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【定義】

声聞戒に於ける、もっとも重い戒であり、犯した場合に教団から追放となるものである。内容としては(1)婦女と婬事を行うこと(2)盗みをすること(3)人を殺すこと(4)まだ修行未了であるにもかかわらず「自分は偉い」「自分は悟った」などの妄語を語ること、の4つとされる。
菩薩戒に於ける、もっとも重い戒であり、犯した場合に菩薩の生命を失うものである。『梵網経?』に依れば、「十重禁戒」である。なお、菩薩の生命を失うというのは、自未得度先度他誓願を行い、六波羅蜜に生きる存在である菩薩が、特に自分一人のみの解脱を願う二乗に堕ちるように考え、行動することを指す。よって、あくまでも菩薩の生命が維持されるように戒を護持せられなくてはならず、外形的に守るか守らないかが問題では無い。なお、教団追放の基準だがここでいわれる「波羅夷罪」では無くて、清規で定めたところに依る「擯出」か「梵壇」がそれに該当する。
はらい罪と云は梵語也。ここには断頭罪と云なり。慈悲を起して衆生を救護せずば断頭罪と云也。 『梵網経略抄』「第一不殺生」

【内容】

道元禅師は『出家略作法』にて十重禁戒全てに菩薩にとっての波羅夷罪があるとされているが、これは『梵網経?』の影響を受けてのものである。また、以下の用例もある。
この瞿伽離比丘、また倶伽離といふ。此生に舎利弗・目犍連を謗するに、無根の波羅夷をもてす。 12巻本系統『正法眼蔵』「三時業」巻

これは、或る比丘が舎利弗などの他の比丘を誹謗(不謗三宝戒に違反)したことを指す。また、道元禅師自身は、「破戒」については、それほど重視していない。
おほよそ一代の仏説のなかに、出家功徳を讃歎せること、称計すべからず。釈尊誠説し、諸仏証明す。出家人の破戒不修なるは、得道す、在家人の得道、いまだあらず。 『正法眼蔵』「三十七品菩提分法」巻

つまり、出家さえしていれば、破戒をして、更に修行することが無くても得道するといい、在家人では得道できないという。この辺は、後に道元禅師が「出家功徳」を強く説くことと関連して考察せられなくてはならない。なお、道元禅師にとって、「出家」とは「受戒」を基準とし「持戒」を基準としない(だからこそ、破戒不修が肯定される)。或いは、「持戒」は「受戒=受持戒」の意味で用いている。よって、このようにも説かれる。
釈迦牟尼仏言、諸声聞人、未得正命。しかあればすなはち、声聞教行証、いまだ正命にあらざるなり。しかあるを、近日庸流いはく、声聞・菩薩を分別すべからず、その威儀戒律、ともにもちいるべし、といひて、小乗声聞の法をもて、大乗菩薩法の威儀・進止を判ず。釈迦牟尼仏言、声聞持戒、菩薩破戒。しかあれば、声聞の持戒とおもへる、もし菩薩戒比望するがごときは、声聞戒みな破戒なり。自余の定慧も、またかくのごとし。たとひ不殺生等の相、おのづから声聞と菩薩とあひにたりとも、かならず別なるべきなり、天地懸隔の論におよぶべからざるなり。いはんや仏仏祖祖正伝の宗旨と諸声聞と、ひとしからんや。 「三十七品菩提分法」巻

このように、菩薩と声聞とでは、自ずと戒の護持の方法も違うという。つまり、「波羅夷罪」にしても、今通常に、仏陀の戒と思われている「声聞戒」と、我々日本仏教に於いて仏陀の戒と思われている「菩薩戒」とでは、全く護持の方法が違う。現状、僧侶の飲酒・妻帯は、この観点から完全に許容される。なお、窃盗や殺人、妄語などは世間一般の法にも反するので、行ってはならない。妻帯などを否定する見解は、小乗声聞の法を以て、菩薩を判ずる愚を犯すといえる。

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