【定義】
訓ずれば「八九成を道い得たり」となる。十成に対して、八九成とすれば、仏法を道い得る表現として不十分ということになってしまうが、道元禅師は、八九成でも表現されるべき事が表現されていれば、それは十成であるとする。
しかあるを、仏祖の祇道得八九成の道をききては、道得十成なるべきに、道得いたらずして八九成といふと会取す。仏法、もしかくのごとくならば、今日にいたるべからず。いはゆるの八九成は、百千といはんがごとし、許多といはんがごとし、参学すべきなり。すでに八九と道取す、はかりしりぬ、八九にかぎるべからずといふなり。仏祖の道話、かくのごとく参学するなり。 『正法眼蔵』「観音」巻
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