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〜手乗りタイガーのちょっと穏やかな昼下がり〜 2009/10/20(火) 20:11:07 ID:uobaW18b



光に溢れる小洒落た店の中。
高須竜児と川嶋亜美が肩の触れ合いそうな距離で仲良く座っている。
名前も知らない観葉植物に囲まれて周囲は緑にぼやけ、彼らの背後もまた、逆光気味ではっきりと判別できない。
観察者に背を向け、不思議な光の中に浮かんだ二人の男女。
顔は見えない。
声も聞こえない。
ただ、背格好も雰囲気もとても自然で、落ち着いているように見えた。
男の背中から安らぎを感じる。
その男のそんな姿を見たのは初めてのような気がした。
女の方は………
優しげで、包み込むような佇まい。
いつも喧嘩ばかりしてしまうが、その実、大好きな友人がそんな女であることは知っていた。
しかし、そういう姿を人前で見せることは無いはずだし、実際、見たことも無い。

いつの間にか、その二人は立ち上がっていた。
相変わらず、顔は見えない。
そしてまた、声も聞こえない。
ただ、背格好も雰囲気もとても自然で、似合いの二人に見える。
そして、二人は去っていく。
周囲の景色は、いつの間にか街路樹の木漏れ日が降りしきるレンガ通りになっていた。
幻想的に美しい一本の道を、二人は肩を並べて遠ざかっていった。
やがて男の手がゆっくりと伸びて、女の華奢で美しい肩を抱き寄せる。

喉がカラカラになり、何事か叫ぼうとするが、声はでない。
二人を追いかけようと思ったが、走っても走っても、一向に距離は縮まらない。
もう一度叫ぶ。 声は出ない。
もう一度。 そして気付く。
この世界には音が無い。
それでも、もう一度声の限り、届く筈も無い手を思い切り伸ばして、叫んだ。


     埋めネタつづき   〜手乗りタイガーのちょっと穏やかな昼下がり〜


「ほにゃっ!」
叫んだ筈が、口から出たのはそんな音だった。
衝撃と真っ白な視界。 何が起きたのか理解できず、もがく。
やがて、いい香りがすることに気がつき、ようやく、少しだけ頭がクリアになった。
視界が真っ白だったのは、シーツにくるまっていたからだ。
そして、いい香りはそのシーツが発している。
なんとなく、その香りには覚えがあった。
もそもそとシーツから這い出ながら、『なんだっけ?』と考えを巡らす。
思い出せそうで、思い出せない、そんな歯がゆさも、しかし、シーツから脱出を果たした瞬間に吹き飛んだ。

そこには全く見覚えの無い風景があった。
シンプルだが、そこかしこに住人のセンスを感じさせる部屋。
どことなく自身の部屋に似ているが、違う。 
何気なく頭に遣った手が、パジャマらしき服の袖から出ないことに気付いたのと同時だった。
大河が、その場所が何処であるかを思い出したのは。
慌てて立ち上がって、辺りを見回す。
窓の外には数本の庭木に遮られて、灰色に曇った高層ビルがちらちらと姿を覗かせている。
日は既に高く、外の景色は今にも陽炎を映し出しそうだ。
そうだった。 昨夜、車の中で気分が悪くなり、そのままなし崩し的に彼女の実家に泊まったのだ。 
しかし、今、部屋の主の姿は無く、大河は少しだけほっとする。
あんな夢を見た後では、部屋の主と顔を合わせるには心の準備が必要だったからだ。
「すー、はーーー。 スー、ハーーー。」
ベッドに腰掛け、大きく深呼吸をしながら、大河は部屋の主を待つことにした。

程なくして、川嶋亜美は部屋に戻ってきた。
「…やっと起きたんだ。 おはよ。 って、もう昼だけどな。」
「おはよ、ばかちー。」
「早く、着替えて。 急がないとあたし、遅刻しちゃうから。 あ、あんたの下着、もう乾いてるから。 サニタリーはあっちの
つきあたり。 ほら、さっさと動く! Move! Move!」
「え? え?」
まくし立てる亜美の迫力に、一瞬思考が追いつかなかった大河は、言われるままに歩き出していた。
昨夜のことで、亜美に対して気後れしている部分もある。 さらにはあの夢。
そうだ… 夢。 あれは夢だ。
夢なんて、起きたと同時に忘れてしまうことが多い。 しかし、どういうわけか、忘れたい夢ほど鮮明に覚えているものだ。
……酷く不吉な夢だった。

突き当たり、それらしいドアが開いていて、可愛らしい下着が床に放り出してある。 大河のものだ。
今見につけている、とてもいい匂いがするパジャマは亜美のものだろう。 
手も足もハデにあまっていて歩きにくいことこの上なかった。
とりあえず、パジャマを脱いで下着を着ける。
サニタリーからひょいと顔を出すと、先ほどの廊下に丁度同時くらいに亜美が顔を出した。
「ほらっ、タイガー、早く着替えなよ。 あー、もう! あんたの服持ってくるから下にいってて! そこ曲がって階段!」
やたらと急いでいる亜美に、いつもなら毒づくところだが、どうにも調子が出なかった。

言われたとおり、階段をおりて、一階のリビングルームと思われる、やたらと広いフロアに出た。
バカでかいプラズマTVと、わりと本格的なバーカウンターが目を引く。 壁のうち一面は自然石を組んであり、重厚だ。
そして、その広いフロアではちょこんと置いてあるように見えるソファーで、大河の視線は止まった。
人がいる。
「あ。」
その人物はすこし伸びをして、斜に振り返った。
「あら。 いらっしゃい。」
「お、お、おじゃましょと…」
「ぷくっ」
その年齢不詳の女は噛んだ大河を見て、失礼にも吹きだした。
だが、大河はすぐに気付く。 それはTVでおなじみの顔だ。 彼女は『川嶋安奈』。 亜美の母親である。
「おじゃましてます…」 改めて言い直す。
そのとき、背後からドンドンドンと荒っぽい足音を響かせつつ、亜美が階段を下りて来た。
「ほらっ、タイガー。 さっさときがえ……… あれっ! ママ!! な、なんで居るの!?」
「居ちゃ悪い? っていうか、ここ、私の家よ?」
「ってか、そうじゃなくて! 今日は朝からリハだって… またばっくれたの? 国営放送の看板ドラマでしょ?」
「誰も私がリハーサルに来るなんて思ってないから、問題ないわ。 …それより、この子が逢坂さんね?」
急に名前を呼ばれて、動転する大河。
「そ…「ひゃい!」 ……そうだけど。 なに?」 亜美はいきなり緊張している大河を呆れたように一瞥しながら答える。
「『お友達』なんでしょ?」安奈は意地悪顔で言う。
亜美は大股でいっきに部屋を押し渡ると、母親のすぐ傍までいって、小さな声でまくし立てた。
「ママ、絶対、絶対、余計なこと言わないでよ! っていうか、あんなちんちくりんはどうでもいいけど、どっかであたしの私生活
とかアイツが喋っちゃったりして、変な噂が立ったら嫌だからね! だから、変な事言わないでよ、絶対!!」
大河からは亜美が母親に何を言っているのかは聞こえなかったが、亜美の話を聞いているときの安奈の意地悪顔を見てこう
思っていた。
なんつーそっくりな親子なんだ、と。
「それより亜美、あなたこそ、午後一番で入りじゃなかったの?」
「あっ、いけない! いかなきゃ!」
「逢坂さんの面倒は見てあげるから、いってらっしゃーい。」 ひらひらと手を振る安奈は一目見ただけで判る企み顔。
「ママ、絶対だよ!いい?」「車、貸してあげましょうか? 今からタクシー呼んだら時間ヤバイわよ?」
「え、いいの? じゃ、フィアット貸して!」
「チンクエちゃんは入院中。」「へ、まだ修理終わってないの?」「何言ってるの、ぶつけたのはア・ナ・タ♪」「くっ…。」
「エリーゼと599、どっちにする?」「エリーゼ!」「外、暑いわよ〜。」「エリーゼってクーラー…」「無いわよ。」「くっ…。」
はい、じゃこれ、と言って鍵を放り投げる安奈。 複雑な表情でそれをキャッチして部屋から走り出る亜美の後ろ姿に…
「ぶつけたら、弁償ね〜♪ 599は高いわよ〜。」 …なんとも楽しそうだ。 そして…
「冗談!!」 ……姿が消えた亜美の声だけが返ってきた。

親子のやり取りに圧倒される大河。
この親にして、この子有り。 そんな言葉が大河の頭の中をぐるんぐるん絶賛大回転中。
「さて、逢坂さん。 お昼、一緒しましょ。 ほら、さっさと着替えてね。」
言葉は優しげだが、その目には有無を言わせぬ迫力があった。
「あの、でも…」「一緒しましょ?」「……ハイ。」
さしものタイガーもT. rex の前には無力だった。

着替えて、ダイニングルームに移動すると、すでに昼食の用意がされていた。
いかにも高級そうな食事が出てくるのかと思いきや、ごくありきたりの家庭料理。
食事をしながら、先ずはやはりありきたりに時候の話題。
川嶋安奈は大河がTVからイメージしていた印象とは違って、案外親しみやすかった。
徐々に、大河も口を開き始める。
そして、安奈はそれを待っていたのか、ようやく本題に入れるとばかりに、大河自身のことを問うた。
「逢坂さん、たしかお名前、タイガだったかしら? どんな字を書くの?」
大河は内心、顔をしかめた。 自分の名前はあまり好きではない。 出来れば自分も水星戦士のような名前がよかった。
「そのままです。 大きな河と書いて、タイガ。」
「へぇ〜。 すっごい素敵な名前。 うらやましいわ〜。 家のももっといい名前つけてあげればよかった。」
「へ?」 安奈の意外な反応。 そしてその表情も言葉の調子もお世辞を言っているのではなさそうだった。
「? ふ〜ん…」 見慣れた顔。 やっぱり親子だ。 意地悪顔がそっくりである。
「タイガちゃん、自分の名前、嫌いなんだ。 素敵な名前なのに。」
「…でも…「大河。 大きな河の傍に文明は生まれた。 どうしてかしらね?」
大河は息を呑む。
「時には全てを押し流してしまう荒々しさ。 けれど、氾濫の後には沢山の生命が宿る。 実りが有る。 恐ろしいけど、でも、
何よりも優しい、偉大な母。 猛々しいけれど、全てを覆い尽くして抱きしめる母の優しさ。 貴女の名前はそんな名前よ。」
初対面の相手に、こんな風に言われるとは思っても見なかった。
「う…あぅ…。」 だから、なにも言い返せない。 ましてや『嫌いだ』なんて言えなくなってしまった。
「うふ。 実はね、亜美が友達を家に連れてきたのはこれが初めてなの。 昔っから、あんまり友達出来ない子だったから…
だから、私、嬉しくって。」
「え? 友達出来ないって… ばかちーが?」
昔から亜美に友達が居ないというのは、にわかには信じられない話で、それゆえに大河は失策を犯してしまった。
人様の子供を捕まえて、よりによって『バカ』呼ばわりとは…。
「ばかちー? それって、亜美のあだ名か何かなのかしら? もしそうなら、是非由来が知りたいわ。」
「あっ、その… ……ごめんなさい!」 言える訳が無い。 第一、あだ名ですらない。 そう呼んでいるのは大河だけなのだ。
「是非。」 しかし、安奈の押しは強かった。 「うっ…。」 「是非、是非。」 悪戯っぽく安奈の目が爛々と輝く。
マジで怖い。
ついに根負けした大河は、恐る恐る、その由来を口にした…。

「あははははははは。 サイコー。 チョーうける。 言いえて妙とはこの事ね!! うんうん。 見える見える。 逢坂さん、
貴女天才よ。 あはははははは。 もう、早速使わせてもらうわね。 ……ばかちー…… ぷっ。 くっくっくっくっ。」
なんなんだろう、この『親』は。 大河は悩んでいた。 あまりにも大河の知る『親』という生き物と違う。
「本当、やっと、亜美もいい友達に出会えたようね。 おばさんは超嬉しいゾ♪」
そうなのだろうか?
「いえ、そんな事は… すみません、人様の子供をバカとか言って…。」
「いいのよ、逢坂さん。 そんな事より、これからも亜美の事、見捨てないでやってね?」
とんでもない。 見捨てられないようにするのはこっちだ。 そう大河は思う。
「そんな、私の方こそ、その… 今までも沢山助けてもらってて…」「そうなの? 横恋慕して邪魔してたんじゃないの?」
「え?」 「ほら、亜美の恋敵って貴女でしょ? もっとも勝負にもならないくらいの負けっぷりだったみたいだけど。」
「あの子、器用で何でもそこそこ出来るから、あんまり負けたことないのよ。 だから、いい薬だったわぁ〜。 亜美の事、
コテンパンにしてくれちゃったみたいで。 いえね、私もあの子の親だから、泣いてるの見るのは辛かったけど。」
亜美が泣いていた…。 そりゃそうか…。 竜児が亜美と仲良くしている夢ですら、私はあれほど動揺したのだから。
それをずっと目の前で見せ付けられて、亜美はどんな気持ちだったのだろう。
それなのに、それでも私と竜児の事を応援してくれた彼女に、昨夜私はあんな事を言ってしまったのだ。
挙句の果てには、先に亜美に謝らせる始末。
自分の未熟さ加減に、怒りを通り越してあきれ果てた。
俯き加減になった大河の目に、悔し涙が浮かぶ。
もちろん、それを見逃す安奈ではないし、安奈にその涙の意味が見透かせない筈も無い。
「ふ〜ん。 がきんちょも色々大変なのね。」
「がきんちょ…」 真剣に悩んでいるのを馬鹿にされた気がして、カチンときた。 大河は挑発的な顔を安奈に向ける。
「ま、人生長いのだから、ちょっとの失敗なんて、案外平気なものよ。 逢坂さんはそういう些細な失敗も気にしちゃうタイプ?
それだと色々辛いわよね。 でもね、それって優しさの裏返しだし、ちゃんと通じるべき相手には通じているものよ。 大丈夫。
急がなくていいの。 逢坂さんは、逢坂さんの足で歩いていけばいいんじゃない?」
あまりに大雑把で大河はどう捉えていいのか分からなかった。
「でも、私、まわりに迷惑かけてばっかりで、竜…その、大切な人にも、いっつも世話焼いてもらうばっかりで、私の方は
なにもしてやれなくて…。 それで、いらいらしちゃって、心配してくれたば…亜美さんにも凄く酷いこといっちゃって…。
なんで私、こんなにガキなんだろうって…。 みんな、みんな先にいっちゃって、私だけ取り残されて…。」
そして、どういうわけか悩みを打ち明けてしまっていた。
「とりあえず…… ばかちーでいいわよ。 いいにくそうだから。」
だが、あくまで安奈は余裕綽綽。
「図星だったのかな? 逢坂さんは何か後悔するような失敗しちゃったわけね。 で、それの何がいけなかったのかも大体
判ってる、と。 で、亜美もちょっと絡んでる。」
コクリと頷く大河。
「なら、答えは簡単。 『今のままでいい。』わよ。 もっと自分の失敗、噛み締めなさい。 そしてね、機会があったら少しづつ
直していくのよ。 少しづつ、少しづつ。 大丈夫よ。 貴女を大切に思っている人は、必ず待っていてくれるから。 そしてね、
いつか肩を並べて歩くの。 ふふふ……何時になるかしらね〜。 そんな自分を想像してみて。 ほら、楽しいでしょ?」


それから一時間後。
大河は川嶋家を後にした。
どうしたらいいのか分からなくなっていた。 ここに来るまでは。
だが、どうせ分らないなら、安奈の言葉を信じてみてもいいかもしれない。

うだるような暑さの夏空を見上げる。
とりあえず、次に亜美に会ったなら。
『ありがとう。』 と、伝えよう。

そしてもしも、もしも、勇気があったなら。

―――『大好きだ。』―――                   そう、伝えてみよう。
                                                                    おわり。

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