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【定義】

禅林に於ける礼法の1つ。様々な文献で指摘されるように、元々は中国の俗礼であったものが、禅門の行礼になったものであり、その形は『事林広記』に挙げるものとされ、古法とされる。

【内容】

江戸時代の学僧である面山瑞方師が『洞上僧堂清規考訂別録』巻八「雑考訂」に叉手については「支那の俗法」とする。これは、中国で貴人に会う場合に、両手に武器を持っていないことを示すため、手を組み、それを見せたものである。よって、叉手の由来は中国の礼法で、禅宗に入ってきた際に、単純に目上の人に対する礼法の意味になったと思われる。或いは、僧服の袖が地に付かないようにするための便法ともなった。

手の組み方だが、本来の叉手とされるものと、今の曹洞宗で用いている叉手とは形が違う。この辺の経緯は、永平寺50世・玄透即中禅師が『永平小清規』の附録である「新学須知」にて、次のように指摘している。
叉手法 支那の儒の礼なり。詳しくは『事林広記』に見える。近時の教家に、叉手と合掌と同義の説あり。然るに、支那にある叉手と合掌と、其の義別あり。又、是れ随方毘尼なり。故に『禅苑規』に叉手法が出るも、『広記』と同じ。又、諸清規に「叉手出班・合掌帰位」の明文あり。検知を要す。『禅苑規』に云く「叉手法は左手を以て、緊しく右手を把り、右手を以て、その胸を掩うが如し。須くやや離さしむ」と。又、『修禅要訣』「叉手法」を攷うるに云く「先ず、左手大拇指を曲げ、余の四指を以てこれを握り、以てその胸に当てる。しかし、やや離さしむ。次に、右手五指を伸ばして以て左手を掩う、云々」と。二儀相反すること此の如し。適、従う所を知りて靡くか。仏陀波利、是れ印度の高僧、梵儀を諳練す。以て知るべきのみ。経論已に叉手の正儀の明文無し。則ち、『修禅要訣』に拠って、優ると為す歟。 『永平小清規』「新学須知」

ここでも、中国の儒教で用いられる礼法であるとされている。しかし、玄透禅師は中国にてインドの高僧である仏陀波利と、中国人とが坐禅法について対論した『修禅要訣』を引きながら、印度にも叉手法があったとし、インドの高僧がいっていることを理由に、その方法を優るとしている。元々は、今の我々が「臨済式」と呼んでいる叉手法が正しかったはずだが、玄透禅師のこの見解をもって、今の我々の叉手法が決まっていると考えて良いかと思われる。なお、玄透禅師は上記の如く『禅苑清規』の「叉手法」を引くが、同書巻一「赴茶湯」に見えるのは以下の通り。
仍って右の大指を以て左の衫袖を圧し、左の第二指をもて右の衫袖を圧す。

また、同じ玄透禅師が引いた『修禅要訣』でも、同箇所は「叉手法」として挙がっているのではなく、経行時の手の組み方について説明しているだけであり、それを玄透禅師は叉手法だといっていることになる。

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