帝国の竜神様31

1942年4月15日 伊豆下田港

 撫子が口を開くが俺達にはその言葉が聞こえない。
 魔法の高音域高速詠唱という実に異世界の竜らしい人外の離れ業をやってのけているからである。
 まぁ、撫子は竜なのだから人間規格外の離れ業など他にもさぞ多く持っているのだろう。
 いつもなら、(何を言っておるのじゃ!博之!)という突っ込みというかじゃれつきがテレパスで来る所だろうが、流石に異世界を繋ぐ転移魔法というのは撫子を集中させるものだろう。
 なお、この転移魔法を何の補助無しでできるのは現在のところ竜脈と直結している撫子のみ。
 撫子が居ない場合は、大量の魔竜石(撫子いわく、『俺との愛の結晶』という恥ずかしい呼び名を現在どうやって消し去ろうかと考え中)をかき集めて、メイヴかダーナがこの魔法を使う事ができる。
 異世界進出。その根幹である異世界転移を撫子を含めた異世界人が独占している。
 それも、この帝国における異世界人の地位待遇に繋がっているのは間違いない。
「ひろゆきぃ〜♪」
 詠唱がおわったらしい撫子が、背後から抱きついてじゃれついてくる。
 だから胸を押し付けるな。耳元に息を吹きかけるな。喘ぐな。
「しかたないであろう。
 大規模魔法を使うと発情するのじゃ。
 だからぁ……」
 お願いだから離れろ馬鹿竜。
 お前は、下田港で警備している兵士達や労働者達の視線が気にならんのか?
 というか、その豊満な胸を着物で隠しきれてない欲情している馬鹿竜に、巫女服姿で歩くたびに胸を揺らして色気を振りまくメイヴがついている状況で人目を引くという事がまだわからんのか?こいつは。
「なんじゃ?
 見られて興奮するという事をこの間メイヴ経由で遠藤から学んだぞ。
 人に見られての交尾もまた燃え……きゃんんっ!!」
 撫子が犬みたいな鳴き声をあげたのは俺が黙らせる為に拳骨をおみまいしたからである。
「痛いのじゃ!博之!!
 わらわを犬畜生よろしくげんこつで殴るとはどういう了見じゃ!」
「黙れ馬鹿竜!
 ちったぁ、人目というのを気にしやがれ!!」
 きゃんきゃん咆える俺達二人を遠巻きに眺める港の人々&遠藤とメイヴって、
「こら、遠藤にメイヴ!
 お前らがなんでそんな所にいやがるっ!!」
「そうじゃ!そうじゃ!
 こっちに来て博之の理不尽をなじって欲しいのじゃ!」
 きしゃー!っと咆える俺達二人に対して、遠藤とメイヴはとても大人だった。
「いや、夫婦喧嘩は犬も食わないというし……」
「撫子様が本気で怒ったら大陸が滅びますのに、どうしてそのお怒りの撫子様に近づけと?」
「……なぁ、撫子。いつかあいつらギャフンと言わそうな」
「……そうじゃ。博之。遠藤とメイヴに一泡吹かせねば気が済まんわ」
 がっしりと固い握手をする俺と撫子を「やれやれ。これだからお子ちゃまカップルは」と遠藤とメイヴ体で語っていた。
 五芒星の中心に何か影が見えたと思ったら次々に船が虚空から姿を現す。
「戻ってきたぞ!」
 港から歓声があがり、向こうの船からも手が振られる。
 俺達が帰ってきた時には富士が見える事にひどく安堵した覚えがある。
 第二次異世界派遣船団が帰還したのだ。
 第一九駆逐隊四隻に囲まれた四隻の徴用輸送船を使って運んできたのは黒長耳族と獣耳族。
 もっとも、彼女達乗客は一隻に納まるのだが、今回の派遣は送る方の事情でこちら側の規模が大きくなっていた。
 虚無の平原の広さは置いて帰った水偵で調べた結果、帰還の為の燃料限界まで飛んでも荒地が広がっていたというから想像がつくだろう。
 で、ここからが更に厄介なのだが、ロムルス国家連合とカルタヘナ王国の争いによって、この虚無の平原を危険を冒して獣耳族の女性達はグウィネヴィアの森を目指している。
 彼女達を救いたい帝国にとって、この新大陸の治安維持は早急の課題となった。
 問題は、尋常でない森林再生能力を持つ長耳族が虚無の平原を今まで荒れるに任せていた理由である。
「古代魔術文明の機械獣や幻獣、魔獣が野生化していまだにあの地にとどまって我々を襲ってくるのです」
 とはメイヴの説明。
 500年間稼動しっぱなしとは恐るべし。古代魔術文明。
 魔法防御に優れているがゆえに、彼女達では駆除できずに鏡の川の向こう側を放置していた事を俺は向こうのグウィネヴィアから聞いていた。
 虚無の平原を好きにしていいという撫子やグウィネヴィアの言質の裏には、虚無の平原に救う魔物達を駆除してくれの裏返しでもあったのだ。
 イッソス湾内でのマンティコアとの戦闘はそのまま大本営に報告され、その衝撃は過剰反応を引き起こしていた。
 魔獣達の掃討と、保護対象の獣耳族の保護と撫子三角州への輸送を考えると大陸以上の厄介さを陸軍は抱え込み、その打開策として撫子三角洲を起点とする鉄道建設計画が出され、鉄道建設資材を運び込むため第二次派遣船団は四隻の輸送船によって編成されていた。
 神武天皇の故事より「東征計画」と命名されたこの異世界植民地建設計画はその原動力となる獣耳族の保護と魔獣駆除の為に誰もが予想をしない速さで突っ走ろうとしていた。
 陸軍は先に送った戦車隊に加えて一個連隊を異世界に送り、海軍も航空機を運用する為にその資材を運んでいた。
 メイヴ達黒長耳族・長耳族・獣耳族の情報を元に、虚無の平原の開発を目指すのは大陸を諦めた帝国の絶対条件となっている。
 船が着岸し、桟橋から次々と黒長耳族と獣耳族が降りてくる。
 黒長耳族は貫頭衣をまとっているが、獣耳族は相変わらず裸のまま。
 彼女達に服をどうやって教えるかについて、先の富士居住区についた狐耳族・兎耳族共に激しく抵抗しているとか。
「裸の方が男どもとて喜ぶだろうに?
 何が不満じゃ?」
 分かって言っているだろう。馬鹿竜。
「ただひたすら、子供を作っていればよかった時代を人間はとりあえず2000年ほど前に通り過ぎているんだ」
 紀元前の文明を考えるともう2-3000年は上乗せできそうだが、馬鹿竜に説明するのもめんどくさい。
「たった、2000年ではないか。わらわやメイヴにとってほんの数日前の事じゃぞ」
「撫子様。言いすぎです。
 せめてちょっと昔程度に……
 って、どうしました?お二人とも無言で呆れたように我々を見つめるのは?」
「……」
「……」
 これだから、長寿種族は。
 冷静に考えると、メイヴの約600歳ってのも日本史に直せば1342年だから……わ。南北朝時代か。
 ちなみに世界史だと、百年戦争真っ只中で、中国史だと元末期でユーラシア大陸はモンゴル帝国の影響の排除に動いていた時期か。
 で、メイヴ以上の年を取っている撫子の場合何処まで遡ぼれ……
「!!!」
 思考が痛みで中断したのは撫子が俺の靴を思い切り踏んだからである。
「ひろゆきぃ〜
 女子に年の事を聞くのは失礼だと思わぬかえ?」
 にっこりと。
 背景におどろおどろな暗黒を漂わせて、ぐりぐりぐりっ!と足を踏むのは辞めろ。
 そんな俺達を知ってか知らずか、桟橋から降りてくる彼女達は撫子を見つけるとみな頭を下げる。
 撫子が彼女たちを眷属として認めたからの帝国の保護という事を知っているのだった。
 第三次帝国−撫子協定で獣耳族の保護の規定が入り、それを受けての第二次派遣船団は有り余る金貨で黒長耳族だけでなく、獣耳族まで買ってきたらしい。
 あ、新しい耳発見。
「猫耳族ですね。
 彼女達は、群れずに人間と共に生きる事を選んだ種ですから。
 見てください。首輪をつけているでしょう。多分イッソスで奴隷として売られていたんでしょう」
 メイヴの説明に納得する。どうりで他の耳と違って少ないと思った。
「好奇心旺盛で、集団行動に向かないんで気をつけてくださいね。
 すぐふらふらと何処かに行きますから」
 言ってるそばから港の水揚げ場の魚に目の色変えて憲兵と押し問答をしてやがる。
 そのまま桟橋を見つめるとまた別の耳発見。
「あれは、犬耳か?」
 遠藤の言葉にメイヴが苦笑する。
「狼耳族ですよ。
 彼女達の前で言わないでくださいね。
 犬耳族とよく間違われてプライドが傷つけられるそうですから」
「どう違うんだ?」
 俺に振るな。遠藤。俺だって犬と狼の区別がつかん。
「わらわもよく分からぬ」
 お前は把握してろよ。撫子。一応彼女たちの保護者なんだから。
「人と付き合うのが犬。
 人と付き合わないのが狼。
 私達の世界の人間はそう定義していましたわ」
 なんだ。人間の選別に彼女達も振り回されている訳か。
 とはいえ、獣耳族はそもそもが古代魔法文明が作り出した人種なだけに当然なのかもしれない。
「あと、獣耳族1.2を争う戦闘能力を持っていますんで。
 彼女達の鼻と耳を用いた危険感知と人間以上の脚力を生かした走破能力は馬鹿になりませんよ」
 陸軍が聞いたら喜びそうな言葉を言ってのけるメイヴ。
 偵察部隊に使えそうだ。
「で、あれが犬耳族です。
 彼女達は従順で、よくお屋敷のメイドとして雇われているんですよ」
 あ。納得。
 雰囲気が狼耳族とまったく違う。
 狼耳族が他の獣耳族と同じく裸なのに、犬耳族はきちんと奴隷召使としてメイド服と首輪をつけている。
 人間と従順な関係を結んでいたのがよく分かる。
「彼女達も戦闘能力は高いですよ。犬ですから。
 けど、狼耳族と違って群れ以外の人間の命令にも従順に従いますから」
 これもまた兵隊好みの種族をつれてきたものだ。
「しかし、これだけ、異能な能力があるのに何で迫害されているんだ?」
「博之。それ本気で言っているのか?」
 真顔で尋ねる撫子の真意が分からずに、こくりと首を縦にふると撫子がにやりと笑って言ってのけた。
「集団での争いでもっとも凶悪で残忍で大地の覇者とっなたのが人間だろうに」
 と。
「そうなのか?撫子ちゃん?」
「お主も鈍いの。遠藤。
 もし、覇者が彼女達ならば、船から降りていたのは博之や遠藤かもしれんのだぞ」
 ぽんと俺と遠藤が手を打って納得する。
 いま、この瞬間こそが人間の覇者としての証明に他ならないという事を。
「で、だ。
 あれは何だ?」
 俺が見つけた丸耳娘をメイヴに尋ねてみると意外な答えが返ってきた。
「狸耳族ですね。
 あの丸耳がポイントですね」
「またマニアックな……」
 俺も思ったが口に出すなよ。遠藤。
「知ってますか?
 狸って、肉食なんですよ」
「……まじ?」
 そういやそうだった。
「あと、狐耳族とはやっぱり仲が悪いです」
 彼女達が殆ど降りた後に今度は荷物が下ろされていく。
 厳重な警備の中で、異世界交易で入手した金貨が下ろされてゆく。
 俺達の時より金貨の箱が小さいなと思ったら、黒長耳族まで警備に入った別の箱が下ろされてゆく。
「イッソスで買って来た魔法具や魔術書、魔術媒介ですね。
 これで富士で本格的な魔術研究ができますわ」
 メイヴの声に嬉しさがにじむ。
 迫害されていた黒長耳族は魔力の大きさでは人間より優れていたが、魔法を用いた応用や魔法技術が個人レベルでの継承しか行えなかった。
 人間の魔術師に追いつく為の魔法研究機関の設立は彼女達黒長耳族の悲願でもあった。
 あと、異世界の書物も大量に買いこんできており、帝大の研究者を交えて異世界の研究を始める事が既に決定している。
 何気なく視線を桟橋から港の灯台に向ける。
 異世界への移動も、撫子がいないと移動できない。   
 対魔法対策もメイヴ達黒長耳族まかせ。
「そして、俺達人間はその強靭な武器を手に古代の魔獣を狩る……か」
 声に出していたらしい言葉を撫子が引き継いだ。
「いいではないか。
 少なくとも互いが互いを必要としている限りは争わぬであろう」
 と。
 この世界で豪快に人間同士で世界大戦などをやっている皮肉のようにも聞こえたが、俺は何も言わなかった。


 帝国の竜神様 31
2007年06月03日(日) 11:14:09 Modified by nadesikononakanohito




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