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【定義】

仝什澆日本曹洞宗では、『曹洞宗宗憲?』にてその宗旨を「仏祖正伝正法に遵(したが)い、只管打坐、即心是仏を承当すること」としている。この場合の「即心是仏」とは、禅宗でよく知られた△稜倭弔琉貘Г任呂覆て、の道元禅師の説かれた意義である。
禅宗で使われた「心がそのまま仏である」という意。禅宗では馬祖道一禅師が最初に用いたともされているが、南陽慧忠の語にも出る。即心即仏とも。
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本であれば6巻、75巻本であれば5巻。延応元年(1239)10月23日に興聖寺にて示衆された。
道元禅師和歌集』に収録された和歌の題名の一。
指月慧印禅師の著作名。

【内容】

∨寨茲蓮慍攜祁弌戮痢嵜粥κ及び衆生、是三無差別」の思想から出たものであるとされている。後に中国禅宗南嶽下の馬祖道一禅師は以下のような問答で、この概念を用いている。
大梅山は慶元府にあり。この山に護聖寺を草創す、法常禅師その本元なり。禅師は襄陽人なり。かつて馬祖の会に参じてとふ、如何是仏、と。馬祖いはく、即心是仏、と。法常、このことばをききて、言下大悟す。ちなみに大梅山の絶頂にのぼりて、人倫不群なり。草庵独居、松実を食し、荷葉を衣とす。かの山に小池あり、池に荷おほし。坐禅弁道すること三十余年なり。 『正法眼蔵』「行持(上)」巻

馬祖の後は、この言葉自体が公案となって、多くの禅僧によって用いられた。

F燦義技佞蓮崑┸汗仏」巻にて、先尼外道が説いた霊知不昧の心でもなく、衆生の慮知念覚でもない心が即ち仏である事実を説いた。そして、六祖慧能の語録である『六祖壇経』を改変し、その宗旨を曲解していた「南方」の者達を批判していた南陽慧忠禅師の言葉を引用している。
他の壇経を把りて改換し、鄙譚を添糅し、聖意を削除し、後徒を惑乱す、豈に言教を成ぜんや。苦なる哉、吾が宗、喪われり。若し見聞覚知?を以て、是れを仏性となさば、浄名の「法は見聞覚知を離る」と云うに応ぜず、若し見聞覚知を行ずれば、是れ則ち見聞覚知、法を求むるに非ず。

つまり、即心是仏と聞いて、その「心」を、自らの中にある霊的実体に求める発想は、本来の六祖が述べようとした「見性」の帰結とは全く異なっているといいたいのである。そして、むしろ実体的な把握ではなくて、この我々自身に現象する一切の事象をもって、「即心」とし、「是仏」とする発想をこそ、道元禅師は主張されるのである。
いはゆる正伝しきたれる心といふは、一心一切法、一切法一心なり。このゆえに古人いはく、若し人、心を識得すれば、大地に寸土無し。

また、「即・心・是・仏」を一字毎に分けて、以下のような定義を行っている。
仏、百草を拈却しきたり、打失しきたる。しかあれども、丈六?金身?に説似せず。即、公案あり、見成を相待せず、敗壊を廻避せず。是、三界あり、退出にあらず、唯心にあらず。心、牆壁あり、いまだ泥水せず、いまだ造作せず。

そこで、この即心是仏は、曹洞宗でも重大な宗教的概念であるとして重んじており、特に『修証義』「第五章 行持報恩」の末尾にも引用された。諸仏とは全て釈迦牟尼仏であり、それこそ「即心是仏」の道理であると謳い上げられている。
いはゆる諸仏とは、釈迦牟尼仏なり。釈迦牟尼仏、これ即心是仏なり。過去・現在・未来の諸仏、ともにほとけとなるときは、かならず釈迦牟尼仏となるなり。これ即心是仏なり。

道元禅師和歌集』には、「詠即心是仏」と題された和歌が収録されている。
鴛鴦か 白鴎とも又 見えわかず 立つ浪あひの 泛つ白波

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