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【定義】

道元禅師が、男女問わず在家人が出家得度するにあたって、行わなければならなかった儀礼や作法を、詳述したもの。嘉禎3年(1237)4月15日、興聖寺にて書かれている。他に、瑩山禅師の系統の同著と、江戸時代にいたり面山瑞方師が開版した『永平祖師得度略作法』という、主要3系統がある。

【内容】

同著の内容として、道元禅師はまず、出家の功徳を讃歎し、国王・氏神・父母に訣別して、剃髪し終わって俗服を脱ぎ、坐具袈裟、戒の作法を受けて、懺悔の後に三帰三聚浄戒十重禁戒を受けて、長文の回向を唱えて終わる儀式である。なお、同著の末尾には道元禅師の見解が、以下のような言葉として添えられている。
講戒?受戒とは、その儀、別なり。これを詳らかにする者、少し。何に況んや大僧菩薩の戒相、これを明かにする者、多からず。今、撰する所は、講戒の流なり。しかも菩薩戒の儀式、これを伝授する者、稀なり。今、聊か略作法を存して、受授の儀を示す。諸の阿笈摩教、及び諸の教家に云うところと同じからず。若し、この儀によって受授すべくんば、得戒すべし。唐土・我朝、先代の人師、戒を釈するの時、詳しく菩薩の戒体を論ずるは、甚だ以て非なり。体を論ずる、その要、如何。如来世尊、唯だ戒の徳を説き、得るや否やなる、体の有無を論ぜず。但だ、師資のみ相い摸して、即ち得戒するのみ。

ここからすれば、本著作は元々、それまで詳細が語られていなかった「講戒」の儀式であったということになる。さらに、菩薩戒授受の儀式についても伝授する者が稀だったので、「略作法」をもって授受の儀を示されたのであろう。なお、最近の研究では『出家略作法』が、栄西撰述とされる『梵網経菩薩戒作法』の影響があるとの指摘もある(葛西好雄師「『受禅戒作法』の資料位置 ―中世禅家における菩薩戒儀軌の源流」『臨済宗妙心寺派教学研究紀要2』臨済宗妙心寺派教化センター)。参照されたい。

また、この著作には瑩山禅師の系統があり、それは授戒作法が極めて簡略に述べられており、作法の順序や内容、或いは懺悔思想についても、道元禅師のそれとは相違点がある。なお、この作法については瑩山禅師をして「三国伝灯の祖訓、仏心印を伝える秘訣なり」といわしめ、尊重されていた様子が窺えるが、伝播した記録はほとんどない。現存するものは、臨済宗の島根県雲樹寺旧蔵のものであり、同寺開山の臨済宗・孤峰覚明が、元亨4年(1324)6月28日に永光寺にて授けられたと思われる作法であり、それが書写されて同寺に蔵されていた。なお、両祖の作法が相違している理由は不明である。

また、江戸時代に入ると、学僧の面山師が、数種の写本(面山云く6本を見たようである)をもって作ったテキストを、永平寺に蔵書されていた本書によって校訂し、それを延享元年(1744)に『永平祖師得度略作法』として刊行した。その後、得度作法の基本として、本書が定着している。ただし、この著作には、逆水洞流が『得度或問弁儀章』を著して問題点を指摘している。

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