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【定義】

’澆硫屬里海函
道元禅師の『正法眼蔵』の巻名の一。95巻本では59巻、75巻本では53巻。寛元元年(1243)11月6日、越前吉嶺寺にて学人に示された。

【内容】

道元禅師の本師である天童如浄禅師は、梅華に因む上堂を行っており、それは道元禅師も高く評価するところであった。
先師天童古仏は、大宋慶元府、大白名山、天童景徳寺、第三十代、堂上大和尚也。上堂示衆に云く、天童仲冬の第一句、槎槎牙牙たり老梅樹、忽ちに開華す一華両華、三四五華無数華、清、誇るべからず、香、誇るべからず、散じては春容と作りて草木を吹く、衲僧箇箇頂門禿す、驀剳に変怪す狂風暴雨、乃至大地に交袞して雪漫漫、老梅樹、太だ無端なり、寒凍摩[裟-衣+手]して鼻孔酸し。

そこで、道元禅師はこの上堂語にしたがって、自らの提唱を進められている。そもそも、「梅華」とは、まさに般若多羅から達磨に与えられた伝法偈「華開世界起」としての「華」であるし、そもそもは釈尊が摩訶迦葉に大法を授ける機縁となった「優曇華」でもある。そして、自らがこの如浄禅師からの大法を受け嗣いでいる自覚に則って、先師の如浄禅師を讃歎されつつ、自然に咲く梅華こそがすでに優曇華なのであるから、その事実に目を見開くべきであると説く。
しかあればいまこれを見聞せんときの晩学おもふべし。自余の諸方の人天も、いまのごとくの法輪を見聞すらん、参学すらんとおもふことなかれ。雪裏の梅華は一現の曇華なり。ひごろはいくめぐりか我仏如来の正法眼睛を拝見しながら、いたづらに瞬目を蹉過して、破顔せざる。而今すでに雪裏の梅華まさしく如来の眼睛なりと正伝し承当す。これを拈じて頂門眼とし、眼中睛とす、さらに梅華裏に参到して、梅華を究尽するに、さらに疑著すべき因縁いまだきたらず。これすでに天上天下唯我独尊の眼睛なり、法界中尊なり。

また、梅華が正法眼蔵の事実であるとすれば、これは容易に他と比すべきものではなく、どの仏祖であっても梅華の開ける事実として現成していることになるのである。そこで、達磨が慧可に授けた伝法偈である「一華開五葉」を中国で仏法が達磨から5代後の六祖慧能までで仏法が一区切りになると説く者を批判する。
しかあるをかつて参学眼なきともがらいはく、五葉といふは、東地の五代と初祖とを一華として、五世をならべて古今前後にあらざるがゆえに五葉といふと。この言は挙して勘破するにたらざるなり。これらは参仏参祖の皮袋にあらず、あはれむべきなり。五葉一華の道、いかでか五代のみならん。六祖よりのちは、道取せざるか、小児子の説話におよばざるなり、ゆめゆめ見聞すべからず。

なお、冒頭に挙げた如浄禅師の上堂語を用いて、道元禅師は同巻の奥書を以下のように示される。
爾時日本国仁治四年癸卯十一月六日、越州吉田県吉嶺寺に在り。深雪三尺、大地漫漫。

雪漫漫の事実とは、まさに純一無雑としての仏法のことであり、一切の相対差別を絶した絶対の事実であることを意味しており、それはとりもなおさず正法眼蔵としての梅華である。なお、道元禅師は先に挙げた天童如浄禅師の偈頌がお気に入りだったらしい。
当山北陸の越に在り、冬自り春に到るまで積雪消えず、或いは七・八尺、或いは一丈余、随時増減す。又、天童に雪裏の梅華の語有り、師、常に之を愛す。故に当山に住して後、多く雪を以って語と為す。 『永平広録』巻2-135上堂の割注

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