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【定義】

〔泣┐覆詈の智慧の海に、一切の真実相が「印」されて映るような禅定三昧を意味する。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本では31巻、75巻本では13巻。仁治3年(1242)4月20日に興聖寺で著された。

【内容】

‖膤い全ての生き物の姿を映し出すような智慧を得ることができる三昧こそ、海印三昧である。『大集経』『大般若経』などの大乗仏典で説かれたが、特に華厳宗では『華厳経』が、海印三昧として説かれたものとされている。
衆生の形相、各同じからず 行業音声また無量なり かくの如く一切皆、能く現ずるは 海印三昧の威神力なり 『華厳経』「賢首品第十二」

道元禅師は,琉嫐を展開しながら、さらに中国禅宗の祖師方が説いた教えをもって解釈して『正法眼蔵』「海印三昧」巻を著した。
諸仏諸祖とあるに、かならず海印三昧なり。この三昧の游泳に、説時あり、証時あり、行時あり。

仏祖は海印三昧であり、教行証の三時として現れるとされた。そして、游泳という一語に明らかなように修行しているまさにその時こそ海印三昧であり、具有している悟り(本覚)や、修行して明らかにしていく悟り(始覚)という両方の概念から超脱することが示される。
いはんやいまの道は、本覚を前途にもとむるにあらず、始覚を証中に拈来するにあらず。おほよそ本覚等を現成せしむるは、仏祖の功徳なりといへども、始覚本覚等の諸覚を仏祖とせるにはあらざるなり。

そして、修行している状況そのものから見られた世界の生成(創発)に論点が及び、いわゆる「起」についての説示が続くが途中では、「有時」巻との関連を思わせる一節もある。
起はかならず時節到来なり、時は起なるがゆえに。いかならんかこれ起なる、起也なるべし。すでにこれ時なる起なり。

『維摩経』や馬祖道一・曹山本寂の言葉を引用しながら、坐禅三昧によって明らかにされたため全存在が絶対の事実としてあることを提唱されたが、特に曹山の言葉について提唱しているときに、海が一切を受け入れることを表現している。また、この海とは、修行道場のメタファーでもあり、だからこそ修行者は「清浄大海衆」と呼ばれる。
師いはくの包含万有は、海を道著するなり。宗旨の道得するところは、阿誰なる一物の万有を包含するとはいはず、包含万有なり。大海の万有を包含するといふにあらず、包含万有を道著するは、大海なるのみなり。

最終的に、道元禅師は「海が万有を包含する」という思考から更に進めて、万有が万有を包含するという機能一元の思考となり、「包含万有包含于包含万有なり」とまでされる。

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