帝国の竜神様62

 かの地に来て、彼がまずした事は、草が生えつつある荒地を歩いた事であった。
 そして、思考でしかなかった最終戦争という果てを現実として捕らえ、その凄惨さに恐怖した。
 色々あった後に彼はこう書き記している。

 『彼等は我等の破壊の力を見誤っていた。
  我等は彼等の破壊の意思を見誤っていた』 

 と。


 艦隊が異世界に飛んだら、そこは草原だった。
 堤防で囲まれた撫子三角州の港には数隻の帝国海軍の軍艦が錨を下ろし、倉庫に建物群の向こうに建造中の城が作られて……
「城だと!」
 改めて三角州の奥に建造されている建物を眺めると、それは紛れも無く大阪城や名古屋城と同じ五層天守閣の骨組みだった。
「お〜
 なんだか街らしくなってきたのじゃ」
 眼下に広がる撫子三角州の光景は背後の巨大な森さえなければ、十分日本の何処かという雰囲気を醸しだしていたのだった。

 竜州艦隊司令部は港のすぐ側の煉瓦作りの洋館に置かれていた。
 三階建てで、部屋数は三十幾つ。
 眼下に港を眺め、隣接する土地には幾つもの倉庫群が立ち並ぶ。
 なお、まだ異世界と接触してから三ヶ月も経っていない。
 恐るべし。石人形の建設技術。
 港の奥には兵舎と飛行場。港から飛行場まで軽便鉄道が走っている。
 三角州そのものを堤防で取り囲み、グウィネヴィアの森側の堤防部に重なるように城郭と天守閣の工事が行われていた。
「今度竜州海軍航空隊の後方参謀として着任する真田博之少佐です」
 敬礼する俺と真似する撫子。撫子はする必要はないのだか、まぁいい。
 なお、俺は渇国派遣艦隊の随行員として撫子達と共にこの寄港後そのまま愛国丸に乗ってイッソスに向かうので、正式着任はもう少し後になるが挨拶の場でそれを言うのも無粋であろう。
「ようこそ。貴方の名の街へ。竜神様。
 歓迎するよ。真田少佐」
 大川内伝七中将は上海での勇猛果敢の評価とは程遠い穏やかな人なりの人物だった。
「君が来るのを楽しみにしている。真田少佐」
 草鹿龍之介参謀長は軍服を着た侍という感じの人で、後で知ったのだが古流武術の達人だという。納得。
「よろしくお願いします」
「よろしくなのじゃ」
「真田少佐は大陸で陸戦隊を率いていた事もあるそうだな。
 こっちの戦は、大陸と同じ飛行機と陸戦が勝敗を分ける。
 航空隊は航空参謀の樋端中佐に任せてあるので彼ともよく話すように」
 着任の挨拶を済ませて、撫子を連れて挨拶回りが始まる。
 撫子は離れないし、離れたら離れたでどんなトラブルを引き起こしてくれるか考えただけで頭が痛くなる。
 それを我慢しての『女連れの着任で挨拶回りですか』という無言の視線の痛い事と言ったら……
「気にするでない。
 わらわは気にしないのじゃ」
 少しは気にしやがれ。馬鹿竜。
「で、あれは何ですか?」
 俺の指差す窓に映る鉄骨の骨組みに淡々と答える大川内中将。
「城だろう」
「見れば分かっています。
 その軍事的に価値の無い城がどうしてこんな場所に作られているのかを聞いているのです」
 その質問に「またか」の表情を浮かべる上司二人。どうやら同じ質問をした奴が他にもいっぱいいたらしい。
「あれ、作っているの陸さんだしなぁ。
 向こうに聞いてくれ。
 どうせ、説明にうってつけの人間がもうすぐ来る」
 大川内中将が淡々と語り終える前に押し問答の果てに、強引に突破したらしい足音がつかつかと。
 衛兵は何をやっているのだろうと疑問を口に出す前に草鹿少将が口を開く。
「その城作りの元凶が来た」
 バンと開けられた扉と同時に聞こえる自己紹介にここの流儀をなんとなく感じたのだった。
「竜州軍参謀長の石原だ。
 真田少佐と撫子様を借りて行くぞ」

 で、今その石原中将と共に撫子城の建設予定地にやってきている訳で。
 メイヴは長耳・黒長耳・獣耳族の会合に出る為に離れ、綾子は俺の着任後の事務仕事の処理を早くもやりだしている。
 ついて来るのは撫子護衛の黒長耳娘二人に石原の護衛らしい兵士二人に参謀飾緒をつけた副官が一人。
 石原中将の右腕となっている参謀の瀬島龍三少佐と自己紹介を受けている。
 石原中将の付き人だけにこの人もどことなく切れる雰囲気を持っている。
 なお、竜州軍司令官の寺内寿一大将はまだ着任していない。
 参謀長閣下のお言葉によると、
「帝都において陸軍首脳部との調整が長引いているのです。
 今日の船で来ていないというのむならば、次の船か、その次の船か、更にその先の船か……」
 と、淡々と語るのは止めて欲しいものなのだが。
「何だか、いてもいなくても変わらない様な気がするが?」
 場の空気を読む気がまったく無い撫子さまは笑顔で地雷を踏む。
 場の空気がぴきぴき引きつるのを意に返さずに石原中将は口を開いた。
「とんでもございません。
 大将とは軍を率いる者ですので、彼の命令無しでは軍が動きません」
 うわー。棒読みで言い切りましたよ。参謀長閣下。
「で、本音はどうなのじゃ?」
 うわー。笑顔で更に追い討ちをかけていますよ。撫子さま。
 参謀長閣下と竜神様が互いを見つめる事暫し。
 先に目をそらせたのは参謀長閣下だった。
 ため息を一つついて、慇懃無礼の仮面を投げ捨てた。
「居てもいなくてもいいなら、居ない方がましだ。
 それに、今の東条の次の内閣は案外早く倒れるかもしれん。
 その時に寺内閣下は総理になってもらわねばならん。
 竜州に居ては帝都の政変に間に合わん」
 とても人の悪い笑みを浮かべる石原中将。伊達に満州を切り取っただけの才と人の悪さを持っていない。
「つついたのはわらわじゃが、ずいぶん開けっぴろげに言うのぉ。お主」
 さすがに不審に思ったのか撫子が怪訝そうな顔をするが、石原の笑みは顔にはりついたかのように崩れない。
「当然ですとも。
 私をこの地に導いたのは銀幕更衣のダーナ様だ。
 貴方様のお話は色々と耳に入っております。
 それゆえ、貴方に隠し事をしても無駄だと」
 そういう事か。
 東条前首相と仲が良くなかったというか犬猿の仲だった石原中将がどうして返り咲いたのかやっとその理由が理解できた。
 きっと、ダーナから色々と話が耳に入っているのだろう。
 納得したらしい撫子がふんと胸を反らせて威張ってみせる。
「なるほど。分かっているから隠さぬか。
 良い判断じゃ。
 お主ぐらい頭が良ければ、その寺内なんとかの腹心として帝都に帰り咲くとのも簡単だろうのぉ」
 まぁ、人の悪さはこの馬鹿竜も負けてはいないが、年取っている割に老獪さに欠けるのがたまにきず。
「なんかいうたかぁのぉ〜ひろゆき〜」
 ごほんと軽く咳をする俺。
 ええ。何も言っておりませんともとテレパスで言ってやると、にやりと笑う撫子。遊んでやがる。

「ははは。
 私ごとき小人では帝国の国政の舵取りはできません。
 ここで帝国の礎を築く為に骨を埋める所存」
 実にわざとらしい石原中将の言い分に何も言い返さずにじっと眺める撫子。
 その視線が、石原中将の先の言葉が本気と伝えていた。
 そんなやりとりをしていると本丸天主建造現場につく。
 大量の石人形によって組み立てられる鉄骨の骨組みは竜州の森より低いが、荒地から見るとひときわ目立つ。  
「石人形達の土木技術は素晴らしい。
 天主そのものは大阪城天主を元に作っているが、大阪に負けない物を作るつもりだ。
 まぁ、城で敵を防ぐのは時代遅れではあるがな」
 本性がばれたので実にあけづけに物を言う石原中将。こっちが地らしい。
 組み立てられる鉄骨の柱の間をせわしなく動く長耳族の娘達に混じって元職人だろう兵士達がまじって働いている。
「何で城なのですか?
 石原中将自ら、城で敵を防ぐのは時代遅れと仰ったではないですか」
「軍事的にはな。政治的には別だ」
 俺の言葉を切って捨てた鋭い語彙で石原中将は説明を続けた。
 首を上に向け、その鉄骨の塔を感慨深げに眺める。
「ピラミッドを見ろ。万里の長城を見ろ。
 でかい物というのはそれだけで、見る物に畏怖を与えるのだ。
 君達が渇国相手に戦艦を持ち出したのと同じ考えだ」
 たしかにこんなものがでんと構えていたら、普通の人間は何がしらの感慨を抱かずにはいられないだろう。
 それは同時にこちらの文明レベルを推し量る、つまり話が分かる相手という政治的象徴にもなる。
「なるほどなのじゃ」
 こくこく首を縦に振る撫子を見ながら石原中将は理由の続きを話す。
「次に、本国から切り離された軍隊ってのは必然的に土着化する。
 そんな時に、日本人としての誇りを残してやりたいと思ってな。
 竜神様の力が万一途切れれば、俺らは島流しだからな」
 撫子の力で繋がっている異世界への扉が途切れた場合、必然的に見捨てられる形になる竜州と撫子三角洲が生きてゆく上での精神的支えになるだろうとこの城に期待しているのだ。
「それで、城ですか」 
「馬鹿にする物でもないぞ。
 『尾張名古屋は城で持つ』と言いけりだ。
 でかくて目立つ物は街の、国の象徴になりやすいからな。
 我らの帝都とて、皇室という血脈が幕府本拠たる江戸城に入っているという事実が維新の正当性の一つになったのは忘れてはおるまい」
 その言葉に自然と猜疑の目で石原を睨む。
「……まさか、皇室に累のあるお方をこの城に?」
「当然だろう。
 この地はある種見捨てられた地、帝国にとっての豪州に等しい。
 だからこそ、日本人である意識を持ちながらこの世界で生きる場合、日本人である事を常に思い出す象徴は必要なのだよ」
 煙草を口に咥えて揺らす石原中将。その視線は建造中の天主に向けられていた。
「この世界の外交はそれぞ王族外交、貴族外交だからな。
 我が帝国は四民平等とうたっているが、それではこの世界では舐められる。
 今来ている近衛公あたりでも構わんが、この世界での国同士での付き合いをする上で古き血というのは我々が住む世界よりはるかに強力な武器になる」
「なんでなんですか?」
「撫子様を含めた不老種の存在がその理由だ。
 人類は彼らと対立、支配する為にも彼らの特性である不老による時間の継続性を系図によって対抗せざるをえないからだ。
 この世界の歴史は『大崩壊』によって、500年前に一度途切れている。
 皇統2600年というのは中々のはったりだろう?」

 笑みを浮かべて淡々と語る石原中将の説明に撫子がぽつりと毒を漏らす。
「そして、不老種の持つ時の継続を断ち切る為に、人はあらゆる手を使って不老種、特に長などの長きを命を生きた物を優先的に殺し彼らの殲滅を図った。
 そのあたりの話は聞いておったか」
 淡々と語るがゆえにその凄惨さを俺は一瞬理解できなかった。
 長く生きるという理由だけで、彼女達は迫害され殺された。 
「もちろん、他にも理由はあろう。
 だが、人は我らの命の長さを妬み恐怖した。
 それは人がある程度の長寿を得られるこの世界の今でもさして変わらぬ。
 その恐怖を人の王達は延々と受け継いでいるからのぉ」
 撫子の抑揚の無い声にその凄みが隠され俺は戦慄を隠す事が出来ない。
 改めて思い知る。この世界は俺達の世界とは違う法と理によって動いているのだと。
 重苦しい空気の中、石原が話題を変えた。
「まぁ、この城の主が誰になるにせよ、危機管理上その手の方がこちらにいるのは必要なのだ」
「どうしてなのじゃ?」
 俺の言葉を先にとって質問をする撫子。多分重苦しい空気に飽きたのだろう。
「今の欧州大戦が亜細亜にも拡大して本土が戦火に焼かれた場合、この竜州こそ帝国復興の礎となる」 
 さらりと爆弾発言をかます石原中将。
 よく分かっていない撫子以外は皆ぎょっとした目で石原中将を見つめていた。
「何を驚いている。
 軍人たるもの、負けた時の事を考えなくてどうする」
 いや、それをこの場でぶちまける度胸は俺にはありません。はい。
「寺も作るぞ。
 坊さんも呼ばないといけないが、法華経ぐらいなら俺が唱えてやるから安心しろ」
 いや、おれ南無阿弥陀仏なんでって言うのは空気読まない発言なんだろうなぁ。きっと。
「博之。法華経とか南無阿弥陀仏とか言ってもわらわにはわからぬのじゃ!
 分かるような話をするのじゃ!」
 ああ、空気を読まないお方がいらっしゃいました。ここに。
 顔に手をあててため息をつくと耳には瀬島少佐の声が聞こえてくる。
「撫子様用に、大社式の神社を用意しております。
 いずれ、撫子様の宮としてこちらにご滞在のおりはそちらにお泊りになってもらおうと。
 寺も近く作り、各宗派の僧侶もそろえる予定です。
 教会につきましては、まぁ色々ありまして各人の信仰に任せる事に」
 欧米列強の排除前提ならバチカンの息のかかるカトリックは入れられないわな。そりゃ。
 城に寺に神社。本気でこの三角州を日本の街にするつもりらしい。

 今度は工事現場を離れて対岸の草原へ。
 撫子三角州より少し上流の小高い丘に、鉄条網と空掘で作られた夜戦陣地が作られていた。
「なぁ、撫子よ。
 前来た時、ここ荒地だったような気がしたんだが?」
「うむ。荒地だったぞ。
 ここに留まってくれた兵達が蜘蛛を潰してくれたから魔力が開放されたのじゃろう。
 大地の力溢れる世界樹の麓の土地が荒地なのは本来おかしいのじゃ」
 納得。
 俺が首を縦に振って納得していたら、その言葉尻に瀬島少佐が写真を数枚見せる。
「この三角州を基点に周囲約100K屬謀呂辰徳雜兇広がっています。
 おそらく、駐留部隊が損害を受けた蜘蛛達の魔力吸収範囲がこの草原の広さになるのでしょう」
 爆音が遠くから聞こえる。
 見ると一〇〇式司令部偵察機が空を飛んでいた。 
「これが最新の草原の状況です。
 外周部が侵食されています。新しい蜘蛛がこちらに来たのでしょう」
 15匹で100K屬梁臙呂鮃喘呂砲垢襪里覆蕕弌△海領欺A甘擇砲匹譴世韻涼懃瓩いるか考えただけで背筋が凍る。
 日本列島を荒地にする場合、約6000匹の蜘蛛が存在する計算で、竜州は当然のように日本列島より何倍も広い。
 俺達がやってくると陣地の兵士達が敬礼して出迎え……ん?
「石原参謀長。少々お尋ねしたい事が……」
 多分、この質問がある事を分かって俺を連れてきたんだろう。
 俺の目の前には、どこか虚ろ目で敬礼している極上な大和撫子な兵士達がいたのだから。
「ここに連れてきた奴らは、大陸で悪さをしていた札付きの連中ばかりでな。
 そんなやつらを本土に帰したら本土の治安が悪化する。
 とはいえ、こいつらにも法の制裁は与えないと組織が崩壊するし、銃殺にするには弾がもったいない。
 で、その解決策としてグウィネヴィア殿に相談した結果が、これだ」
 俺の手に投げられた小瓶の中の液体を見て撫子が邪悪な笑みを浮かべた。
「女体化の秘薬か」
 なんだそりゃ?
 女体化って……こいつら、元男!? 
「悪さをしたやつは女にして原隊に戻す。
 力も女性並に衰えたこいつらはかくして迫害される事によって罪の重さを知るという寸法だ。
 もっとも、美女ゆえに集団に襲われて壊れる方が多いのも事実だがな。
 で、そんな迫害を避ける為に彼女達は志願して、対虫の最前線たるこの陣地に志願しているという訳だ」
 つまり、懲罰大隊か。ここは?
 唖然としている俺を気にせず瀬島少佐が説明を続ける。
「この防御陣地は撫子城を守る意味合いと天守が大阪城という事をふまえて兵達は『真田丸』と呼んでいます」
 笑みを浮かべる石原中将と瀬島少佐を見ながら俺は顔をしかめ、
「何が面白いのじゃ?」
 と撫子は首をかしげたのだった。

 三角州に戻る為に乗っている装甲艇の中で、俺は石原中将に最後の質問をする為に口を開いた。
「で、何で俺と撫子を連れまわしたのです?」
 その質問に、石原中将は露骨に顔をしかめた。
「本当に分かっていないのかね?君は?」
「わらわも分からないのじゃ!」
 元気一杯に言うな。馬鹿竜よ。
 そんな俺達を見てため息をついて石原中将は俺の質問に答えた。
「大家に使っている部屋を見せるのは店子として当然の義務じゃないか」
「……大家とはわらわのことか?」
「お前以外に誰がいるんだ」
 己に指指す撫子に呆れて突っ込む俺達二人は石原中将にとってさぞ滑稽だろう。
 帝国の竜州進出は撫子の全面的協力なくして成り立たない。
 だからこそ、彼女の機嫌を取っておこうというこの連れ回しだろう。
「だが、わらわのものは博之のものじゃぞ。
 そうじゃ!
 博之があの城に住むというのはどうじゃ!」
 撫子の軽口に石原中将が悪乗りする。
「それもよろしいですな。
 竜州国初代皇帝という肩書きも悪くないと存じますが?」
 勘弁して欲しい。あんた実際それで国こしらえているから冗談に聞こえないんだ。まじで。
 俺にかわって口を開いたのは撫子だった。
「で、博之が王で、お主が宰相という事か?」
 その言葉に恭しく撫子に一礼してみせる石原中将の頭が正解と語っていた。
(謀反ですぐに王が殺されそうだな)
 との俺の内心は撫子が獲物を狩る獣のような笑みで石原中将を睨んでいたので漏れる事はなかった。


 赤と青の月が浮かぶ世界に、後に撫子城天主と呼ばれる建物の鉄骨がその身を晒している。
 ただ一人この場に佇んでいた彼は、後ろに気配を感じながらもその姿を見るつもりはなかった。
「てっきり逢瀬の最中と思っておりましたが」
「まぁ、最中なのじゃがお主等に神様呼ばわりされる身ゆえこれぐらいの芸当はできねば崇められぬじゃろう。
 それに、呼び立てたのはこちらじゃしのぉ」
 赤と青の月の光が後光の用に裸の撫子を照らし、その色香を漂わせていたのだが、見てない石原にそれは通用しなかった。
「で、テレパスで呼び立てた理由を伺いたい。
 あまり時間を取りますと真田少佐が嫉妬しますゆえ」
「安心せい。
 ここにいるわらわは幻のようなものじゃ。
 本体はいまも博之の上で腰を振って喜んでおるわ」
 見てない石原の後頭部に向けて口から涎を胸にたらしてわざとらしく揺らしてみせるが、石原はちっとも振り向こうともしない。
「あいにく、女を抱くには少し年を取り過ぎました。
 おまけに、女より楽しい快楽の真っ最中ですので」
「ふむ。
 権力というのは女より面白いか。
 わらわも博之がいるゆえ、遊ぶのもこれぐらいにしよう」
 漂わせた色香を消して撫子は口を開いた。
「石原よ。
 全てを、この世界が人にとって呪われた地であるのを知りながら、何故お主等の国をここに踏み込ませる?
 わらわとすれば、手間が省けて楽ではあったがのぉ」
「簡単な話です。
 私の世界の大日本帝国は既に寿命が尽きていた。
 こちらに逃れたら余命がまだ少し伸びる。
 愚かな人間の足掻きですよ」
 やれやれとばかりに石原は口に煙草を咥えて火をつけた。
「貴方こそよろしいので?
 このまま真田少佐と共に日本に留まれば、次は欧州大戦だ。
 人が殺せるのであるならば貴方にとって困らないのでしょうが、真田少佐は貴方と違って死ぬ可能性がある」 
「敵にか?」
 撫子の淡々とした質問に石原は言い切った。
「味方に。
 貴方が彼を愛しているゆえに。
 この世界でも繰り返し殺された勇者達と同じく」
 紫煙の煙の元である煙草が眼前の蛍のように淡く灯火をくべらせるのを石原はただ眺めていた。
「欧州大戦か。
 何でも前に起こった欧州大戦とやらは世界大戦とも呼ばれておったみたいだが?」
「貴方方が介入すればすぐにそうなるでしょう。
 むしろ不思議なのは、貴方がどうして帝国を動かして大戦に参加させないのか理解できないのです」
 石原の疑問に撫子はさも当然のように言ってのけた。
「舞台の幕が上がっておらぬのに、踊るのは阿呆のする事じゃ。
 裸で踊るより、一枚ずつ薄絹の衣を脱ぎ捨てる方が男を虜にするようにのぉ」
 語る撫子の声に艶がある。
 男をたぶらかす快楽を想像しているのか、博之の上で踊っている快楽を楽しんでいるのか見ていない石原にはどうでもいい事だった。

「ひどい人だ。
 男達を魅了して共倒れを狙うなど、悪女ここに極まれりですな」
「何をいう。
 男が愚かなだけなのじゃ」
 言い切る撫子に石原は苦笑するしかない。
「だからこそ、急いでこの地に大日本帝国を逃がさないといけない。
 貴方方が世界を滅ぼす前に」
 言い切った石原の言葉に可笑しそうに撫子はくすくす笑う。
「その言い方ではまるで我らが悪役のようではないか」
「人にとって、貴方達は常に悪役であり続けなければいけません。
 貴方の姿を見て、真田少佐は貴方を愛し続けてくれるのでしょうかね」
 その一言に傲慢かつ悠然と構えていた撫子の気配が一瞬だけ消える。
「ああ。
 博之は愛してくれるのじゃ。
 わらわにげんこつを食らわせて、『この馬鹿竜』と罵りながら、許して、愛してくれるのじゃ。
 だから博之と博之が属するこの国を助けようと思っているのじゃ」
 自虐気味に笑う撫子の姿を石原は見ないがゆえに感じてしまう。
 それぞ、この竜神の本心から出たこの国に対する誓約。
 石原がこの場で聞きたいと思っていた言葉だった。 
「奇遇ですな。
 私もこの国を愛しているのですよ。
 だからこそ、この国が生きるにせよ滅びるにせよ自分が関与できないのが一番我慢なら無い」
 その一言に撫子は嬉しそうに笑った。
「おぬしとわらわの利害は一致したと見るべきかのぉ。
 この地は好きに使うがいい。
 あの蜘蛛どもを蹴散らしてこちらに帝国ができるのならば、わらわにとっても愉快じゃ」
 そう言って、裸の撫子は照らし出される二つの月の光の中に消えていった。
 気配が消えたのを確認して石原は振り向き、煙草を捨てもう姿の無い撫子に最敬礼をしてみせたのだった。

「撫子様の御心のままに」


 帝国の竜神様 62
2010年07月14日(水) 14:56:54 Modified by nadesikononakanohito




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