【定義】
道元禅師及び日本曹洞宗の戒律観を示す言葉であり、日本天台宗の開祖である伝教大師最澄が提唱した大乗戒のみを受ければよいとする戒律観と軌を一にする(鏡島元隆氏『道元禅師のその周辺』参考)。ただし、伝統的な用語は「直受菩薩戒」である。道元禅師は特に、小乗戒である比丘戒を受けずに、大乗の菩薩戒さえ受けていれば祖師としての資格があると力説された(『正法眼蔵』「受戒」巻、『宝慶記』)。対義語は「兼受菩薩戒」であるが、「単受」という言葉が、1回だけの受戒を意味すると危惧されることと、道元禅師ご自身が比叡山や臨済宗の祖師から菩薩戒を重ねて受けておられる事実から、「重受菩薩戒」という概念も提出されている(吉田道興氏「道元禅師の菩薩戒重受について」『宗学研究』33号所収)。
道元禅師及び日本曹洞宗の戒律観を示す言葉であり、日本天台宗の開祖である伝教大師最澄が提唱した大乗戒のみを受ければよいとする戒律観と軌を一にする(鏡島元隆氏『道元禅師のその周辺』参考)。ただし、伝統的な用語は「直受菩薩戒」である。道元禅師は特に、小乗戒である比丘戒を受けずに、大乗の菩薩戒さえ受けていれば祖師としての資格があると力説された(『正法眼蔵』「受戒」巻、『宝慶記』)。対義語は「兼受菩薩戒」であるが、「単受」という言葉が、1回だけの受戒を意味すると危惧されることと、道元禅師ご自身が比叡山や臨済宗の祖師から菩薩戒を重ねて受けておられる事実から、「重受菩薩戒」という概念も提出されている(吉田道興氏「道元禅師の菩薩戒重受について」『宗学研究』33号所収)。
この受戒の儀、かならず仏祖正伝せり。丹霞天然・薬山高沙弥等、おなじく受持しきたれり。比丘戒をうけざる祖師かくのごとくあれども、この仏祖正伝菩薩戒うけざる祖師、いまだあらず、必ず受持するなり。 『正法眼蔵』「受戒」巻
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