帝国の竜神様67

 港での騒動の後に開かれた連絡会は重苦しいものになっていた。
 もっとも、沈んでいたのは俺などの参謀達で、トップである竜州軍参謀長の石原中将や竜州艦隊司令である大川内伝七中将などは余裕の笑みを浮かべている辺り、器がでかいと感じるばかり。

「ふむ。
 ガレー船で開国を迫るか。
 我が国はそんなさだめを持っているのかな?」

 黒船でないだけましだと笑いながら石原中将がぼやけば、

「異国での騒ぎなど似たようなもの。
 郷に入らば郷に従えという事です」

 と、第二次上海事変時での陸戦隊を率いた上海での滞在経験から、異文化交流についてある種の悟りを開いていた大川内中将もまったく動じていない。
 そんな二人の姿勢がこの場の空気を穏やかなものに変えてゆくのが分かる。
 何しろ俺自身があの一組の冒険者達の無礼に腹が立っていたのだから。
 上のおちつきに俺もまだ青いと反省した次第。

「で、予定通り言質を与えずにお引取り願いますか」

 瀬島龍三少佐が二人に確認の質問をする。
 だが、石原中将が人の悪い笑みを浮かべたまま首を横に振った。

「ただで返すのはさすがに失礼だろう。
 せっかくあのような船でこちらに来られたのだ。
 勇者にはそれ相応の礼を尽くさねばな」

 その一言に何を言っているのか理解した瀬島少佐も人の悪い笑みを浮かべた。
 要するに、あいつらに我々の力を見せておこうという事だ。

「ちなみに、何を見せる訳で?」

 竜州艦隊参謀長である草鹿龍之介少将が真顔で尋ねる。
 この人がそんな感じで口を開くと、まるで尊皇攘夷の志士に見えるから不思議だ。

「たしか、演習も兼ねて虫退治の空爆が計画されていただろう?
 あれを使う」

 虚無の平原を虚無に至らしめている元凶である古代魔法兵器の虫達だが、彼らはその性質上魔力を吸収する事が分かっている。
 その為、撫子三角州を襲ってきた蜘蛛の撃退後、撫子三角州から半径100キロ圏内には虫がおらずに魔力回復から草原が広がっていたが、また新しい蜘蛛が来たらしく外周部が寝食されていた。
 そいつらを叩くのを見せることで、我々の力を見せ付けておこうというつもりらしい。 

「ですが、魔法を使わない攻撃は蛮族と侮られる可能性がありますが……」

 この面子の中で、一番この世界の人間を知っているメイヴが懸念の声をあげる。
 魔法によって文明が構成されている社会において、それを使わないことは蛮族であると証明するようなものらしい。
 今までは、撫子やメイヴが居た事で向こうの人間が勘違いしていたが、この攻撃は魔法を使わない攻撃となる。
 そんなメイヴの杞憂すら石原中将は一蹴する。

「何、かまわんよ。
 むしろ、我等を蛮族と侮ってくれた方が助かる。
 一応我々はこっちの世界では新参者だからな。
 新参者は新参者らしくおとなしくしておくべきなのだよ」

 その言葉と顔がまったく矛盾しているような気がするのは何故だろうか?

「全力をもって、近隣の虫を完膚なきまでに潰す。
 まぁ、彼らの言う古代魔法文明の遺産に見えるかもしれんが、魔法だろうが火薬だろうが要は派手に虫が吹き飛べば少しは奴等も無い頭で考えるだろうよ」

 見事なまでに、言っている事が前言と180度違う。
 ……まさかと思うが、石原中将怒っているのじゃないだろうな?
 ためしに何気なくいつもよりおとなしい撫子を見ていると、涙目でがたがたと怯えていた。

(博之ぃ……もの凄く怖いのじゃ……恐ろしいのじゃ……)

 いったい、何を見た?お前?

「そういえば、おあつらえ向きに扶桑なんてものもこっちに来ていますな。
 近藤中将には私から話を通しておきましょう。
 何、『主砲が撃てます』と言えば乗ってくるでしょうな」

 そう言って、窓越しに三角州沖に停泊していた戦艦扶桑を大川内中将は眺める。
 もしかして、大川内中将も怒っているのか?これは?
 航空参謀である樋端中佐が気づけよという仕草で肩をすくめて見せた。
  
 
 つまり、冒険者の片割れ達は不幸にも大日本帝国の逆鱗――その前身たる江戸幕府崩壊のきっかけとなった黒船来航というトラウマ――に触れたという事を。


 作戦は簡単である。
 魔力に反応するならばどでかい魔力を囮に使って、そこを虫達が群がった所を攻撃。
 で、そのどでかい魔力というのが、生みたてほやほやの撫子の魔竜玉。
 一個で都市一つの魔力を一月以上賄うだけの大魔力が蓄積されたこれを開放すれば、いやでも近隣の虫は集まってくるだろう。
 これを沿岸部の草原と荒地の境界部に囮としての魔竜玉を設置して発動。
 囮に釣られて寄ってきた蜘蛛達を扶桑の主砲で吹き飛ばすという分かりやすいものだ。
 戦艦を動かす油や手間隙を考えたら、航空機の爆撃や陸軍の砲撃の方が費用対効果が良いのだが、こういう目に見える分かりやすさでは戦艦にはかなわないだろう。
 で、叩きそこなったやつらを航空攻撃で仕留める算段になっている。
 攻撃隊は陸軍航空隊が出し、正式採用された二式戦闘機9機に九九式軽爆12機。
 二式戦闘機はとりあえず実戦データが欲しいという訳で、初期生産分を全部この竜州に持ってきていたりしている。
 元が零戦なだけに整備や部品もある程度共通で、整備員にはえらく好評だとか。
 これだけでも十分な気がするが、仕留めそこなった時の為にこっちも零戦と九十六式陸攻を待機させていたり。
 なお、女をはべらせる冒険者のリーダーと、まだ話ができる冒険者のリーダーは、黒長耳族の厳重な監視の下扶桑の護衛につく駆逐艦に乗ってもらって、その一部始終を見せる予定である。
 
(時間です)

(がんばってくるのじゃぞ)

 俺と撫子とメイヴを乗せた九十六式陸攻は単機で攻撃予定地点に飛んで、魔竜玉を落とす。
 エンジン音で会話は大声でしないといけない飛行機内において、テレパスというのはとんでもなく便利だ。
 撫子の膨大な魔力とメイヴのテレパスコントロールだけでも、電信を超える通信能力を持っているのだから。
 魔竜玉はあっというまに見えなくなったと思ったら、眩いばかりの閃光を発して光の柱を空にうち立てる。

「これが……魔竜玉の力か……」

 呆然と呟く俺に、撫子が無駄に大きな胸を張って威張る。

(博之との逢瀬の成果じゃ。
 凄いであろう)

 何が凄いがよくは分からないが、この光の柱が凄いのだろうという事だけはいやでも分かった。
 それは、虫達の反応として即座にかえってくる。

(虫が集まってきます!
 土煙が……
 蜘蛛以外も居ます!)

 地面を見ると、その光の柱に向けて虫達が集まって来るのが分かる。
 巨大蜘蛛に、巨大蟷螂に、巨大蟻に、巨大百足に、……巨大ゴキブリまでいやがる。
 あの何も無い荒野にこれだけの魔道兵器が住んでいたのかと思うと、背筋が寒くなる。
 と、同時にほんの少しだけ憐憫の情も湧く。
 彼らの未来が火葬でしかない事が俺の目の前二万メートルの洋上に浮いているのだから。
 この機は、扶桑の着弾観測も兼ねている。
 俺の目には扶桑が閃光と煙に包まれるのをはっきりと捕らえていた。
 護衛駆逐艦に乗っている冒険者達には、雷が落ちたような轟音も轟いているだろう。
 六基の45口径36冢∩砲が次々と火を吹き、目標地点である海岸に巨大な火柱が上がると共に虫達を吹き飛ばした。
 群がっていた蜘蛛はその四肢が千切れながら体液を撒き散らし、同じように群がっていた蟻もばらばらと化した蜘蛛と同じ運命を辿った。
 羽を使って飛んで逃れようとしていた蟷螂はその衝撃波でやはり他の虫達と同じ運命を辿った。
 百足などはその長い体と多い足を爆風によって千切られて肉片を荒野に撒き散らしていた。
 だが、光の柱はまだ高くそびえ立ち、虫達はその光の柱に向けて死への行進を繰り返していた。

(扶桑からテレパスです。
 『全部叩いていいのか?』だそうで)
 
 俺が乗っている指揮機には扶桑の着弾観測員に乗ってもらっている。
 その観測データもメイヴ経由で扶桑に伝えられているはすだ。

(『陸軍さんにも獲物を残してやってくれ』と返してくれ)

 残っている虫など居るのだろうかと呆然としながら、海岸部に立ち上る炎の柱を呆然と眺める。
 対英米戦は既に過去のものとなり、本土では予算が豪快に削られているのを目の当たりにしているだけに、この扶桑が作り出した地獄にも妙に哀愁を感じてしまう。
 おそらく、予備役に編入される前の最後の仕事となるだろう。
 そんな状況を知っているだけに、火を吐き続けている戦艦の姿がなんとなく寂しい。
 もっとも、そんな哀愁や憐憫などは見ているであろう冒険者達には分からない事だろうが。
 彼らには大いに脅えてもらわないといけない。
 対魔法防御によってここまで長耳族や黒長耳族を追い詰めていた虫どもを殲滅する事で、彼ら自身が操る魔法に対しても有効な打撃になるという事を知らしめているのだから。

(砲撃、終了しました。
 陸軍航空隊の方に連絡します)

(頼む。
 それと、そろそろ身代わり札をばら撒くから用意してくれ)

 メイヴの話だと虫達の中にもマジックミサイルを使う輩が居るらしい。
 ハワイの竜が西海岸で米軍機を叩き落したマジックミサイルを回避できる手段がこの身代わり札で、これをばら撒く事でマジックミサイルの目標を逸らす事が出来る。
 爆撃時に虫たちがそれを放つ可能性も無い訳ではないので、これも実験がてらにと大量に刷られた身代わり札をばら撒いて効果を確認しようという事で、この機の爆弾槽に大量に積み込まれていたりする。
 そもそも、この世界は紙そのものが貴重で術式と魔力注入によって作られている身代わり札は、木札である事が多かったりする。
 だが、帝国は少なくとも紙については困らないし、魔力注入の術式をガリ版で作ってグウィネヴィアの森の長耳族と黒長耳族に魔力注入を頼んだのだった。

「投下」

 爆弾槽を開けて、身代わり札が光の柱の周囲にばら撒かれる。
 反応したのだろうか、虫達の中から数本の光の矢が放たれて身代わり札を貫くが、高度を飛んでいるこちらにまで光の矢が届く事はなかった。
 これからの竜州における虫退治は、先行機がこの身代わり札をばら撒いて、その後で本隊が攻撃をするという形になるだろう。

(陸軍攻撃隊、来ました)

 次々と爆弾が落とされ、二式戦闘機は機銃掃射で虫を潰している。

(よし。帰るか)

 こうして、冒険者達に力を見せ付ける為だけの虫退治は成功裏に終わった。
 双方の冒険者には言質を与えずに帰したが、その帰路の途中に渇国派遣艦隊が彼らのガレー船を追い抜くというとどめをかましてみたり。
 なお、この虫退治で撫子三角州近くの海岸部の虫が一掃され、草原が更に広がる事になった。


帝国の竜神様067

帝国の竜神様68
2010年10月14日(木) 23:30:39 Modified by nadesikononakanohito




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