りを陸軍に向けさせ、内務省が管轄する特高を含む治安組織はまったくこの動きを弾圧しなかったのだった。
 何も得る事無く大陸から追い出されたという負い目もあり戦争終結の演出を兼ねて、200万の将兵の半分の動員を解除してみせたのそんな庶民の怒りを和らげる為でもある。
 もちろん、兵の動員解除は進めても師団編成等の変更はまだ行われておらず、兵を持たない師団長など将の保護が行われた上での政治的演出なのはこの会議参加者の誰もが理解していた。
「問題は、海軍だ。
 勝てぬ対英米戦の為にあの海に浮かべるだけの船の為に帝国予算がどれだけ逼迫しているか。
 あれを削らないと帝国の正常な予算が組めない」 
 既に「戦艦五隻、空母11隻、その他いっぱい」という信じられない大生産を行いつつあるアメリカの対竜戦戦備は彼らにも知らされており、海軍が合衆国に追随して更なる軍拡に動いた場合国が破綻する事を大蔵は何よりも恐れていた。
「神祇院黒長耳局は陸海軍庇護下にあるが、看護局は霞ヶ関の支援がある。
 何より、黒長耳局の彼女達に霞ヶ関のルールはまだ分からない。
 看護局を操り、黒長耳局を牽制させて軍そのものに掣肘を加える」 
 日本の権力構造で中核を占める「空気」は実務を掌握する課長・局長級が占めており、彼らは互いに手を取って大陸戦争終結を錦の御旗に空気が読めていない海軍も予算の箍をはめようとしていたのだった。
 話はまた黒長耳族と獣耳族に戻っている。
「満州国および、台湾・朝鮮の総督府から現在の緑化計画の継続を求めていますが、調整の結果それについての関連予算は全て向こう持ちで話がついています。
 公社の人員配分については、満州は米国製土木機械が大量に流入しているので満州派遣人員を縮小し、関門トンネルの第二期工事と黒部のダム計画に投入する予定です。
 この計画が推進されると、関西の電力需要の安定と北九州と関西を鉄道で繋ぐ事による物流の増大で将来起こるであろう重工業推進事業に備える事になります。
 後に商工省が現在まとめている五カ年計画に備える為に……」 
 内務省官僚はさらに問題となっている雇用問題にも話を進める。
「大陸からの帰還兵についても順次職に着けるよう働きかけていますが、満ソ国境の緊張化という要員で本土帰還兵の約三割がまだ兵士として各駐屯地に駐留しております。
 最終的には彼らも順次除隊させる予定ですが、行き場のない兵については北海道開発と同じく屯田兵方式で竜州の開発に当たらせる予定です。
 大陸からの穀物流入で国内米価の下落による小作争議が今後の問題になりますが、満州開発が加速している現在において満州では人は足りておらず、今後20年間で2000万人の人口を満州に移民させる計画です。
 また、緑化計画が先行している事で満州等に移民が流れつつあり、小作問題そのものは今年から3―5年で自作農の増加という形で峠を越えると見ています」
 別の内務省官僚が立ち上がる。
「かつてのローマ人はその巨大帝国の統治を『パンとサーカス』と看破し、1000年にも渡る大帝国を築きあげました。
 我々もその例に倣いましょう。
 満州開発は治安の安定と緑化計画の成功、国共内戦の資本逃避もあって加速しており何も問題はありません。
 竜州も北海道開発と違い、竜州の隣に面する撫子様の眷属、ドライアドのグウィネヴィア様およびその眷属の長耳族が協力を約束しております。
 開発に必要な資源も異世界のカッパドキア共和国より定期的に食料や生活物資が買える体制も整っており、今年は開発の為の調査及び整備を主体とし、竜州に巣食う化け物の掃討を陸海軍共同で行い……」
 不意にドアが開き、数人の官僚たちがそれぞれの省庁参加者の元に走ってゆく。
 その顔は誰もが青ざめており、彼らに耳打ちされた会議参加者の顔も見る見る青ざめてゆく。
「進むしかありませんな」
 唐突な一言が、ざわつく会議場を淡々と一喝する。
 神祇院参加者の一人、魔法局局長の内海正蔵は既にイッソスの奴隷市場でこの地獄の門をくぐっているからその言葉がさらりと出る。
「各省庁の皆様にも下田からの緊急伝が届いたと思われますが、既に大陸から足抜けした我々は黒長耳族および獣耳族を保護して国内を開発し、この竜州と異世界を新たな帝国勢力圏とせねば欧米列強と渡り合う事などできません。
 この程度の障害は既に当初の計画に見込まれていた事です」
「だが、無敵皇軍が怪物ごときに……」
「兵を増派すればよろしい。
 一個連隊で足りぬなら一個師団。一個師団で足りぬなら一個軍。
 どうせ、化け物掃討はやらねばならぬ事ですし行き場のない兵を屯田兵として竜州に送る事を話していたではありませんか。
 彼らにも予算分働いてもらうのみです」
 動揺なき内海の声に会議参加者は誰も声を出せない。
「だが、この損害は少し大きすぎるぞ。
 大陸の泥沼を竜州でも行えばそれぞ国が破綻する」
 拓務省官僚が損害の多さに危惧の声を上げる。
 一回の襲撃で300人の死傷者を出すというのは3回の襲撃で連隊規模で駐屯している部隊が使い物にならなくなる事を意味する。
 ましてや、開拓されていない荒地に大陸と同等もしくはそれ以上の屍をさらす事に国民が耐えられるのかという疑問は当然の事だろう。
「忘れないでもらいたい。
 竜州開発計画、いやこの名前が問題になっている事も分かっているのですが、竜州への出兵は開発ではなく竜州にて化け物に追われる黒長耳族および獣耳族の保護が目的なのです。
 まぁ、満州という例もあるのでいずれはかの地は開発される運命にあるのでしょうが」
 内海の自虐をこめた冗談に異世界での損害に衝撃を受けた官僚達に笑みが戻る。
 内海は己の言葉に偽りがあるのにあえてそれを秘めて話を続けた。
 たとえ荒地とはいえ、帝国の旗が翻った場所を見捨てられるとは大陸での泥沼を見る限りできそうにはない。
 だが、口に出した言葉が全て偽りではないのも事実ではあった。
 メイヴからの情報提供と飛行距離から算出した虚無の平原のおおよその広さは、大陸でたとえると沿海州から満州・内外蒙古に北支を全て含めたぐらいの広大な広さになる。
 その広大な荒地には誰も人間はいない。
 かつては広大な森だったというこの荒地を長耳族や黒長耳族、獣耳族達の力で再生させる事ができればどれだけの富を帝国にもたらす事ができるか。
 地下資源の事もある。
 何が眠っているか分からないが、この広大な土地に何もない事などありえない。その資源は帝国の力となるであろう。
 10年、いや100年かかる仕事だろうが、化け物なら殺してしまえばいい。
 服従するふりをして裏切る人間よりはるかに扱いやすい。
「本来ならロシアから本土を守るための緩衝地帯としてしか満州は期待されていませんでした。
 ですが、今やかの地は我が帝国の宝となっているではありませんか。
 何より、怪物を一匹しとめれば開発に必要な10人の黒長耳族と100人の獣耳族の命を助けられるのです。
 その110人の異世界人が10000人以上の帝国人民の働きをしてくれるのならば、今回受けた一個連隊の損害がどれほどのものになりましょう。
 現状で残っている兵達に土地も職もあげられぬのならば、むしろ雇用問題解決の一つになります」
 さらりと100人の獣耳族を助ける為に10000人の帝国軍将兵を犠牲にしろといってのけた内海の言葉に、誰もが肝を冷やすがそこは省益重視の各省官僚達。
 そもそもこの会議はその黒長耳族や獣耳族の力で帝国を再建する事を目的として始められている。
 なお、同じ様な理論でついほんの数ヶ月前まで大陸でえんえんと戦っていたのだが、それを口にする前に内海が再度口を開く。
「大陸よりは楽だと思いますよ。
 何しろ、統治を気にせず敵は化け物だ。殺してしまえばいい。
 それに化け物相手に皇軍将兵を犠牲にしたくないならば異世界の民を持って化け物退治をすればよろしい。
 幸いかな異世界貿易は莫大な黒字を出しているし、我ら皇軍将兵より異世界の民の方が命の値段は安い。
 向こうにも傭兵稼業は存在しているのは確認しております。
 もっとも、彼らは誇り高く『冒険者』と自らを呼んでいるみたいですが。
 彼らに帝国の為に働いてもらいましょう。
 各省庁で協議してもらいたい。
 もちろん、軍には内密に」
 淡々と内海はその言葉を語り、この会議室では内海の言葉を否定する者はついに現れなかった。

 帝国の竜神様 45
2007年11月21日(水) 20:33:35 Modified by nadesikononakanohito




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