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【定義】

三乗の一。縁覚乗のこと。他人の教えを聞かずに、自らが切り開いた独自の方法で悟りを開く者を指す言葉。辟支仏とも独覚ともいう。

【内容】

もともと釈尊が師に依らずに独りで覚りを開いたことを意味するものであったが、その内容が縁起?の法を覚ったものであったため、縁覚という。

また、成道されてから、はじめて説法する(=初転法輪)までの釈尊は、法を開演しようとしなかったともされていることから、大乗仏教では、この釈尊を指して、「他人のために法を説かない者」の意味で、縁覚または独覚を使ったとされている。声聞と並んで「二乗」或いは「小乗」と呼ばれ、大乗仏教では否定される。

なお、天台宗では縁覚と独覚とを違うものであると考え、釈尊の開いた今世にて縁起の法を覚る者を縁覚といい、仏陀が居らずに自ら理法を悟った者を独覚という。道元禅師は、大乗仏教の伝統的見解に従い、縁覚については「小乗」として否定している見解を持たれている。
大耳三蔵の、国師をしらざるを証拠として、声聞縁覚人小乗のともがら、仏祖の辺際をしらざる道理、あきらかに決定すべし。国師の、三蔵を叱する宗旨、あきらめ学すべし。 『正法眼蔵』「他心通」巻

ただし、『正法眼蔵』の別の巻では、仏祖が正伝してきた「正法眼蔵」の事実として「声聞乗」「縁覚乗」という二乗を再解釈して、評価している箇所がある。
二者縁覚乗 十二因縁によりて般涅槃す。十二因縁といふは、一者無明、二者行、三者識、四者名色、五者六入、六者触、七者受、八者愛、九者取、十者有、十一者生、十二者老死。この十二因縁を修行するに、過去現在未来に因縁せしめて、能観所観を論ずといへども、一一の因縁を挙して参究するに、すなはち総不要輪転なり、総不要因縁なり。しるべし無明これ一心なれば、行識等も一心なり。無明これ滅なれば、行識等も滅なり。無明これ涅槃なれば、行識等も涅槃なり。生も滅なるがゆえに恁麼いふなり。無明も道著の一句なり。識名色等もまたかくのごとし。しるべし無明行等は、吾有箇斧子与汝住山なり。無明行識等は、発時蒙和尚許斧子便請取なり。 『正法眼蔵』「仏教」巻

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