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【定義】

^貍罎麓楷嗚,10尺のこと。約3メートル。
これ七尺にあらず、八尺にあらず、一丈にあらず。 『正法眼蔵』「見仏」巻

江戸時代の学僧・一丈元長禅師のこと。太守・鍋島俊信の子供であるという。なお、木橋澄円禅師の法嗣で、後に長崎皓台寺12世となった。『禅戒問答』『禅門同行訓?』などの著作で知られる。

生没年:元禄6年(1693)4月〜宝暦3年(1753)7月7日
出身地:肥前佐賀中城(現在の佐賀県佐賀市内)

【内容】

一丈元長禅師は、皓台寺の歴住の記録である『海雲山歴住略記?』(『曹洞宗全書』「史伝?(下)」巻所収)に伝記が残っている。5歳で詩書を誦することを好んだという。9歳の時に、高伝寺の寂照和尚が夏安居の結制を置いた時、その様子を見て出家の志を発し、そのまま寂照和尚を受業師として出家した。寂照和尚が遷化すると、各地に遊方に出て、黄檗山万福寺で高泉性潡禅師に参じ、近江清凉寺では天巌祖暁禅師に朝参暮請し、祖暁禅師の下で大悟した。その後、佐賀龍泰寺に住持]していたが、元文2年(1737)に皓台寺に移り、祝国開堂した際に本師として木橋?澄円禅師への嗣承香を焚いている。宝暦3年7月7日に「東村西村、一牛一馬、昨日乃騎、今日乃下」と遺偈を詠み、遷化された。世寿61歳であった。

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