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【定義】

 嵋〔戚隋廚箸蓮衆生を幻惑している煩悩を断除して、真実の法に通達させる智慧の教えのこと。特に『仏本行集経』巻6では、法明門を108つ連ねて、それぞれの意義を解説している。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。12巻本では11巻、他の編集形式には見えない。説示場所や時期は不明。なお、12巻本にしか収録されなかった巻であるため、12巻本が発見されていなかった時代の編集である84巻本や95巻本には、同巻は見えない。昭和11年(1936)に永光寺で12巻本が発見されてから以降は、95巻本を収めた『本山版縮刷正法眼蔵』(鴻盟社)や、衛藤即応博士校注『正法眼蔵』(全3巻、岩波文庫)などにも「別輯」として収められた。また、同じ永光寺には同巻の端本が写本として伝わるという(『蒐書大成?』第1巻参照)。

【内容】

道元禅師は『仏本行集経』から一百八法明門を引用して、その真意を明らかにしようとされたが、その一々の内容についての拈提はない。ただ、巻末には釈尊が兜率天にあった頃の名前である護明菩薩についての説明がある。
護明菩薩とは、釈迦牟尼仏一生補処として、第四天にましますときの名なり。李附馬、天聖広灯録を撰するに、この一百八法門の名字をのせたり。

そして、護明菩薩がこの世間に誕生される際に、これらの法明門を用いて兜率天に済む天部の衆生接化することが説かれている。
一切の一生所繋の菩薩、都史多天より閻浮提下生せんとするとき、かならずこの一百八法門を、都史多天の衆のために敷揚して、諸天を化するは、諸仏常法なり。

なお、「法明門」については、12巻本に於ける他の巻との関連も挙げられる。
一生補処菩薩、まさに閻浮提にくだらんとするとき、都史多天の諸天のために、最後の教をほどこすにいはく、菩提心是法明門、不断三宝故。 12巻本『正法眼蔵』「発菩提心」巻

余談的だが、永光寺蔵12巻本『正法眼蔵』の本文では、写本する際に脱落したのかは不明だが、『仏本行集経』にある「正業是法明門」が欠落しており、1つ足りない「一百七法明門」だったりする。

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