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【定義】

中国禅宗第三祖鑑智僧璨禅師の『信心銘』について、日本曹洞宗太祖瑩山紹瑾禅師が註釈した文献とされる。

【内容】

拈提」というのは、直訳すれば「つまんで示す」ことなのであるが、ここでは古人が書いた著作などを主題として、後代の者が自らの意見を示すことである。本書の場合、中国禅宗第三祖とされた鑑智僧璨(?〜606)禅師の手になるとされる『信心銘』について、瑩山禅師が自らの考えを示したものだとされている。

なお、瑩山禅師の著作には、常に同じ問題がつきまとうのだが、『信心銘拈提』も總持寺で保管されていた写本が、筆者の名前を欠いており、本当に瑩山禅師の著作かどうかは分からない。

もちろん『信心銘』自体は『景徳伝灯録』などにも収録されるほどであるから、以前から日本に伝わっていたと考えて良く、中国曹洞宗の系統になる真歇清了(1088〜1151)禅師には『信心銘拈古』があるため、こういった提唱録を作る習慣もなかったわけではない。
挙信心銘 道什麼。節目既顕。禍言一出、一人作虚。千人伝実〈中略〉不思量而現、不回互而成・・・〈以下略〉

最初に「挙信心銘」のように『信心銘』の原文が示されて、後に「道什麼」以下瑩山禅師の意見が書き加えられるというような内容である。そこで、本書が日本曹洞宗の影響下にあることを示す証拠として、ごく一部を挙げれば、この「不思量而現、不回互而成」という部分は道元禅師の『坐禅箴』から引用されているため、明らかに道元禅師の後代に於いて作成されたことが分かる。

以降の箇所についても、四字二句の八字を一つの単位として詳細な解説が付き、またその解説は多くの禅籍から言葉を引用しながら行うという非常に高度な内容であるので、少なくとも誰かが適当に捏造したような代物ではない。

それを直接に裏付ける資料はないが、様々な観点から瑩山禅師の著作であろうとされている。

瑩山禅師の時代以降は、特に日本曹洞宗に於いてこういった「拈提」などの註釈形式が流行し、曹洞宗でも多くの公案について、様々な参究がなされた。これらが現在でも各地の寺院に秘蔵されている「洞門抄物」と呼ばれる著作群である。これらは従来曹洞宗に於いて鎌倉期と江戸期の間の室町期に、非常に豊かな学びがあったことを証明した。

【原典・解説書等】

・『信心銘拈提』
※江戸時代享保19年(1734)に霊苗が摂州泉流寺蔵版として開版し、元文元年(1736)に大和屋孫兵衛から再版され、更に万回一線によって諸本考訂を経た重刻版が寛延3年(1750)に大和屋孫兵衛から刊行された。明治時代以降も複数刊行されている。
万回?一線『信心銘拈提事略』、『続曹洞宗全書』「註解一」所収
・万回一線『信心銘拈提字処?
・万回一線『信心銘拈提略抄?
・畔上楳仙述・織田雪巌編『信心銘拈提落草談』(總持寺出張所・明治42年)
・『曹洞宗全書』「宗源(下)」巻
・『常済大師全集
・『瑩山禅』第5巻
・澤木興道『信心銘拈提講話』、大法輪閣『澤木興道全集』第11〜13巻
・東隆眞『信心銘拈提を読む』春秋社・2003年

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