【定義】
大慈寺開山寒巌義尹禅師が、永仁元年(1293)12月8日に大慈寺にて詠まれた願文。同寺に直筆が残るが、それは全部、漢文である。なお、『大智禅師発願文』として『大智禅師逸偈行録』、『禅門法語集』に収録されたため、そのような伝わり方をしていた。なお、以下の引用文は、『続曹洞宗全書』「法語・歌頌」巻に収められる本文を、訓読して示す。
大慈寺開山寒巌義尹禅師が、永仁元年(1293)12月8日に大慈寺にて詠まれた願文。同寺に直筆が残るが、それは全部、漢文である。なお、『大智禅師発願文』として『大智禅師逸偈行録』、『禅門法語集』に収録されたため、そのような伝わり方をしていた。なお、以下の引用文は、『続曹洞宗全書』「法語・歌頌」巻に収められる本文を、訓読して示す。
参禅の漢、先ず須く至誠心を起こして清浄の願を発すべし。仏祖の前に於いて焼香礼拝して、仏に白して言わく、「願わくは我れ、此の父母所生の身(をもって)、三宝の願海に回向し、一動一静、払拭に遺せず、今身従り仏身に至るまで、其の中間に於いて、生生世世、出生入死、仏法を離れず、在在処処、広く衆生を度して、疲労(疲捐)を生ぜず。或いは剣樹・刀山の上、或いは钁湯・炉炭の中、唯だ斯れ正法眼蔵を以て、重担と為して随処に主宰と作らん。伏して願わくは、三宝証明、仏祖護念」。 永仁元癸巳十二月初八日 大慈寺義尹
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