帝国の竜神様70

 その日、イッソスの日本人商館は戒厳体制にあった。
 それは、停泊している渇国派遣艦隊も同じで、ボートでやってきたその貴婦人が愛国丸に搭乗するまでありとあらゆる手段を持って警戒を続けたのである。

「ようこそ。
 愛国丸へ。
 大日本帝国は貴方の亡命を歓迎しますよ。
『歌妃』アニス」

 犬耳メイドのリールを連れて搭乗した彼女に、イッソス商館館長である内海正蔵は彼女の手を取り芝居がかった仕草で彼女を俺達に紹介したのだった。

「いえ、今の私は勇者としてここに来ています。
 はじめまして。
 私は、本来は貴方を倒す為に存在していました」

 『狂艶の公女』と呼ばれ、トロイアを一夜にして滅ぼした勇者ゼラニウムは、大輪の花の笑みを俺と撫子に向け優雅に一礼して見せたのだった。
 大日本帝国が撫子に対抗しうる力を持つ勇者を手に入れた事を知る者は、まだこの世界の国々は知らない。



 竜州 撫子三角州 竜州艦隊司令部

 渇国から戻った俺達は一時本土に帰還する為に準備をしていた。
 派遣艦隊はあくまで外交交渉の為に来たのであって、この地に常駐する訳ではないからだ。
 また、俺も一月に一度は顔を出せという命に従って撫子達と共に愛国丸で戻る予定になっている。

「で、港湾施設の拡張申請と、漁船団の受け入れ書類は何処だっけ?」
「お兄様。その書類はこちらです。
 司令長官の判子も押してもらっています」

 綾子から書類を受け取って鞄に入れる。
 船ごとの転移とはいえ、先に出す書類などは整理しておいた方が後の仕事が格段に楽になる。
 何しろ、後方参謀という仕事はその手の雑用係の為に作られた訳で。
 ましてや、東京に戻り海軍省に顔を出すという事は、俺に書類を押し付ければいいと分かる訳で。

「失礼ですが、既に拡張は終わっているのに何故申請書類を?」

 と、尋ねてきたのはアニス付のメイドのリール。
 何しろ異世界唯一の友好国である渇国に親善に行っていた時に、その渇国にいた(所属していた訳ではないのが辛うじての救いだが)勇者の亡命騒ぎと来たものだから、知らされた俺やメイヴは真っ白に。
 表に出たら大問題どころではない案件をさらりと俺の所に持ってくるあたり、間違いなく内海館長は人が悪い。

「構わぬぞ。
 勇者一人でわらわを落せるとも思わぬしな」

 という撫子の鶴の一声で、ひとまずアニスともども俺の所に。
 その報告で俺の頭は一杯だったりする訳で。
 仕事の多くは本土の官僚に渡す申請書類ばかりなので、遠慮なくメイヴや綾子やアンナやナタリーに丸投げしていたりする。

「これも、本土から遠い前線の知恵というものですわ。
 全てを書類という鎖で取り仕切らないと済まない官僚という皆様は、暴走を嫌いますから。
 けど、申請という形で報告さえすれば、その経過はどうであれ些事として気にもしないでしょうし」

 アンナからすらすらと語られる官僚論がぐさぐさと胸に刺さる。
 何しろ、港湾施設そのものは撫子の地殻変動でさっさと作り上げていたりするのだから。
 その期間、わずか一昼夜。
 派手な轟音轟き、土煙が舞う中、三角州の人間が皆注視して、朝になると巨大な港湾が出現していたなんてどう言えばいいか関係者全員頭を抱えたわけで。
 津波も地震も魔法で押さえたというのだから、その規格外の力にもう何も言えない。

「みなと?
 船が泊まれるあれか?
 三角州につくったあれでは足りぬのか?
 作れるが、どう作ればいいのじゃ?」

「そうだなぁ。
 呉とか、横須賀みたいな港があるといいんだろうな。
 艦隊の船も沖に停泊しているし」

 ああ、思い出すだけで頭が痛くなる。
 こいつの力の強大さと、頭の馬鹿さ加減を忘れていた事を本気で呪いたくなる。
 横須賀の地図を見せて、

「こんな感じで、船が泊まれる場所や整備する場所があると便利なんだ」
「わかったのじゃ。
 すぐ作るから、作ったらほめて欲しいのじゃ!」

 ああ、言ったさ。
 けど、横須賀鎮守府ごと誰が作れと言った?
 三角州の隣にいきなり土地を隆起陥没させて、横須賀鎮守府とそっくりそのままの地形を作りやがって。
 ドックらしい堀まであるから、建物と工廠を作ればそのまま艦隊根拠地になるって、どう上に説明すりゃいいんだと途方にくれる前で、大きな胸を揺らして、

「どうじゃ!!!」

 と自信満々の笑みでこっちを見ないでください。撫子様。
 そのごほうびは一昼夜ずっと一緒(寝室で)という当然の要求で、それに満足している元凶は現在夢の中のはすである。
 渇国派遣艦隊の目の前でやりやがったから、報告しないとまずいわけで、竜州艦隊司令部は現在上から下までこの一件のでっちあげ……もとい本土における説明と釈明を必死に作成している訳で。
 当然、元凶として名指しされた俺が貧乏くじを引く事になったのは言うまでも無く。

「書類出しましたよ。
 だから作った訳で、え?調査とか予算とかってもうできていますし。
 出来ちまったものは、仕方ないですよねぇ?」

 と、ごまかす予定で、陸軍の暴走をまったく笑えない。
 しかも、開拓団を送り込むとかで受け入れのための港湾施設の拡張は急務だったのは間違いなく、何処から聞きつけたのか知らないが、現れた石原中将直々に、

「安心しろ。
 俺が本土の連中を手玉に取った時の方法を教えてやる。
 効果は満州事変で実証済みだ」

 何か色々なものが汚されたような気がするが、とりあえずでっちあ……もとい、申請書類はこうして完成し、ドックではテスト代わりに龍鳳が入って船底の掃除をやっていたり。
 カキやフジツボの他に、こっちの世界の見た事も無い貝がついていたとかの報告があがってきていたりする。
 なお、余談だが、この掃除に一人の幼女もとい丸耳族の前女王が狂喜してくっついてゆき、石人形を使っての掃除の最中に興味津々で龍鳳を調べ上げていたらしい。
 イッソスの工房を別の人間に預けて、彼女が撫子三角州で工房を開く為に同乗してきたのだが実質的な大使扱いで、このまま行けば彼女の故郷であるカイル・スィディ女王国は帝国と外交関係を結ぶ事になるだろう。
 愛国丸で撫子三角州に戻る時ですら、彼女客室じゃなくて機関室で寝ていたからなぁ。

「しかし、なんで漁船の受け入れなのですか?
 これだけの港ができてしまったら貨客船の方がいいと思うのですが」

 綾子の疑問に書類を処理しながらナタリーが答える。

「現在の交易量では船をこちらに置くのがもったいないとかで。
 ならば、自給自足を更に促進する為に漁船を持ってきた方かいいだろうと」

 仕事用なのだろう。つけた眼鏡が凛々しいが、アンナの顔には苦笑が浮かぶ。

「というか、撫子様があんなでかい港を作ってしまったから、強引にその使い道を考えないと言い逃れできないじゃないですか。
 この港を運用するだけの油を考えただけで頭が痛くなりますわ」

 こちらで考えられないとこれだけの施設だから、軍令部だけでなく他の省庁や企業まで介入しかねない。
 ただでさえ面倒な最前線で、厄介事を言い出す参加者が来るのはお断りという一点に置いて、竜州軍と竜州艦隊は一致していた。
 既に、勇者という凶悪極まりない第三者が目の前に居るのだが、まだこの話を知っている人間は俺達および竜州艦隊の大川内中将と草鹿少将にしか知らせていない。
 話した途端、真っ白に固まったが。

「拾われてからそれなりになりますが、この国はまるで書類に支配されているかのようですね」

 呆れ顔でリールは紅茶を入れて、皆に差し出す。
 なお、彼女が来てからアンナとナタリーがえらく張り切っているというか、ライバルとして認識したらしく張り合いがまた凄い事に。
 リールは犬耳族の超一流メイドであるがゆえに一人で何でもこなしてしまい、イッソスの商館でも浮いていたらしい。
 で、アニスにくっつけて俺の所に押し付けたという裏話があったりするが、そんな彼女から見ればアンナもナタリーも所詮真似事メイドでしかなく、アニスの世話から一応主人となる俺の扱いからで二人と対立するのは必然だったといえよう。

「まぁ、メイドしかしていないリールさんには、大帝国を統治する歯車の気概など分かる訳も無いですわ。アンナさん」
「ええ。お茶を出すしか脳が無いリールさんにはそれで満足してもらって、私達は歯車としてちゃんと働かないと。ナタリーさん」
「真田様。
 是非、私にも仕事を教えていただきたいのですが。
 そこの似非メイドに真の忠義と奉仕を見せ付けておかないと」

 ……どうしてこうなったんだろう?
 その元凶をつれてきた麗しい貴婦人は俺の視線に気づいてにっこりと微笑むのみ。
 『歌妃』アニス。
 いや、『狂艶の公女』の名を持つ勇者ゼラニウム。
 存在が秘密なので下手な所に連れてゆけず、とりあえずリールと共に部屋に来てもらっているのだが、見ている限りでは彼女が撫子に対抗する存在とは思えない。
 とはいえ、見た目で騙されるという事を撫子始め散々に学習していた事もあって、一応警戒はするのだが、その女を意識させる視線が俺に向けられるたびにどうしても意識が彼女にいってしまう。

「おはようなのじゃ」
「ああ。
 おはよう」

 何しろイッソス一の娼婦だ。
 男の扱いはなれているのだろう。
 撫子はあれだから除外。
 綾子もそんな色気が出せる訳が無い。
 メイヴはそのあたりの色気でアニスと対抗できるのだろうが、彼女は基本撫子のお守や仕事でその色気を俺達には出さないし。
 アンナやナタリーも色気はあったし、というかそれ専用の教育と調教をしているはずなのなが、アニスにはるかにおよばないし。
 そこまで考えて、ふと気づいた。
 アニスは仕草が色っぽいのだ。
 大陸で散々遊んだ女達との懐かしい思いがふと胸をよぎる。
 メイヴなどは色っぽいのだが、その艶気が性行為などに特化しているふしがある。
 まぁ、仕草で色気を出すというのは、手馴れた女ができる必殺技みたいなものだ。
 椅子に座り、何かするわけでもなく、時折俺に視線を送る。
 紅茶の入った磁器の音が、皆の注目を集めた時に、申し訳なさそうに口をすぼめて言葉を出す事無く謝罪の無音を発する姿。
 扇情的な衣服が下品に見えないように隠す所は隠し、見せるところは大胆に見せ、それを引き付ける仕草を熟知している。
 たとえば、座りなおした時に真紅のスカートから見えた太ももを彩る黒字のタイツとか。

 ダン!

 何かがぶち抜けた音でふと我に帰ると、何時来たのか撫子が涙目でテーブルをぶち抜いていた。

「部屋に戻るのじゃ!
 博之なんて知らないのじゃっ!!」

「あ、撫子様!
 少し失礼します」

 ばたんとドアを閉め、いや外れて落ちたから壊しての方が正しいだろう。
 ともかく、不機嫌顔で出て行った撫子とその後を慌てて追うメイヴに皆唖然と。
 そんな中、いちはやく立ち直った綾子がかるく咳払いをして、俺から書類をひったくる。

「お兄様。
 行っておあげなさいませ」

 なんで、綾子は笑っているのだろう?

「い、いや。
 まだ仕事が……」

「まだ分からないのですか?」

 ついに笑い出した綾子に俺は訳が分からないが、アンナとナタリーとリールもにやにやと俺を見て笑う。
 アニスはさっきまでの色気を消して、やりすぎたかという顔で俺に頭を下げた。

「撫子さん。
 アニスさんに嫉妬していたのですよ」

 と。


 ふと疑問に思った事がある。
 どうして、撫子はアニスに対して嫉妬したのだろうかと。
 テレパスなんてもので筒抜けなので素直に聞いてみた。

「それはあれが勇者だからじゃ。
 存在しての勇者ならば一人二人ぐらい構わぬが、牝としてならば途端に厳しい競争相手に化けるからの。
 事実、何度かわらわの飼い主を女勇者に寝取られた」

 よく分かっていない俺に、撫子は少し遠い目をして竜州の草原を見つめる。
 視野に入る限り、かつての荒野はもはやここにはない。

「わらわとて長く生きておるし、そのあたりの小娘程度に夜負けるつもりはない。
 だが、勇者達がわらわの飼い主どもを懐柔して、離してゆく。
 それが怖いのじゃ」

 そういう所は、撫子も女なんだなと思って俺はふと笑顔にで撫子の頬をなでる。

「まぁ、今の所はなびかないと思う。多分」

 女は嘘をつかれる事を本質的に嫌悪する。
 そして、そんなうそがつけないならばと極力素直に接する事を心がけていた。
 撫でられて嬉しいのだろうが、目は疑惑をたたえたまま撫子がすねる。

「そこで、ずっと一緒におるぞぐらい言えぬのか。博之は」

 その一言で、何で前の飼い主達が勇者に寝取られたか、本質的に理解した。
 それは、テレパスを通じて撫子にも伝わったらしく、撫子が悲しそうに笑う。

「こればかりはどうにもならぬ。
 不老を求めた者もいるが、長き年月を寄り添うというのは牢獄に繋がれると同じ。
 男というものは、何処かで放してやらねばならぬ渡り鳥なのかも知れぬな」 

 その言葉に、俺は何も返す事はできなかった。
 そんな事があった翌日、アニスと撫子は再び相対する。
 だが、それは竜と勇者の対立というこの世界の仕組みを俺達にむざむざと見せ付けることになったのである。

「面白いやつがやってきたそうじゃないか!」

 きっかけは、こう言ってバンと扉を開けた石原中将だった。
 なお、ここは海軍の竜州艦隊司令部なのだが、石原中将にとってはどうでもいいらしい。
 で、そのままアニスの方を見て言葉に詰まる。
 『竜を倒せる勇者がやってきた』とでも聞いてきたんだろうなぁ。
 で、目の前にいるのは、貴婦人と化している高級娼婦。
 戸惑うのも無理はない。
 
「ごきげんよう。将軍閣下。
 『歌妃』アニスと申します。
 何かわたくしに御用で?」

 周りの態度で石原中将が偉い人と判断したのだろう。
 高位の者に対する礼と言葉でアニスが助け舟を出す。

「いや、『竜を倒す勇者がやってきた』というので、撫子様への押さえになるかなと思って顔を見に来たのだが」

「石原よ。
 それを堂々とわらわの前で言うとは、いい神経しているではないか」

 撫子が実にわざとらしくむくれるが、とりあえずそれを無視してアニスは石原中将に訂正する。

「将軍閣下。
 私の力では撫子様を倒す事はできませぬよ。
 せいぜい、万単位で人を殺す程度の、勇者というのもおこがましい者です」

 その言葉に、石原中将が食いつく。

「それはすばらしい!
 わが国の近隣では世界大戦なんぞ始まっているから、万もの人が殺せるのは大歓迎だ。
 で、具体的に何ができるのだ?」

 その言葉に、俺の顔に嫌悪感が走るのが我慢できない。
 そんな俺を見て撫子が怪訝な顔をしていたが、そんな俺達の変化に石原中将も少し慎重な顔になる。
 三人の表情の変化を眺めながら頬に手を当てて、しばらく考えていたアニスは俺達にその力を告げた時と同じように、少し誇らしげに自分の力を告げたのだった。

「私、死霊魔術師ですの」

 彼女と共にこの三角州にやってきた『ゼラニウムの物語』は、イッソスでその翻訳が終わっていた。
 今は滅んだトローイアという街十万の民の殲滅戦と、かの都市が用意したアニスという勇者を使った防衛機構の根幹は、

 死なない兵による市街消耗戦

 というあまりにもろくでもないものだった。
 彼女は、勇者として悪意に汚染されたマナに対する体性と、マナをコントロールするように体を改造されていた。
 この悪意によるマナというのは、戦争においてものすごい効力を発揮する。
 人を殺すという狂気が強大な意思となって、魔力に跳ね返るために強力な攻撃魔法が放てるからである。
 と、同時にこのマナはどうしても人間を狂わせ、人々を狂気に走らせる。
 で、トローイアの魔術師達が考え出したのが、この汚染されたマナを人間以外に集めさせて都市防衛の兵器として活用しようという事だった。
 戦場である限り、死体は確実に大量に生産される。
 この死体に集められた汚染されたマナを集めてコントロールする事で、ゾンビやスケルトンとして都市防衛に使うという狂気の沙汰をトローイアの魔術師は実行に移したのである。
 都市そのものを魔術結界で覆い、都市自体を魔方陣として使用する事で、住民全てを死霊兵としてコントロールする。
 もちろん、生者にかけて狂人にするつもりは無く、その魔法発動の引き金は住民の生命活動の終了という安全弁がつけられていた。
 同時に、住民全てにマナによるネットワーク化という利点が生まれ、アニスはマナを介して、全住民をコントロールする事で効率のよい防衛体制の構築を作る事ができるのだった。
 この防衛機構は実際に遺憾なく発揮され、攻め込んだイッソス軍はこの死霊兵によってついに城内に攻め込む事はなかったという。
 そのトローイア落城もアニスによって引き起こされた。
 イッソス軍が撤退してお祭り騒ぎのトローイアの街でアニスが暴走し、汚染されたマナが全住民に注ぎ込まれ、勝利の宴は殺戮の宴に変わったのである。
 そこに撤退したと思われたイッソス軍が攻め込んで、トローイアの街は滅んだ。

「陰気な話ですいません。
 私、男に狂うまでは、少し人殺しに狂っておりましたので」

 優雅に微笑むアニスの話を聞き終わった石原中将が、俺と同じような顔をしている。
 無理も無い。
 俺達の世界でも総力戦という言葉が生まれ、既に戦場に後方は無いと言われて久しいが、アニスの話はそれをはるかに超えている。
 死体まで戦場に投入するというこの世界の戦争に戸惑っているのだった。

「けど、私では撫子様には勝てないんですよ」

 アニスの謙遜に何でかえっへんと胸を揺らしす撫子。
 いや、それ褒めてないから。

「つかぬ事を尋ねるが、その力を持ってしても撫子様に勝てぬのはどうしてだ?」

 石原中将がアニスとも撫子ともとれる質問を呟く。
 死なない兵士による永遠の市街戦なんて状況で、どうしてアニスが撫子に勝てないのかわからない。
 その質問に、さも当然という顔で撫子が答えた。

「簡単な事よ。
 わらわなら、街そのものを地震で潰す」

 倣岸不遜な笑みを浮かべて、撫子がアニスを見つめる。
 撫子の代わりにアニスが、笑って補足する。

「基本的に、戦いに人間って邪魔なんですよ。
 金銀財宝に食べ物は、竜が何とかしてくれる。
 女についてはまぁ別として、ほとんどのものを竜が与えてくれるので。
 全てを滅ぼして、一から作り直す方が楽なんですよ」

 そのアニスの笑みが美しいゆえに、その狂気もいやでも感じ取ってしまう。

「私達は一度大崩壊で滅んでいますから。
 一度滅んでいるなら、二度三度も変わりませぬわ。
 処女は最初にこそ価値があるのと同じで」

 ゼラがその狂気を告げたと同時に撫子が軽く指を鳴らし、俺達はトローイアが激震に見舞われ、全ての建物が崩れ去ってゆく幻想を見てしまう。
 それとも、撫子がわざと見せたのだろうか。
 関東大震災もかくやと思われる大地震を起こした撫子は、こうして勝利宣言を行ったのである。

「これが、この世界での戦いじゃ」

 と。
  

 帝国の竜神様 070


帝国の竜神様71
2012年01月10日(火) 19:35:48 Modified by nadesikononakanohito




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