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【定義】

(が記莂を授けること。将来に仏になることを予言し、因縁によって必ず菩提の果を受けることを弟子に確信させること。
十二分教の一。道元禅師の『正法眼蔵』「仏教」巻では、「三者 和伽羅那」として示されている。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本では32巻、75巻本では21巻。仁治3年(1242)4月25日、宇治興聖寺にて記示された。

【内容】

)寨茵⊆記の原語であるvyakaranaは、「分ける」という言葉に由来し、区別・説明・解答などを意味している。そこで、未来に対する解答ということで、将来成仏の予言を指すようになった。その場合には、「授記」のみならず「受記」「受授」「授決」などの訳語が当てられている。これは、過去世に於いて過去仏が修行者に対して未来の世に於いて必ず成仏することを予言し保証することを意味しているが、釈尊は燃燈仏に授記されたとされている。また、大乗仏教では「授記作仏」の思想が流行し、『法華経』では、舎利弗などの声聞・悪人としての提婆達多などへの授記が説かれている。
∧陀と仏弟子やその他の間の問答体形式の教法であり、特に仏弟子などの未来に関する証言をなす部分を、授記という。
D名錣亮記は修行の功徳が円満した後に仏から授けられる未来成仏への予言だとされているが、道元禅師は授記の真義とは、一切衆生の三世を貫く道理であるとして、すでに一切衆生が授記によって現成していることを示している。
まさにしるべし、授記は自己を現成せり、授記これ現成の自己なり。このゆゑに仏々祖々嫡々相承せるは、これただ授記のみなり。さらに一法としても授記にあらざるなし。

さらに、一切衆生が仏の記莂を得ていることを示している。
すでに一切衆生、即菩提相なり。菩提の菩提の授記をうるなり、受記は今日の命なり。しかあれば一切衆生は、弥勒と同発心するゆゑに、同受記なり、同成道なるべし。

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