帝国の竜神様59 その二

「「生きていた(おった)のか!!」」

 俺と撫子が口を揃えて驚きの声をあげるが、後で考えるとその状況に追い込んだ張本人がいう台詞ではないと思う。
 人差し指を首元の首輪に当ててとても白々しくナタリーが口を開く。

「ええ。
 ちょっと人間辞めてましたけど、何とか知的生命体レベルまで回復する事ができました。
 ほ・ん・と・う・に!
 博之様と撫子様にはお世話になりまして」

 うわぁ……眼鏡美女の微笑なのになんで顔に夜叉面を幻視するのでしょう。

「駄目ですよ。ナタリーさん。
 いくら『壊されて』、『捨てられて』、『調教されて』、『人間以下に成り下がった』としてもご主人様にあたるのですから失礼な物言いは控えないと」

 とても流暢な日本語で何故か強調する単語に語彙が強くなるのアンナさんに撫子も寒気で体を震わせる。

「そうですよ。
 壊れたお二人を箱詰めにして大使館に送りつけたら、人間辞めていたお二人は元の組織に捨てられて横浜の外人娼館に売られた所を買い取って富士の居住地で治療したのですから」

 なんつー事をしてくれやがりましたか。メイヴさん。

「あら、毎日黒長耳娘や獣耳娘の性処理が『治療』だったなんて異世界って凄いですねぇ。アンナさん」

「まったくです。二本足で歩く事すらできない家畜以下の黒長耳娘や獣耳娘100人以上に一日中使われたおかげで元に戻れたのですからあまり強く言わないでおきましょう。ナタリーさん」

 にこりと同時に頷く二人。仲悪かったんじゃなかったのか。


「「それに、博之様と撫子様の一夜のお相手より楽でしたけど」」


 ああ、なるほど。
 蛇に睨まれたかえるの気持ちが良く分かった。

「ひ、ひろゆきぃ…何だかもの凄く怒っているのじゃ……
 あれは絶対怒っているのじゃ……」

 良く気づいた撫子。こういう時はとっとと逃げるに……


「お に い さ ま
 い ろ い ろ と お は な し を き き た い の で す が」

 ぞくりと凍えるばかりの怒気を俺と撫子の二人にたたきつけたのがこの家の二人のメイドの雇用主かつ次期当主たる綾子さま。

「ま、待つのじゃ。綾子。
 話せば分かるのじゃ!」

「問答無用です!!!!!」

 かくして、綾子の怒髪天説教フルコースにおいて俺と撫子は涙目のまま、綾子の後ろでほくそえんでいるアンナとナタリーとメイヴのにこやかな笑顔を見る羽目になった。



 それから二時間後

「ひどい目にあった……」
「もう正座はこりごりなのじゃぁ……」

 当人目の前にして言う台詞ではないが、言い放ってまた綾子の顔に怒りマークが一つついてしまう。

「何でしたらもう一時間延長しましょうか?」

 何も言わずに撫子と共に激しく首を横に振る。
 目の前のテーブルにはアンナの作ったバームクーヘンとナタリーがいれた紅茶が湯気を立てている。
 綾子の後ろで佇む二人のメイドは二ヶ月前とまったく変わっていないように見える。
 首元に妖しく光る首輪の存在がなければ。
 なお、撫子とメイヴもつけているので、つけていないのは綾子だけというか…うん。考えるのはやめよう。色々と。

「で、今後はどうするのじゃ?」

 バームクーヘンをほうばりながら撫子があっけらかんと尋ねる。

「ええ。
 組織に捨てられて本国にも帰れませんし、お世話になろうかと」

 アンナがあっさりととんでもない事を言ってのける。

「そうですね。
 まぁ、組織の手が長いのは私もナタリーも知っているので、異世界の撫子三角州あたりで働こうと。
 あ、そうそう。
 私達人間辞めているんで、黒長耳族の『備品』扱いなんですよ」

 この20世紀において人権という言葉は何処に行ったのだろう?

「ん?
 メイヴはわらわのものだし、わらわは博之のものじゃぞ。
 で、アンナとナタリーは黒長耳族のものじゃから、結局博之のものという事じゃな」

 とても良いテーブルをぶったたく音が綾子の方から聞こえてきたが気のせいという事にしておく。

「そのとおりですわ。
 博之様がしゃぶれとおっしゃいましたら、国王陛下の前でもしゃぶりますから」

「私もですわ。
 総統閣下の前でもこの首輪に誓って奉仕させていただきますわ」

「わらわも負けんぞ!
 博之が命じたら今ここで……んぐっ!!」

 言葉が途中で止まったのは綾子の怒気を見たメイヴがとっさにバームクーヘンを撫子の口の中に押し込んだからである。
 良く出来た眷族だ。本当に。

「ごほん。
 という事は、お兄様の次の任地、竜州海軍航空隊のある撫子三角州についてゆくという事ですね?」

 そう。俺は海軍大学生徒の資格のまま異世界の撫子三角州、そこに俺は新設された航空戦隊の後方参謀として着任する事になっているのだった。
 補給の事についてさして重要視していなかった海軍航空隊にこんな参謀職が新設されたのもマリアナの竜捜索が原因だったりする。
 一月にも満たない米国との航空戦もどきな竜捜索において海軍はそのつけをおもいっきり払わされた。
 届かない部品、疲労する人員、枯渇スレスレの燃料、搬送スケジュールを作る為の繰り広げられる本土との長い電信に溺れるほど溢れる紙の束。
 その最大の被害者である南雲中将と井上中将以下幕僚達が一斉に出した報告書に「部隊の補給を担当する後方参謀を新設するの必要あり」と書いたのは当然といえよう。
 「俺の仕事は米軍と戦う事であって、紙の海で溺れる事じゃない!」という本音も透けて見えたがまぁ、それはそれとして。
 かくして、マリアナ帰りでそれに関わっていた俺は、本土と戦地における兵給において担当者を決めて雑務を全て押し付けるというこの新設参謀に任じられた訳だったりする。
 なお、海軍省では後方参謀の重要性についてそれほど深刻には思っていないようで、今更試験も受けずに編入してきた海軍大学生徒のために参謀教育を実地で訓練させてやろうという親心だ、などと本気で言われたりもしたが、その本音は「成績優秀ではない真田少佐でもこれぐらいの仕事はできるだろう」とか「戦地においてこの職なら戦死は無いだろう」あたりだろうとはさすがの俺でも気づくわけで。
 さらに、堀中将には「美人の相手を毎日しなくてすむようになったじゃないか。勉強と軍務に感謝したいだろう?」と言われてしまった次第。
 困った事にその言葉は俺の本音そのものなのが何とも。
 俺は現場から離れて海軍大学校におとなしく通わせられるのではと思ったのだが、堀中将に言わせるなら、それはこの帝都を撫子がうろつく事を意味しており、マリアナでの余計な一言で六者協議を大暴走させた竜神様が次期首相をめぐって政争真っ只中の帝都を闊歩するなど、火薬庫の中で焚き火を炊く行為に等しい。
 かくして、諸外国に干渉されず、帝国国政に関与できない異世界の竜州に一時お帰り願おうという理由で俺たちの竜州行きは決定したのだった。
 ちなみに、異世界である為に通信が繋がらない事を踏まえて一月に一回は海軍省に顔を出す事が厳命されている。
 おかげで俺は、異世界では実地訓練をしつつ、報告のために内地に戻れば、現役復帰したはいいが軍事参議官という閑職に飛ばされている堀中将が暇つぶしの名目で座学を見られる事になっている。
 一週間おきに出る異世界航路での通信教育……自分の事だが世も末とふと思う今日この頃。
 なお、遠藤も俺と同様、海大に通いながら堀中将の副官を兼務することになっている。もっともこちらは忙しくても帝都に残れるから気が楽だと言っていた。全く持ってうらやましいことである。
 あと、俺の本土滞在中は戦隊参謀長である樋端久利雄中佐が任務を引き受けてくれるとのこと。
 樋端中佐は南雲中将指揮下の南洋竜捜索艦隊の航空参謀としてマリアナの竜捜索で紙の海に溺れた当事者の一人でもあり、今後起こる対米戦や欧州大戦介入において起こるであろう戦地と本土の距離とそれに伴う色々なトラブルを戦訓とする為に自ら志願した秀才参謀である。
 そんな優秀な樋端中佐は先に竜州に出向いて航空隊の編成から運営まで行っており、そのおかげで現在の俺は勉強に勤しむ事ができる訳だ。まあ、中佐にはしっかり勉強を見てやるから安心しろとさわやかな笑顔で言われているから、どれだけ働かさせられるか気が重い。
 毎日撫子の相手させられるのとどっちが楽だろうなあ……。

「ええ。
 この姿で日本帝国将兵の皆様の慰安をする事になるかと」

 アンナが言えばナタリーも続く。
 絶対仲いいだろう。この二人。

「まぁ、そんな訳でよろしくお願いします。皆様」

 にっこりと笑う笑みがまた美しいと思うのだが、背景を知っているとその背後のどす黒さが出るのはいかがなものか。

「うむ。構わんのじゃ。
 黒長耳族のものならばわらわのものじゃ。
 せっかくだから今夜の伽をするのじゃ」

 むせて紅茶を吐き出す俺と綾子。

「撫子さん!
 お兄様は大学の授業でお忙しい……」

 ちっちっちと口の前で人差し指を揺らす撫子。本当に何処でそんな仕草を学んだのやら。

「安心せい。
 わらわとて、博之の邪魔をする気はないわ。
 とはいえ性欲を持て余すので、メイヴを入れて三人でわらわの伽をせいというておるのじゃ」

 とたんに真っ青になるアンナとナタリー。
 なお、メイヴは当然の事のように澄ました顔のまま。

「ま、まさかここに私達を連れてきたのは……」

 ああ、目線で人が殺せそうなナタリーのガン飛ばしもメイヴは平然と受け止めていやがる。

「当然じゃないですか。
 私一人では壊れて仕事がはかどらなかったので、ちょうどいい生贄ができたと」

 うーわー。メイヴさん。極悪です。鬼畜です。容赦ないです。

「では、私達おいとまして富士に戻らせて……」 

 速攻で逃げ出そうとしたアンナとナタリーが入り口で固まっていやがる。撫子かメイヴが魔法で固まらせたんだろうなぁ。

「というわけで撫子様。
 煮るなり焼くなり壊すなりお好きなように。
 ちゃんと体は撫子様使用にも耐えうるように魔法で改造しておりますから」

 意識が戻ったのはそれが理由ですね。メイヴさん。
 いつの間にか魔法で作られたのだろう鎖がアンナとナタリーの首輪に繋がれ、それが撫子の手に収まっている。

「うむ。あまり博之の勉強の邪魔をしちゃ悪いので、さっそく使わせてもらうのじゃ」

 じゃらりと三つの鎖が引っ張られる音がしてアンナとナタリーといつの間にか引っ張られて驚愕するメイヴが撫子と共に部屋を出ようとする。

「な、撫子様。あれ?
 何で私も??
 あのぉ、私、お仕事がまだ残って……」

 引っ張られるメイヴが鎖を外す為解除の呪文を唱えようとするのを止めたのがメイヴの両手を押さえたアンナとナタリーだったりする。

「日本にはこんな諺があるのはご存知ですか?『死なばもろとも』って」

 右手を押さえてアンナが言えば、

「他にも『一連托生』って言葉もあるんですよ。日本語って奥深いわよねぇ」

 ナタリーが左手を押さえてにっこり。
 うん。三人ともきっといい友達になるだろう。

「あんしんせい。
 博之ほどがんばらぬから、三人とも朝までには開放するのじゃ」

 それは多分三人が朝までには壊れるという事だな。多分。

「いや、ちょっと、撫子さま?
 お仕事がぁ……あれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 ぱたん。

 かくして、あっけにとられる兄と妹が残った。

「お兄様。
 失礼かと思いますが、どうしても言いたい言葉がありますので言わせてもらってよろしいでしょうか」  

 かろうじてお嬢様の尊厳を守ったらしい綾子が紅茶を嗜みながらぽつり。
 俺はさっきの痴態を見なかった事にして、鉛筆をノートに走らせながら綾子の言葉聞き流した。

「このけだもの」

 何故か鉛筆が折れたが、それ以上俺も綾子も何も言わず、静かなお茶会はどこか遠くから聞こえる嬌声を背景に続いた。


 帝国の竜神様 59
2010年03月18日(木) 16:49:29 Modified by nadesikononakanohito




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