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みの☆ゴン90〜100 ◆9VH6xuHQDo 2009/11/15(日) 22:07:19 ID:uJMRSXhk




「……ったく、体育祭なんてオリンピックみたいに4年に一回くらいが丁度いいのよ。あ〜、
 ウザい! ウザ過ぎるっ!……ウザ過ぎて、夏来にけらし白妙の……」
「衣ほすてふ天の香具山……まあ、そう言うな逢坂。みんなで力を合わせて一喜一憂するの
 もいいもんだぞ」

 週末の金曜日。ここは、放課後のファーストフード店である。毒づく生徒会庶務(仮)の
大河は、となりに座る生徒会副会長である北村から、やさしい口調でたしなめられてしまう。

「あいかわらず逢坂は、言いにくい事をズバズバ言い切りやがるな。おもしれえ」
 やさしい北村とは対照的に、生徒会長のすみれは、目を細めて不敵な笑顔、毒づく大河に
そういい返す。大河は、上級生だろうが、会長だろうが、すみれを容赦なくギラギラと睨み
返す。そんな緊迫した冷戦状態の二人の間には、冷汗をかいた生徒会フルメンバー総勢6名
がガン首を揃えており、来る体育祭の実行計画を練っているのであった。

「……そういえば会長。本当に俺が考えるんですか? その、サプライズ競技、でしたっけ?」
 すみれは大河から目線を剥がし、不幸のデパート、幸太の質問に答える。
「サプライズ競技? あーあれだ。借り物競走のお題の事だな? 幸太。ブワーっと盛り上がる
 ヤツを頼むぞ。ありきたりのつまらねえお題にしやがったら、ただじゃ済まさんぞ。そん時は
 そうだな……体育祭じゃなく、体、臭い委員に任命してやる。卒業までな」
「嫌です……だいたい俺は体臭くないですよ。多分ですけど……しかし、さっき北村先輩から、
 うちの体育祭、毎年全然盛り上がらないと聞きましたが、そうなんですか?」
 すみれは、ふふんとした表情で、幸太を見据える。飽きて来た大河は、ふんぞり返ってチュー
チュー、オレンジジュースを飲んでいたが、2年生の書記が、そんなすみれと幸太の、どうでも
いい会話を一生懸命書き留めているのを見て、呆れたような表情になる。しかしすみれは、

「たった一日のお祭り、ってことで無埋やりにでも盛り上げてやる。予算は例年のほぼ倍、さら
 にあれこれ条件ももぎ取ってやる。なんといっても、1学期で一番大きな学校行事だからな」
 はっきり、きっちり、しっかりしたアニキ口調で喋るすみれを、北村は持ち上げる。
「あの演説はお見事でした。『毎年毎年盛り上がらない体育祭は歴代生徒会に受け継がれし負の
 遺産! 相続放棄という手もあるが、私が盛り上げてみせる!』でしたっけ? 三年生の実行
 委員長なんて感動しちゃって、スタンディングオベーションしてましたよ」
「感動するにはまだ早いな。今年の体育祭は盛り上がるぞ。あれだけ大見得切ったんだ、私の本
 気を見せてやろう、……って、おい、幸太。てめえひとりでポテト抱えてるんじゃねえよ」
「会長だってひとりでナゲット全部食べちゃったじゃないですか。ちょっとやめてください、ケ
 チャップなんてかけないでください。いい年して子供舌なんだから」
「私はまだ十八だよ子供だよ! 寄越せ! 寄越せってんだっ」
「やです、だめです、ポテトにとってもそんな食べられ方は不幸なんです、逢坂先輩パスパス!」
「うわわわっ!! こっちにパスすんな! アホー! ってか食べ物で遊ぶな! 北村くんっ」
「ひゃああー! 俺の眼鏡に油っこい指で触るんじゃなーい!」

 そんな中でも、書記は黙々と目の前に起こっている事実をノートに書き留めていくのであった。

***

「えーと、それじゃあ後は、体育祭実行委員に議長を任せるか……春田、よろしくな」
「イエス」
 週明けの月曜日。連絡事項の伝達を終え、クラス委員長の北村は教壇から降り、2年C組の
ロングホームルームの議長の座を、じゃんけんで負けて実行委員になった春田に明け渡す。す
れ違う瞬間に「ヨロシク」「シクヨロ」と、ニヤニヤ肩を叩きあう。とはい
え、実行委員は春
田だけではなかった。

「亜美ちゃーん、がんばってー」
「あはは、がんばるー・」
 そう、クラス中のとろけるような視線と声援を浴び、優雅な足取りで教壇に向かっていくの
は亜美であった。転校してきたばかりの亜美は、なんの係にもなっておらず、「向いてそうな
気がするなあ」というゆりの適当な一存で、体育祭実行委員に任命されたのだ。

「議長なんてやるの初めて。緊張しちゃうなあ〜……頑張ろうねっ、春田くん!」
「う〜ん、がんばるぅ」
 教壇に並んで立って、へら〜っと、友のだらしない顔を見上げながらも、竜児はみんなと
一緒になんとなく拍手してやり、とにかくロングホームルームを盛り上げていく。

「それではっ! さっそく、議題に入りたいと思いまっす! え〜、体育祭での我が2年C
 組の仮装行列のテーマを何にしましょーかっ! っという話なんですがっ!」
 春田が興奮のあまり、顔をテカテカ光らせ、教壇に両手をついてクラス中を見下ろしてい
る。しかし『なんにもやらなくてよくなーい?』『とりあえず春田は目立たないようにしと
け」……と、ダラけた姿勢で、柄の悪いヤジを飛ばす連中がいる中、事件が起こった……

「じ〜ん〜せ〜いーじゅ〜う〜し〜ち〜ね〜ん……」
 何かを訴えたそうな実乃梨の姿があった。紅蓮の炎を背負い、ゆっくり立ち上がる。
「……意見、っていうかね……」
 もじっ。と、今度は顔を赤く染め、照れる。机に『の』の字をくりくり描き、
「まあ、その、別に私がやりたいっていうわけじゃないんだけどね。いや、むしろ私はそうい
うの嫌いなんだけどね。……ええと、ほら、みんなが楽しめたらいいかなーって。だから嫌々
ながら言うんだけどね。結構、アレ、いいかなーって。そう、その……おっ、おば……うっ!」

 鼻血だ。タラタラと、ポケットティッシュで押さえたが、追いつかない。ガタッ! 竜児は
彼女の緊急事態にすばやく反応し、駆け寄った。しかし実乃梨は竜児を手で制し、ふっふえ! 
ふっふぇ! ふぇっふぉ! と、不吉な笑い声を漏らす……どれだけ興奮しているというのか。

「ふっ、ふぐ……へへ……竜児ふんっ、らい丈夫ぅ。鼻血、出ちゃっだ……やだみんな、誤解
 しないでよ? 変なこと言おうとしてるわけじゃないんだからね……たっ、ただね、その私
……あの、あの〜、なんだ、その、おっ、おばっ……!っ……おばけやしきっ!!」

 大変なことになった……2−Cの面々は、揃いも揃って唖然とアホ面。実乃梨の教案にざわ
めきが渦巻く。事件は教室で起きている。

『……お、おばけ屋敷? そりゃ文化祭だろ? おばけの仮装の間違いで
は……』
『どっちにせよ、さっぶ……!』
『……さぶいうえに、かーなーり、めんどくさいよ……』
『ていうか、まったく興味もてないんだけど』
『ハロウィンでもないのに、高二にもなっておばけってなんだよ』
『櫛枝ヤバい、超ヤバい』
 女子たちの言い分はごもっとも……と、そこへ、教室のドアをノックもせずに、ズバコーン!
と、豪快に開ける無頼者が現れた。そんな横暴にして、猛々しい登場の仕方をするのは、この世
界でただひとり。『手乗りタイガー』の二つ名をもつ。ご存知、

「ああん?……何してる、バカ犬コンビ。ボーっとしてないで、とっとプリント受取りやがれ」
 大河であった。庶務(仮)として、わざわざプリントを各クラスに配布しているのだった。
「SANKYU〜タイガー♪ あだっ!! 目っ、目ぇ〜〜!!」
 大河は持って来たプリントを筒状に丸め、春田の目に突き刺したのだ。大げさなヤツ……と
吐き捨て、大河は教室を去ろうとするが、そこで生徒会ナンバー2の北村が素早く立ち上がり、
「逢坂……伝令ご苦労! うむ、まだ半分か……よし、俺も配布を手伝うぞ!」
「ええ? 北村くんっ……う、ん……」
 後を頼む! っと北村に託されてしまった春田はスチャッ、と敬礼でスタスタ去っていく大河
と北村を見送る。そして自分はひょいひょい教壇のド真ん中に戻り、

「タイガーから入電〜っ☆ つい先ほど、校長せんせーから、決定が下されました〜っ!」
 入電て……? 思いっきり人力では……と首を捻るクラスメイトたちにかまわず声を上げる。
「今年の体育祭はクラス対抗戦っ! 一位になったクラスには豪華景品が出ま〜っす! わか
 りやすく図解すると……え、っと、こうっ! こうか!」
 興奮のあまりか春田はナゾの円と矢印をぐねぐね黒板に書き始め、「わかんねーよ!」と総つ
っ込みを受ける。となりにいた亜美は、ためらいもなく黒板消しで春田の字をオールクリア。

「じゃあ景品、私が板書していくねー」
 カッカッカッ! と踊るチョークの跡は鮮やか。亜美は意外に達筆であった。で景品は、

 一、来年から交換予定の最新型、うるおいたっぷりエアコンを優先的に今月中に設置。
 一、今年度一杯、クラスに据え置き冷蔵庫設置。
 一、現在生徒は使用禁止になっているトイレ電源の開放。
 一、持ち回りの共用部分掃除の免除。
 一、スーパーかのう屋の割引券。

 ざわ……ざわ……とどよめき出したのは、これまで基本的にやる気ゼロのまま、体育祭なん
てなんもやんないのが一番と、ほおづえをついていた女子たちだった。一気にハイテンション。

『やっばー、やばやば! これってちょっと、勝ちたいかも!!!』『エアコンは人類の至宝、
 まさに科学の勝利よね』『プリン、ゼリー、ヒンヤリまじヤバい』『掃除やりたくなくね?』
『コテ巻きたーい! 絶対巻きたい!』

 女子たちはほとんど立ち上がらんばかりに興奮し始め、きゃあきゃあ高音波で騒ぎ出した。
「はーいはいはい、みんなでいろいろ意見出してくださいね〜・ あ……実乃梨ちゃんは、
 オバケだっけ?」
 と、天使の笑みで亜美は愛想を振りまく。実乃梨はブンブン頭を縦に振る。だがしかし、
そこに、仮装=コスプレという等式を脳内で弾き出した、欲望フルスロットルの能登久光が、
某特務機関の総司令のように、メガネをクイッとあげ、しゃしゃりでるのだった。

「はーい! せっかく仮装するんだったら、仮装したい衣装を着るんじゃなくって、それぞれ
 が胸の内に想う異性の、『非日常的かわいい姿』を見たいと思わないか? 例えば俺は、断
 然チャイナを推したい……あれ? なにこの沈黙……なんか俺、マズい事言った?」

 そうではない。それぞれが、それぞれの思い浮かべるターゲットに、胸の内でコスチューム
プレイをさせていたのだ。その証拠に、おお……低いどよめきが巻き起こる。またキョロキョ
ロと、周囲を見回し、目が合って赤面する者まで……新たな意見が飛び出して来る。

『チャイナもアリだが、やはりここはメイド姿じゃあないのか? 常識的に考えて』
『……いや、待ってくれ、俺はロリ! ないし、ゴスロリ!』

 と、女子に負けず、一部の男子が意見を出し始め、かぼそい拍手まで自然発生するのだが、
「え────────っっっ!?」
 亜美が板書し終えるより早く、女子らの間から大ブーイングが発せられる。

『そんなの超オタクっぽくねえ? やっばいよやばいやばい! や・ば・い!』『あったしそ
 んなのぜーったいやだーっ!』『だいたいメンズはなんのコスプレする気だよ? ダボハゼ
 とかか? え?』『どーせ亜美ちゃんにエロエロなかっこさせて、てめえらが喜ぶ気でいる
 んだろ!』『エーロエーロ!』『へんたーい! 滅びちゃえ!』……滅多打ちである。

「そうだ。男の子たちが表でがんばって、私たち女子が裏方に回ればいいのよ。ホストの仮装
 とか、どうかしら」
「さっすが奈々子。いいこと言うね〜! 超いいじゃん、ホストホスト!」
 ふむふむ、ホストね、と亜美は綺麗な字で板書する。まずい方向に話が流れゆく雰囲気に、
男子たちはおどおど目を泳がせるばかり。そこへさらなる試練が訪れる。
「ホストっつったら、よっぽどイケメンでないと納得してもらえないじゃん。いっそのこと、
 オカマバーでよくなーい? こっちのが絶対笑える!」
 竜児のとなりで大人しくしていた実乃梨が「ぷっ」と吹き出した気がする。気のせいだろう、
か……そんな混沌とした流れを断ち切る春田。

「こっ、これじゃーラチがあかないっ! ……かくなる上は、決戦投票っ! 全員紙にさっさ
 とやりたいことを書け! 書いたらどんどん前に回せ! コンビニ袋に放り込め!」

お化け屋敷──と竜児はもちろん書いた。投票と言っているくらいだから、多数決であろう。
おばけの仮装はきっと、竜児と実乃梨の2票……のはずだったのだが。

「おっしゃ! みんな書いたな!? これで全部だな? シェーイク! アーンド、クジびき!
 一発勝負だー! 泣いても笑っても文句なし、これで決定だぞー!」
 クジ引きかよ! っというツッコミを華麗にスルー、春田は満面の笑み。そして気合一発、
せいっ! と一枚の紙を掴み出した。

「発表しまーすっ! 今年度文化祭、我がクラスの仮装行列のテーマは、ナナ──んんっ!?」
 その春田の手から、紙がハラリと舞い落ちる。脇からさっと拾い上げたのは亜美で、

「えーと、なになに?……なにこれっ!? The Nightmare Before Christmasって……なんな
 のよこれー! こんなの書いたの誰!?」
「……わたし」
「ゆ、ゆりちゃん先生……?」
「おどきっ! 楽しいことなんか、させないからね……っ!」
 ヒップアタックで春田と亜美を押しのけ、教師とは思えぬ言葉を独々と吐くのだ。
「私は担任として、みんなにはシビアな現実を見つめて欲しいの! ……私ずっと女子高で、
 楽しいことなんかなーんにもなかったわりにつらい現実ばっか見てっけどね……楽しいこと
 なんかさせないからね……絶対、させないからね……! キーキーキーキィ───!」

 とても正視出来ない。このままではゆりが妖怪変化に成り果てる……しかし、さりげなく
無駄に運を使ってしまい、見事クジびき勝負に勝ったゆり(独身)であった。

***


「──あーあ。『手乗りタイガー』に触りたい……」
 ため息混じりに漏れた、それはスーパー不幸体質である幸太の独り言だった。が、
「おい、エロガキ……今何て言った……」
 最初に反応したのは無論、大河であった。指をバキンバキンと鳴らし、幸太に凄む。
「な、なんで突然機嫌悪くなるんですか! あ、もしかして逢坂先輩『幸福の手乗りタイガー』
 のこと、知ってるんですか?」

 放課後、生徒会室には、体育祭の各クラスの仮装行列のテーマをまとめるため、全メンバーが
揃っていたが、幸太のリスキーな話題に皆、黙りこくってしまい、会話の経過を静かに見守る。
「質問に質問で答えるんじゃない! 幸福ぅ? 何なのよそれ? ただでさえ手乗りうんたら
 とか聞くとイライラすんのに、変な修飾語付けんな!」
 ドンッ! っと机を叩く大河。ビビる幸太は、座っていたイスから後ろ足に離れる。
「だからなんで、逢坂先輩が機嫌悪くなるのか、意味わかんないですって! クラスの奴らが、
 言ってたんですよ! なんでも『手乗りタイガー』に触ると、卒業するまで三年間、ずっと
 幸せに過ごせるらしいよ! って」
 ガーンっと衝撃を受けて動けなくなる大河。北村は蝋人形と化した大河を心配し駆け寄る……
その時、
「ふむ。で、不幸なおまえさんはその『手乗りタイガー』とやらに、ぜひ触りたいと思ったも
 のの、友達じゃないから詳細を聞くことができなかった、と。どこまで内気なんだよ」
 すみれが会話に割り込んできた。その声に幸太は背を向け、呟く。

「もういいです。放っておいてください……別に、ちょっと気になっただけですし。本気にな
 んてしてませんから。おまじないみたいなもんでしょ、どうせ」
「いいや、違うぞ。『手乗りタイガー』は実在のものだ。俺は見たことがある」
 見たことがあるどころか、介抱している北村の声が、不意に大きく部屋に響く。
「えっ!? そうなんですか?」
 驚くべきことに、すみれもしなやかな手を上げて見せ、
「私だって見たことある」
 他のメンバーも目を見交わしながら、会長に続いて「あるある」と手を上げるのだ。
「先輩たちはみんな、目撃したことがあるってことですか?」
「ああ……しかし、幸福の手乗りタイガー伝説か……そんな大層なことになっていたとは……
 なあ逢坂」
 こらえきれず、北村は「くふ」と笑い声を上げるが、こっちの世界に戻って来た大河が、そ
んな北村の意地悪な態度に、ぷーっと頬を膨らます。すみれ以下、他のメンバーは妙に、にや
にやと顔をゆるめている。
「……な、なんなんですか、この空気は一体……そして逢坂先輩の機嫌が一層悪くなった気が
 するんですけど……」
 幸太は一人事情を飲み込めず、状況を探ろうと辺りを無駄に見回すと、
「そうだ幸太、おまえ『手乗りタイガー』に触って、その不幸を治せ。おまえみたいな不幸体
 質なヤツが身内にいると、生徒会全体にまで累が及びかねん。触って不幸を治してこい」
 戸惑う幸太。大河はキッと、すみれを一瞥。しかしすみれはなんてことない顔。北村は、ま
あまあと、大河をフォローするのだが、
「へえ、面白い。笑っちゃう。わたしも是非触ってみたいわねえ、『幸福の手乗りタイガー』
 に。でも、そんなくっっ、だらない噂は、『修正』しないといけないわねぇ……」
 大河の小さな体躯に暴力的な不機嫌パワーがみなぎっていくのを幸太は勘違いしてしまった。
「なんか逢坂先輩が一番『手乗りタイガー』に詳しそうですよね? もったいぶらないで教え
 て下さいよっ」
「はんっ……よろしくてよ。教えてあげるわよ……そして、触った瞬間、幸福どころか、強烈
 な不幸が訪れる事を……貴様の体に直接教えてやるああぁぁぁ!」
 弾丸のように飛び出す大河。しかし、
「待て逢坂! 興味があったから傍観していたが、すまん! ここは俺に免じて堪えてくれ!」
 北村は、大河の両脇に手を差し、羽交い締めにする。すると大河は真っ赤になり、借りてき
た猫のように大人しくなる。そのタイミングで生徒会室の扉をノックする音がしたのだ。

「失礼しま〜す!2−Cの川嶋です!体育祭の仮装行列のプリント持って来ました〜」
「ちーっす☆あれ……北村とタイガー、なんでプロレス(ガチ)してんの?」
「チッ……なんだまたバカ犬コンビか……プロレスしたいならいつでもかかってきやがれ。
 返り討ちにしてやる」
 唸る大河に、亜美の笑顔は揺るぐ事なく、
「逢坂さんいたんだ? チビッこくて気づかなかったわ〜? でもちょっと背のびた? あ、
 それ寝グセ? そっか〜残念だね? 伸びるわけないよね! あははっ!」
 怒りで、髪の毛が逆立つ大河をからかう亜美。大河は熱視線で、焼き殺すように睨みつける
が、亜美はさらりと受け流す。腕の中で暴れる大河をなんとか制する北村。それを見た幸太は、
「……よくわからないですけど俺が原因ですよね? ヒステリー起こさないで下さい」
「違う! どう考えたらそうなんのよ! お前なんか関係ない。よくわからないなら、すっこ
 んでろ!」
 そう言う大河も、訳がわからず興奮しパニック寸前、収拾がつかなくなりそうになる。

「そこまでだてめえら。話がずいぶんズレてきてるぞ」
 混乱を収めようとしたすみれだったが、大河の怒りの矛先は再びすみれへ。
「元はといえば、バ会長が、エロガキにわたしのこと触らせようとしたからじゃない!上手く
 まとめようとすんな!」
 逆上する大河は、愛しの北村のワキワキキャッチくらいでは、沈静化する事はすでに手遅れ。
フランス人形めいた美貌がわなわな震えている。北村はズレる眼鏡もそのままに、
「お、落ち着くんだ逢坂! 会長、ご無礼お許し下さい。亜美も、言い過ぎだぞ」
 腕を組んで、プイッと、そっぽ向く亜美。この状況下でも、まだまだ余裕なのであった。
「ちょっと佑作〜。それってタイガーの肩持ちすぎじゃな〜い? ズル〜い! ズルいよねえ、
 春田くん?」
「そ〜だぞ北村、ズル〜い!ってなにが?」
 春田まで巻き込まれ、更にカオス状態が加速する。北村が力つき、遂に猛虎が解き放たれる。
そんな押し合い圧し合い、取っ組み合いが始まり、バトルロワイアルな騒々しい生徒会室の中、
「逢坂大河。タイガー……なるほど『手乗りタイガー』の正体は逢坂先輩だったのか……しか
 しなんて恐ろしい光景なんだ……」
 学園七不思議の謎が解た幸太は、ひとりでウンウン納得するが、この直後、すみれが避けた
大河の放つビンタを食らうのである。凄く強いヤツを。

 そして机やイスも飛び交い始めた中でも、書記は黙々と目の前に起こっている事実をノート
に書き留めていくのであった。

***

「なあ、実乃梨……聞いてるのか?」
「ん? んっんーっ! 何? ごめん、えーっと、体育祭の仮装行列のことだっけ?」

 最近よくある事なのだが、実乃梨は竜児の顔を覗き込んでくる。竜児的にそれは特に悪い気
はしなかったのだが、そういう時の実乃梨は、竜児の話を聞いてない事が多く、会話の途中で
それをやられると、もう一度話し直さなくてはならない。
……まあ、それも悪い気はしないのだ。そういうところも竜児は好きであった。

 今日はめずらしくバイトも部活もなく、竜児と実乃梨は放課後デートを満喫中なのだ。

「おうっ、そうそう、さっきのホームルームで決まった仮装行列なんだけど、あれ、大丈夫な
 のか? ナイトメアなんとかって、ディズニーのよくわからないコスプレより、実乃梨の提
 案通り、普通にオバケにした方がよかったんじゃねえかなって」
 腕を組む竜児に実乃梨は、
「いいんでないかい? でも、竜児くんはいっつも私の味方になってくれるねっ! うれしい
 ぜっ! そだ……もしオバケやるなら、竜児くんはラーメン大好き小池さんに任命するぜよっ」
「……それオバケじゃねえだろ。登場人物じゃねえか……でもまあ、決まっちまったもんはし
 かたねえか。しかし、あれって、みんな知ってんのか? 俺だけ知らねえって事はねえよな」
「うちにDVDあるよ? 今度一緒に見ようよ。簡単に言うと、ハロウィンのカボチャの王様が、
 ハロウィン風のホラーでスプラッターなクリスマスをやるっていう話なんだぜ〜」
そう説明を聞いた竜児の表情が曇る。 
「それだけ聞くと、すっげぇ嫌な予感がするな。もしかしたら俺、大活躍しそうじゃねえか……」
「えー! いいじゃーん! 竜児くんがカボチャの王様やるなら、わたし、サリーやりたいっ」
 そのDVDのラストで、カボチャキングとサリーはキスをする。最近、実乃梨が竜児の顔を覗
き込んでいるのは、そこらへんに答えがあったりするのだが、鈍感、奥手の竜児に分るはずも
なかった。実乃梨は、できることなら、お花畑のような、キレイで花がパッ、パッっと、あたり
一面に咲きほこっているみたいなトコロでファーストキスをしたいと願っていたのだ……できる
ことなら。だが。

 そんな平和なふたりの正面。進行方向にあるケーキ屋さんで本当の事件が起こる。

ガシャン!!

 ショーケースのガラスが割れ、破片と同時に真っ黒なジャージのマクスした男が飛び出して
きた。そして、店先にいた主婦らしい客をドンッと、弾き飛ばす。

「っとおおおっ!! だ、大丈夫ですか?」
「おうっ、なんだなんだ!?しっかりして下さい!!」
 目の前で倒された主婦は、実乃梨がすばやく気付いたおかげで、地面
に頭を打たずにすむ。
続いてコックスーツの店主らしき男性が店の奥から飛び出してきて、
「ドッ、ドロボー!!」
 ジャージ姿の賊が、手提げ金庫をワキに抱え、走り去っていった。
「竜児くん、このヒトお願いっ!」
 実乃梨は、事件現場に転がっていた空きビンを拾い、構えた。当たれっ! 叫ぶ。

ヒュンヒュンヒュンヒュンッ……すっこ────────んっ!!!

 実乃梨の投てきした空きビンは、見事に賊の後頭部に命中。あれは痛い。痛そうだ。賊は崩れ
落ち、道ばたの生け垣に頭から突っ込んだ。

***

 木でできた看板には、『洋菓子店アルプス』と懐かしいような字体で店名が踊っている。
竜児と実乃梨は、警察署におもむく事無く事情聴取が終わり、店舗の奥で店主から
モンブランをご馳走になっているのだった。

「いや〜、ほんと、ありがとう。実は、パートの売り子さんが、インフルエンザで休んじゃって
 さ、店番いなくて困ってんだよね」
「そうなんですか……大変ですよね。強盗に狙われるし」
「そうだ君。迷惑じゃなかったらバイトしてくれないかな?水曜日まででいいから。迫力あるし」
突然の勧誘に竜児は驚きを隠せない。
「おうっ! 俺っすか? バイトやった事ないし、逆に営業妨害じゃないっすかね……」
「簡単だよ。困ったら、店の奥に俺がいるし、ぶっちゃけ、店番だけでいいから、おいしい話
 だろ?」
……竜児の事情をなんとなく知っている実乃梨は、困っている竜児の代わりに答える。
「わたし、やろっかな……バイト」
「え? 実乃梨はファミレスのバイトあるだろ?いいよ。何かの縁だし……俺がやる、バイト
 させて下さい」
驚く実乃梨。そして、店主は気が変わらない内にと、竜児を急かせる。
「本当かい? いやあ、嬉しいなぁ! じゃあ早速着替えた着替えた!」
「今からっすか? いきなりっすね!……わかりました、やります」
泰子には仮装行列の準備で遅くなるとメールを打つ竜児。それを見た実乃梨は、
「竜児くんが、このファンシーな背景の一部になるのかっ。いよ〜し、私は君を応援する
 ぜ、高須竜児! 頑張れ人生初バイト! ……あの、店主さんっ。女性用の制服ありません
 か? わたしも彼のお手伝いたいんです」
「え?……いいけど、ひとり分しか、バイト代出せないよ。それでいいなら君、かわいいし助
 かるなあ」
「マジかよ実乃梨、店番くらいひとりでできるから」
「今日バイトないし。竜児くんわたしの超高速レジ打ち伝授してあげるよ、ね?いいでしょ?」
願ったり叶ったりのアルプスの店主は、二人に握手する。
「ありがとう!じゃあ二人ともこっちに来て!」

***


「竜児くん、カッケーよ、それ!」
 貸与されたバイト用のユニフォームは、真っ白なコックコート。もし竜児を知っている人物が見
れば、もの凄く胡散臭いニセパティシエなのだが、上手く寡黙な職人さんって感じに変身した竜児。

「そうか? 実乃梨こそ、かっ、可愛いな」
 実乃梨は、エプロンドレスのついた黒ベロアのワンピーススタイル。
「うふふっ〜。うれしーかもっ! ねえ、竜児くん写メ撮っていい? 記念にさ。レアな一枚」
 ピロリ〜ンと、間の抜けた撮影音。嬉しそうに、実乃梨は、ケータイの待ち受けに設定する。
そこにアルプスの店主が店の奥からやってきた。
「じゃあ、今からお願いね。高須くん、だったね? レジ打ち練習しようか。できる?」
 と、少し不安げな店主に、
「はい、できます。多分」
 竜児はやる気たっぷりにレジの前に立つ。そして練習のために店主が「これくださいな」と気持
ち悪い裏声で空箱を渡して来る。竜児は、ぎこちない手付きでレジを操作し、空箱を包装して手渡す。
「ありがとうございました!」
 ニヤリッ!
「うっ! ……やっぱり櫛枝さんのほうが……まあ、いいか! オッケー! それじゃあ頑張って!
 短時間だから休憩はあげられないけど、手洗いなんかは適宜行ってね」
 そう言い置いて店主は店内へ戻っていった。店頭に残された竜児と実乃梨の目の前を、人々が
忙しそうに通り過ぎていく。商店街はまだ買い物の時間には少し早く、近所の私立高校の生徒達
が慌ただしく歩いていて、『あっ! ケーキ売ってる〜!』『おいしそ〜』……などと指差すが
そのままスルーしていってしまう。まあ、こんなこんなもんだよな、と油断した竜児に、近所の
主婦らしき、最初のお客さまが声を掛けてきた。
「ん〜。いい匂いね。これはおいくらかしら?」
「あっ? ええと、 一応、これが……その、ひゃっ、ひゃあ」
 口の中でモゴモゴと不明瞭に答える。実乃梨が「140円です!」と、フォローするが、主婦
はすぐ興味をなくしてしまったようで、フゥンと漏らしただけで、去っていってしまった。

「うわ、失敗した……緊張するな、挙動不審だ俺」
 まあ、もともと店番が目的だし、別に売れなくても竜児的には、それはそれで緊張しないで
済むのだが、デキる天才バイト少女、実乃梨は、違かったらしい。

「よってらっさい、見てらっさ〜い! アルプス自慢のスィートポテト! 出来たてっすよ〜!」
 せめてバイト代くらい売らないと、そう考えた実乃梨は、まるで八百屋のように、よく通る
クリアな声で、客寄せをし始めたのだ。すると、スルーしていた歩行者が、足を止め、集まり
だす。そして、ここが勝機と、実乃梨は、本領発揮し、なんと唄い出した。

「♪ ア、ル、プ、ス、じ、ま、ん、の、スウィートポ〜テト、と〜ってもあ、ま、く、て、
 お、す、す、め、さっっ! ヘイ! ラ〜ラランラン、ランランランラン……♪」
 そのアルプス一万尺の替え歌に、竜児はなんとか手拍子で加勢する。最後の、ヘイ! では、
一緒にコブシを突き上げたりしてみたりした……恥ずかしかったが、実乃梨と一緒なら、そん
な思いは、吹っ飛んでしまった。実乃梨は、竜児の持っていない部分を持っている。引き出し
てくれる。そこに竜児は惹かれている。そんな所も実乃梨を好きな理由の1つなのだ。
 出来立てのスイートポテトには、行列が出来る。その行列がまた人を呼び込む。包装したり、
バッグに入れたり、忙しく動き回る実乃梨が輝き出す。それを横目に竜児の心臓も高鳴り出す。
 寡黙にレジを打つ竜児は竜児で、『気難しそうな若いパティシエさんが自ら売ってるんだ……』
『あんな感じの新進気鋭の職人さんって、期待できそうよね』と上手く誤解されてくれた。

 そんなこんなで、アルプスは稀にみる大繁盛をする。

***


「♪スイ〜トポ、テ、ト、は、家までガ・マ・ン・だ、途中〜で喰〜たら、また買いなっヘイ!
 ラ〜ラランラン、ランランランラン……♪」
……そんな感じで、客をこなしていく実乃梨。スイートポテトは、数分で完売してしまったが、
店主が追加を作り出して、待ちになり、ひとまず混雑は一段落する。

「は〜いっ、毎度あり〜! はい、じゃあ次のお客さんは、竜児くんね? よろしこっ」
 無茶振りだが、振られたからには、なんとか男の意地を見せたい竜児。そこにホールケーキを
予約していた客が来た。ケーキを包装し、客に差し出したが、頭の中が、真っ白になる。とりあ
えず、唄わなくては……
「♪アルプス、一万円〜、預かりま〜した、お釣りは、ろくせん、ご、ひゃ、く、えんっ ヘイ!」
 ラ〜ララン…♪ 竜児は、高らかに唄った……唄いながら自分の中で、何かが弾けてしまった
気もしたのだが、後悔はしなかった。いつの間にか緊張は解け、バイトって楽しいかも……そう
考え出したのかもしれない。唖然とした表情で帰る客を見送った後、実乃梨が竜児に一言。

「ひゅ〜♪ ナイスアドリブだぜ! 竜児くん! キレイにまとめるねえ」
パシンと、ハイタッチ。そこに聞いたことある声がふたりの耳に飛び込んで来た。

「あっれ〜? 俺、チミたちと、ソックリさん知ってるよ〜☆」
「い、いらしゃいま……おうっ! 違えよ春田っ! ソックリさんじゃねえよ。本人だ本人!
……それはそうと、なんでお前そんなにボロボロなんだよ……」
 レジごとズッコケそうになる竜児の前には、能天気でおなじみの愛されアホ・春田がひょっこり
出現した。大河とのバトルロワイアルで、髪はボサボサ、顔には引っ掻きキズがチラほら……しか
し春田は、そんなことに構わず、ほんげ〜☆って感じで、コックコート姿の竜児をジロジロ、ニヤ
ニヤ観察している。
「ヤッホー! 春田くん、ずいぶん漢らしいツラになったじゃねえか! ケンカでもしたのかい?
 てか、せっかくだから、なんか買ってってよ。ティラミスなんかどうだい?」
「どんも〜っ、櫛枝も一緒なんだ〜。やっぱ、高っちゃんとセットなんだな、ウヒヒ☆え〜っと、
 何? ティラミス? チラ見っす〜、なんちゃって☆ これパンナコッタ? なんのこった?
 うひょ〜☆」

「寒いぞ春田……遊んでんじゃねえんだ。つまんねえ事言ってねえで、買わねえんなら帰れ帰れ」
 シッシッと、追い払おうとする春田の背後が騒がしい。『あの娘かわいい』『モデルかな?
 背高いし』とか……竜児は思い出す。そういえばこのコンビも最近セットなんだった。

「あっはーっ! 誰かと思ったら、実乃梨ちゃんじゃないっ! 可愛い〜っ! すっごい似合
 ってるよ? っそ〜だ、今度モデルの撮影くる? カメラマン紹介しよっか?」
 春田と体育祭実行委員を務める無敵の美少女、亜美がいた。その亜美の一言に、えっ、そっか
な……と、本気で照れる実乃梨。超人気の美少女モデルに褒められればそりゃあ、実乃梨でなく
てもまんざらでもないだろう。竜児としては自分のことは別に褒めて欲しくはないのだが、
「川嶋もいたのかよ。それよりなんで俺を全力で無視しやがるんだ」
クルっとワザとらしく竜児に振り返り、亜美は人差し指を唇にあて、
「もう、高須くんったら、見なかった事にしようと思ったのにな・ だってぇ〜、実乃梨ちゃん
 の前でホントの事いえないじゃない・」
春田も調子づく。
「めるへんちっくなお店なのに、なんか高っちゃんだけバイオリズム&サイレンスって感じ!」
「……バイオレンス&サスペンスじゃねえか? その間違え方、ずいぶん無理矢理だろ? 
 ってか、ひでえ悪口なんだが春田」
ケタケタ笑い出した亜美に、実乃梨がダメ押しする。
「あーみん、わたしのニュー待ち受け画面だっ! くらえいっ!」
「……え? 実乃梨ちゃん、何これ? ……ブッハー!」
「……おう。ちょっと、その画面見せろ。どんなふうに撮れてんだよ」
だめ〜っと、実乃梨は舌を出す。その仕草に竜児の恋心は、ズキンと跳ねる。許す。許してしまう。
そんなダラダラな店先には、カリスマ美少女モデルがいる訳で、再び人集りができるのであった。
気付いた亜美は写メは丁寧に断りつつ、「えー、よく気づいたねー・ 応援してくれて、みんなあ
りがとー・」などとうるうるチワワモード、愛想良く握手やサインに応じている。

 スイートポテトも出来上がり、またも忙しくなる竜児と実乃梨。その最中、竜児がポツリ。
「さっきの写メ。撮り直さねえか?」
「ううん。わたし、この待ち受け好きっ! 自慢自慢♪」
……そんな事いわれちゃうと何も言えなくなるウブな竜児なのである。

***

「高須くん3日間、おつかれさまっ! いやー、助かったよ。はい、これ給料ね」
「いえ、こちらこそ短い間でしたが有り難うございました。今度は客として買いに来ます」
 礼儀正しく深々と会釈する竜児。人生初のバイトは何事も無く任期を終え、持ち前の責任感
からなのか、それとも緊張から解放された安堵感からなのか、竜児の表情がニコリと和らいで
いる。あくまでも竜児にしてはだが。
「怖! ……しかし、君の彼女。え〜櫛枝さんだっけ? すっごいセンスあるよねえ。是非ま
 たクリスマスにでも……おおっ、噂をすればナントやら」
「おっつ〜、竜児くんっ! もしかして丁度バイト終わったとこかね? グッタイミンじゃん
 か! 一緒に帰ろーよ。でもなんか雨振りそうな天気だねぇ?」
 今にも泣きだしそうな空の下。地上に降りた太陽のような眩しい笑顔を輝かせる実乃梨が、
部活を終えた後、竜児を迎えに来てくれたのだ。竜児はその燦々とした笑顔を全身に浴び、
体中の血流がグングン速くなり、みるみるうちに疲れが解消していくのを感じるのであった。
コックコート姿も見納めか〜っと、名残惜しそうな実乃梨に照れる竜児。そこに店主は奥から
スカイブルーの傘を持ってきて、二人に差し出した。

「1本で良いよね、傘。帰りに雨に降られそうだから、これ使ってよ」

***

「実乃梨っ……思ったより分厚いんだが、これ……給料袋」
 手にしていた給料袋の中身を確認する竜児。たかが三日のバイトで、この金額はない。もし
かしたら、泥棒の撃退分も加味されているのかもしれない。実際に撃退したのは実乃梨なのに。
「おおっマジだ。すっげーよ! 竜児くん頑張ったもんね! ありがたく頂戴しようよっ」

 商店街を抜けた国道沿いの歩道を、竜児と実乃梨は寄り添って歩いている。アルプスの店主
から借りた傘を、実乃梨はステッキのようにクルクル回していた。
「実乃梨にも、半分渡すよ。手伝ってくれたし」
「え? い〜よ〜! わたしが手伝ったの初日だけだし、もともと勝手にやった事だしね」
「そんな訳いかねえよ。店主さんも、その分、増やしてくれたみたいだぞ。ほら受け取ってくれ」
 うーん……と、額に手を当て、実乃梨は少し考え、
「じゃあさ、そのお金で、パ〜っと、一緒に遊びに行こうよ! ね、そうしよ?」
「そうか?……そうだな、パ〜っと……おおうっ!!」
「わわっ!お札が!」
 突然の強風で、封筒から頭をだしていたお札が数枚、車道にばら撒かれてしまった。実乃梨
は、鋭い反射神経でパシッと一枚掴むが、取り損ねた数枚が、国道の中央分離帯まで飛んでい
ってしまう。飛んでいったお札は、中央分離帯の植え込みの枝に引っかかる。
「うわ……あんなところに。信号変わったら取りに……ありゃ、雨だ」

 ポツリと、一粒。脳天に雨の雫が落ちてきた。しかし二人は信号が変わるやいなや、雨に構わ
ず、走って横断歩道を渡っていく。実乃梨はセンターポールの裏、竜児は植え込みのお札に向う。
「一枚ゲッ〜ツ! はぁ〜危なかった! 竜児くん、そっちはどお?」
「おうっ、取れたぞ。あ、信号変わっちまう」
 お札を拾っていた二人は、無人の中央分離帯に取り残されてしまった。そして無情にも、雨足
は強くなり、容赦なく二人の制服の色を濃くしていく。
「傘、傘! スゲー降ってきた! ほらよっ竜児くん! 入ってくんなまし!」
 大粒の雨は、スカイブルーの傘に当たり、バラバラ派手に音を立てる。傘を差す実乃梨の元へ
駆け込んだ竜児は、走り込んだ勢いでつい、ドンッと、抱きついてしまうのだった。ワザとでは
ない。ワザとではないのだが、そういえば、こんな事……前にもあった……そう、竜児が実乃梨
に告白した時。あの時もそうだった。
「おふっ! 竜児くん、いらっしゃ〜い!」
「だ、大丈夫か、実乃梨。ぶつかっちまった。すまねえ……」
 初めての、相合い傘。なんとなく抱きしめ合ったまま、二人は動けなくなる。もう少し、この
まま、抱き合っていたかった……抱きしめたまま、愛愛傘の中で……竜児は一度、預けていた胸
を放し、実乃梨を見つめる。大きな瞳が潤んでいた。どうしようもなく愛しさがこみ上げる。

「……実乃梨……俺たち、付き合ってるよな……」
「……うん、そうだぜ……付き合ってるんだぜ……」
 ゲリラ雨だろうか。雨はさらに強くなり、豪雨となる。雨に遮られた二人の視界は次第にボヤ
け、周りが見えなくなっていく。二人だけの世界。狭い傘の中で、二人は互いの体温を、胸のド
キドキを、感情を確かめ合う。

「お、俺、お前が好きだ」
「わたしも好き……もう、竜児くん……いつも突然なんだからっ」
 そう言うと実乃梨は、竜児を見つめていた瞳を、長い睫毛をゆっくり閉じたのだ。竜児は、唇
をつぼめ、少しずつ、実乃梨に接近していった……のだが。

カチン!
「いったいっ! 歯が当たった! 歯!」
「ってえっ!……脳に、響くな……す、すまねえ、もう一度……いいか?」
「クススっ、うん……竜児くん……何度でも。しよ」
 竜児は実乃梨の腰に手をまわし、今度は優しくキスをした。

チュッ……

甘い、最初で最後のファーストキス。重なり合う唇は互いに震えている。しかし竜児は、一歩踏
み込んだ。実乃梨は、差していた傘を手放し、竜児の首に両手をまわす。傘は車道へコロコロ転
がり、走っていた車に急ブレーキを踏ませ、止まった車はクラクションを鳴らしたのだが、ずぶ
濡れの中、抱き合う二人を見ると、なにも言わず、走り去っていった。そのまま絵画のように長
いキスをする竜児と実乃梨。二人が発する熱は、雨に濡れた制服から蒸気を出させる。
 信号は青に変わり、通行人たちはチラ見しながら、時には冷やかしながら、若い恋人たちの横
を通り過ぎていく……

 ──そして、その交差点の周りには、まるで実乃梨の望んだお花畑のように、通り過ぎる人々
のキレイな傘の花が、パッ、パッっと、あたり一面に咲きほこるのであった。

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