SS3

咲夜×美鈴SS執筆完了。
やっぱり紅魔境が一番いい。

タイトル考えないと……。



以下、本編。いちおう推敲済み。










皐月の涼やかな風が、優しく頬を撫でていく。
頭上を生い茂る緑から漏れる陽射しは柔らかく、腰を下ろした土は少しの湿気を含み柔らかい。

大樹の陰に身を寄せて、静かな寝息をすぅすぅと。

紅魔が棲まう館の正門、その小脇。
その館の門番である紅美鈴は、門近くにある大木に背を預け、穏やかな午睡を心行くまで満喫していた。

ちなみに今は、勤務時間中である。

「あぁぁ、咲夜さん、咲夜さん、どうかこれ以上は〜……」

目を閉じたままで、美鈴の口がむにゃむにゃと動く。
否定の寝言を呟く美鈴の顔は、何故か歓喜に満ちていた。


そんな彼女の顔を眺めながら、静かに微笑む人影がひとつ。
軽い食事が載せられた銀のトレーを持ったメイド服姿の女性が、いつからだろう、美鈴の傍らに立っていた。

「美鈴」

驚かせてしまわないように、その女性はそっと声を掛ける。
美鈴は存外に深い眠りの中にいるのか、目を閉じたままで静かに呼吸を繰り返すだけだ。

「美鈴、起きて。食事を持ってきたわ」

女性の指が、美鈴の頬に添えられる。
その感触に気付き、美鈴がゆっくりと目蓋を持ち上げた。

「ん―――……ぁあ?!」

すぐ目の前にあった顔を見て、美鈴は素っ頓狂な声を上げながら、飛び上がるように立ち上がった。

「さ、咲夜さん!? すすすすみませんっ! いえ、これはあの……昼寝というかその、なんというかで」

慌てて両手を前に出し、左右にぶんぶん振りながら。
まだ驚きの冷めやらぬ顔のまま、美鈴は必死の弁明を試みる。

寝起きの頭のせいか、自分が何を言っているかも理解していない風だ。
自分で『昼寝していました』などと言う辺り、まだ現状の把握が出来ていないことが窺える。

「……」

あわあわと面白いくらいに慌てる美鈴に、しかし対する十六夜咲夜メイド長は文句のひとつも付けようとはしなかった。

それどころか―――果たしてどうしたことであろうか、鉄のメイド長のその顔は、美鈴の慌てぶりに逆に面食らい、呆けているように見えた。
よくよく観察してみれば、口は小さく隙間を開け、両の瞳が僅かに見開かれているのが見て取れただろう。

「あれ、咲夜さん、どうしました?」

いつもの罵倒とナイフがないなと、美鈴は驚愕と動揺と弁解をいっぺんにとりやめ、上司の顔色を窺った。

それにようやく平静を取り戻したとでも言うのか、咲夜はコホンと咳払いをひとつ、ふたつ。
それから少しだけ意地の悪そうな笑顔を作ってみせながら、手に持つトレーを差し出した。

「寝起きくらいは平和にと、それくらいは気を遣ったつもりだったのだけれど。私の顔が目の前にあったことが、そんなに驚きだったのかしらね」

「いっ、いえ、そんなことは決して! 断じて! 悪いのは昼寝をしていた私ですし!?」

寝覚めに頬に感じた感触を思い返しながら、美鈴はうまく言い表せない違和感に頭を悩ませていた。

「まぁ、いいわ。たまには」

「は―――あ、あの、どうもすみませんでした」

ぺこりと頭を下げながら、美鈴は咲夜の言動に眉根を寄せる。

様子がおかしい。
この十六夜咲夜メイド長は、勤務中の居眠りを一度でも見逃すような人だったろうか。

「そんなことより今日の昼食。ほら、受け取りなさい」

「あ、はい。ありがとうございま」

そこで、美鈴は言葉を止めた。

故意的にではない。
受け取ったトレーに載せられた豪華な昼食に、絶句してしまったのだ。

「どうしたの?」

何かおかしいことでもあったかしら、という風に咲夜が小首を傾げる。

美鈴は思った。
どうしたもこうしたも、コーヒー牛乳にメロンパン、それに加えてヨーグルトとは、天地が逆転しても余りあるランチメニューだ、と。

「い、いい、いいいいいいいんですかこんなに頂いてしまって、も?」

どもり具合も、驚きのぶんだけ増している。
手の上のトレーがカタカタと音を立てていた。

「いいも何も、いつものランチじゃない。デザートは日替わりだけど」

「いつものランチ!? メロンパンと珈琲牛乳が!?」

電撃のようなサプライズが美鈴の脳天を直撃する。

いつものとは、昨日も一昨日も三日前もこのメニューだったということだ。
つまりいつもとは、明日も明後日もその次の日も、コーヒー牛乳にメロンパンが昼食として出てくるということだ。
そして、そしてそして、なんとデザートは日替わりということだ!

そこで美鈴は、考えるのをやめた。

「あ、あぁ、あー、えっと、そうですね! いつものですね! それじゃ、さっそくいただきますね!」

「そんなに慌てなくても」

先ほどまでグースカと眠りこけていた場所に勢いよく座り込み、あぐらをかく。
美鈴は膝の上にトレーを載せ、メロンパンを大きく口に頬張った。

その様子に咲夜は呆れながら、正座を片側に崩したような形で美鈴の隣に腰を下ろした。

「おいひいえふ、咲夜さん、おいひいでふお」

「口に入れたまま喋るな」

苦笑する咲夜をよそに、美鈴は感涙にむせびながら千切ったパンのかけらを次々と口に詰め込んでいく。
メロンパンと牛乳はあっという間に平らげられ、トレーには小さな器に入れられたヨーグルトだけが残された。

「………………」

そこで、はたと美鈴が動きを止める。
咲夜が怪訝そうにそれを見、こう尋ねた。

「ヨーグルトは嫌いだったかしら?」

「いえ、そうではなく! あの、食べるのがもったいなくて」

物珍しそうに、ヨーグルトの入った陶磁器を手に取る美鈴。
その食器に、美鈴はどこか見覚えがあった。

「いいから、さっさと食べなさいな。そしたらすぐ仕事よ」

「は、はい〜」

急かされるように、早めのペースで美鈴はヨーグルトを口へと運ぶ。
ひょいぱく、ひょいぱく。

「……どう?」

「はい?」

咲夜が、唐突に口を開いた。

質問の意図が分からなかったが、この時間にする会話と言えば大体が仕事のことだ。
美鈴は、昨日も同じようなことを話したようなと考えながら、最近のことについて話すことにした。

「えっと、仕事ですか? いつも通り、暇を持て余してますよ。……あ、そう言えば今日、なんでかパチュリー様が私に紅茶を淹れてくださって」

おいしかったですよー、と美鈴は笑う。

だがその返答に、咲夜は納得いかなさそうな顔をしていた。
ちょっとだけ憮然として、美鈴が手に持ったままのデザートを見やる。

「違うわよ。それ、美味しい?」

「あぇ? えっと、ヨーグルトですか? はい、おいしいです。誰が作ったんですか?」

もうひとくち、ヨーグルトを口に運びながら、美鈴がそう返す。

美鈴は、会話を繋げるためにそう言っただけだった。
返ってくる答えは、例えば名もないメイドAだかBが趣味で作ったものだとか、人間の村で買ってきたもの、でなければ知り合いの人間だか妖怪がくれたものだろうと思っていた。

だから、このシチュエーションで返ってくる答えはお約束と言えばお約束だったのだが、いつもの咲夜メイド長をよく知っている美鈴としては、絶叫するか絶句するかしかなかった。

「私よ」

「……ッ」

しかもそれが、いつもの咲夜に似つかわしくない、ましてや美鈴に対しては絶対にしないような表情―――すなわち頬を微妙に朱に染めて照れていたりしたものだから、美鈴の驚きようと言えば、それはもう凄まじいものがあった。

「(ッ……!!!????)」

それでも美鈴が叫ばなかったのは、ひとえに普段のメイド長の躾けの賜物であった。

彼女を不快にさせるような行動をすればナイフが飛んでくるのは身に沁みて分かっていたし。
彼女のプライドを傷付けるようなことをするのは、美鈴としては自己嫌悪で死んでもおかしくないくらいの非常識なことだったからだ。

口に入れたままのヨーグルトを吐き出さないように美鈴がした努力と言えば、それだけで3ボスから5ボスに昇格できるくらいのものがあった。

はて、とすると6ボスは誰になるのだろうか。
ともあれ。

「なにか、変な顔をしているようだけれど」

「ん……、と。なんでもないです、はい」

嵐のような数秒が過ぎ去り、美鈴はようやく、もはや味の分からなくなってしまったヨーグルトを嚥下した。
そして改めて、自分の手に持った器に半分ほど残されたヨーグルトをまじまじと見つめる。

「咲夜さんの、手作りヨーグルト……」

「そんな言うほどのものでもないわよ。早く食べてしまいなさい」

美鈴にとっては言うほどのものなのだが、それをわざわざ言うこともない。
口で説明するより、態度で示すべきだ。

「はいっ。ありがたく頂戴します!」

先程までより勢いよく、より美味しそうにヨーグルトを食べる美鈴。
あっという間に空になった器をトレーに置き、手を合わせて感謝の言葉を口にした。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

久々に美味しいものを食べて、美鈴は満足感でいっぱいだった。
深く息を吐いて、だらりと手足を投げ出す。

そんな様子を見て、咲夜はくすりと笑った。

「あ、あれ? なにかおかしかったですか?」

「なんでもなくってよ」

言いながら、咲夜はまだ微笑み続けていた。
恥ずかしさと嬉しさを同時に感じながら、美鈴も困ったように笑った。

「もー、咲夜さんってば……って、あぃたた」

急に、美鈴が額を両手で押さえた。
誰かに殴られでもしたかのように、顔をしかめて。

「……美鈴?」

「や、なんでしょう。急に痛み出して」

笑いは顔から消え、冗談ごとではないことが傍目にも分かる。

はじめは軽かったソレは、徐々に痛みを増していった。
単なる頭痛というような程度ではなく、鋭いナイフで貫かれたような強烈な感覚だ。

「いっ……つぅ」

「あなた、大丈夫? 一体どうしたの?」

わけが分からないながら、美鈴の尋常でない様子を感じ取った咲夜が、美鈴の肩に手を掛ける。
心配そうな咲夜に、美鈴は顔をしかめながらも笑って見せた。

「あはは、咲夜さん、大げさですってば……なんでもないですよう」

言いながら、美鈴は意識が薄くなっていくのを自覚していた。
耳元で聞こえる咲夜の声が、どんどん遠くなっていく。

「(まずいなぁ、これはダメっぽい)」

「美鈴!? 起きなさい、美鈴!」










――――――そうして、ようやく美鈴の意識は現実へと引き戻された。


痛む額。そこにはナイフ。
目の前には“いつもの”メイド長の笑顔。想起される般若面。

さっきまで膝にあったはずのトレーはメイド長の手に持たれ、そこにはいつものコッペパンと牛乳。

あぁ、そっか。

ようやく美鈴は納得した。
考えてみれば、豪華なランチとか、優しい咲夜さんとか、自分に都合のよすぎる展開だった。

こりゃ、夢だったわけだ。

「おはよう、美鈴。随分といい夢を見ていたようね」

「あ、ぁああ、すみません咲夜さん! すみません!」

あわてて起き上がり、美鈴は見てて気の毒になってくる表情で必死に頭を下げた。
「なぜか記憶が曖昧なんですが、急激な眠気に襲われまして、あの」

確かに、美鈴の生活を握っているのは咲夜だ。
だが、門番をクビになったからと言って、美鈴が生きていけないわけでもない。

ただ美鈴は、ここの生活が気に入っているのだ。それに、ここの住人たちも。
今はここを離れたくないし、彼女の中での自分の評価が下がることもすごく嫌だった。

「急激な眠気……ねぇ。の割には、寝言が多かったようだけれど」

冷たい視線に、美鈴は余計にしどろもどろになる。
紅魔館を放り出されたら何を生き甲斐にしていけばいいのかと、美鈴は本気で考えていた。

「睡眠はきちんと取っているはずなんです。疲れてもいないと思うし」

夢の中でまで居眠りをするほどの眠気を感じる原因が思い当たらない。
自分でもわけが分からず、具体的な弁解をすることもできない。

ただ、今まで仕事中に居眠りをするなどということはなかったため、美鈴のショックはそれなりに大きかった。

「……まぁいいわ。特に侵入者もなかったし、眠っていた時間もそれほど長くはなかったようだしね」

美鈴の真剣な様子を理解してくれたのか、咲夜の言葉もいつもより柔らかだった。
そこに若干の慰めを感じられた美鈴の心も、少しだけ軽くなった。

「は、はい……すみません」

「それじゃ、さっさとコレ、食べちゃいなさい」

美鈴にコッペパンと牛乳を手渡すと、咲夜は颯爽と身を翻し、屋敷の中へと帰っていった。

その後ろ姿を最後まで見送り、美鈴はコッペパンを齧りながら大きくため息を吐いた。

「私、疲れてるのかなぁ」










「結論から言えば、それは私が盛った薬が原因ね。眠気が併発するらしいから」

「やはりですね。あの子が居眠りなんて、何かおかしいと思いました」

悪びれもせずにさらりと自白した小さな魔女は、楕円形の薬が入った瓶をゴトリと机の上に置いて見せた。

ヴワル大魔法図書館。
その一角にある机で、咲夜とパチュリーが向かい合って座っている。

机の上には、淹れたての珈琲が2つ湯気を立てていた。

「それで、これはどんな薬なんです? まさか睡眠薬ではないでしょうし」

机に置かれたままのビンを示し、咲夜がそう尋ねる。

「月の知識人から譲り受けた、いい夢が見れる薬」

「あー……あの胡散臭い薬師」

出所を聞いた途端、薬が危険物に見えてきた。
あの月の民が、咲夜は少しだけ苦手だった。

「そう、胡散臭い。他人が作ったものほど信用ならないものはない」

「人間不信?」

咲夜の毒舌への反応を、パチュリーはぴくりと片眉を上げるだけに留めた。

「だから、はじめに美鈴で試してみようと思って。死にはしないでしょうし」

白いカップを両手で支えるように持ち、パチュリーは一口だけ珈琲を啜った。
苦かったらしい。顔をしかめながら、砂糖を入れ始めた。

「うちの門番は実験用のモルモットではないんですが……」

合わせるように咲夜も珈琲を啜り、同じく顔を歪ませた。
まだ熱かったようだ。舌をヤケドしたのか、口の中がモゴモゴと動いている。

「別に構わないじゃない。どうせ実験をするなら、貴方だって貧弱なモルモットより丈夫なドブネズミを選ぶでしょう?」

「うちのメイドはモルモットではありませんし、貧弱でもありませんわ。それと、あの子はドブほど汚くはありません。どこぞの黒ネズミじゃあるまいし」

「それは私の台詞。あいつはドブほど汚くないわ。無能な門番や役に立たないネコイラズと違ってね」

「「………………」」

かたや微笑、かたや仏頂面。
表面的には普通の会話を装う両者を、張り詰めた空気が包む。

数秒の後、何事もなかったかのようにパチュリーが口を開いた。

「そう言えば、丈夫って言えば門番よりもっと丈夫なのが2匹と、面白い結果が出そうなネコイラズが1人いるわね。どう?」

どう? とは何がどうなのだろう、と咲夜は内心で首を傾げた。
どうせロクなことにならないだろうし、後戻りできなくなる可能性もあるので聞き直すのはやめておいた。

咲夜のほうも、何事もなかったかのように言葉を返す。

「私は遠慮しておきますし、お嬢様も妹様もみんなダメです」

「そう。それより、実験結果のほうは?」

「そうですねえ」

咲夜は、先程の美鈴の様子を思い起こした。

夢の中で自分が言ったことをそのまま口にしているのか、美鈴は寝言が多く、そして滑舌がよかった。
お陰で、咲夜は美鈴が見ていた夢の七割がたを理解してしまった。

「まぁ、はい。いい夢……なのでしょうね、あの子にとっては」

そう言って肩を竦め、咲夜は席を立った。
もう用はないと告げる背中に、パチュリーが声を掛けた。

「そう。それじゃあ、いくつか持っていく?」

「なんでですか」

振り向いた咲夜は差し出された小瓶に首を振ったが、パチュリーは出した手を戻そうとはしない。
去るに去れない咲夜に、冗談とも取れる本気の言葉が続く。

「隠された欲望の暴露、とか」

「そういう時は、嘘でも住人の要望の把握とでも言っておくべきですわ」

「そうかしら」

パチュリーはようやく瓶を持った手を引っ込めた。
と思ったら、小瓶を開けて3粒ほどを紙に包み、承諾も得ずに咲夜の方へ放り投げた。

「危ないですわ」

危なげなくそれを受け取り……やはり要らないのだろう、机の上に包みを置こうとする咲夜に、パチュリーは棒読みな感じでこう言った。

「数が多くて困っているの。捨ててもいいから持っておきなさい」

「……そうですか。では」

咲夜はそれを懐に仕舞い、背を向けた。

そこへまたパチュリーが言葉を吐く。
独り言とも取れるような、小さな声だった。

「自分に使うもよし、レミィに使うもよし。それと門番にもう一度使えば、それで丁度使い切り」

「お心遣いは有難いですけれど、必要ありませんわ」

振り向かずに答える咲夜の言葉を半ば無視し、パチュリーは最後にこう付け加えた。

「それと、ヨーグルトの作り方について載っている本は入り口に置いてあるから」










覗き見とは趣味が悪い。
そう心の中でひとりごちながら、咲夜は首だけを横に向ける。

慌てながら、それでも美味しそうにヨーグルトを食べる美鈴を、咲夜はただ眺めていた。

大木の下、陽だまりの陰。
煌く木漏れ日、そよぐ緑。

誰も来ない、何もない、退屈で平和でのどかな日常。
それでも数年前より、だいぶ賑やかな日々。

咲夜は思った。
ここでの毎日は退屈で、平和で、のどかで、たまに賑やかで。

幸せだ。



いつパチュリーに薬を盛ってやろうかと考えながら、咲夜は美鈴にヨーグルトの感想を促した。
2006年11月07日(火) 13:00:05 Modified by tukinomanaita




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