曹洞禅・仏教に関するwikiです。人名・書名・寺院名・思想・行持等々について管理人が研究した結果を簡潔に示しています。曹洞禅・仏教に関する情報をお求めの方は、まず当wikiからどうぞ。

【定義】

〜影舛里△訝匱圓里海函C噂磴知識ともいい、詳しくは教授善知識ともいう。正法を説いて人を正しく導く師のこと、正師
稽古おろそかにして、みだりに人天の善知識と自称するは、人天の大賊なり、学者の怨家なり。 『正法眼蔵』「深信因果」巻

△箸發修行する仲間のこと。単純に勝友とも道友とも善友ともいい、詳しくは同行善知識ともいう。
在俗の身でありながら寺院や修行者を始め三宝を護る者のこと。単純に外護者ともいい、詳しくは外護善知識ともいう。

【内容】

上記の三種の善知識については、例えば天台智擇痢慄琺纏澳僉抓4下にて次のように指摘されている。
知識に三種あり、一には外護。二には同行。三には教授。

そして、各々に以下のような説明がされている。まず外護善知識である。
それ外護とは、白黒を簡ばず、ただよく所須を営理す。過を見ることなかれ、触悩することなかれ、称歎することなかれ、帆挙してしかも損壊を致すことなかれ。母が児を養うがごとく、虎が子を衒むがごとく、調和、ところを得。旧の行道の人がすなわちよくなすのみ。これを外護と名づく。

内容からすれば、とかく修行者を養うことが説かれている。次いで同行善知識である。
日にそれ新たなることありて切磋琢磨し、心を同うし志を斉うして一船に乗るがごとく、たがいにあい敬重して世尊を視るがごとくす。これを同行と名づく。

お互いに修行を進める時、切磋琢磨して、お互いに尊敬する存在であることが分かる。そして最後に教授善知識である。
教授とは、般若を説いて道と非道を示し、内外の方便の通塞妨障をみなよく決了し、善巧に法を説いて示教利喜し、人の心を転破す。諸の方便においてみずからよく決了すれば独り行ずることを得べきも、妨難をいまだ諳んぜざれば捨つべからざるなり。経にいわく「善き師に随順して学べば、恒沙の仏を見たてまつることを得ん」と。これを教授と名づく。

この辺は、正師の冀求ということにもなろうし、まさに仏道修行の基本が師に就くことにあることを示した一文であるといえよう。

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