帝国の竜神様47 後編

「すまないな。押しかけてしまって」
 山本と堀の前に現れた米内は女中に酒を注がせながら二人に向けて笑みをこぼす。
 一通り酒を注いだ女中が一礼してこの場から去ってゆくあたり、そこは海軍御用達のこの料亭。女中も心得ている。
 山本と堀がさきほどまでしていた『英国が独ソ戦を独逸勝利と考えている』話を米内に話す。
「そう考えると妥当なんですよ。
 なんで英国がクレタを狙ったのかってのが」  
 山本が指で地中海を描きながら話す。
「あっこが戦場になると、独逸はいやでも戦力を回さないといけなくなる。
 わが国が送っているトルコ向け資源もあるし、独逸の戦車はルーマニアの石油で動いていますからね。
 現状で、この地域に配備される独軍戦力は東部戦線から引き抜くか、東部戦線に送る増援を持ってくるしかない。
 どっちにしてもソ連支援作戦の域を出ないでしょう」
 山本の言葉を堀がそのまま補う。
「独ソ戦が独逸の勝利で終わった場合、英国との戦争継続という手段を取るのならば戦場は二つしかないんです。
 一つは英本土、第二次バトル・オブ・ブリテン。
 もう一つは中東からイランに入り英国の富の象徴たるインドを制圧する。
 問題なのは、この二つは現在の所独逸一国だけでは荷が重すぎます」
 第二次バトル・オブ・ブリテンを行うには航続距離の長い爆撃機とそれに随伴する戦闘機が必要だし、上陸を円滑に行うためにも英艦隊を叩いてしまわねばならない。
 だが、航空機はともかく使える艦隊戦力を独逸はブレスト爆撃で殆ど叩かれてしまい、艦隊を再建しようにも大型艦は作るのに数年かかる代物。
 そして現状の工業力は独ソ戦を戦う陸軍と空軍に全て向けられているでUボート以上の戦力を作るためのリソースを海軍に割く余力は無い。
 では、中東・イラン経由でインド攻略を目指した場合、今度はインドまでの距離が独逸を苦しめる。
 しかも、インド洋の制海権は英国が握っている。
 格段に兵給能力に差がある戦場では独軍がいかに精強でもいずれは物資不足で立ち枯れるのは目に見えている。
「ところが、ここに制海権を奪える艦隊戦力を持ち、航続距離の長い基地航空隊を持つ国が独逸についたらどうなると思います?
 英国は敗亡以外の選択肢が与えられなくなる」 
「それが、我が帝国という訳だ」
 山本の言葉問いかけを米内がため息混じりに答えた。
「困ったことに、我が帝国は独逸と同盟を結んでいます。
 対ソ戦が終わったら、対英参戦要求は強まるでしょうな。
 そして、戦勝に浮かれる国民はこういうのでしょう。
 『バスに乗り遅れるな』と」  
 図らずとも同時にため息が三人の口から出る。
「独逸勝利後、帝国はどうやって食っていけばいいのか考えていないんだろうな」
 堀のため息に山本がませかえす。
「奪った植民地の主人を追い出して、我々が植民地を経営すればいいと考えているんじゃないか?
 もしくは、異世界交易で金を稼ぎ出すという夢を見ているのかも知れないけど」
「山本君。それだけは勘弁してくれ。
 私がどれだけあの交易では食えないと説いていても皆、大航海時代の欧州人のように異世界熱が冷めないのだから」
 真顔で諭す米内の苦労を知っているだけに、山本も神妙な顔になる。
 現状、異世界交易は帳簿上では大黒字状態ではあった。
 だが、裏を返せば価値のある物しか持ってきていない程度の交易量という事でもある。
 一つの例を出す。
 この昭和17年当時、帝国が保有する商船団のトン数は公称で600万トンである。
 分かりやすくイメージするなら、1万トンの船を600隻保有していると言ってもいい。
 この600隻の船が世界の海に散らばり、鉄鉱石や原油、食料や繊維や工作機械を積んで帝国に運び、帝国から持ち出しているのだ。
 では、金銀宝石を持ってきている異世界交易に常に従事している船の数は何隻かといえば、実は1隻でしかない。
 ちなみに、残りの船は何をしていてるかというと、その八割が英国および英国植民地との交易であり、その八割の内の六割を占めるのは英国植民地(オーストラリアや南アフリカ)を中継地とした米国向け輸出である。
 この600隻の船を維持するために雇用が生まれ、この600隻の船が持ち込む食料や資源がないと帝国は簡単に崩壊するのだ。
 そして、この船達を守るために大日本帝国海軍は存在しているはずなのだ。敵船を沈めるのは手段であって目的ではない。
 米内の主張は至ってシンプルなものだ。

『英米と協調し、その交易によって国を成す』

 その簡単な事ができずに四苦八苦していたのがちょっと前の帝国だったのだがそれはさておき。
 米内にとって今の異世界熱は、1隻の黒字船に浮かれて599隻の船の事を考えていないに等しい。
 独逸勝利の世界を望んでいない理由もそこにある。
 大陸国家である独逸は、対ソ対英戦に勝利した場合帝国を含めたユーラシア全土に経済ブロックを作る巨大帝国となる。
 その巨大帝国および経済ブロックの成立を、世界一の金融・工業大国であるアメリカは絶対に望まない。
 ブロック経済はその盟主国を機軸に域内交易での統制で国を維持発展させる政策だが、既に巨大すぎるアメリカの資金と生産力は南北米州だけでは持て余していたのだった。
 帝国が大陸利権をめぐって米国と対立した米国側の背景はそこにある。
 米国は市場を締め出され、その巨大な資金と工業力を軍事力に変えて枢軸に戦争をしかけるだろう。
 その巨大な米軍に独逸の代わりに太平洋上でぶちあたるのが帝国など割があわなすぎる。
「どちらにしろ、近くソ連は負ける。
 その事をふまえて、どうやって英国に寝返るかが問題となりますね」
 堀の言葉に山本が頷いた。
「帝国の世論を親英傾向にもっていけるといいんですが。
 東条首相が追い込まれつつある今、次の総理が誰になるかで大きく変わるでしょう。
 その時、陛下と言う玉を誰が持っているか?
 全てはそこにかかっています」
 大陸からの撤退で世論の激しい陸軍批判を浴び、100万の動員解除で参謀本部の怒りを買い、そして今回の異世界の大損害で陸軍は早急に東条首相を見捨てるだろう。
 なお、対米戦回避の功績もあり陛下の信任だけが東条首相のより所なのだが、対米戦回避の功績を持って引き摺り下ろせば陛下とて東条をかばいきれない。
 その東条が手放す玉を奪わねばならなかった。
「米内さん。もう一回総理やります?」
 茶化すように尋ねた堀に米内が苦笑しつつ首を横に振った。
「私じゃ、陸軍が大臣を出さないよ。
 陸軍が寺内さんあたりを担ぐか、翼賛体制を解いて近衛さんがもう一度するか、鳩山さんあたりが名乗りをあげるかもしげない。
 対米外交で野村吉三郎さんあたりに出てもらっても面白いかもしれないがね」
 山本が即座に口を挟む。
「寺内内閣だったら、対ソ対英確定じゃないですか。
 陸軍が反対せずにかろうじて海軍が乗れそうなのが近衛さんかなぁ」
 元々、山本は軍政畑の人間だけに、この手の話の駆け引きと根回しは驚くほど早い。
 その山本が近衛を押す以上、元々近衛と繋がっていた米内にとって問題は無い。
「じゃあ、海軍はそれで近衛さんを押してくれ。
 で、三顕職だがきっちり内部を抑えた人事にしないとまずいぞ。
 三国同盟を裏切って対独戦を考えているなんてばれたら、俺達だけでなく条約派はまた粛清されるからな」
 海軍内部には大きく分けて派閥が二つある。
 海軍軍縮時代に、その軍縮条約を是とした条約派とそれに反対した艦隊派の二派である。
 米内・山本・堀は元々条約派の人間であり、現在海軍内部は伏見宮元帥をバックに永野総長が仕切る艦隊派の天下となっていた。
 なお、堀の予備役もそのあたりの粛清と関係があったりするのだがそれはさておき。  
「海軍大臣は誰に?」
 堀の質問に米内が苦笑する。
「今度の大臣は金を陸軍や大蔵から引っ張ってこないとならん表裏合わせた狸が必要だ。
 嶋田君は才能はあるのだが、いかんせん真面目すぎる」
 そのまま米内は山本の方に顔を向ける。
「山本君。海軍大臣をやってみないか?」
「米内さんがやればいいじゃないですか。自分は米内さんの下でもう一回海軍次官をしますよ」
 山本の言い訳に等しい切り替えしに米内が苦笑しつつふと思いついたように真顔になる。
「おい、この老人をもう一度担ぎ出すのかい?
 私は既に現役を退いている身だからねぇ……
 ……待てよ。
 現役を退いているからこそ大臣をやるのも悪くないかも知れんな……」
 現在の帝国は軍部大臣は現役武官でなければ就任できない。
 何より米内自身がこの制度によって陸軍から大臣を送られずに内閣を潰されている。
 戦争終結のリベラルな風潮と己の内閣を潰した過去がある陸軍からすれば反対はしにくいだろう。
「悪党」
 ぽそりと堀が呟くが当然米内は気にしない。
「いってくれるな。
 まぁ、艦隊派も陸軍と大蔵から金を引っ張られてこれない以上、彼らの主張である戦争をする大臣をするのだから問題はないだろう。
 根回しを始めるとするか。
 ……もっとも、する戦争は彼らの望む対英戦では無く、対独戦なんだが」
 今度は山本と堀が同時に突っ込む。
「悪党」
「何とでも言いたまえ。
 さて、悪巧みの結果、大臣は決まった。
 流石に山本君の次官就任までは艦隊派は認めないだろうな。
 軍令部も誰かが抑えなければならん」
 米内は改めて山本に向かって意地悪な笑みを浮べた。
「じゃあ、私が大臣をするから君が軍令部総長をやりたまえ。
 近衛君や陛下にも私から話をしよう。
 君を軍令部総長に押して、永野さんを引退させる」
 米内の言葉に山本もしばし口を引き締めて考える。
 対米戦という悪夢をかろうじて回避したとはいえ、今の帝国は限り無く危ない綱渡りをしているのだった。
 間違いなく今の必要なのは政治であり外交だった。
「分かりました。お受けします」
 山本の言葉に堀がほっとした様子で口を開く。
「で、GFはどうする?」
 堀の言葉に山本が天井を見上げて呟く。
「現場を知ってて人望の厚くて頭の切れるやつとなると……豊田君あたりを持ってくるかな?」
 山本が33期の豊田副武大将の名前をあげると米内が意地の悪い笑みを浮かべて口を開く。
「おいおい山本君。
 次の戦いは大英帝国と共に船を並べねばならないのだぞ。
 英国の海軍関係者と親しい人物がいいだろう」
「そんな人材が帝国海軍にいましたっけ?」 
「目の前にいるじゃないか。目の前に32期の鋭才が。
 何のために私が海軍大臣に戻ると思っている?」
「そういや、いましたね……」
 そして、黙ったまま堀を見つめる山本と米内にうろたえる堀。
「もう、一介の会社社長が板についているんですよ。
 下の人間に苦労させてくださいよ」
 断ろうとする堀に米内が切り札を出す。
「撫子君を現場レベルで抑えられるのは山本君と君だけだよ」
 撫子が『博之の言葉なら従うのじゃ』と言わしめた真田博之少佐は連合艦隊長官付のままである。
 あまりにも影響力がありすぎて他の部署に回せない以上、その上司たる連合艦隊長官も撫子と親しい人物が望ましい。
「もっとも、竜について私は懸念している事が一つある」
 米内が二人に向けて話を続ける。
「竜たちは彼女らの都合によってこの世界にやってきた。
 ならば、彼女達の都合で異世界に帰ってしまった場合、彼女達の協力前提で計画していた政治的・軍事的・経済的計画の全てが修正を余儀なくされる。
 それを私は恐れているがな」
 米内たちが恐れていた竜や異世界人への依存の恐怖はそこにあった。
 博之の言葉しか聞かないと公言している撫子を頂点とする国家内国家に等しい彼女達異世界人に権限を集中させ、彼女達の存在前提の国家システムを構築した場合に彼女達が反帝国に回った時に受けるダメージは深くかつ広範囲に広がる。
 そして、麻薬のように異世界人を使っていた帝国は彼女たちの抜けた穴を埋める為に今以上の混乱を覚悟しなければならない。
 異世界人に依存する事無く日本人による国家主導権の再構築こそ米内および彼のグループの真の目的であるが山本も堀もそこまで知らない。
 その恐怖を顔に出したまま米内は、ここに来た目的である言いたかった一言を二人に言った。
「山本君、堀君。
 いずれ、竜と異世界人はかぐや姫のように帰るものなのだよ。
 だからこそ、帝国は日本人自身の手で生き延びねばならないと私は思っている。
 あれに深入りするな」
 と。

 その後も宴席は一時間ほど続いてお開きになったので、芸者達の見送りの元三人は玄関に立つ。
「じゃあ、失礼するよ」
 米内が先に車に乗って闇夜に消えてゆく。
 なんとなしに山本と堀の二人が残った。
「かぐや姫は月に帰る……か」
 その言い方が妙に残ったらしく、山本がぽつりと呟く。
「で、どうする?」
 堀のどうするはもちろんかぐや姫の事ではない。
「関わっちまったものは仕方ないだろう。
 それに、竜がいれば大増強した合衆国艦隊相手でも一・二年は暴れられるだろう。
 マリアナの竜もこっちについたら三・四年は戦える。
 現場を預かる連合艦隊長官として、かろうじて国を守る方法があるとするなら竜にすがるさ」
 堀が苦笑する。
「可能性だけで合衆国と戦う事を考えるのなら、竜を手放せないのは同感だ。
 だが、相手は我々の尊敬する大先輩だ。
 聞かない訳にはいかないだろうに」
 山本も釣られて苦笑した。
「そうだな。
 せいぜい、竜や異世界人のあつかいで国が割れそうになった時に敵に回らないぐらいの事しかできないな。
 そう、君達の長に伝えたまえ」
 山本が言い放った変身を解いた芸者の肌は褐色で、耳は長がかった。


同日  夕方 タイ バンコク バンコク商会理事室

 英国からの帝国へのお目付けであるトーマス・ウィンスロウに同じく出向して来た大井篤が米内の命を受けて尋ねたのはもうすぐ退社という時間帯だった。
「ロイズに紹介して頂きたい商品があるのです。
 あくまで可能性の一つですが、もしかしたら商品リストに載せるかもしれません」
 そう言って、彼は日本の山の名前を口に出した。
「金剛級四隻を船員つきで貴国にレンタルする場合、英国はどのような代金を用意できるのか?」
 と。


帝国の竜神様 47
2007年11月21日(水) 20:54:27 Modified by nadesikononakanohito




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